ドラキュラ?いいえ、ドラキュリアです   作:花の右人

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「最狂のヒーロー」の力のルーツとなった3人はどうして悪魔城に来たのか?

お待たせしました12話目になります。
拙い駄文ですが、お楽しみいただければ幸いです。


12. 選択

「リーダー!与一!こっちだ!」

 

 ブルースは生い茂る草や枝を大鉈で刈り払って道を切り開くと、振り返って後続の2人に声をかけた。

 

「ブルース、足を止めるな。そのまま進め」

 

 リーダーこと駆藤は掠れかけた声で返事すると、チラリと振り返って与一を見る。途中で拾った枝を杖代わりにして歩く与一は大粒の汗をかき、苦しそうな呼吸を繰り返している。

 ふと、駆藤の視線に気づいた与一は目線を上げる。

 

「僕は大丈夫だよ」

 

 袖で汗を拭きながら柔らかい笑みを見せる与一。しかし、疲労は隠せていない。

 

「……そうか。逞ましいな」

 

 リュックから水筒を出して与一に渡す。

 

「口に含む程度に飲め。飲みすぎると後で戻すことになる」

 

「ありがとう。マイヒーロー」

 

 与一は水を一口飲んだが、気休めにしかならないだろう。

 

 今から3日前、駆藤とブルースはレジスタンスの仲間たちと共に「魔王」の拠点の1つに襲撃を仕掛けたのが始まりだった。

 拠点に「魔王」の姿はなく、見つかったのは分厚い金庫扉の部屋に監禁されていた「魔王」の双子の弟、与一だった。

 冷たい床に座る与一を見た駆藤は銃を下ろし、手を差し伸べた。憎き「魔王」の肉親であっても、救いが必要な者を黙って見捨てるという選択肢は駆藤の中になかった。

 

 拠点襲撃の次の日、「魔王」の配下が大勢集まったとの情報が入った。「魔王」は弟を奪われたことに怒り狂い、全ての配下をかき集めて多数の捜索隊を結成。自ら率先して与一を探しに動いたのだ。

 捜索範囲は猛スピードで拡大していき、1日で3つの県を越えてレジスタンスの隠れ家まで迫った。しかし、隠れ家はもぬけの殻。駆藤は「魔王」の行動を予想して、襲撃を仕掛けたその日で隠れ家を放棄したのである。

 

 新拠点があるのは京都の街だ。そこには駆藤たちと同じ「魔王」の対抗勢力となる自警団(ヴィジランテ)たちがいる。襲撃前から連絡を取り合っていて、反撃を見越して彼らの元へ匿ってもらう手筈となっていた。

 しかし、彼らの元へ行く道中は決して安全ではない。

 秩序の崩壊は交通網にも打撃を与えていた。各地でヴィランが暴れ、鉄道や高速道路の一部が使い物にならない。航路と空路も「魔王」の目と耳に止まるリスクが大きいため、こちらも使い物にならない。

 

 目立つのを避けて、リスク分散として少人数のグループをいくつも作り、時間差を置いて出発することになった。それぞれのルートで京都を目指すという作戦だ。

 

 駆藤、ブルース、与一の3人は滋賀県を横断して山々を越えて京都に入るルートを進んだ。県境まで車で進んだのはいいものの、玉突き事故があったのか、ひっくり返った車に道を塞がれて通れない。人目を避けるために道路は使わず夜の山を歩くことにしたのである。

 駆藤とブルースに登山経験は数えるほどしかなく、与一は言わずもがな。夜の山を強行するのは危険極まりないが、「魔王」と捜索隊がどこまで迫って来ているかわからない以上、足を止めるわけにはいかない。追いつかれれば一巻の終わりだ。

 

(俺とブルースはまだ大丈夫だが、与一の限界が近い)

 

 でこぼこの斜面。生い茂る草木。そして、月明かりが雲に隠れれば真っ暗闇。街中とは全く違う環境はジワジワと3人の体力を奪いつつある。

 

(山小屋さえあれば、与一を休ませられるのにな)

 

 この山は獣道ばかりで人の手が加わった形跡はなく、それは期待できない。

 水と食料に寝袋は用意している。横になれそうな傾斜になってない地面を探そうと下を見てると、ライトの明かりに照らされたブルースの足が視界に入った。

 

「おい、ブルース。どうした?」

 

 顔を上げて見えた光景に駆藤は言葉を失った。

 月の明かりに照らされて、となりの山が見える。草木に覆われた緑色の山。その麓から中間に茶色い山肌が不自然に隆起していた。それだけではない。その断崖絶壁の上に巨大な洋城が建っているのだ。

 

「何だあの城は……」

 

 慌ててGPSと地図を出して確認する。両方見ても、この山の中に城が建っているという情報はない。

 

「あれは、兄さんが言っていた城……!?」

 

 与一の動揺した声に駆藤とブルースは振り返った。

 

「知ってるいるのか与一!?」

 

「うん。兄さんから、聞いたことがあるんだ」

 

 ぐっしょり汗だくで、息も絶え絶えな与一は息を整えて話し出した。

 

 その日のことはよく覚えている。兄がボロボロになって帰ってきた日だ。スーツはボロボロで血や埃で汚れ、強く打ちつけたのか両腕が赤く腫れていた。「魔王」と恐れられ、敵なしの強さを誇る兄がだ。

 スーツや腕の腫れはそのままに、普段から三日月のような笑みを浮かべている兄は、疲れ切った顔で何があったのかを語った。

 

 街で大地震が起きると地面が割れて大きく隆起。その上に巨大な城が現れたと聞いて見に行くと、まるで悪魔が住んでいそうな禍々しい空気に満ちた城がそこにあった。

 その城には「吸血鬼にして、混沌より生まれし魔王」を自称する、ドラキュリアと名乗る大女が姿を現した。

 ドラキュリアは魔法のように無から城を創り出し、ヴァンパイアらしいこともできる多彩な“異能”を持っていると推測した兄は彼女が欲しくなった。

 しかし、彼女をスカウトするも激しく拒絶され、その場で戦闘になった。

 

 ドラキュリアはヴァンパイアを名乗るに相応しい力を持っていた。

 兄に防御を取らせるほどのパワー。瞬時に殺気を感知して回避できるほどの反射神経とスピード。蝙蝠の群れへの変身を見せた。そして特筆すべきは常識はずれな生命力。

 心臓や肺や胃腸など、急所になる箇所を全て刺されたにも関わらず、悲鳴を上げないどころか表情を変えずに反撃してくる。ならばとバラバラに切り刻んでも、首が宙を舞って牙を剥く始末。

 

 何とか気絶まで追い込んだものの、“異能”を奪ってもコントロールができずに返却。仕方なくそのまま始末しようと、伝承のように日光に照らすとその身は燃え上がる。

 そしてドラキュリアは死に、城はそれに呼応するように崩壊した。

 

「信じられん」

 

 駆藤の言葉は最もだ。

 “異能”の誕生により、混沌に満ちた世界を圧倒的な力で支配しつつある「魔王」にたった1人で戦いを挑み、傷を負わせるほどの力を持つだけでなく、“異能”を奪われても返された者がいたと言われても信じられない。それが「魔王」本人の話ならなおさらだ。

 

「僕も最初は信じられなかったけど、兄さんはウソをついてるようには見えなかった」

 

 他者を言葉巧みに利用する兄のことだ、自分をぬか喜びさせようと手の込んだウソをついてるのだと疑った。けれど、心底残念そうに愚痴を聞かせるように語る兄の雰囲気で、ウソを付いてないことが長年の付き合いでわかった。

 

 兄は次の日、腕に湿布を貼っていた。

 配下たちの前では普段通り振る舞っているが、自分の前では痛みに顔をしかめながら忌々しそうに鎮痛剤を飲み、湿布を貼り替えていた。腫れがいつまでもそのままなのを見ていくうちに、話の信憑性が高まっていった。

 両腕の腫れは手の甲から肘まであり、特に右腕の腫れは酷く、黒く変色していて鎮痛剤が気休めにしかならないほどの痛みだと語った。

 治りも異様に遅く、完治するのに3ヶ月以上もの時間を要したのだ。

 

「まるで、あの女の呪いだ」

 

 兄が右腕に薄く残った黒い痣を摩りながら、苦虫を噛み潰したような顔でそう言ったのを今でもよく覚えている。

 

「ドラキュリアという女が凄まじいのはわかった。だが、「魔王」に殺されたんだろう?じゃあ、あの城は一体……?」

 

 ブルースが疑問を口にする。「魔王」の話が事実だとしてもあの城の存在は解せない。

 

「マイヒーロー。京都にいる自警団(ヴィジランテ)たちと連絡を取り合っていたのはいつから?1年以上前に、彼らに大きな地震があったと聞いていないかい?」

 

「……連絡を取り始めたのは去年からだ。確かに1年以上前に「地震があった」と聞いた。怪我人が出たり、建物にも被害が出るほど激しいものだとな」

 

「それだよ。ドラキュリアが姿を現した時、同時に大地震と共に大きな城も現れた。もしも、ドラキュリアが生きていたら?あるいは、同じ“異能”を持っている家族がいたら?そう考えたら納得がいくよ」

 

 与一は重そうに腕を上げて城を指差す。その腕は微かに震えていた。

 

「確かに辻褄が合うが、もしそうならどうする?あの城に行くなら反対だ。あの男のように、「魔王」を名乗るようなやつがまともとは思えん。そんなやつがいるかも知れないところには行けない」

 

「リーダーの言う通りだ。ドラキュリアとやらが「魔王」に恨みがあっても、「敵の敵は味方」で俺たちに手を貸してくれる保証なんかない。ノコノコと会いに行って、やつと同類の悪党だったら目も当てられん」

 

 2人の言うことは正論だ。それでも与一は反論する。

 

「わかっているさ。ドラキュリアが兄さんのような大悪党かも知れない。だけど、今まで兄さんに傷を負わせてあんな顔をさせたのは彼女以外、だれもいなかった。兄さんを倒す切っ掛けに、なるかも知れない。もしそうなら、落ち着いた時にでも、可能性に賭けて、あの城へ、行ってみ──ッゲホッ!!」

 

 与一はゴホゴホと咳き込んでその場で崩れ落ちた。

 

「与一!!」

 

 駆藤は慌てて与一の体を支える。汗に濡れた与一の体は熱を帯びていた。手首に触れると脈も速い。

 与一は生まれつき虚弱体質だ。それでも駆藤とブルースの足を引っ張りたくないと無理を押し通し、いつ「魔王」に追いつかれるかわからない緊張感の中でほとんど休まず、兄に見せた不屈の精神力で日が落ちて日付が変わるまで山を歩き続けたが、遂に限界が来たようだ。

 

「ごめんよ、マイヒーロー。ゴホッ、僕の、体が弱いせいで、足手まといに」

 

「いい。気にするな」

 

 すると突然、ビービーと電子音が響いた。音の発生源は駆藤の腰に付けられた無線機。他の仲間たちからだ。

 

「まさか……?」

 

 与一をブルースに任せて無線機を取る。

 

「こちら7班!何があった?」

 

 ザザザッと短いノイズ音の後に聞こえたのは切羽詰まった声だ。

 

「こちら35班!!やつに!やつに追われているッ!!」

 

 35班。最後に隠れ家を出た班だ。無線機の向こうで耳をつんざく銃声と何かが崩壊する音が聞こえる。

 

「35班!!今どこにいるッ!?」

 

 無線機を握る手に力がこもる。

 

「長野を、出たところだ!「魔王」に追われてる!やつはもう嗅ぎつけたんだ!リーダー!!早く逃げ──」

 

 パキャリ

 

 何か硬い物を割るような音を最後に通信は途絶えた。

 

「35班!?35班!!応答しろッ!!」

 

 声を荒げて呼びかけるも応答はなく、ノイズが無情に響くだけだった。

 

「なあ、リーダー……35班は俺たちと同じルートだったよな?」

 

 駆藤たち7班と35班は、隠れ家がある長野から岐阜と滋賀を横断して京都に入るルートだ。そして7班はそのルートの先頭に位置する。

 駆藤はGPSを見る。全ての班が持つGPSは万が一、「魔王」たちに奪われても悪用されないよう3重のパスワードを入力しないと表示されない。

 GPSが破壊されればその信号は消える。だが、35班の信号は消えておらず、通信通り長野から岐阜に入った位置で止まっていた。

 

「…………マズいッッッ!!!」

 

 先ほどの通信で仲間が「魔王」に殺されず生け捕りにされていたら?

 全ての班が持つGPSは、他の班の位置と進むルートが表示される。どの班が自分たちと同じルート上にいるのかわかるが、それ以外の班がどんなルート上を進んでいるのかまではわからない。位置と間隔がまばらで他のルートにも重なるため、関西方面に向かっているのがわかっても目的地はわかりにくい。

 だが、もし班員が生け取りにされ、拷問を受けてパスワードと目的地を吐かされればルート上の全ての班、そして目的地にいる自警団(ヴィジランテ)たちは確実に襲われるだろう。

 

「クソッ!!」

 

 駆藤はGPSを地面に叩きつけ、念入りに踏み壊す。あの「魔王」に情報が渡れば特定も時間の問題で、こんなことをしても先延ばしでしかない。

 

「急ぐぞブルース!!」

 

「与一はこの状態だ。とてもじゃないが、山は越えられないぞ!」

 

「わかってる!だが、引き返すこともできん!!」

 

 駆藤は焦燥感と自己嫌悪に陥っていた。情報が渡らないよう、仲間が殺されていることを祈る自分に内心で反吐が出る思いだった。

 

「リーダー。もういっそのこと、与一の言う通りあの城を目指そう」

 

 ブルースは城を指差す。

 

「「魔王」はすぐ近くまで迫っている。だけど、このまま俺たちが京都へ向かえば後を着けられて一網打尽にされるかも知れない。そして与一を休ませずに行けば最悪死にかねない。ここに留まっていても同じだ」

 

 2人の中に与一を置いていく選択肢はない。

 

「……進むも地獄。退くのも地獄か」

 

 駆藤は息を整えて目を閉じ、思考を張り巡らせる。そして数秒、目を開く。

 

「城へ行こう。こうなったら与一の可能性に賭けるぞ」

 

「ああ。それと、このことも仲間たちに伝えよう」

 

 2人は与一に肩を貸して山を下る。時折、苦しそうに息をする与一に声をかけるも、少しずつ与一の声から気力が失われていく。

 

 駆藤は与一に負担をかけないよう歩きながら、無線機で他の班に連絡を入れた。まだ京都に着いてない班は、それぞれのルートの中継地点にある休憩所で連絡があるまで待機、同じルートを進む班にはGPSを破壊するように指示を出す。

 襲撃の前から京都の自警団(ヴィジランテ)たちの元へ向かう全てのルート上に、いざという時のために水と食料と医療品と武器など、必要な物資が保管されている中継拠点を用意しておいたのだ。

 それに、全ての班が持つ無線機には「魔王」たちを発見した場合、あるいは見つかった場合、全ての班に緊急通信ができるようになっており、先ほどの通信は全ての班が聞き、マズい状況だと知らされている。

 

 

 駆藤は全ての班へ連絡を終え、GPSから同じルートの班の信号が消えたのを見ると彼らの無事を祈った。

 土肌が剥き出しで草木が1本も生えていない崖を登り、城の前にたどり着いた。

 

「デカいな……」

 

 何10mもの高い城壁の向こうにその何倍もある巨城が聳え立っている。いくつもの高い塔が建ち並び、無数の蝙蝠が飛び回っているのが見える。いかにも、ヴァンパイアが住んでいそうな禍々しい気配に満ちた城だ。

 

「リーダー、あれを」

 

 ブルースは巨城の正門を指差す。開け放たれた巨大な門の両脇に、剣と盾を携えた2体の巨大な鎧が立っている。

 

「置き物……だよな?」

 

「わからん。行くぞ」

 

 恐る恐る近づいて見ると、5mをゆうに超える重厚感のある巨体に息を呑む。金属質の鈍い光を放つ黒い西洋鎧で、身の丈ほどもあるスパイクが付いたタワーシールドと厚みと幅のある波刃の大剣を手に持っている。

 

「急に動いたりしないよな?」

 

「……ただのデカい鎧だ。バカなこと言ってないで行くぞ」

 

 こんな巨大な鎧が襲ってきたらひとたまりもない。2人は与一に負担をかけない程度に早足で門を潜った。

 

 3人を迎えたのは立派な庭園。石畳の道が敷かれ、 木々が等間隔で植えられている。先ほどの騎士たちの背丈ほどもありそうな巨大な両扉への道の両脇には、乗馬した騎士の彫像が並んでいる。

 

 ブルースは両扉をノックする。

 

「だれかいないか?」

 

 ノックと呼びかけを繰り返すが返事はない。耳を当てるも何も聞こえない。

 警戒して大鉈を片手に重い扉を押し開けると、中はこれまた豪勢なエントランスが広がっていた。

 

「だれもいない……」

 

 シャンデリアと蝋燭で眩しいくらい明るいが、人の気配は全くない。禍々しい空気は外よりも濃厚で重々しく、不気味な雰囲気も相まって息苦しいくらいだ。

 

「だれかいないか!?」

 

 もう1度声をかけるも、声が反響するだけだった。

 

「気味が悪いところだが、贅沢は言ってられん。早く与一を休ませられる部屋を探さないと」

 

 エントランス右側のドアを開けると、長い廊下が続いていた。その向かいにはドアが2つ、視線を上げるとドアの横に「第1応接間」、「第2応接間」と書かれた札がついている。奥と手前のドアをそっと開けて中を確認すると、エントランスと同じく豪華な応接間。ここも人の気配はなく、どちらも厚手のカーテンが閉まっている。

 

「ここも閉め切ってる」

 

「ヴァンパイアと言うのは本当かも知れないな」

 

 中へ入って与一をソファーに寝かせ、2人はテーブルに着く。荷物を床に下ろして一息ついた

 

「なあ、リーダー。俺たちはこの山を越えられるか?」

 

 ブルースはぼんやりと天井を見上げながら駆藤に問いかけた。

 

「ここに来ようと提案しておいて何だが、不安だよ。引き返したら「魔王」に追いつかれて殺されるかも知れない。先に進めば与一の容体が悪化して死ぬかも知れない。そして、悪党かどうかわからない女がいる怪しい城に入ったら殺されるかも知れないんだ」

 

 リラックスしてるように見えたが、よく見るとブルースの体は強張っている。

 

「……俺にもわからん。今はこの選択が1番マシな結果を生むと祈るしかない」

 

 駆藤は銃を点検しながら答えた。

 駆藤も不安を胸に抱えていた。与一の話で、この城の主が対話できる人物とは思えなかったからだ。

 与一が「魔王」から聞いた話が事実なら、ドラキュリアという女は正気ではない。「魔王」を恐れず、スカウトを袖にしてその場で戦いを挑んだのだ。ただの命知らずと思えばそれまでだが、裏を返せば恐ろしく我の強い人物とも思える。

 それに「魔王」に傷を負わせ、奪った“異能”を返させるだけでなく、その目を欺いて死を偽装する力もある。そんな怪物に勝てるか?答えはNOだ。

 それに今の自分たちは武器を持った薄汚い不法侵入者。ドラキュリアから見たら第1印象は最悪だ。

 

(出会い頭に殺されるかもな)

 

 だが、ここで死ぬつもりは毛頭ない。犠牲になった仲間たちのためにも、「魔王」を倒すまで死ねない。まずドラキュリアと出会ったら、城に勝手に入ったことを謝罪する。土下座でもするし靴だって舐めよう。それでダメなら、自分の命と引き換えにしてでもブルースと与一だけは見逃してもらう。

 

 決意と共に銃を強く握って顔を上げた。

 

「────ッ!!??」

 

 視界の右側、テーブルの横に背の高い黒ずくめの人物がいつの間にか立っていた。

 この部屋に2m近い巨躯の人間が隠れられるスペースはない。カーテンの裏側にいてもすぐ気づく。まるで、瞬間移動でもしたかのように現れたのだ。

 

「だれだっ!?」

 

 瞬時に立ち上がって飛び退き、銃を向ける。さっきまでぼんやりしていたブルースもすぐに気づいて身構える。

 引き金に指をかける瞬間、その黒ずくめの人物はすぐ目の前に立っていた。

 

(女!?)

 

 スーツと2m近い身長と中性的な雰囲気で男と思ったが違う。胸の大きな膨らみがそれを否定している。

 黒真珠のように艶やかなウェーブがかかった長い黒髪。対照的な雪のように白い顔は、同じ人間とは思えないほど美しかった。

 

 突然目の前に現れた美女に駆藤は思わず息を飲む。女はその一瞬の隙に自身に向けられた銃を横から叩いて狙いをずらし、白魚のような手を駆藤の顔に伸ばした。

 

 バチンッ!!

 

 火花が散った。浮遊感に襲われる。床に勢いよく叩きつけられても勢いは止まらず転がると、ブルースの声が聞こえた。壁にぶつかって止まると額から生暖かい血が滴り、視界を赤くした。

 

「ブルースッ!!」

 

 流れる血をそのままにすぐ立ち上がって銃を向けると、女はブルースの首を掴んで盾にする。迷いを感じた瞬間、女はまた目の前に現れた。引き金を引くより早く恐ろしい力で首を鷲掴みにされ、壁に勢いよく叩きつけられた。

 

「ぐふッ!!」

 

 肺の空気が一気に押し出される。万力のような力で首をギリギリと絞め上げられ、うめきながら目を開けると白い顔が見えた。

 切れ長のつり目。凛々しく細い眉。欧米人のように筋の通った高い鼻。艶のある唇。外見は30代半ばから後半の妙齢の美女だ。

 今までの人生で見てきた女性の中で最も美しかった。「絶世の美女」と呼ぶに相応しい妖艶な美貌に駆藤は呼吸を忘れて思わず見惚れかけたが、その目を見た瞬間、巨大な氷柱に体を貫かれたかのような悪寒に襲われた。

 

(こいつは……!!)

 

 女の黒い瞳には何も映っていなかった。その目は淀んでいて底が見えない。その目は闇そのものと言っていいものだった。

 

 以前、遠目で見たことがある「魔王」は凄まじいプレッシャーを放っていた。自分が死ぬ姿を想起させる圧倒的なプレッシャー。対して目の前の女はそれとはまるで違う。ゆっくりと、それでいて確実に引き込むようなブラックホールのように深い闇だった。

 

(こいつは、人間じゃない!!)

 

 駆藤は確信した。この女は「魔王」が与一に語ったドラキュリアだと。そして、ただの悪党なんかじゃない。

 

(こいつは一体、何だ!?)

 

 瞬きができない。文字通り女の瞳に目が釘付けになった駆藤の視界の端から、何かが飛んできた。それはこの部屋に飾られた壺だ。

 

 ガシャン

 

 壺はドラキュリアの肩にぶつかって割れた。それなりの質量をぶつけられたにも関わらず、ドラキュリアは痛くも痒くもない様子で壺が飛んできた方へ顔を向けた。

 

「2人を、離せ……!」

 

 与一だ。立つのもつらい状態でも体に鞭を打って、2人を救けようとしている。

 

(よせ!逃げろッ!!)

 

 首を絞められて掠れたうめき声しか出ない。となりでブルースがもがいているが、ドラキュリアは気にも留めず、ゆっくりと与一を見た。

 

「……ああ。やはりそなただったか」

 

 鼓膜ではなく頭に直接響くような、少し低い凛とした声だ。

 

「始まりの片割れにして、悪の帝王オール・フォー・ワンの弟、死柄木与一」

 

 気のせいか、与一を見つめるドラキュリアの横顔はどこか残念そうに見えた。2人の首を掴む手の力が少し緩んだその時だ──

 

「与一!!逃げろォォッ!!!」

 

 突然、ブルースは声を上げて腰に差した大鉈を抜き放った。大鉈を持つ右腕に心臓のように躍動する赤いオーラが浮かび上がる。

 

『発勁』

 

 一定動作を繰り返すことで運動エネルギーを一時的に蓄積。任意のタイミングで放出できるブルースの“異能”だ。

 ブルースは山で何度も大鉈を振るって草木を払い、道を切り開いていた。それで蓄積していた運動エネルギーを解放し、ドラキュリアの首目がけて振りかぶった。

 分厚い刀身がドラキュリアの首の皮膚を、肉を切り裂いた。そして──

 

 ギィィンッ!!

 

 金属質の高い音が響いた。

 

「……は?」

 

 ブルースは呆然とした。

『発勁』の力を乗せた大鉈はドラキュリアの首を切り裂いたが骨に阻まれ、切断に至れなかった。

 

「バカ!離れろッ!!」

 

 駆藤はドラキュリアの手を振り払い、ブルースを引っ張って盾になるように与一の前に立つ。

 

 ドラキュリアは首に大鉈が刺さったまま棒立ちになっていた。傷口から勢いよく血飛沫が上がり、部屋の天井を、壁を、床を、家具や装飾を赤く染めていく。

 与一はフラフラと2人の間を通り抜けると、棒立ちのドラキュリアの前に出た。

 

「初めまして。僕は与一。あなたがドラキュリアかな?」

 

 立ったまま事切れた遺体に話しかけているように見えた。すると、ドラキュリアの瞳がギョロリと動いて与一を見た。

 

「いかにも。私がドラキュリアだ」

 

 唇が動いたその瞬間、声に呼応するように部屋中に飛び散った血痕が一斉に震え出した。染み込んでいた血が浮かび上がり、映像の逆再生のようにドラキュリアの下へ集まり、首の傷口に吸い込まれていった。

 

 全ての血が体内に戻ると、ドラキュリアは首に刺さった大鉈を無雑作に引き抜き、ブルースに目を向けた。思わず身構えるブルースにドラキュリアは大鉈を逆手に歩み寄ると、刃を左向きにして柄から差し出した。

 

「受け取れ」

 

 ブルースは恐る恐る大鉈を受け取って腰に差すと、顔を上げてドラキュリアを見ると目を見開いた。

 首の傷口が蠢いている。筋肉と血管がうねうねとヘビのように動き、くっついて塞がっていく。その上から新しい皮膚が生成されて傷を隠し、何もなかったかのように首の裂傷は消えた。

 

 首を摩ると、ドラキュリアは与一に向き直った。

 

「そなたら、私に対して言うことはないか?」

 

 ドラキュリアは淡々とした声で問いかけた。

 

「武器を持って人様の家に勝手に上がり込み、帰ってきた家主に銃を向け、殴りかかり、壺をぶつけて、締めに刃物で切りつける。私だからよかったものの、普通の人間なら死んでいる。そなたらの行いは殺人強盗と変わらんぞ」

 

 ぐうの音も出ない正論だった。駆藤は目を逸らし、与一は俯き、ブルースは顔色を悪くする。

 

「驚かせた私にも問題がないとは言わん。だが、そなたらが私にした行為は短慮が過ぎる。何故、あんなことをした?」

 

「それは……」

 

「当ててやろうか?あの男に追われているのであろう?オール・フォー・ワンにな」

 

 ハッと顔を上げる3人にドラキュリアは語る。

 

「この城から最も近い街の公園に、やつの手の者らがいた。死柄木与一。そなたを探そうとこの山に入ろうとしていたぞ」

 

 部屋の空気が凍りつく。恐れていたことが起きたようだ。

 

「案ずるな。全員、始末しておいた。尋問してみたところ、あの男に連絡を入れる前だった」

 

 さらりと恐ろしいことを言いながら、「運がよかったな」とドラキュリアは呟く。

 

「さて。それより今のそなたらに取れる選択は2つある。1つ。私への謝罪を兼ねて私の管理下に入り、服従する。2つ。今すぐ、この城から出て行くか。好きな方を選べ」

 

 3人は顔を見合わせる。ドラキュリアはやろうと思えば3人を殺せる力を持ってる。それにどの選択も無事に済まされるかどうか怪しい。

 もし「1」を選んだら、今ここで殺されなくとも後で何をされるかわからない。

 かと言って「2」を選んでも腹を立ててこの場で殺されるかも知れない。それに、本当にこの城から出られても与一は容体が悪く、今立っているのもやっとな状態。冬が近い今の時期に山の中で野宿するのは危険だ。

 

「「……進むも地獄。退くも地獄か」」

 

「危害は加えぬ。そなたらの身の安全は保証しよう」

 

 ドラキュリアは与一に目を向ける。

 

「死柄木与一を治療してやろう。あの男に追われてるとはいえ、虚弱の身でこの季節の夜の山を歩くとはな」

 

 呆れているのか感心してるのかわからない、淡々とした声音で言いながらドラキュリアは与一を見つめた。

 

「さあ、選べ。私に従うか、今すぐこの城から出て行くか」

 

 ドラキュリアは駆藤に向き直り、選択を迫る。

 

「俺たちは……」

 

 駆藤は息を整えて目を閉じ、思考を張り巡らせる。そして数秒、目を開く。

 

「……お前に、従う」

 

 ドラキュリアを真っ直ぐ見つめながら、駆藤は不安と恐怖を押し殺しながら答えを口にした。

 

「そうか」

 

 ドラキュリアは与一たちの前から10歩後ろに下がり、徐にパンと手を鳴らすとその体から黒い靄が吹き出し、瞬く間に全身を包んだ。

 

「改めて自己紹介をしよう」

 

 霞からドラキュリアの声が響く。天井に届くほど大きくなると、所々から光が差し込み、眩しい光と共に靄は吹き飛んだ。

 

「くっ!何だ!?」

 

 駆藤はチカチカする目を開け、ドラキュリアの姿を見て息を呑んだ。

 

 その髪は雪のように白く、その瞳は血のように赤く変色していた。

 身に纏っていた黒いスーツは、襟が高く裏地は真っ赤な黒マントと、濃紺色のホルターネックのスリットドレスな変わっていた。袖はなく、ボディラインを強調し、右足を大胆に晒した煽情的な衣装だ。

 

 そして何より目を引くのはその圧倒的な巨体。駆藤たちの2倍以上、軽く4m近い長身だ。単純な縦長ではなく、身長に比例してバランスよく横幅と奥行きがあり、常人の10倍近い質量がありそうな巨人だった。

 

「……ぐぅっ!」

 

 与一は血の気が引いて顔色を変える。口を抑えながらその場に崩れ落ちた。

 ブルースも滝のように汗を流す。その手は微かに震えていた。

 そして駆藤は、蛇に睨まれた蛙のように動けずにいた。鼓動が爆音のように大きく聞こえる。呼吸の間隔が短く、速くなっていく。

 

 変わったのはドラキュリアだけじゃない。室内の空気がより重く、禍々しいものへと変わった。まるで、空間そのものが命ある者全てを拒絶するような感覚だ。

 

「我が名はドラキュリア。吸血鬼にして、混沌より生まれし魔王である」

 

 耳ではなく、頭に直接響くような声だ。

 

「ようこそ、我が悪魔城へ。歓迎しよう」

 

 抑揚のない声を紡ぐ唇から、白く鋭い牙が覗いた。

 




ドラキュリア(……よし!決まった!!)

最後まで読んでいただきありがとうございました。
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それではまたお会いしましょう。
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