【前回のあらすじ!】
・祝!黄名子ちゃんゲロインデビュー!
・ニケ「お前をムッコロス‼︎」
・フェイくんはメロンソーダが大好き★
時間とは信じられないくらいに無情に過ぎていくもので、あっという間に一夜が明けた。全員が最悪の目覚めから目を覚まして、病棟内に設置されていたリハビリ用のサッカーグラウンドで練習をしていた。
結論から言うと、雷門は立ち向かう選択をとった。当然未だフェイの喪失は心に長い尾を引いている。しかしいつまでもじっとしているわけもいかない。
しかし万全では無いのもまた事実だ。メンバーの半数は顔色が悪いし、黄名子に至っては未だ床から起き上がれない状況だ。
そんな彼らを鬼道たちは何も言わずに見守っている。
ここの襲撃の心配もあったが、トウドウたちが調べたところ、フェーダは現在目立った活動をしていない。いや、正確には何かの準備をしているかのように忙しないのだ。だからか街の制圧にまで手を回せてない。
鬼道が訝しむように呟く。
「…何か目的があるということだろうか。しかしこの都市を制圧すること以上に優先度が高いことが奴等にあるのか…?」
「…一つ、心当たりがある」
以前にSARUが話していたSSCの短命を解決する手段。如何なる方法かは見当もつかないが、彼らが現状街の制圧よりも優先する事項はこれしかなかった。
「そんな馬鹿げた方法があるものかと思っていたが、奴らの行動を見る限り事実と見るべきだろう」
「…となると、やはり今がチャンスと見るべきだな」
先手必勝。勝つまでとは言わずとも、不意をついて優勢に持ち込むことならばできるはずだ。レイ・ルクの修復もほぼ完了している。攻勢に出るべきだとサカマキは考える。
しかしそこは鬼道が待ったをかけた。
「いや、まだ天馬たちのコンディションは万全とは程遠い。…USAGIが作ったパラレルワールドの戦いを見ていたが、今挑んでも結果は見え透いている。現状の戦力が彼らだけならば、慎重にことを進めるべきだろう」
「…むぅ」
渋々トウドウは納得する。彼も唯一の戦力をみすみす玉砕に向かわせるような愚かな決断はしない。
何度か議論を交わしたが、行き着く答えは同じだった。
「……やはり」
「ああ、戦力が足りんな」
そもそもの話、数の差が圧倒的すぎる。こちらは雷門を含めても二十数人程度。それに対してフェーダはエルドラドの戦力の大半を吸収してしまっている。まともにサッカーバトルを仕掛けたとしても先にそこが尽きるのはこちらだ。
「目先の目標は決まったな」
「ああ、まずは奴らからルートエージェントたちを取り返す。全てはそこからだ」
しかし問題も当然ある。
強制的な SSC化と、USAGIの洗脳だ。恐らくだが、さらわれた人々はフェーダによってSSCになってしまう薬を投与されている。おまけに洗脳も加えられているので、話はまず通じないだろう。
「…一応手持ちのスフィア・デバイスがあるが、焼け石に水だろうな。奴の洗脳は日に日に力を増している」
「ならばアルノ博士が開発したと言うあの超能力を無効化するデバイスが使えるだろう。それまでの無力化は彼らに任せてしまう必要はあるが…」
全員の視線は天馬たちに向けられる。一部を除いて皆調子こそ悪いが、ミキシマックスの力を十全に扱えている様子だ。ザ・ラグーンなどの強豪を除いて無力化は容易いだろう。
ほんの少し、希望が見えたような気がした。
「…よもや私たちが、過去の人間に我々の未来を託すことになるとはな」
「仕方ない。我々はこの時代の未来のために手段は選んでいられない。…たとえ子供たちに戦わせることになってもな」
「…立場を失えば、大人とは実に無力なものだ」
ボールで競り合う彼らを見ながらトウドウは虚しげにそう呟いた。
ーーー
「…チッ、テメェらまるでなってねぇな。そんなんでフェーダの野郎をぶっ飛ばせるのかよ」
「……すまない」
吐き捨てるようなザナークの言葉に神童たちは返す言葉も見当たらない。
現在雷門は絶不調と言っても良かった。彼らの心に刻まれた心の傷は未だに十全な力を出せずにいる。
「ここにいねぇ奴もいるし、こんなんで本当に勝てるんかねぇ?なぁ雷門共よ!」
「……そういえば、ザナークはどうしてまだここに残ってるぜよ。おまんの性格なら1人で突っ込んで行ってもおかしくないのに…」
あれ程USAGIとの再戦に熱を上げてたザナークだ。てっきり単独でフェーダに突撃すること違いなしと思っていたと言うのに、今は大人しく彼らとサッカーに勤しんでいる。
当然有り難い限りではあるが、これまでザナークという男の破天荒さを嫌と言うほど見てきた彼らからすれば違和感を感じた。
「お前らは俺をなんだと思ってやがる。俺も喧嘩を売るタイミングくらい考える。お前らと同行することが1番の近道って判断したまでだ。フッ、何よりお前らはこの俺がいないとダメダメみてぇだからなぁ!」
「ザナーク…」
実は彼らとするサッカーがこの上なく楽しかった、という実に雷門らしい理由も大部分に入っているのだが、それを素直に言えるほどザナークはまだ大人ではなかった。
しかし啀み合っていたとは言え、一時の協力関係だった存在がチーム残留に肯定的な意見になっていることは頼もしい。彼もまた時空最強イレブンの1人。欠けられない存在なのだから。
そんな我を通すザナークの姿に天馬も少しの勇気を与えられる。
「…皆んな、フェイが前に言っていたこと覚えてる?」
「…言ってたこと」
「フェーダの皆んなを救いたい。…フェイはそう言ってた。だから俺たちに協力したってことも。だったら、俺たちがその夢を継ぐ番なんじゃないかな」
死んだ人間はいない。戻っても来ない。だがせめて意志は受け継げる。フェイができなくなってしまったことを今度は自分たちがする番だ。天馬はそう訴える。
「……そう、かもな」
「…ああ、それが俺たちにできるせめてものことだ」
全員から目立った返事は返ってこないが、その目には確かな決意と意思が灯ったことを天馬は見逃さなかった。
フェイが死んでしまったことは悔やんでも悔やみきれない。しかしそれでこのまま何もしないのは後からもっと後悔する。フェイの努力を決して無駄にしてはいけないのだ。
今すぐに立ち直らなくても良い。少しずつ、背負える体勢で前に進んでいけば良い。少しずつ前を向く人数が増えていく。
「よしっ、じゃ皆んな特訓再か─」
「ほっほ、そんなお主らに朗報じゃよ」
「うわぁ!?」
突然天馬の背後から現れたのはアルノ博士だ。髭を自慢げにいじりながら、雷門の面々の前に立つ。
「アルノ博士…!?」
「またこの人はどこから…」
相も変わらずな神出鬼没さに呆れるメンバーたち。この一点ならばUSAGIと良い勝負である。博士の言葉に剣城が反応する。
「それで、朗報って?」
「そうそう。フェイのことじゃがな、まだなんとかなるかもしれんぞ」
「えっ!?」
「……で、でも、フェイはもう…」
「確かにフェイは死んでしまった。生命活動は完全に停止しておる。…しかしそれを変えて元に戻すことはできるのじゃよ」
「えっ?」
「考えてみると良い。フェイが死んだのは本来ならばあり得ない時空での出来事。そこから派生した結果が今この未来の世界につながっておる。証拠にここにはアーサー王もいるじゃろう」
「た、確かに……待ってじゃあ…!」
「ウム、USAGIを倒し、あのパラレルワールドの時空を修正すればフェイは帰ってくる可能性は大いにある」
そもそもがあの世界はUSAGIが作り出した、言わば嘘の時代だ。無論ただ歴史を修正するだけではダメだが、博士の手腕にかかればあったかもしれない世界での歴史の改変は容易である。
信助は瞠目しながら博士に問う。
「…ほ、本当に帰ってくるの?フェイが!?」
「ウム、お主らがフェーダを、USAGIを倒せば可能性は十二分にある!」
その場にいる全員が歓喜する。
そうと決まれば、と天馬たちはみるみる活力を取り戻す。希望が見えてきたのだ。それを見てアルノ博士は笑顔を浮かべる。
「円堂守の解放もあと少しで完了する。絶望に嘆くのはまだ早いぞ」
「はいっ!」
早速練習再開と行きたいが、その前に問題が一つ残っている。
この場には未だ黄名子とベータがいないのだ。あの2人はフェイの喪失で心に大きな傷跡を残した。特に黄名子のショックは大きく、目の前で我が子を失った心傷は計り知れない。この中で誰よりも辛いのはきっと彼女だ。
天馬も一度様子を見に行ったが、正直見ていられない有様だった。
叫び、喚き、慟哭するその姿はこれまでの彼女の印象を丸ごと塗り替えた。何度も宥めたが、完全に自失してしまっていてどうしようもない。今はアスレイが側にいるが、未だ心は閉ざしたままだ。その様は場所も相まって本当に病人のようだった。
「けどこのことを伝えれば…!」
「僕、伝えに行ってくるよ!」
「待て信助!」
駆け出そうとする信助を神童は止める。
「…まだ黄名子の心は不安定だ。慎重に伝えるべきだろう。下手を踏めば暴走しかねないからな」
今の黄名子には何か目を離してはいけないような危うさも孕んでいる。いつ暴発するかわからない爆弾に突然の熱湯をかけるのは良くない。
「…今は待とう。黄名子か落ち着いた時に話すんだ」
「…わ、わかった」
●●●
「おえっ、うえぇ…ッ!?」
「黄名子!!」
地に手をついて濁った嗚咽を漏らす。既になんの容物も出てこなくなったそれは、自分が何度もこれを繰り返した証だ。
このままでは駄目だと理解はしている。しているが、自分の心の中にはあの光景が、フェイが死んだ瞬間がまるで焼印のように根をを伴いながら痛み続けている。
(……うっ!?)
夢見の悪さで飛び起きては、現実を見て泣いて、時に吐いて、疲れて寝て、また起きて。完全な負の循環に陥っていた。食事もまともに喉を通らないこの状況。
辛くて、辛くて、生きる意味すら見失いそうになってしまう。
「ひぃっ…、ひいっ…!」
「落ち着くんだ黄名子」
異常な発汗を拭き取りながら、アスレイは何とか自分を落ち着かせようと努力する。
フェイの死は黄名子にとってあまりに大きな傷跡を残した。歳不相応の重荷を背負い、それが爆音と共に暴発した。そのダメージはあまりに深刻。このままでは碌に栄養も取れず、日に日に弱っていくことだろう。
差し出されたコップの水を飲んで、少しだけ落ち着きを取り戻す。
「……ありがとうやんね」
「ああ、何か必要なものがあったら言ってくれ」
「……………何も」
「…そうか」
未だに黄名子の表情は重く、暗く、失意に満ちている。いつもの快活さは完全に失われ、瞳にも一切の光がない。
フェイは黄名子の全てになりつつあった存在だ。自分もフェイのことを大切に想い、またフェイも黄名子を大事に想っていた。互いに、親子として信頼して、愛し合っていた。
護るために努力して、頑張って、絶対助けると必死になって、やっとこの手に戻ってきたはずなのに、自分の不注意のせいでこうなってしまった。
ボロボロと何度流したかわからない涙が溢れてくる。
「うっ…、うぅ、うううぅ…!!ごめん、ごめんね、フェイ…!!」
自責と後悔が心の中で他の感情と渦を巻いてかき混ぜられる。どれだけ嘆いてももう戻らないという現実だけが、プレス機のように己を押しつぶそうとしている。
(痛い…辛い…助けて……、フェイ…)
黄名子の限界は近かった。
ー
「……」
アスレイは掛けてやれる言葉が見つからなかった。そもそもこうなってしまったのは自分のせいだ。
自分が黄名子にフェイを見守ることを頼まなければ、もっと自分がフェイのことを見てやれていれば、あの時最後の最後で気を抜かなければ、こんなことにはならなかった。彼女にこんな心労を背負わせずに済んだ。
アスレイは思う。これは自分の責任だ。自分が今の黄名子をどうにかしてやらないといけない。それが彼女を巻き込んでしまった大人の責任だ。
「…黄名子。私の家に行かないか?」
「……アスレイさんの、家…?」
おそるおそるな様子で黄名子は聞き返してくる。
「ああ。見て欲しいものが、あるんだ」
ーー
ー
トウドウたちからメンタルケアの名目で許可を取り、外出をして、病院からもそう遠くないルーン家の前まで来た2人。
黄名子の体力が心配だったが、歩く程度なら問題はなかった様だ。
カードキーを入れて、家の扉を開ける。中は思いのほか小綺麗だった。
ここはかつて、アスレイとこの時代の黄名子が過ごし、そしてフェイがいた家。
短くともこの家はアスレイにとって思い出の場所。帰る機会こそ減りはしたが、まだしっかりと住んでいるし、定期的に訪れては清掃も行っていた。
「…おじゃまします」
「ああ、上がってくれ」
黄名子は家の中を軽く見渡す。可愛らしい人形や置物、生活感のある日用品に未来の自分と撮ったであろう写真もある。
何とも不思議な気分だが、こうして見ると本当に自分はこの人と結婚したのだと理解せざるを得ない。アスレイの案内で、リビングに入る。
「ここで待っていてくれ。すぐに持ってくる」
そう言いアスレイは2階へと姿を消す。
黄名子は改めて部屋を見る。目に映った立てかけの写真を手に取る。ホコリひとつ乗っていないそれは、アスレイにとってのかけがえのない思い出なのだろう。
映る少し若いアスレイと、随分と大人びた自分。その表情はとても幸せそうだ。黄名子はそんな未来の自分に羨望の眼差しを向ける。
(……何もできなかったな、ウチ)
同時に込み上げてくる懺悔の思い。未来の自分が託した子供を自分は護ることができなかった。今の自分よりもずっとフェイのことを愛していたはずのに。
もはや涙すら出ない中、目を背ける様に写真を元の場所に戻して足早にソファーへと座る。
すると、階段を踏む音と共にアスレイが戻ってきた。彼の手にはアルバムのような冊子が抱えられている。
「…これを見て欲しい」
黄名子はアスレイから渡された冊子を開く。中にあったのは写真だ。見知らぬ子供達が楽しげな表情で写っている写真。
「これって…」
「…あの時、フェイが白亜紀に行く前に渡してきたものだ」
それはフェイがフェーダにいた頃に撮った写真や記録だった。
ここに映っている子供たちは皆フェーダだ。三者三様の表情で、しかし皆楽しんだ顔で年相応の姿を見せている。中には以前会ったニケやデュプリの面々もいた。楽しげにフェイと遊び、過ごしている光景の写真がアルバムぎっしりと詰められている。
アスレイ曰く、これはフェイの撮った写真らしい。フェーダで過ごしてきた中での彼の思い出。
黄名子の心中に飛来したものは喪失の中に入り込んだ嫌な暖かさだ。普段ならば顔を綻ばせていたその感覚も、フェイがいなくなった今は痛みにしかならない。
そんな黄名子を見ながらアスレイは言葉を紡ぐ。
「…私はこれがフェイなりのメッセージだと思っている」
「メッセージ…?」
「…あの子は常にフェーダの皆のことを心配していた。救うために動いていた。…知って欲しかったのだろう、彼らは決して悪い子供ではないということを。彼らもまた被害者であることを」
「……」
「フェイがいなくなった今、彼らを助けようという意志を受け継ぐのは雷門の皆だろう。彼らのサッカーを愛する心は本物だ。彼らならばきっとやってくれるだろう」
それを、それを今自分に言ってどうなるのだろう。
「…すまなかった、黄名子」
「えっ…」
突然頭を下げたアスレイに黄名子は驚く。
「私が無理を言わなければ、君がこんなにも苦しむ必要はなかった。こんなにも苦痛に塗れる必要もなかった。……本当に、すまないと思っている」
そんなことない、と声に出そうとするがその口からは何の言の葉も紡げずに空振る。
しかし意思は変わらない。この選択は結局のところ自分で選んだものだ。今の状況がアスレイのせいなどと思ったことは一度もなかった。
「…だから私は、君は別に逃げても良いと思っている」
不意に飛んできたその言葉に黄名子は張り上げようとした声を止めてしまう。
「この時代に、フェイを見守る役目を頼んだのは私だ。本来ならばその時代の君が背負わなくても良いことなんだ」
それは…。再び声が空振る。
「…君が望むのなら、今からでも全ての記憶を消して元の時代に戻る手もある。雷門の皆んなにも説明はしている。君がそうしたいのなら、今すぐにでも…」
「……それは、嫌やんね」
「……」
「ウチは、フェイとの思い出を捨てられない。あの子を忘れて生きる選択なんてできない…」
「……すまない、浅慮な提案だった」
「……」
「だが逃げないと言うのなら、それはフェイの残した意志を見据えなくてはならないことに他ならない。フェーダにまた立ち向かわなくてはならないんだ」
果たしてその勇気があるのか?口には出さないがそう問われている様だった。
…確かに残されたものは、死体と人形と、意志だけだ。しかしどうしてもこの足は動かない。USAGIが恐ろしいからではない、単純にフェイのいない虚しさの方が遥かに勝っているからだ。
「う、ウチは……」
震える身体を抑えながら、ただじっとアルバムに映るフェイの姿を見る。
情けなかった。親としてはきっと動くべきなのだろう、子供の意思を受け継ぐべきなのだろう。だが動けなかった。彼女がまだ親として未熟なゆえに。
「……今すぐ答えを出さなくても良い。おそらく時間はもう少しだけある。どんな選択をしても私は君を責めない。…だが、私は立ち向かう。フェイが置いていった理想を私は受け継ぐよ。だから逃げたい時にはいつだって言ってくれ。さっきも言ったが、これは君が背負う必要の無いものなんだから」
「……」
結局アスレイの家では黄名子は答えを出すことができなかった。
ーーー
二人は帰路を歩く。登っていた日はすっかり赤焼けになって、夜になろうとしている。
「……」
黄名子はもう少しだけ考えることにした。これからについて。
フェーダは…USAGIは、はっきり言えば憎むべき相手だ。自分の愛しい息子を奪った忌々しい相手。だがフェイはそれを救いたいと言っていた。憎悪と使命感と虚しさが押し合う様に心に詰まっているのを感じる。まだどれもが同じくらい強くて、どこにも足を動かすことができない。
「…ウチは」
その時、曲がり角で見知った顔と遭遇した。
「…ベータちゃん?」
「…貴女、こんなところで何してるのよ」
「それはこっちが聞きたいやんね…」
目の前にいたのはベータだ。どこか疲れ切った表情をしているのはきっと気のせいではないだろう。そして横にはアルファがいる。おそらく付き添いだろうか。
「…唯の散歩よ。いつまでも動かないのは体に悪いし…」
「NO、否定する。拠点内で泣き叫んでいたベータに唐突に運動をするなどと言う発想は非論理的。気分転換を兼ねて私の任務に同行していただけだ。菜花黄名子」
「テメェ…!一回黙れッ!」
真相を暴け出されたベータは怒りのままアルファに掴みかかる。それに対してアルファは真顔で視線を下すだけだ。
元からルートエージェント同士は一部を除いてあまり仲は良くない。常に極限の競争状態に晒されていたので無理はない。特にエージェントコードを持っているような突出した存在ならば尚更だった。
しかし怒鳴ったところでこのクソ天然ボケナスの性格が治るわけではない。体力の無駄と判断したベータは感情を抜く様にため息を落とす。
「…それで、ようやく布団から出る気になったと思えば、夫婦デートでも洒落込んでいたんですかね?はっ、暇そうで何よりですよ」
「………」
「あの時何もできずにみすみすフェイを殺されただけはありますね。本当、腹が立つ…!」
皮肉げに言葉を溢すベータ。きっとその中には自嘲の意味もこもっていたことだろう。失った大切なものは同じ。黄名子が今の自分と重なって見えて仕方ないのかもしれない。振りまいた怒りは全て自分に返ってきているのに。
しかし2人があの時目の前で何もできなかったのは事実。まるで傷口を抉られた様な気分になる。
2人がベータの言葉を痛々しげに受け止めてる中、アルファが一歩前へ出る。
「菜花黄名子、アスレイ・ルーン、私の任務は2人にマスターからの言伝を伝えることだ」
「言伝…?」
「YES。今後の方針と、そしてフェイ・ルーンについて。こうして外出に出ている以上、早期に共有すべきというマスターの判断だ」
「フェイ…?」
「…そうか、わかった。言ってくれ」
そう言われてアルファが言葉を続けようとした瞬間、大きな爆発音が辺りに響いた。
「!?」
「襲撃か!?」
爆発は2回3回と増えていき、徐々に近づいている様に聞こえる。遠くを見るといくつかの建物が浮遊して倒壊している様子が見えた。
明らかなフェーダの攻撃。 4人は一旦爆発音とは真逆の場所へと避難を試みる。ある程度距離を取れば、アルファの持つスフィア・デバイスで逃亡を図れる。幸運にも敵がこちらに気づいているわけではない様なので、できるだけ最短のルートで路地を駆け抜ける。
その時、先頭を走る黄名子と曲がり角から人影が現れた。
「きゃっ!?」
「うっ!?」
2人は互いに衝突してその場で転倒する。慌ててアスレイが黄名子に駆け寄る。どうやら目立った怪我は無い様だ。
「ぐっ…」
うめく転倒したもう一方の人物。よろめきながらもおぼつかない足取りで立ち上がる。
何者かと4人全員の視線が飛び出してきた人影に集まった。
「えっ…」
「テメェは…!」
「……外に出て最初に出会う部外者が貴女たちなんて、心底ツイてないわね」
そこにいたのはニケだ。
エルドラドの本部を乗っ取ったフェーダの一員のはずの彼女がなぜかこの本部からは圧倒的に遠いこの地にいた。
アルファはデバイスをストライクモードに変更。即座に攻撃体勢に入る。
「ま、待ってアルファ!今のニケちゃん、様子がおかしいやんね…」
「様子…」
確かに、随分と様相がボロボロだ。肌は傷だらけで、衣服は汚れや焦げ跡が酷い。何か不自然だった。
「………」
アルファは一旦攻撃の姿勢を止める。
ここにいる以上拠点の居場所が特定された可能性もある。最善はここで彼女を捕獲することだが、状況がはっきりしていない以上、下手に動くのも危険。しかし悠長としている場合でも無い。一旦ここは無事を確認することも兼ねて、自身がマスターと仰ぐトウドウに一報を入れるのが得策だろう。そう判断し、インカムに手を掛ける。
「見つけた♡」
「!」
黄名子は反射的にニケを抱き抱えてその場から前のめりに飛び出した。次の瞬間、ニケのいたアスファルトが弾け飛ぶ。
「ゴホッ、ゴホッ、だ、大丈夫!?」
「貴女、なんで…!」
「あらぁ、外しちゃった」
立ちこめた砂埃の中から悠々と歩いてくる人影。見えた姿にベータが反応する。
「オルカ…!」
「あ、やっほー。久しぶりだねベータ!」
オルカだけではない。後ろからは続々と元ルートエージェントたちが現れる。当然その首元や手首には何らかの機械が装着されている。全員がフェーダによって改造、洗脳された兵だ。
「こんなところにいるなんて、ちょっと意外。ま、ちょうど良いしベータたちも一緒に捕まえちゃおっかなー」
「何だとオルカテメェ…!」
「乗るなベータ。…ついでと言ったなエージェントオルカ。お前たちの任務は別にあるのか?」
「…あー、まぁいっか。私たちの目的はそこの後ろにいる裏切り者様よ」
「裏切り者…?」
オルカの指さす先にはニケしかいない。つまりは、そういうことだった。
「ニケちゃん、あなた…!」
「……フェイを殺して嗤うような奴らのところにもう何の未練もないわ」
フェイのいない世界には何の意味もない。それがニケの下した決断だった。
「あらあら、可哀想ねぇ。生まれつき力を持ってるオリジナルなのにあんな矮小な存在一つに振り回されるなんて。貴女は私たちと違って上に立って生きる権利があったのに」
「フェイが隣にいないと意味ないって言ってるでしょこの量産兵共…!!唯の都合の良い数合わせ程度の存在で頭に乗らないことね…!」
「………はぁー、生まれつきの強者には私たちの苦労なんて理解できないのね。チョー悲しいわぁ。本当、死人に執着するなんて悲しすぎるわぁ」
もう戻ってこないのにね。
そう言いゲラゲラと笑うオルカ。少し見ない間に随分と悪辣になったなとベータは思う。果たしてこれはUSAGIの洗脳のせいなのだろうか、それとも…
「…確かにフェイは死んだ。けれどね、何も取り戻す手段がないわけじゃないのよ」
「はぁ?」
「えっ?」
「フェイはあのクソUSAGIが作ったパラレルワールドで殺された。あのパラレルワールドは基となった世界に別の世界のかけらをつぎはぎに貼り替えて作り変えた無茶苦茶な代物」
「でもだからこそ、普通の歴史よりも改変は圧倒的に容易よ。それこそその時代で起きた事象を書き換えるくらいにはね」
「………」
つまりそれは、上手くいけばフェイの死を無かったことにできると言うことに他ならならない。
それは黄名子たちにとって光明だった。死んだフェイが帰ってくるかもしれない。それは黄名子とベータが何よりも望んでいたことだった。
「…ふぅーん。ま、確かにそうね、でもそれってパラレルワールドを作ったUSAGI様を倒さないとできないことでしょう?あのお方の力であの世界は作られたんだから」
「貴女なんかがUSAGI様に勝てるわけないでしょう?あの方はまさに神の如き力を持っているんだから!」
「力で敵わなくても、殺す方法はいくらでもあるわ。私は意地でもアイツを殺してフェイを取り戻す」
「……ああ、そう。残念ねぇ。なら私たちが始末をつけるしかないわよねぇ、ニケ様?」
ルートエージェントたちが一気にニケに狙いを定める。軽く見ただけでも10人はいる。いくら強力な力を持つニケでも今の疲弊している状態で、彼ら全員を捌くのは難しい。
「貴女の肉でも食べれば今よりもっと強くなれるかしらーねッ!!」
ドゴンッと破壊音とともに蹴り飛ばされたのは近くにあった瓦礫だ。それがニケ目掛けて放たれるが、当たる直前に瓦礫は遮られる。
「もちもち黄粉餅!」
「!」
瓦礫を防いだ瞬間、その背後からベータが飛び出し、落ちていた消化器を全力で蹴り飛ばした。中身の薬品が爆発し、オルカたちの視界が白に染まる。
「グッ…!ベータぁ…!!」
「ハッ、ザマァねぇぜ!!」
舞い散る黄粉と共に防いだ瓦礫が地面に落ちる。黄名子はそのまま振り返らずニケに言葉を飛ばす。
「ねぇ、ニケちゃん。さっきの話本当やんね?」
「……嘘だったら私はとっくに自分で喉笛を切ってるわ。可能性があるから私はそれをするだけ」
「……じゃあ、ウチも協力するやんね。フェイを取り戻したいのは、ウチだって同じ」
「貴女には絶対渡さないわよ、この親擬きが」
「それを決めるのはウチじゃない。フェイやんね」
「……チッ」
それ以降ニケは何も喋らなくなる。渋々だが納得したのだろうか。
兎に角黄名子のすることは決まった。少しでも可能性があるのならば、縋ってでもそれにしがみ付く。我が子が帰ってくるのならば、何だって良い。
「…アスレイさん。さっきの答え、今出しても良いやんね」
「…黄名子」
「ウチも一緒に戦う。ここに残って!希望があるってわかったから!フェイの意思も、フェイ自身も、全部叶えるために戦う!」
「…わかった。私も、光明を見出したところだ」
黄名子の新たにした決意にアスレイも大きく頷く。きっとその過程は想像できないほどの激戦となるだろう。だがそれでも我が子のために黄名子はこの時代に残り戦うと決めた。フェイが戻ってくるならば、動かない理由などないのだから。
「…ごちゃごちゃ話してる様ですけど、要はあのUSAGIをぶっ倒せば良いんでしょう?なら話が早くてとても助かりますねぇ。…まぁその女と協力するって言うのはだいぶ癪ですけど」
「ベータァ!!」
「!」
巻き起こった突風で一気に薬品の霧が晴れる。小賢しい真似をされたことで怒り心頭な様子だ。
「あわよくば逃げられる可能性があると思ったが、甘い考えだったようだな」
これは真正面に相手をしないと行けなさそうだ。しかし戦力差は絶望的。ニケを含めても勝算は薄いだろう。
だが今に至るまでアルファは何もしていないわけではなかった。
「デスドロップ!!」
「!?」
「グァッ!?」
突如飛んでくる黒を纏った砲弾。シュートを受け止めたザノウが吹き飛ばされる。
「無事か!黄名子!ベータ!」
「剣城!」
そこには拠点にいたはずの剣城がいた。
いや、剣城だけではない。天馬も神童も信助も、雷門の全員がこの場に集まっていた。
「なんで全員ここにいやがる…!!」
「アルファから通信をもらっていた。…まさかこんな近くだとは思わなかったがな…」
神童は黄名子に庇われているニケを一瞥する。
「……色々と聞きたいことはあるが、今はコイツらだ」
「…ハッ、舐めるなよ雷門共!今の俺たちは慶応の時とはまるで違うんだからなぁ!」
「その通りよ!私たちはフェーダの科学力で更にセカンドステージ・チルドレンとしてより上位の力を手に入れたんだから!」
「…そしてそこの裏切り者を使えば更に俺たちは強くなれる!さらに生物として別次元の領域に達せるのだ!」
「……外道共が」
最早彼らは正気ではない。完全にセカンドステージ・チルドレンの力に取り憑かれてしまっている。彼らのためにもここで止めなければならない。
天馬は決意を新たにルートエージェントたちの前に出る。
「…ここがキッカケだ。サッカーを、フェイを取り戻す!!」
「取り戻せるわけねぇだろうが!!貴方たちは全員ここで壊れたブリキ人形になるんだからね!!ガラクタにしてやるからかかって来い雷門どもぉ!!」
「皆んな行くぞ!」
『おう!!』
《フィールドメイクモード》
無機質なスフィア・デバイスの音声と共に試合の火蓋は切られた。
●●●
軽く地面が揺れる感覚が伝わる。外でまたテロ行為が行われているのだろうか。
「…パパ、またゆれてるよ」
「…隠れてなさい。きっと大丈夫だよ。エルドラドのお偉いさんたちがなんとかしてくれるさ」
当然エルドラドはとっくに陥落している。だが我が子の不安を煽るわけにはいかない。その一心で避難所に妻と共にいる。
フェーダによる侵略以降、恐ろしくて外すら出られない。いつ終わるかもわからない恐怖の中、それでも誰かがフェーダを打ち倒してくれると信じて市民たちは待つしかない。
夫婦の子供はまだ現状を理解しきれない年齢なのか、危機感など微塵も感じさせぬ様子で窓に見える空の様子を窺っている。
「……今日はお空さんのきぶんが悪いのかな?みたことない色だ!」
すごくキレイ!
エルドラドの本部を中心に渦を巻く極彩色の雲を見ながら年半ばも行かぬ少年はまた新しいものが見つけられたと嬉しそうに声を上げた。
補足:アスレイに渡した写真集はフェーダの皆んなをこっそり洗脳して撮ったものだぞ!黄名子ちゃんのメンタル回復アイテムとして仕込んでいたのだ!ちなみにフェイくんを分身フェイくんを不安定なパラレルワールドでムッコロしたのも希望を持たせるために敢えてだ!酷い!ちなみに匙加減を間違えれば黄名子ちゃんは闇堕ちします。黄名子ちゃんの精神状態は芸術的かつ奇跡とも言えるバランスで成り立っていたのだ!!
【今日の格言!】
・立場を失えば、大人とは実に無力なものだ
【フェイのコメント】
・子供の頃から身体や頭使ってコツコツ積み重ねた結果が権力とか立場って正直虚しいよねー。その大事な積み重ねたものが無くなったら、あとは出涸らしみたいなヨボヨボ肉体したのからないんだからなぁ!やっぱ青春って大事だね!人生で1番輝ける時期だもの!そう考えると若いうちに死ねるセカンドステージ・チルドレンは最も輝いてる時に死ねる幸福な種族だった…?