【完結】天に輝く二ツ星   作:アクアハーレム最後の刺客不知火フリル

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些細なことがきっかけでも、勢いで始まったとしても


60.きっかけ

 どうしてこんな目に自分があうのだ、という人生に対する理不尽を感じる瞬間というのは、たとえ順風満帆な人生を送っていたにしても、訪れる場合がある。例えば、バターもジャムもバッチリ塗り終わった一口も食べていないパンをうっかりホコリまみれの床に落として、もう食べられそうにもなくなってしまった瞬間とか。

 MEMにとって今日はそういう厄日であった。深夜も深夜に一人で帰るのは寂しいし、怖い。だがそれを不幸と嘆くほどでもなかった。帰り道の途中に、なにかに追われはじめるまでは。

 

(なんなのあれ! あの()()みたいなの!)

 

 明らかにこの世のものとは思えない、真っ黒な霧のような、あるいは煙のようなもの。靄とでもいうべきだろうそれは、帰路に就いていた彼女の背後に突然現れ()()()のようなものをあげて、うねりながら迫ってくる。

 

「きゃーーーっ!! ひっ……! に、逃げないと!」

 

 誰かに連絡するとかそういった事も頭から抜け落ちてしまい……というよりは、それを対処できる人間も全く思い浮かばないし、誰かを呼んだにしても自分の正確な居場所などわからない。すぐさまそこから逃げる、という選択肢は、とっさの判断にしては正解であった。

 幸いというべきか不幸というべきか、MEMの逃げる速度より僅かに遅い。だがぴったりとあきらかにMEMを狙って追従してくるそれ。街灯も少なく暗い夜道を、全力疾走する。

 

「ひぃ、ひぃ、い、息が……!」

 

 だが悲しいかな、息がすぐに上がってくる。MEMも自分のことを情けないとは思うが、少し前まで撮影をこなしていたために元々疲労困憊だったのだ。段々と速度が落ち、全身が疲労を訴えている。振り返ると、黒いもやは余裕なのか……あるいは単に彼女の速度にあわせているだけなのか、もしくは、恐怖を煽るためか。ゆっくりと彼女に近づいていく。

 

「はぁ、はぁ……もう、だめ……」

 

 走り疲れ、足を止めてしまい、へたりこむ。黒い靄から、じっと見つめられているような気がする。

 

(あーもう……なんでこんなことに……!)

 

 怖くて、涙が出る。どうして? 何故? 疑問を浮かべど心当たりはなんにもない。そもそもこんな怪異とか悪霊のようなものに出会うなんて想定はしていない。もうだめだ。迫るあいつに何かする方法はなんにもない。お守りとか、せめて塩でも持っていればと思わなくもないが……。せっかく夢を叶えたのに。ここで終わるのか。そんなのは嫌だ、でもどうしようもない。

 

「誰か助けて……!」

 

 絞り出すように願った。

 

「MEM!」

 

 願いは聞き届けられた。間一髪といったところで、アクアとみなみがなんとか間に合った。

 

「アクたん……と、みなみちゃん……?」

「大丈夫か?」

「なんとか……」

 

 みなみは、その黒いもやのような悪霊を睨む。明らかにそいつも警戒したかのようにアクアを睨んでいるように見えた。アクアも、MEMを庇うように前に立つ。

 

「うっ……なんだこいつ……蛇か……?」

「蛇? うちにはなんやもやがいるようにしか見えへんけど……! アクア君なんかこう、退魔的なアイテムとか持ってへんの!?」

 

(みなみにははっきり見えてないのか? こいつが)

 

 アクアの目には、はっきりとそれが大きな蛇の姿をしているように見える。全身が漆黒の鱗に覆われ、赤い瞳を宿した蛇に見える。だがみなみやMEMにはそう見えていないようだ。

 

(理由は後回しだな、取りあえずコイツをなんとかしないと……これか?)

 

 右手に握りしめていた刀が、僅かに熱を発しているような気がする。だがこいつはアクセサリ、それこそ小石もいいところのサイズだ。しかしアクアにはこれ以外にこの蛇をなんとかする方法は持ち合わせていない。ならばもう一か八かだ。ツクヨミの言葉を信じるしかない。

 

「クソ、信じるぞ……! これでもくらえ……!」

 

 アクアに格闘経験はない。せいぜいが東京ブレイドの時の殺陣くらい。そもそも、刀のアクセサリをどうやって武器にしろというのか。せいぜいが握り込むくらいだろう。

 だが何かを投げつけるくらいはできる。それ故にアクアは刀のアクセを、蛇の悪霊めがけて投げつけてみた。これが効かないなら、もう二人を連れて逃げるしかない。

 

 アクセサリを投げつけると、アクアにはアクセサリが僅かに光を発したように見えた。すると、黒い蛇は悲鳴のような叫び声をあげながら当たったところから崩れていく。ほどなくして、完全に消え去ってしまった。

 

「おお、効いた……」

 

 転生というあまりにファンタジーな現象を体験して以降、ほとんどそういった事柄に全く縁がなかった故に、なんともわかりやすい和風ファンタジーチックな一連の出来事に、思わず少しだけ感心した。アクアも、そういうところは男の子ということであった。同時に、二度と関わるのは御免だとも思った。刀のアクセサリは、アスファルトにぶつかってちりんちりんと金属音を鳴らして転がった。拾い上げると、なんだかくすんで見える。どうやら込められた力を使ってしまったということらしかった。元々使いきりらしいことをみるに、本当に緊急用のものらしい。

 

「MEMさん、大丈夫ですか? 立てます?」

「みなみちゃんありがとうねぇ、なんとか立てそう」

 

 膝は震えたままだったが、なんとか立ち上がるMEM。疲労困憊といった風だが、どこにも怪我はなさそうで安心した。アクアは自然な動作で立ち上がったMEMの涙を拭う。こういうことが当たり前に出来るのが、アクアのいいところであった。

 

「おとと……」

「おい、ムリするな」

 

 よろけたMEMをアクアは受け止め、片手を腰に回し、自分の身体の方に引き寄せる。

 

「ひゃっ……!?」

「帰るぞ」

「う、うん……」

「みなみも、ありがとな」

「ええって」

 

 顔を真っ赤にしてしおらしくなった彼女を、そのまま腰を支えたまま歩く。MEMの中はもうなんだかめちゃめちゃだ。アクアの顔がなんだか二割ましで格好よく見える気がして、でもこれは吊り橋効果だと自分をごまかしながら……でも、現状の役得に甘える判断をした。

 みなみは、それを見て内側からせりあがってくる衝動に身を任せる決意をした。

 

「でも、怖かったんよ……ちょっと、くっついてもいい?」

 

 そう言いながらも、アクアの返事を待たずに彼の反対側の腕に抱きつく。わざと大きな胸を擦り当てるようにして、ぎゅっと抱きつく。その柔らかさが伝わるように、強く抱きつく。アクアはつとめて冷静に返したが、その大きな胸の弾力に刺激されてしまいそうだ。

 

「……みなみがそれで安心できるんなら」

「もちろん。はぁ、アクア君の腕ってしっかりしとるねぇ」

「多少は鍛えてるからな」

「あはは、アクたんが多少なら世の中の男子高校生の基準がおかしくなっちゃうよ?」

「せやねぇ。……これ、癖になっちゃいそう」

 

 なんとも中身のない会話をしながら、夜道を歩く。みなみはその衝動のままにアクアにより強く抱きつく。

 

(だって……ずるいやん)

 

 自分は彼女がいるからって、がんばって、我慢してたのに。あんな風にしおらしく甘えるなんてずるい。自分だってアクアにくっつきたい。たくましい腕に頼りたい。その胸に顔を埋めてみたい。えっちだってしてみたい。もっと仲良くしたい。あんな風に恋をしたい。愛されてみたい。愛したい。

 自分が今、冷静でないことくらいは理解している。こんなものは嫉妬だ。だが、少なくとも他の女の子に嫉妬するくらいアクアの事が気になっているのは確かである。だから、みなみはもう躊躇うのをやめた。ただそれだけだ。

 

「そう言えば、今回のこれって……どう報告したらええんやろか」

「……どう報告もできねえよなこれ。黙ってるしかないか」

「じゃあ、アクたんと私と、みなみちゃんの三人の秘密だね~?」

「嫌な秘密だな」

 

 秘密の共有、なんと甘美な響きだろう。クラスメートはおろか、家族にも話さない秘密。蕾がゆっくりと開きはじめるような、そんな感覚がした。芸能科でも、アクアを遠巻きに見ていることしか出来ない他の娘には絶対に出来ないという、優越感。ああこれはいけない、一度こんなものを味わってしまうと抜け出せない。皆に気を配って優しいアクアの特別、なんて。

 なるほどこれは抜け出せない。かわいい妹のルビーに、かわいい彼女の黒川あかねが居るのに、有馬かなやMEMちょといった女の子が、側から離れる気配がないのはそのせいなのだ。

 

 そんな風に、真横で少女から女として開花していく瞬間をまざまざと見せつけられたMEMちょからするとたまったものではない。若さというアドバンテージを見せつけられているようで、柄にもなく焦ってしまう。自分にあるのは年上というだけで、可愛さはイーブンだ。もう少しすれば自分は30代と思うと、目の前に現れた新たなライバル(なかま)に、遅れをとるものかという気持ちがあった。

 

「あ……そろそろホテルやね。じゃ、またね? アクア君」

「ああ、撮影がんばれよ」

「……うん!」

 

 ホテルに到着するとみなみと別れる。名残惜しそうにしながらも離れ、アクアの激励に気をよくして部屋に戻っていった。だが、MEMちょはみなみのいた反対側の腕が気になってしょうがない。

 

(ぜったいあのぶるんぶるんのぼいんぼいんをアクたんの腕に擦り付けてたってあれ!)

 

 みなみは無意識でアクアに胸の匂いを擦り付けていたのはMEMちょからすればすぐにわかった。話していてわかったが、性格はかなり純真ながらも高校生らしくえっちなことにも興味津々、といった感じだろう。あんなぼんぼんぼーんを表面上は平気な顔で受け止めているアクア。少なくともあかねには間違いなく手を出していて、それなりに手慣れているであろうことは簡単に予想できる。

 そんなアクアを初めての相手に選べば、誰だってもうズブズブにアクア沼に堕ちていくしかない。少なくとも幼少期からアクア沼に肩まで浸かっている有馬かなというわかりやすいお手本が居るので、自分や彼女がどうなるかは明白だ。実際にかなが本当に関係を持っているかはMEMちょには分からなかったが。

 ともかく、もうアクアしか見れなくなってしまうだろう。自覚がないだけで、とっくに手遅れかもしれない。少なくとも、きっかけを得たので前に進もう、と考えられるように。

 

「アクたん……その……怖くて一人で寝れそうにないなー……? 一緒に寝てくれないかなぁ……?」

 

 そんなバレバレのお誘いをして。あるいはこれから、自ら堕ちにいくのだとしても、それでよかった。

 

 アクアの部屋に招き入れられて、扉がしまって鍵がちゃんとかかった。

 鍵の音を合図に、一枚ずつ自分の嘘のベールを脱いでいく。まずは服、角のついたカチューシャ。それから、女子高生(笑)のYouTuberアイドル。年上のお姉さん。幾重にも纏った自分の服や虚勢やキャラを脱ぎ捨てて、ただの少女になる。この着飾らない、家族にも見せない、なんにもない姿を、アクアだけに見て欲しかったから。

 

「どうかな……?」

「綺麗だ。……そういうことで、いいのか?」

「そういうことが、いいの。アクたんのこと……ちゃんと好きだからね?」

「わかった。MEM、俺も好きだよ。おいで」

 

 十二時はとっくに過ぎて、シンデレラの魔法はもうかかっていない。でも大丈夫。魔法使いの王子様に、何度でも美しくなる、恋の魔法をかけてもらえるから。硝子の靴も、美しいドレスも、彼が全部くれるから。

 

 大切にとっておいた、王子様に捧げるはじめてのキスは、とっても甘い味がした。

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