『スイカの種を飲み込むと、おへそからスイカが生えてくるよ』

朝起きると部屋がスイカ畑になっていた話。

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睡花の種/すいかのたね

 目を覚ますと、部屋がスイカ畑になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝。

 

 浅い眠りから浮上してきた俺の意識は、酒を飲み過ぎた翌日特有のだるさを覚えて起床を拒絶した。

 どうも体や頭だけでなく、瞼も重い。物理的に重い気さえする。かつてないほどの重さだ。

 これはまだ休んでいろ、という啓示じゃないか? 多分、酒の神とかからの。

 

 ……なんて都合よく解釈して、俺はそのまま惰眠を貪り続けた。

 

 しかし時間が経つにつれて夜の恩恵を残していた朝も終わり、じりじりと部屋の気温が上昇してくる。

 このままではいずれ睡魔は熱中症へと変わり、俺はこのボロアパートでひっそり息を引き取るだろう。今年も日本の酷暑は殺人的だ。

 さすがにそんな最期は嫌だな、と渋々体を起こすことにする。

 

「……ん?」

 

 その時になってようやく感じる違和感。

 ……瞼が開かない。

 

 少々焦りつつ気合を入れて瞼を持ち上げると、なんとか開く。その事に安堵しようとしたが、目の前の光景がそれを許してくれなかった。

 まず目に入ったのは黄色。ふわふわした黄色いものが視界の上半分を覆っている。更にはその向こうに見えるものが異様だった。

 

 

 

 

 見渡した自室は、一面スイカ畑になっていたのである。

 

 

 

 

「……さすがに夢だろ」

 

 しかしむせ返るような青臭さや気温と湿度を増している空気が生々しい。明晰夢は何度か見たことがあるものの、その比ではなかった。

 

 混乱する頭を整理するためにまず手にとってのはスマホ。現代人である。

 

「………………。人の寝込みに勝手に生えやがるとはふてぇ花だな……」

 

 しばし言葉を失い、苦し紛れに言葉を吐き出す。

 インカメラに映した俺の顔は、睫毛の位置に黄色い花が生えているというアート的な様相を醸していた。記憶違いでなければ多分これスイカの花だ。

 引っこ抜くと毛を抜いたとき程度の痛みがあったので、ちょっと驚く。

 

 邪魔な花を処理してから改めて部屋を眺めるが、そこにある現実は変わらない。

 我が物顔で蔓延る緑の蔓と葉っぱに……丸々とした大きな果実。縞模様のそいつはスーパーで買えば四千円はするんじゃないか、という大きさと色艶をしていた。叩いてみればコンコンっといい音がする。……上物だな。

 回らない頭でどうしてこんなことになったのかを考える。が、残念ながらここまで大規模な悪戯を仕掛けてくる知り合いは思い浮かばない。

 

 

 

 そんな中、ふいに昔の記憶が脳内再生される。

 

『スイカの種を飲み込むと、おへそからスイカが生えてくるよ』

 

 

 

 

「まさか」

 

 祖母に言い聞かされた、なんてことはない迷信。

 そういえば昨日、出先で久しぶりにスイカを頂いた。しかも吐き出し損ねた種を面倒くさがって飲み込んだな……。

 

 …………。

 いやいや、まさか。

 

(とりあえず大家さんに相談……? 俺のせいにならないよな)

 

 馬鹿げた空想に蓋をして現実的な思考を展開し、この無作法な闖入者を処理するべく立ち上がる。

 

 

 

 立ち上がろうと、した。

 

 

 

「痛っ!?」

 

 腹に走った激痛と引っ張られるような感覚に膝をついた。その原因はすぐに理解する。

 

 

 腹から蔓が伸びていたのだ。

 辿るまでもなく、それは部屋を占領している奴らに繋がっているわけで……。

 

 

「……マジ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 調べた所、スイカの蔓は"俺"以外から生えていないらしい。俺の腹……へそから伸びた蔓が枝分かれして部屋中に広がっているのだ。

 スイカの実は全部で三つ。成長度合いに差があって、丁度小玉、中玉、大玉といった感じ。

 どう考えたって異常事態なのだが、何故か俺は不思議と落ち着いていた。

 

 しかしこのまま勝手に体から生えられているのも癪である。とりあえず、試しに一番小ぶりなスイカを割ってみた。

 

 艶のある緑と黒の特徴的な縞模様に刃を入れる。

 すると香ったのは青臭さとか、爽やかさとか、甘さとか……。そういった一般的にスイカを切った時に感じるものではなく。もっと生々しく、本来ならば臭気と感じるはずのそれ。しかし今の俺にとって、それは紛れもなく香気だった。

 

「ああ……」

 

 ストンっと落ちた、納得の声。

 

 

 

 じゅるっとした水分を含みながら身を晒した断面は、レバーのように赤黒かった。

 

 

 

(こいつ、俺を養分に成長してるんだ……)

 

 直感だった。そしてきっと、間違いではない。

 ヘソから生えている蔦をよくよく感じれば、ドクンドクンと脈打っている。俺の体から何かを吸い出すように。

 これはそういう"生き物"だ。

 

 スイカの断面をよく見ると赤黒いだけでなく、臓器に似た何かが収まっている。手でかきだして口に含むとしゃりしゃりとした食感で、本物のスイカに酷似していた。糖度は非常に高く甘い。

 

「…………」

 

 家族、医者、大家、職場、友人、警察。様々な連絡先が脳裏をよぎるも、実際に連絡する気は起きない。

 異常だ。そう理解しつつも俺は歪な歓喜に侵されつつあった。

 

 

――――俺がこいつを育てるんだ。

 

 

 小玉スイカはそのまま食べた。きっと"成熟"できる命には限りがある。

 間引いて、一番大きい奴に養分を注ごう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこから俺とスイカの奇妙な生活は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず三日。

 小玉スイカの他は何も口にしていないが、水分だけとっていれば満足する体になっているようだった。

 職場からの電話が着信欄を埋めたが、電源を切ることで静かになった。

 

 

 

 

 一週間。

 久しぶりの空腹を覚えたので中玉スイカを食べる。

 臓器もどきは小玉スイカよりはっきりとした形になっていて、食感はゼリーみたいで小玉よりも満足感があった。

 

 

 

 

 十日。

 座っている俺と同じくらいの大きさまで成長した大玉スイカに問いかけるようになった。

 

「なあ、お前は何者なんだ?」

 

 縞模様の表面に耳をくっつけると鼓動のような音がする。それが俺に満足感を与えてくれている。

 骨に皮が張り付いているだけのようになった自分の体も気にならない。

 

 

 

 

 二週間。

 何度か知り合いが尋ねてきたが全て無視した。今この姿を見られては"睡花"と引き離されてしまう。

 

 睡花(すいか)。そう、名前を付けたんだ。いずれ生まれてくるだろうこいつに。

 人の睡眠中に勝手に花を咲かせたからそう名付けた。我ながらまんまだ。

 

「――、――――」

 

 せっかくつけた名前を呼ぶ力も残されてないんだけどな。かさついた喉で浅い呼吸を繰り返しつつ、心の中でだけ睡花、睡花と呼ぶ。

 体も動かせなくなっていた。見える範囲で視線を動かすとデカいするめの干物じみた物が目に入って、少し考えてそれが自分の体だと気づく。少し笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一か月。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーおー。ま~たこれか。多いな、最近」

「おえ……。先輩、どうしてそんなに平然としてるんですか。ミイラですよ、ミイラ」

 

 あるアパートの一室にブルーシートと黄色いテープが巡らされ、多くの人間が出入りしていた。

 その中で二人の男が部屋の中を見分しつつ、それぞれ感想を述べる。

 

「流石に何回も見るとな……。それにここまで綺麗に干からびてると博物館に来たみてぇだぜ」

「スイカの種に擬態して人間を養分にする未確認生物……ですか。俺、もうスイカ食えませんよ」

「な。つーかよ、もう少し気の利いたネーミングは無かったのかね? 名称スイカ人間って」

「ですよねぇ……。にしても成熟してるのに自立しないまま腐った個体は初めてですね。ここまで人に近い姿も珍しい。研究室の奴ら喜びますよ」

「……なんか、動きたくねぇ思い入れでもあったのかね」

 

 

 男が眉根を寄せて部屋の中央を眺める。

 

 

 そこには横たわるミイラへ手に似た蔦を絡めて寄り沿う、緑色の肌に黒髪の……女に似たモノが一つ。

 

 

 

 

 

 

 伏せられた瞼を、黄色い花が睫毛のように彩っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






最後まで読んでくださりありがとうございました。

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