「それ、僕なら治せるかもしれません」
アムロは少しでも恩返しがしたいと思った。
「ん……本当か」
ドアンは顎に手をやったまま振り向いた。眼差しは期待に満ちている。
「いいのかよ!コイツは連邦の兵士なんだろ!細工でもされたら……」
「ここは任せてみようマルコス。俺が見たところ、とてもそんな事をする人間には思えない。お前だってこの少年に助けられた筈だ」
ドアンはマルコスの頭に軽く手を置いた。マルコスは羞恥しながら目線を逸らす。
「決まりだな。工具は灯台の地下に腐る程ある。そこから持っていくといい」
「はい……!」
アムロは清く歯切れの良い返事をした。
ジオンの兵士にもこんな素晴らしい人間がいる。やはり人を変えてしまうのは戦争だ。僕達は皆等しく同じ人間なんだ。
暫くして、灯台に光が燈った。電気が通らない原因は簡単なケーブルの破損。常日頃から機械類に触れていたアムロにとっては朝飯前であった。
「光ってる……!眩しい。電気が通ったんだ!電気が!」
マルコスはアムロが一兵士だという事をすっかり忘れて、暗がりに灯った光にはしゃいでいた。
灯台の光が幾らか回転した頃。曇り空の中に同じく回転する一つの発光体が存在した。
「あ!お空にトーダイがあるよ!ほら、みてみて!」
少女が空に向かって指を刺した。確かにその方向には赤く発光する一つの点があった。
「衝突防止灯……いや違う。まさかこんな時に」
「ザクだ!」
アムロは叫ぶ。灯台の光を探知されたのだろう。この島では頻繁に雷を伴うスコールが発生する。その影響でレーダーが使い物にならない。つまり肉眼での発見こそが、この島では重要な探知の手段になるのだ。
アムロは危機迫った表情でドアンを尋問した。
「ガンダムは……ガンダムはどこにあるんです!」
「子供達の避難が先だ。皆んな急いで防空壕に避難しろ」
子供達を抱えてドアンが階段を下る。マルコスとアムロもそれに続いた。
防空壕は納屋の地下に設けられていた。地下道と繋がっているらしく、年期はそれなりに感じられるものの、かなり頑丈な造りに見えた。
「……マルロ。子供達を頼む。俺達が作り上げてきた未来を必ず守り抜くんだ」
「だめ……だめよ……。行かないでドアン!こんな事を繰り返していたら、どんなに強い貴方だって……!」
「心配はいらないさ。いつも通り、"悪いトーダイ"をやっつけにいくだけさ。それにな。今日は一人じゃない」
ドアンは強張った表情をするアムロに向かって、意味ありげな視線を送った。意図するものがなんであるかアムロは理解した。安堵するのと同時に、顎を引いて気を引き締めた。
予見した通り、ガンダムは落下した崖に程近い洞窟に格納されていた。それはかつてジオン軍によって運用されていた旧地下ドックだった。
「お前さんのモビルスーツ。確かガンダムとか言ったか。こいつはとんでもない兵器だよ」
「まさかドアンさんがここまでガンダムを運んだんですか」
「そうだ。敵陣営のモビルスーツとはいえ、整備士に扱えない代物ではないよ。戦いは無理でも運ぶ事くらいはできる」
この男は只者ではないとアムロは思った。本当にただの"元整備士"なのか。電気系統のトラブルは治せない癖に、それよりも遥かに高度なモビルスーツは扱えるっていうのか。
刻一刻の猶予もなかった。アムロは沸き立つ疑問を押し殺すと、急いで開いていたコックピットに座った。
「あの……本当に行っていいんですね?」
アムロは複雑な気持ちを胸に抱いた。
ドアンは首肯する。
「俺は軍を引退したんだ。後ろから撃つ理由もないし、困ってる人がいたら助けるのがこの島のルールだ」
ドアンは咥えタバコを口にして言った。
アムロは別れの挨拶をした。もうこの男とは二度と会わないだろう。
「ありがとうございました!」
言い終えた後、ハッチを閉める。劇場の幕が下される。徐々に男の顔が見えなくなる。ハッチが閉じ切るその瞬間、デュポンライターの音と共に声が聞こえた気がした。
「すぐに追いつく」
アムロは立て続けに三機のザクと対峙した。
「普通のザクじゃない……!コイツ、できるやつか!」
連携の取れた動き。回避は困難を極め、中々反撃に転じる事が出来ない。
「……クッ」
ミサイルランチャーがガンダムの肩を掠める。地面を滑空する褐色の一つ目。動きも早い。
「ビームライフルがあれば──!」
親指を押し込み、バルカン砲で敵を牽制する。長くはもたない。精々、弾薬が切れるまでの悪あがきだ。
ツノ付きの目が発光した。それを皮切りに二体のザクが同時に斬り込んでくる。片方は上段。もう片方は下段を狙っているように見えた。
やれるのか──!アムロは短く息を吐き、呼吸を整えると、素早くレバーを握り直した。直後、ガンダムの胸元から蒸気が噴出する。両腕が光剣を抜き取る。そのまま低い姿勢を保ちながら片方の刃がザクの足元を捉える。
「──いけ!」
切断された両足。バチバチと爆ぜる音をたててザクが崩れ落ちる。
「まだだ──!」
急旋回するガンダム。後方から第一陣を回避されたザクが襲いかかる。片方の刃は吸い込まれるようにザクの胴体を半分に切り裂いた。
回避運動をした矢先、爆風の中からツノ付きのザクが現れる。
「しまった──!」
気付いた時、ガンダムの片腕は空の彼方に吹き飛ばされていた。尚も攻撃は止まらない。この速度、間に合わない。諦めかけたその時だった。
ドガンッと、聞いた事もない轟音がザクを押し潰した。それは巨大な岩だった。ノイズが響くと、有線通信に切り替わった。
「武器は持たない主義でね」
「その声は……ドアンさん!?」
声の主はあの男。元整備士を謳っていたククルス・ドアンであった。火山の火口付近に佇む一体のモビルスーツ。それは紛れもない普通のザクである。まさかその機体に乗っているとでもいうのか。
前触れもなく今度はガンダムの足元に巨岩が直撃する。
「ぐわ──!」
体勢を崩し倒れるガンダム。味方ではない!?
「なんの真似ですか!」
「軍を引退したって言ったろ。……正確には裏切ったんだ」
岩があられのように降り注ぎ始める。
「ぐぁぁぁ──!」
「俺は罪もない人々を踏み殺してきた。その事実はジオンも連邦も関係ねぇ!この戦争で数え切れないくらい行われている事だ」
「だから……どうしようというんだ」
「そのモビルスーツ。白い悪魔をここで壊す。新たな戦争の火種を産まない為にも」
「だからって……」
「そいつに乗った時、思ったんだ。これは野放しにしてはいけない兵器だとな。……人を殺して何になる!戦争はその圧倒的な力に対抗して広がったんじゃないのか!」
「……」
返す言葉もなかった。
「アンタらが来てからこの島は滅茶苦茶だ。平和な日常を奪われた。子供達の笑顔が恐怖に変わった。俺は結局、また道を引き返す事になったんだ!」
戦闘後。
「何故とどめを刺さない……それでもお前は軍人なのか」
「そんなの……もう、どうだっていいじゃないですか。貴方がいなくなったら!この先この島の子供達はどこに帰るって言うんですか!」
「……」
「貴方にはまだ帰れる所があるんだドアンさん」