TS範馬勇次郎という概念   作:おもち

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時系列は親子喧嘩編終わりくらいに考えてますが、割と適当です
お立ち寄りいただいてありがとうございます


第1話

 

 

 

 

「オジャマ……」

 

 

 ──神心会本部。

 

 その時、かつてない緊張感と困惑とが会館に渦を巻いた。

 

 入口を蹴破り、現れた一人の女性……? 少女……? 

 

 未だ円熟しきっていない未発達にして小柄なその少女は、まるで獣の様な眼光で辺りをねめまわしていた。黒のカンフーシューズでただのガラス片と化した扉を踏みにじり、彼女は先の一言だけを囁いて神心会本部へと足を踏み入れた。

 

 余りにも傍若無人。

 自らの振る舞いに対して僅かな省みもしない不遜な態度。

 

 受付の女性が小さく悲鳴を上げる。

 その周りにいた神心会の門下生達が不快感を表す様に眉を顰めた。その態度に、件の少女は小揺るぎもしない。道着を纏った屈強な男達に囲まれても、その不遜な顔色は一切変わることはなかった。

 

 

「よう、お嬢ちゃん。随分とまあド派手にやってくれたじゃねぇか」

 

 

 屈強な男達の中でも更に屈強。

 雄として極めて優秀な体躯の末堂厚が、小柄な少女の前に立ち塞がる。

 

 

「で、ここが神心会本部と知って、どのようなご用向きかな?」

 

「リハビリも兼ねた道場破り……ってとこか」

 

「あ?」

 

 

 末堂の眉が跳ね上がる。

 

 道場破り。神心会相手にこれほど古典的で、それでいて挑戦的な文言は他にないだろう。

 

 

(舐めてんのか……)

 

 

 末堂ははっきり言ってこの少女を侮っていた。

 それもその筈。彼は身長二百を超え、体重百三十キロにもなる巨体だ。恵まれた肉体に備わった、武神愚地独歩仕込みの技術(カラテ)。対する少女は身長百五十半ば程度しかない小柄かつ痩躰。拳を握ったこともなさそうな美しい見目だ。

 

 闘争の為に練り上げられた肉体の男と、闘争すら知らなそうな肉体の少女。相対して、末堂が怯む成分など欠片も見当たらない。

 

 しかし、少女は末堂に迫られて尚怯まなかった。

 ……否、彼女は末堂を見ちゃいない。視線は合っているのに、眼中にはないと言わんばかりの、そんな雰囲気を醸している。

 

 

「いるな」

 

 

 にやり、と少女の口角が上がる。

 何を指しているのか、この時末堂は理解できなかった。

 

 

「何を言って──」

 

 

 そして次の瞬間、末堂は会館の地を舐めることになる。

 彼は後に意識が覚醒して目撃者に語られるまで、何をされたのか全く分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 武神、愚地独歩。

 虎狩りの異名で知られる彼は、巌の様な体にじんわりと汗を滲ませていた。

 

 激しい稽古の所為──……違う。

 

 先程から体の隅々に渡る彼の戦士としての細胞が、警鐘を鳴らし続けているからだ。

 

 

(何か、くる)

 

 

 神心会に踏み入った、何か邪悪にして巨大な存在感。

 階下が騒がしい。しかして、その異常を独歩は誰に聞かずともその危険性を嗅ぎ取っていた。

 

 且つて相対したシベリア虎の猛獣性。いや、それ以上。何か、手のつけようのない何かが、自分の身に迫ってきていることを彼は察知した。

 

 

「よぉ」

 

 

 だが、現れたのはそんな独歩の想像とは対極に在る様な少女だった。

 

 一瞬、肩透かしを喰らう。緊張感がほんの一瞬だけ、解けた瞬間だった。彼女は神聖な道場に土足のまま踏み込むと、周りの静止を歯牙にもかけずに独歩の目の前までやってきた。

 

 

「こりゃあ、すげぇ……」

 

 

 少女を見下ろす独歩は、譫言の様にそう呟いた。

 

 ……そう、すげぇのだ。

 その少女の醸す存在感。そこに立っているだけなのに、範馬勇次郎の象形拳を披露されているかの様な圧迫感(プレッシャー)。まるで全身が鋭利な刃の様だ。見た目に騙されてはいけない。独歩は目の前の少女の危険性を、鋭敏に感じ取っていた。

 

 

(女の身でよくもまぁ、これだけ……)

 

 

 しかしちぐはぐ感もある。

 少女の姿をつぶさに観察する独歩は、その違和感に首を傾げた。

 

 まず、拳にタコがない。

 束ねた竹を貫手で貫く独歩の分厚い手とはまるで真逆だ。柔らかく、女性的。それでいて細い。

 

 この存在感であるというのに、その身体機能は謂わば並み。それも見た目の年齢の少女の水準として並みである、という程度だ。

 

 

「あんた一体何もんだい」

 

 

 思ったままの言葉を吐き出す。

 すると少女は、獰猛な笑みを浮かべた。わら……と、彼女の艶やかな黒髪が湧きあがり、纏う空気がぐにゃりと捻じ曲がる。

 

 

「俺の名が聞きたきゃ、その拳で聞くといい」

 

 

 少女はそれだけ言うと、何の合図もなく、独歩に拳を振りかざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──神心会門下生・田中英二、二十一歳は後にこう語る。

 

 

「いやぁ……何て言うんですかね。まるでなんていうか、天災……? そう、災いって書く方のテンサイ……まるで嵐そのものみたいな()でしたよ」

 

 

 とあるファミレスでインタビューを受ける彼は、困惑そのものの表情でそう呟いて、喉仏を転がした。見た目は格闘技をやっていますと言わんばかりの分厚い体で、肌も浅黒い。そんな彼が一人の少女を思い返して戦慄しているのが、聞き手にはどうにも可笑しく思えた。

 

 

「俺がその時なんでその子に勝負を挑まなかったか……? いや、ムリムリ。ムリっすよ。だって門下生の中で一番強い末堂先輩を簡単にのしちゃってるんですよ? みんなライオン目の前にしたみたいに、動けなかったです」

 

 

 ──で、あっという間に愚地独歩館長の前に向かったと。それも土足で。

 

 

「ええ。みーんな固まっちゃって、一体何が始まるのかって緊張感もかくやって感じで……まあ、おっぱじまりますよね」

 

 

 ──最初は、その少女から? 

 

 

「はい。まずはジャブ……だったかな。そん時、すげぇ音がしたんすよ。鞭の音って聞いたことあります? はい、あの長ぇやつ。それを思いっきりぶち回したみたいな……そんな音があの女の子の拳から鳴ったんですよね。そう、めっちゃくちゃ速いんです。周りにいた俺らは全く目で追えてなかったですね」

 

 

 田中はそう言うと、アイスコーヒーに口をつけた。

 当時の光景を思い出しただけで、口内が乾いたのだろう。聞き手は続きが気になる。「愚地館長はそのジャブをどうしたのか」と問いただした。

 

 

「館長は、まあ……直撃でしたね。いきなりだったっていうのもありましたけど、はい、そう、もろに顔面に。後に聞いたら鼻っ柱が折れてたらしいンですけど、鼻血、流してましたね」

 

 

 ──あの虎殺しの愚地館長が、そんなあっさりと。

 

 

「それだけ強烈だったってコトす、あの娘のジャブが。でもその後、館長は笑ったんですよ、ニタァ~って。鼻血垂らしながら。その時、俺らはみんなこう思いましたよ。あ、館長が本気であの娘に牙を剥くんだなって。怖かったなぁ、あんときの館長……でもその少女も大概スよ。本気を剥きだした館長目の前にして、にやって笑ったんスから」

 

 

 ──いよいよ始まるということですか。

 

 

 田中は深く頷く。

 

 

「よーいドンも糞もない。あの娘が踏み込んだ! と思ったらとんでもねぇラッシュが始まったんですよ。俺らには館長がタコ殴りにされてるようにしか見えなかったんですけど……やっぱり館長っすわ。武神、虎殺しの異名は伊達じゃねぇってことですね」

 

 

 ──何が起こったんです? 

 

 

「『廻し受け』っすよ。館長十八番の鉄壁の構え。まるで円を描くように、あの娘の嵐みてぇな乱打を見事にまぁ捌ききって……いやぁ、痺れましたね。俺ら、とんでもなくすげぇ人に空手教わってんだなって、鳥肌立ちましたよ……」

 

 

 恍惚とした表情の田中の口振りに、聞き手の手にも汗が握られる。

 

 

「そんでどうなったか? ひとしきり攻撃を終えたあの娘は、なんか複雑な表情してましたね。なんか、自分の攻撃が捌かれたことに喜んでいるようにも悲しんでいるようにも見える様な……ああ、なんか説明は難しいんですけど」

 

 

 ──少なくとも、館長に攻撃を防がれたことに動揺していたということですか。

 

 

「うん、間違いなくそうだと思います。良くも悪くも……って感じですね。で、まあこれは長期戦になるなと俺らはそう思っていたんですけど、そうはならなかった」

 

 

 ──決着の時、ですか。

 

 

「はい。正直、衝撃でした。はっきり今もよく分かってねぇです。あの娘がまるで、なんて言うかなぁ……熊の威嚇? みたいなポーズを取ったんですよ。防御もへったくれもあっちゃいない、諸手をバンザイしたみたいな……俺ら素人はなんだその変な型って思ったんですけど、愚地館長は違ったんでしょうね。明らかに目の色が変わりました」

 

 

 ──その型を、警戒したと? 

 

 

「正直よく分かんねス。ただ、俺達とは見えているものが違うのは確かでしょうね。受けの型を解いた館長が今度は一転、今度は踏み込んで、正拳突きを繰り出しました。あの館長の正拳突きといやぁまず喰らった人間はゲームオーバーっすよ。それだけの破壊力と速度がありますから。俺が貰ったらワンチャン死ぬんじゃないですかね、腹突き破られて」

 

 

 田中は卓上で拳を握りながら、こう続ける。

 

 

「そしたら、あの娘の左足が地から跳ね上がりました。側頭蹴りっす。信じられますか……? あの館長の正拳突きより速ぇ側頭蹴りっすよ……いや、今思い返してもまじで意味分かんねぇっす。あとは貴方も聞いてる通り、あの娘の蹴りがめちゃくちゃ綺麗に館長の頭に入って、ノックダウンです」

 

 

 からり、とグラスの氷が鳴る。

 田中はそこまで言い切ると、息苦しさから解放されるように大きく息を漏らした。

 

 

 ──……その少女、一体何者ですか。

 

 

「……それが分からねぇから、不気味なんですよ。館長は何か分かったっぽいですけど……教えてはくれないでしょうね……何にせよ、激やばだってことにしか俺には分からないです」

 

 

 下唇を噛む田中に、聞き手は冷や汗を流した。

 これはノンフィクション。田中の妄言じゃない。あの愚地独歩が後れを取った謎の少女。その少女は一体──。

 

 

「え、一体どんな容姿だったかって……?」

 

 

 田中は腕を組み、視線を落とし、僅かな時間だけ唸った。

 どうせ男と然程見た目が変わらぬ、岩の様な女なのだろうと聞き手は勘繰っていたが──田中が顔を上げる。彼はとても腑抜けた顔をしていた。

 

 

「めっちゃくちゃ可愛いんですよ、それが♡」

 

 

 聞き手は、持っていたティースプーンを取りこぼした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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