ここカダインはアカネイア大陸北部・マーモトード砂漠南部に位置する学園都市である。雨がほとんど降らず、昼と夜の寒暖差が大きい。
特に夏の暑さは尋常じゃない。よくこんなところに都市を造ろうと思ったな。
しかし今は快適である。ブリザーとシェイバーの魔石を利用した冷房の魔法が完成したからな。氷をドンと置くよりはエネルギー効率が良い。
ちなみに魔石とは魔導書の核として使われているものだ。杖にも使われており、こっちの場合は聖石と呼ばれることもある。
とそこで、執務室の扉がノックされた。
来客があることは聞いている。俺は入室を促した。
「……失礼します。ガーネフ……司祭」
入ってきたのは金髪の少年。グルニアの王子ユベロである。俺と話がしたいと世話役に零したらしい。その報告を受けて、こうした席を設けたわけだ。
「その席に掛けなさい。私に話があると聞いたが?」
「は、はい。あ、あの、何故ガーネフ司祭は、突然ぼくたちに優しくなったのでしょうか?」
優しく……ね。というかこれが普通なんだがな。突然だが人質と聞いてどんなイメージを浮かべるだろうか。狭い部屋に押し込められ、自由がなく、最低限の衣食しか与えられず、命の保証もない。そんなイメージを持っている人も多いだろう。
だが人質というのは、時代や環境によって扱いが変わるものだ。
メディウスの野望は人類の滅亡だから、アカネイアが死に体になった時点で人質の価値もほとんどなくなった。だからマリアをグルニアに任せ、マケドニアとグルニアの対立を煽った。
そしてユベロとユミナを俺に任せたわけだ。
「人質の扱いとは、本来このようなものだよ。例えばキミが無事に国へ帰ったとしよう。その後、カダインの魔導士が人質にやってきた。自分が辛い目にあったのだから、こいつも同じ目に合わせてやろうと考えるのではないかね?」
「そんなことは……」
「ないと言い切れるかね? 人間とはそこまで強くないよ。キミの姉だって、本来は優しい性格なのだろう。だが過酷な環境に置かれることで、神経が苛立っているのだ。彼女には優しくしてあげなさい」
「……はい。人質の扱いについては分かりました。では何故……最初の扱いはあんなに酷かったのでしょう?」
ああ、それね。たぶん興味がなかっただけじゃないかな。テーベに退く時も置いてけぼりだったし。エリスは研究対象だからまだマシな待遇だったけど、双子は本当に酷かった。別に死んでもいいと思ってたんだろう。
「それについては謝罪しよう。どうも伝達が上手くいってなかったようでね。その処遇を行った者も処分したので安心していい」
まあそんなやつは最初からいなかったけどね。
「話はそれだけかね?」
「いえ、ここからが本題です。ガーネフ司祭、ぼくに魔導を学ばせてください!」
ユベロは立ち上がり、深々と頭を下げた。しかしなぁ、魔導って武力だよ。人質に力をつけさせるのは……でも戦国時代の人質とかは普通に剣の稽古とか勉強とかしてたよな。
ならアリか。恩を売るという意味でも、許可するのは悪くない。それにユベロがどんな天才魔導士でも、おいそれと俺に追いつくことはできないだろう。
「いいだろう」
「え、いいんですか?」
そっちが驚いてどうする。
「だがキミの立場上、講義に出させることはできん。専属の教師をつけよう。それでよいかね?」
「は、はい! ありがとうございます!」
もう一度ユベロは深々と頭を下げた。
教師は、エルレーンでいいだろう。司祭を動かすのは面倒だからな。あいつはウェンデルも認める英才だ、問題なかろう。ただ平民出身ゆえか、貴族への憧れが強く、それを拗らせて貴族嫌いになった。
マリクが嫌いなのも、あいつがアリティア貴族だからエクスカリバーを継承されたと誤解しているからだ。
ウェンデルもなぁ。もう少し説明してやればいいのに。叱ると褒めるはセットにしないと人は伸びないぞ。
とりあえず人参だな。エクスカリバーに匹敵する魔法を作ってやろう。あいつは雷系と相性が良いはずだから、その系統でいくか。
それに
◇
「ほう、アカネイア同盟軍がやってきたと?」
「ハッ! どう対処いたしましょうか?」
本来なら反乱軍と言うべきなのだろうが、俺が同盟軍同盟軍と言うものだから、全体にも浸透してしまった。まあここにはグルニア兵もマケドニア兵もいないから問題はないがな。
「使者を立てる。エルレーンでよいだろう。やつはアリティアのマリクと面識がある。師のウェンデルも同盟軍にいるだろうしな。書状を持たせるゆえ、準備するように伝えろ」
「ハッ!」
さて、ここが正念場だな。エルレーンが首だけになって帰って来たらどうしよう。さすがにないと思いたいが、戦に絶対はない。0%と100%以外は信用してはいけない。それがサカのおきて。
まあいざという時のために、ワープリングは持たせよう。一応は正式な使者だし、靴を脱がして足の指までは調べられないだろう。
問答無用で攻められたら、戦うしかないな。一応住民は避難させ、魔導士を配置しているが、やはり戦力はこちらが劣る。
だがマフーがある限り、俺を倒すことはできん……たぶん。
陰鬱な時間はしばらく続いたが、それは杞憂に終わった。マルスは俺との会談を受け入れた。同伴者は3人まで認めたが、俺の予想は大外れだった。
てっきりジェイガンとモロドフ、そしてアベルかカインのどっちかで3人だと思っていたが、来たのはウェンデル、ハーディン、ミネルバの3人だった。
……3人はどういう集まりなんだっけ?
ウェンデルはまあ分かる。俺とも既知の間柄だし、カダインの地理にも詳しい。ハーディンとミネルバはなんでだ? 武力という意味では同盟軍でもトップクラスだから、護衛としての意味はあるのだろうが。俺が相当警戒されているということか?
というか入って来た4人ともがちょっと驚いているんだが……ああ、そういうことか。最近では当たり前になっていたから気づかなかった。
「よく来てくれたマルス王子。冷房の効いた部屋は初めてかね? 魔法にはこういった使い方もある。まずは挨拶しよう。ガーネフだ。このカダインで最高司祭を務めている」
「……アリティアの王子マルスです。アカネイア同盟軍の盟主を任されています」
カダインの最高司祭と同盟軍の盟主、格の上では釣り合うな。話し合いってのはこういう格も重要なんだ。まあ今回は俺とマルスであれば何でもいいんだけどな。
「まあ掛けたまえ。茶を用意させよう。良い茶葉が手に入ったのでね」
マルスたちを案内してきたシスターに指示を出す。席に着いたのはマルスとウェンデルの2人だけだった。ハーディンとミネルバはその後ろで、いつでも剣を抜けるように警戒している。
ちなみに、武器の携帯は許可した。そこまで信用されてないのは分かっているからな。
「さて、ひさしぶりだなウェン――」
「ガーネフ司祭、姉上とファルシオンを返還する意思があるというのは本当なのか!?」
俺の言葉を遮ってマルスが切り込んでくる。そう焦るなよ。エリスが心配なのは分かるけどな。しかしこのままだと落ち着いて話もできんか。
「無論だ」
指をパチンと鳴らす。奥の扉のロックが外れた。アンロックの杖の応用だ。この方がカッコいい。最高司祭っぽさも演出できる。
「マルス!」
「姉上!」
姉弟の再会だ。感動的だな。ひとしきり再会を喜び合ったマルスは、ようやく席に戻った。エリスもマルスの隣に腰かける。
「ファルシオンは後で渡そう。まずは話をしようじゃないか。我々に交戦の意思はない。私はカダインを統治しているが、恐怖政治をやっているわけではない。街を見たのならば分かると思うがね」
「……このカダインも、随分と住みやすくなったようじゃの」
答えたのはウェンデルだった。むしろ前が散らかりすぎてたんだよ。みんな研究者気質だからって無頓着すぎるだろ。今は区画整理してそれなりにインフラも整備したから、多少は住みやすくなっているはずだ。まあそもそもこの土地自体が住みやすいとは言えないんだけどな。
「研究にかまけてばかりもいられぬよ。為政者としてはな。市民の声も聞かねばならん」
おい、なんだこいつみたいな目で見るのはやめろ。ホントにガーネフか? って思ってるんだろうが、残念ながらあんたの知ってるガーネフじゃねぇから。
「書状に記した通り、我々の要求はひとつだ。カダインの自治を認めてもらいたい。戦力が欲しいというのなら、魔導士を派遣しても良い。あまり徴兵はしたくないがな」
まあ徴兵はせずとも望むものは少なからずいるだろう。人は武器を持つと、それを使いたくなる。魔法も同じだ。習得した魔法を実戦で使ってみたいと思う好戦的な人間はいる。こんな世界ならなおさらだ。
俺が行けば一番いいんだが、今の今まで敵だったやつに背中を任せたくはないだろう。マルスはともかく他のやつが了承しないと思う。それに行ったところで針の筵だし、功績云々の政治的な問題も絡んでくる。
「要らぬ争いは、我らも望むところではありません。自治を認めましょう。ニーナ様の許可も頂いていますのでご安心を。協力に関しては、志願者のみで構いません」
謙虚なことだ。アカネイア貴族なら魔導士の派遣を強制していただろうな。
シスターに命じてファルシオンを用意させる。
それをマルス王子が受け取って、書面を交わす。これで終了だ。
「礼を言う。マルス王子」
「良き会談でした」
マルス王子と握手を交わす。
「ガーネフ司祭。ひとつお聞きしたい」
「何かな?」
ここに来て、と油断させて……ばかめ! というのはやめてくれよ。そうなったら全力で逃げるぞ。いつでも逃げられるようにマフーとワープは常に身につけてるんだ。
「あなたは何故、戦争など始めようと思ったのですか?」
ああ、そこか。俺がメディウスを復活させてアカネイアを攻めさせたってのは、もう周知の事実となっている。そこでついた呼び名が『魔王』ガーネフだ。
「マルス王子。あなたは良い育てられ方をしたようだ。あるいは悪い育てられ方とも言える。アカネイア貴族の腐敗を知らない」
「……多少は知ったつもりです」
同盟軍にもスポンサーはいるだろう。戦争をするには金がかかるからな。その中にはアカネイア貴族もいるはずだ。金だけ出してりゃいいんだが、マルスの様子から見て口も出しているようだ。
「アカネイア貴族たちはオレルアンの騎馬民族を奴隷と蔑み、奴隷を城に入れるなと怒鳴ったそうだな、ハーディン公」
ハーディンが苦々しい表情を浮かべる。騎馬民族だった狼騎士団の面々はハーディンによって騎士へと抜擢された。だからこそハーディンに心酔し、絶対の忠誠を誓っている。
「今も人々の記憶に残る大陸規模の大飢饉。アカネイア貴族はマケドニアから強奪も同然に食糧を持っていったそうだな、ミネルバ王女」
今度はミネルバ王女の表情が歪んだ。たぶんあの出来事が、オズモンドとミシェイルの確執を決定的にしたのだと思う。確かマケドニアでは餓死者も出たはずだ。
「私はメディウスを利用して、大陸の支配構造を壊そうと思ったのだ。アカネイアという国は力を持ちすぎている。さらに自浄作用がない。内部に自浄作用がないから腐敗は酷くなる一方だ。ならば外圧を加えるしかなかろう」
「……しかし、それでも戦争を起こすのは間違っている!」
「ならばどうすればよかったのだ? 代案がなければ子供の駄々と変わらぬぞ。現状維持は知らぬふりも同然だ。他国が食い物にされ、アカネイア貴族どもが肥え太るのを黙って見ていろと?」
「それ……は……」
マルスが黙り込む。しかしなんだな。自分がやった行いを無理矢理正当化している感は否めないな。モロドフならもっと上手い切り返しをしたのかもしれない。
ウェンデルは一応カダインの自治に参加していたんだが、国となれば管轄外だし、ハーディンも兄王の補佐程度しかしてこなかっただろうし、アカネイア貴族を強引に叩き出した過去があるように、武力による解決を好む傾向にある。
ミネルバに至っては10代の頃から戦場を飛び回っていた生粋の武官だしな。
アカネイアもなぁ。王家にもっと力があれば良かったのだが、5大公爵を筆頭に貴族が力を持ちすぎている。
「アカネイア貴族が考えているのは、己の保身と利益だけだ。オレルアンでニーナ姫が大陸各地に檄を飛ばした時、彼らは何の反応も示さなかった。だが王都パレスの奪還を果たした時、彼らは手の平を返したようにすり寄って来た。これは私の想像だが、彼らはニーナ姫がオレルアンで檄を飛ばしたことを「知らなかった」と答えたのではないかね」
知っていて無視したのなら見捨てたことになる。知らなかったから応えられなかった。彼らはそう答えるしかなかったのだ。いくら白々しかろうとな。彼らにとって王家とは崇拝するものではなく利用するものにすぎない。
そしてニーナ姫はそれを察しながらも、彼らを受け入れるしかなかった。戦争には金がかかるし、いま貴族たちを敵に回すわけにはいかなかったからだ。
マルスの苦々しい表情を見るかぎり、この予想は当たっているようだ。
さらに穿った見方をするのならば、アカネイア貴族たちはマルスを利用しているだけにすぎない。
「マルス王子。アカネイアの役人に平民出身の者が何人いるか、ご存知かな?」
「……いえ」
「ゼロだよ。皆無なんだ。役人は貴族の特権なのだよ。そんな者どもが平民の苦境を理解できるはずもない」
やつらの最も厄介な点は、自分自身が成長するのではなく、他者を引きずり降ろして優越感を味わう人種だというところだ。足の引っ張り合いに特化した者たちがそれぞれの足を引っ張り合い、成長もなく泥沼化しているのだ。
やっぱアカネイア貴族はクソだな。
「しかし、この戦争で、革命で日々の暮らしを失った人々はいます。命を失った人々も……」
口調が弱々しいな。主義主張はもっと大声で叫ぶべきだ。
「それを必要な犠牲と言うつもりはない。切り捨てられた人々は、必要な犠牲だと言われても納得など出来ないだろうからな。だが私は
反論はない。マルスは黙って聞き入っている。あんまり引き出しは残っていないんだが、とりあえず続けさせてもらおう。
「戦争が正しいとは思っておらぬ。だが正しさが常に人を救うとは限らない。アカネイアという国は、もはや力で解決するしかないほど腐敗が進んでいる。特権階級の者たちだけが楽しく暮らせるように、庶民は安い給金でこき使われ、高い税を納めるという仕組みが出来上がっている。アカネイア貴族が庶民に何を望んでいるか分かるかね? 世の中の仕組みなどに興味を持たず、普段は畑を耕し、戦となれば真っ先に危険なところで自分たちを護るために戦ってくれる。貴族がいるから自分たちの生活が成り立っているのだと錯覚してもらう。つまり、愚かでいてくれることを望んでいるのだ」
戦前のアカネイアの統治機構は貴族制で、君主権力が小さく、家柄中心の人事登用が行われていた。慣習法が用いられ、貴族ごとの領地を束ねて国と成していた。
簡単に言えば、王が中心ではなく、貴族が中心になっていたのだ。
「本来ならば程よいところで和平を行うつもりだった。あわよくば貴族制度そのものを撤廃させるつもりだったが……上手くはいかないものだな。メディウスは、私の予想を超えて人間を憎んでいた。人間を滅ぼし、大陸を竜族のものとするつもりのようだ。何故そこまで人間を憎むのかは、分からぬがな」
いや、知ってるけどね。でもガーネフは知らないんだ。なんで知ってると追及されても困るし、ガトーに目を付けられても嫌だし、ガーネフが知らないことは知らないことにさせてもらう。
「だからこそ、ニーナ姫には力を持ってもらいたい。君主が絶大な権力を持ち、能力中心の人材登用を行い、法律は成文法とし、統治は官僚が行うことが望ましい」
まあここまでやれば貴族も反発するだろうが。というか第2部でハーディンがやったことって、貴族を弱体化させるという意味では似てるんだよな。以前にも述べたが、闇のオーブは精神エネルギーを高める効果がある。それは0を1にするのではなく、1を10にするようなものなのだ。つまりハーディンはアカネイア貴族に対して相当不満をため込んでいたということだ。
「だからファルシオンを託す」
これで終わりだ。これ以上レスバをするつもりはない。俺が一方的に喋っていたような気もするし、バトルですらなかったような気もするが。ああ、忘れないうちにあれも話しておこう。
「それとマルス王子。2つほど伝言を頼みたい」
「分かりました。誰にでしょう?」
「1人はバヌトゥ。あなたの陣にいる竜族です。探しているチキという少女は、ラーマン神殿にて眠っていると」
本当は回収してこの場で渡しても良かったのだが、暴れられても困る。チキにとって俺は誘拐犯だからな。それに、マルスに助けられたとした方が良い形で収まる気がするのだ。
「もう1人は?」
「ニーナ姫に。戦後でもよいが、アドリア侯ラングは処刑しておいた方が良い。後の火種になる」
ラングは犠牲になったのだ。
一応まともなアカネイア貴族もいます。大多数がアレなだけで。