人を裁く権利は我々にはありません。私たちの仕事は、ただ穴を掘り尽くすだけです

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古畑任三郎 VS多田野

 えー、この世は右利き用の物で溢れています。

 例えば、カメラのシャッターボタン。これ、絶対に右にありますね。

 長さを図るメジャー。これも右手で使わないと、メモリの位置がおかしくなります。

 他にもたくさんあります。ドアノブ、ハサミ、きゅうす……そして例えば……

 

 

 古畑任三郎 VS多田野

 

 たぶん朝食を食べてしまったからだ。

 たらふく食べた。試合があったから。いっぱい食べたほうがいいと思って。

 間違いだった。

 試合は惨敗だった。

 それで……車もぶつけた。試合後で疲れてたんだ。その車が暴力団員だった。そうだ、全部それが……。

 大坊は立ち尽くして無意味な回想をしていた。

 手に握られた拳銃。

 その筒先から出た硝煙は、今まで嗅いだことのない不快な臭いを部屋に充満させ、後悔と、あのときの映像を蘇らせる。

 

 今日は立教大学とサムソン大学の練習試合だった。

 自身は大いにあった。

 大坊は打率3.64。

 高打率から3番を任されたキャッチャーだった。

 そしてピッチャーは甲子園にも出場経験がありプロからも声がかかっている多田野。

 ついでに7番の波多野。多分レフト。

 俺たちなら楽勝だと思っていた。負けるなんて考えもしていなかった。

 蓋を開けて見れば19-810 。

 ダブルスコアの惨敗。

 ただでさえ疲れ果ててしまう試合にくわえ、喪失感に、恥と無力感。それらが更に気力を奪っていく。

 運転なんてするべきじゃなかった。車でなんて来るべきじゃなかった。

 結果ーー

 バアァン!

 気が付いたときには黒塗りのセンチュリーに追突していた。

 さっと血の気が引くと、センチュリーから、いかにもと言わんばかりの反社の男が降りてきた。

「やべぇよやべぇよ」

「どうすんだよ」

「朝飯食ったから」

 狼狽し固まる三人。

 たまたま鍵を閉めていなかったため、運転席側のドアを開かれる。

「オイゴラァ! 降りろ! お前免許持ってんのか!?」

 突然の恫喝に何もできないでいると「オイゴラァ、免許見せろぉ」と命令される。

 大坊はぎこちない動きで財布を取り出し、震える手で免許を取り出す。

「早くしろよ」

 そうせかすと、男は大坊の手から免許証を奪いとった。

「お前らクルルァについて来い」

 男はセンチュリーのことをクルルァと呼んでいる様だった。

 先にクルルァで先導するからついて来いという意味だろう。

 今覚えばチャンスだった。

 このときに逃げてしまえば良かった。

 しかし、恐怖に直面したときに人は素直だ。

 言われるがままに小さな暴力団事務所のガレージに車を止めて、2階にある6畳ほどの広さがある、コンクリート打ちっぱなしの部屋に連れてこられた。

 革椅子にぶっきらぼうに座る男。

 それに対して率先して謝りに出たのは、運転手であった大坊ではなく、多田野だった。

「免許証返してください! お願いします! 」

「やだよ」

 返された慈悲もクソもない言葉に、大坊はグッと下唇を噛んだ。

「お願いします!」

 それでも食い下がる多田野に「お前それでも謝ってんのかよ」と男は返す。

「とりあえずお前ら土下座しろよ、この野郎」

 そこから3人は筆舌に尽くしがたい陵辱を受けた。

「犬の真似しろよ。四つん這いになるんだよ」

「お前犬のくせに服着てるのかよ」

「あくしろよ」

「お前ここはじめてか? 力抜けよ」

 身を挺して一番の標的となった多田野は、恥と悔しさの混じった声にならない「アッー!」という声を漏らすしかなかった。

 大坊は手を床について、自らやってしまったことを悔いていたその時に、不意に視界に入った、机の下にテープでへばりついていた拳銃。

 驚きとは裏腹に体は勝手に動いた。そしてーー

 

 

「何やってんだよ馬鹿野郎!」

 多田野の声が響くと同時に、手から無理やり拳銃を取り上げられた。

「多田野……俺……俺、やっちまったよ」

 打ち込まれた対象。

 暴力団員の男は、全裸で床に突っ伏して、まるで桃のようなおしりをピクピクと揺らしている。

 まだ息があるのではないか。

 そう思い男に駆け寄ろうとしたときに、多田野に止められた。

「何しようとしてんだよ!」

「いやでも……まだ、生きてるかも」

「よく見ろよ! ケツにまっすぐ撃ったんだろ! 血もメチャクチャ出てる。無理だよ!」

 視界に入るケツから噴水の如く湧き出る血液。

 見るに絶えず、すぐに目をそらして大坊はうなだれた。

「ごめん……ごめん多田野。俺、すぐに自首するから……お前には迷惑かけないーー」

「何いってんだよお前! カッコつけんな!」

 多田野は胸ぐらをつかんで、大坊の顔を無理やり上げる。

「でも、でも撃ったのは俺だ。それに、お前には未来があるだろ。甲子園ピッチャーだ。お前の腕はプロでも通用する。だから、俺が捕まるから」

「お前が捕まったら、誰が俺のボール受けるんだよ!」

 口を閉ざした大坊の右胸を、多田野は拳でドンと叩いた。「お前以外……いないだろうが……こんなクソヤクザのために、お前が捕まることない」

 こんなときでも自分を信頼し、守ろうとしている多田野の気持ちは何よりも嬉しかった。だが、

「でも、だったらどうするんだよ」

「来い! 俺に考えがあるから!」

 

 

 8月10日。午後18時。

 暴力団、谷岡組の事務所は警察車両が数台停まり、黄色いテープが貼られていた。

 すでに鑑識達があせくせと動く中、そこに悠然と自転車が近づくと、警部補、古畑任三郎はいつもの黒のロングコート姿で、自転車を降りて押してきた。

「古畑さん、ご苦労さまです」

 見張りの警察官がそう言って敬礼をすると「ご苦労さま、これここに止めといていい?」と古畑は自転車を指さした。

 問題ないと返ってくると「ありがとう」といって壁際に自転車を止めた。

 黄色いテープをくぐって中に入ると「古畑さん」と見慣れた小柄の男がすぐに近づいてくる。

 西園寺は手に取っていたメモ帳を閉じると「ご苦労さまです」と敬礼をした。

 古畑の部下。優秀な73分けの小男だ。

「うん、ご苦労さま。どんな状況」

 西園寺はメモを開き、殺害現場へと歩きながら状況を説明した。

「被害者は指定暴力団、谷岡組組長、谷岡悪人(あきと)。年齢は36。ここらでは有名なヤクザだったそうです」

「ふーん、続けて」

「16時10分頃、発砲音があったと通報があって警察官がこちらに来たところ、全裸で臀部に向けて発砲された全裸の遺体が見つかりました。背後から1発。即死だそうですーーあっ古畑さん!」

 古畑がドアのあいた事故現場に入ろうとしたときに、咄嗟に西園寺は止めた。

「どうしたの?」

 振り返って古畑は聞く、

「遺体はもう回収しましたが、その、打たれていますので床に血が」

「ああ、なるほどね……ありがとう」

 古畑は刑事なのに血を見るとめまいがしてしまう。

 くるりと踵を返して古畑は現場から離れていく。

「あの、後で写真で中見せて。血とか消してるやつね」

「承知しました」

 現場を見渡しながら、古畑は駐車場まで歩いてきた。

「で、犯人の目星は?」

「今のところ何も分かっていません。組員から話を聞いていますが、ヤクザということもあって詳しいことを話したがらないんです」

「なるほどね」

 はあ、と古畑はため息を落とす。「こっちは犯人を見つけてあげようって言うのに」

「同感です」

「ねえ、あれは?」

 古畑が指さした先には監視カメラが備え付けられてある。「あれになんか写ってないの」

「ああ、あれはダミーです」

「ダミー?」

「はい。周りの人間や、他の組を威嚇するためだとか」

 周りを見渡すと、いくつかカメラを見つける。

「これ、何個かあるけど。ほら外にも。あれも全部? 一個ぐらい本物ないの?」

「はい。すべてダミーだったと。」

「馬鹿だねぇ。一つぐらい本物つけとけばいいのに」

「本物を取りつける余裕がなかったのと、威嚇のためと」

「あ! 古畑さん」

 古畑を見るや刑事らしからぬ、おどおどとした動きでやってきたのは額の禿げ上がった無駄にデカい、木偶の坊の今泉だった。「ご苦労さまです」

「ご苦労さま。なんで君そんなに今日は忙しないの」

 いつも子犬みたいに顔をしかめている今泉だが、今日はその弱々しさに拍車がかかっている。

「だって古畑さん、ここ暴力団ですよ。もう怖くて」

「警察がヤクザ怖がってたら、誰が市民の皆様を守るのさ君」

「いやでも……だって」

「嫌でもだってでもない、シャキっとしなさい。まったく」

 今泉を叱咤する中、西園寺は続けた。

「ただこの事件、実は少し複雑でして。容疑者がすでにいるのですが……」

「どんな人。同じこっちの方?」

 そういって古畑は手刀を作って、指先を顎で振った。

 顔の傷。ヤクザを示すジェスチャーだ。

「いえ、違います」

 西園寺はそれを見て、首を振った。「大学生。そして彼らは、被害者でもあるんです」

 

 

 

「詳しい話を、いいですか?」

 西園寺はそうきくと大坊は重い沈黙の後、はいと答えた。

 立教大学は全講義を終了し、サークルや部活動がメインの時間となっていた。

 外では野球部が練習する声が聞こえており、多田野もユニフォーム姿だ。

 ポジションはキャッチャーらしく、太ってはいないが肩ががっしりとしていて、かっぷくがいい。

 古畑が詳しく話を聞きたいと言うことで、練習中だと言うのにわざわざ時間を作ってもらった。

 誰もいない空き教室で、大坊が事件当時の説明を続ける。

「ぶつかってしまったんです。黒塗りのセンチュリーに。やばいって思いましたよ。そしてら、車からあの人が出てきて。免許書取られちゃって。クルルァについてこいって言われてそこから……」

 大坊は唇を噛んで下を向いた。

 それは少しも思い出したくない、つらい記憶だったからだ。

 大坊含めた大学野球部の3名は試合後の帰宅途中、谷岡の車に追突。

 その後、組事務所に連行され性的暴行を受けた。

 谷岡は満足して口止めをして返したそうだが、悩んだ末に警察に通報。

 事情聴取を経て今に至る。

「心中、お察しします」

 古畑はゆっくりと、相手によりそうようにそういった。「そちらの内容は、調書を読ませていただいたので説明は不要です。えー、私達がお伺いしたいのはその後のことでして。その現場から開放されて後は何を?」

「ああ、はい。その後は……なんだか現実感がなくて。これは夢なのか、現実なのか。もう3人共そんな感じで……。それで話し合ったんです。これどうしようかって。正直、男にヤられてたなんて恥ずかしくて」

「恥じる必要は有りません。あなた達は被害者です」

「ありがとうございます。まあ、それで、みんなで話し合って通報しようと」

「なるほど」

 ガチャリ、と突然ドアが開いた。

 入ってきたのは大坊とは対象的に線の細い長身の男だった。

「失礼します。多田野です」

 彼も説明のために呼んだ3人のうちの一人。多田野だった。

「はじめまして。練習中に申し訳ありません。古畑です」

「西園寺です」

 二人が挨拶を済ますと「こちらこそよろしくお願いします」と深々と頭を下げた後、大坊の隣にたった。

「おい、大坊。ちゃんと説明したか?」

「あ、ああ。もちろん」

「本当か? いいか、俺たちは被害者だけど、同時に容疑者でもあるんだからな。覚えていることは全部話すべきだ」

 多田野のその言葉に、教室全体にピリっとした空気が走る。「……そうですよね、古畑さん」

 谷岡の事件はすでにニュースによって大きく取り上げられていた。

 連日テレビで取り上げられており、知らない者のほうが少ない。

 気まずい空気の中、茶を濁すような笑いの後「えーその通りです」と冗談めかして古畑は返した。

「しかし、誤解はしないでください」

 と西園寺が説明する。「犯行時刻の現場にいた人間は、全員が容疑者です。別に君たちだけに限った話ではなく、皆さんに細かく話を伺っています」

「それも分かっています。だから、全て話します。なんだったら、谷岡に何をされたかもここでまた話したっていい。僕たち、大会が近いんです。こんなことで時間を取られたくないし、冤罪があったって困ります。だから、すべて話します」

 多田野の目は真っ直ぐでゆるぎなかった。

 不安にかられ、うろたえている大坊とは対極的だ。

「協力いただきありがとうございます」

 古畑は軽く頭を下げて礼を言う。「えー、その、何をされたのかはお話しなくても構いません。ただ、その後のことです。あなたがたが開放された後のことをお伺いしたい」

「はい、わかりました。僕らはその後、その一種の放心状態でした。何も考えられず、車を走らせてたんですが。僕、喉が乾いて。みんなそうでした、喉の乾きも感じる暇もなかったですから、全員で駐車場にいきました。自販機で飲み物を買うために。そこで、それぞれ飲み物を買って、飲んで、落ち着いた後は車内で話し合いました。どうするべきか、どうしたいかって。そしたら、やっぱり許せないのと、これを放置したら同じようにまたあいつは犯行を犯すかもしれ無いと思って、警察に通報しました」

「非常に勇気ある行動に感謝します。それで、その自販機にいったときの話ですが、何時頃に利用されましたか」

「16時19分です。買ったときに時間を確認したので、覚えています」

「19分」

 その言葉に古畑はピタリと動きを止める。「……それは確かですか?」

「はい。その時に確実に目にしました。駐車場のカメラにも写っていると思うので、確かめてみてください」

 古畑は「んー」と言いながら、目を閉じ何かを考えるような仕草をした後「助かりました。ありがとうございます。どうぞ、練習に戻ってください」といってドアの方を手で指した。

「はい。最後に古畑さん。僕らは無実です、そのことを証明するためなら、何度でも説明をします。またいつでも来てください」

「どうも、覚えておきます」

 古畑がそう笑顔で返すと、多田野は大坊を先導して教室から出ていった。

 その後、真剣な表情に変わった古畑は多田野の背中をじっと見て、人差し指を額に添えた。

 

 

 次にやってきたのは事故現場から200メートルほど離れた民家だった。

「ここで武器が見つかったみたいです」

 そういったのは今泉だ。

 キョロキョロと周りを見渡して、何かを警戒しているようだった。

「そうなんだ。ところで君、なんでそんなキョロキョロしているの」

「え、いやだって、もしかしたらヤクザに逆恨みされて、付け回されてるかもだし。昨日だって家にヤクザがいるんじゃないかって思って、ホテルに泊まったんですから。それでも寝れなかったんですよ!」

 古畑は呆れた様子でため息を吐いた。

「あっそう。もう君、帰らなくていいよ」

「帰れないんですよ!」

今泉はポケットからくしゃくしゃの領収書を出して見せた。「ねえ西園寺くん、これって経費でーー」

「落ちません、自費です」

 今泉の与太事を、後輩である西園寺は有無を言わさず断じた。

「あのさあ、そんな話どうでもいいから早く説明してよ今泉くん」

 めんどくさそうに古畑がそう言うと

「そんなことって、もー酷いなぁ」

 とポケットからメモ帳を取り出す。「えーっと、昨日の16時15分に、ここでランニングしていた人が、茂みの中に拳銃があると通報が有りました」

 今泉が指さしたのは、瓦家の古風な民家を取り囲む茂みだった。

「15分。それ確か?」

「え? あ、はい。調書にそう書かれてありますし、通報時間的に間違いないです」

「あっそう」

 古畑はそう言って拳銃があったであろう茂みを、顎に手を添えながら見ていた。

「古畑さん。やはり彼らを疑っていたのですね」

 西園寺はそう聞いた。

 その通り、古畑はあの大学生たちが犯人ではないかと考えていた。

「しかし古畑さん、それは考えにくいです。発砲音があったのは16時10分。そして、この場所は暴力団事務所から見て、大学生たちが自販機を使った駐車場とは反対側にあります。15分までに偽造工作のためわざわざ捨てに来ていたのなら、駐車場に20分にはいけません。時間的にありえません、彼らのアリバイは完璧です」

「ありえないなんて簡単に言うもんじゃないよ西園寺くん」

「あ、はい。すいません」

「いや、まあただ君の言ってることは間違って無いんだよ。ただどうも引っかかってね。例えばだよ、この茂みに銃があったんだよね」

「はい、そうです」

「なんで犯人はこんなところに捨てたの? ぱっと見ただけで分かるような場所に」

「それは」

 一間、西園寺は考える。「焦っていたとしか」

「バカだな西園寺くん」

 と突然に今泉が入ってきた。「焦っていてもこんなとこに捨てないよ。僕の見たてでは拳銃をこの家の屋根の上に投げたんだ。そしたら見つけるのに時間がかかるからね。そしたらたまたま茂みに落ちた。どうでしょうか、古畑さん」

「今泉くん。君はちょっと黙ってて」

 古畑が適当にあしらうと、今泉は肩を落としてはいと返事をした。「もし犯人が現場から立ち去る際に捨てたというのであれば、見つからない場所に捨てるはず。発見に少しでも時間をかけさせようとするなら簡単な方法はいくらでもある。茂みの奥の方に突っ込んじゃえば、もっと見つかるのは遅かったはずだよ。それすらしない理由。それは、早く見つかったほうが都合が良かった」

 西園寺ははっと目を見開いた。

「なるほど、アリバイづくりのため」

「まあそうとも考えられるよね」

 古畑は事故現場である組事務所の方角に目を凝らした。4階たての建物なのでぼんやりと屋上が見える。「現場があっちのあのへんでしょ。彼らはスポーツマンだ。車を先に向かわせつつもスピードを調整して、誰か足の早い子がここにピストルを捨てて、またダッシュで戻れば20分には駐車場につくんじゃないかな。どうだろう」

「可能性はあります」

「多田野さん達の乗ってた車は監視カメラに残っているよね」

「はい。容疑者ですので、そちらもすでに調べてあります」

「その映像、もう一回しっかり調べて。一人乗ってなかったりしたらここに来てる可能性が高い。あとここいら周辺のカメラももう一度」

「わかりました。すぐに連絡を取ります」

 すぐさま西園寺が携帯で連絡を取ると、ちょこちょことした動きで今泉が古畑に近づいてきた。

「古畑さん。お家に空いてる部屋無いですか……1週間、いや2日だけ」

 今泉がぴっと二本の指を耐えると、古畑は深い溜め息を吐いた。

「君は公園で野宿でもしてなさい」

 

 

 大坊は走っていた。

 ただ走っていた。それ以外に説明の仕様が無いほどに。

 たまにバッドを振り、玉を投げたかと思えば、休みなくまた走った。

 ユニフォームには汗が染み続け、もはや全体の色が濃く変色していた。

 それでも止まらなかった。

 ふと止まってしまうと、あの顔がーー谷岡の流血し躍動するケツと、苦悶の表情が浮かぶ。

 なぜ撃った。人殺し。

 気を抜けば胸を締め付け、捻り潰すような苦痛を感じる。

 それを解消するには練習し続けるしかなかった。

 頭に酸素が行かぬよう、走り続けるしかなかった。

 日が落ちていき空が暗く濁ってきた。

 部員はもういない。それでも大坊はグラウンドを走り続けた。

 意識は朦朧とし、足がもつれその場に倒れ込む。

 息を切らしながら立ち上がると、泥だらけのまま緑色の金網フェンスによりかかり座り込んだ。

 視界は酸欠により、透明な虫の大群が踊り狂っているようにうごめいている。

 何度か経験がある、ブラックアウト寸前の景色。

 不意に口に何かが被さる。

 視線を上げると多田野がいて、大坊の口に酸素ボンベをあてがっていた。

「馬鹿野郎。死ぬ気かお前」

「わ、わりぃ」

 酸素を十分に取り入れ、落ち着くと口からボンベは外された。「どうも……動いてないと落ち着かなくて」

「だからって、休みもなくこんな時間までやるなよ。オーバーワークだ。一番良くないぞ。大会も近いんだ、そんなんじゃ困る」

「ああ、ごめん」

「それとお前、ちゃんと寝てるのか。昼間はぼーっとしてるし、くまも見えるぞ」

 大坊は何も言わず、ただ下を向く。

 多田野の言う通り眠れていない。

 夜になって目を閉じると谷岡の顔や、突然警官がやってきて捕まるのではないかと言う不安。それらが常に沸き起こり、眠れない。

「これ、使え」

 そっと多田野が握らせたのは粉状の睡眠薬。「アイスティーに溶かすとよく効くんだ。ちゃっちゃと飲んで寝ろ。そのうち慣れる」

「ありがとう」

 大坊は睡眠薬を握りしめて頭を下げる。

「じゃ、ボンベは捨てといてくれよ」

 そう言って立ち上がり、多田野は踵を返して背中を見せた。

 歩いていく背中を見ていると、多田野は右の肩に手を添えてくるりと回す。

「多田野」

 大坊が立ち上がって叫ぶと、多田野は振り返った。「ほんとに……ほんとにごめーー」

「やめろ!」

 多田野は言葉を遮った。「謝らなくていい……俺の意思でやったんだ。お前が謝ることはない。俺の責任だ……早く返って寝ろ」

 そう言って作った多田野の拳は震えていた。

 きっと多田野も眠れぬ夜を過ごしている。

「そうだな、分かった」

 大坊もぐっと拳を握った。

 今はただ耐えるしか無い。

 自分のためにも、多田野もためにも。

 

 

 翌日、悪死土大学との練習試合。

 大坊と多田野はレギュラーで当然、多田野が先発だった。

 快便を思わせる好投。

 多田野の武器はその伸びのあるストレートに、突然やってくる超スローボール。 その緩急に加え、変化球とコントロールも一級品。

 悪死土のバッドにはかすりもしなかった。

 0-19。ノーヒットノーランで8回を迎えた。

 大学野球の強豪である立教は、練習試合とはいえリリーフ陣を備えてある。

 通常、ここまで来たら披露を鑑みてリリーフや抑えに変わるが、ノーヒットなのでそこまで投球数が無いことと、練習試合とはいえパーフェクトゲーム寸前と言うことで監督は多田野を続投させた。

 パーフェクトゲームは人生初だ。無意識に体に力が入ってしまう。

 ふーと息を吐いて力を抜き、ボールの握りを確認する。

 せっかくここまで来たんだ。プロのスカウトだっているかも知れない。ここは最後までパーフェトでーー

 そう思った時、不意に視界に入ったのは全身黒ずくめにサングラスをした古畑だった。

 額の広い部下らしき男もいた。

 目があったのがわかると古畑はこちらに手をふる。

 試合中だ、振り返しはしない。というより振かえせなかった。

 なぜ来た。

 平日の昼間。試合中だ。今来る意味は。アリバイを聞くため? 新しい発見があったのか? 指紋が残っていたか。もしくはカメラになにか写っていたのか。

 不安が不安を呼び、額から流れる汗の理由が変わる。

 それは背後で守備をしている大坊も同じだろう。

 頭の中の考えがまとまらない。体の変なところに力入る。

 すると、ズキっという針を指したような痛みが右肩に走った。

 クソッ……こんな時に。

 なるべくいつものフォームで投げようとするが、無意識に痛みをかばうと必然、フォームは崩れる。

 ボール。ボール2。

 ストレートにはキレがなく、コントロールも当然悪い。

 とりあえず変化球。ストライクゾーンに入るように。もうボールは投げられない。

 そう思いフォームに入った瞬間、また痛みが走り、投球は中途半端なカーブになった。そしてーー

 カーン。

 真芯を捉えたであろう快音が響く。

 多田野は空を見上げると、白球は雲の白に同化し、消えていった。

 

 

「おい、大丈夫か」

「ああ……大丈夫だ」

 ロッカールームには大坊と多田野しかいなかった。

 他のものは先に返ってしまった。

 残ったのは心配そうに立ち尽くす大坊と、ショックと肩の痛みで椅子に腰掛け、うなだれる多田野。

 あの後、5打者連続で打たれると、疲労が原因ということでピッチャー変更となった。

 疲労はなかった。ノーヒットだったし日頃から9回で投げられるように体力もつけている。

 本当の理由は方の痛み。そして古畑。

「俺、外で待ってるぞ」

 一人になりたい空気を察したのか、大坊が先に外に出ようとした時に、

「すいませーん。失礼いたします」

 そう言って古畑が入ってきた。

 多田野と大坊の二人の体にぐっと力が入る。

「古畑さん、どうしてこんなところに」

 多田野がそう問うと、古畑は無邪気な笑顔を返した。

「ああいや、近くを寄ったものですから少し観戦を。私、結構野球が好きでして。6回ぐらいから観戦していたのですが、いやー好投でしたね。すごく楽しかったです。しかし残念でしたね。どうやらノーヒットノーラン直前だったようで。ですが仕方ありません、勝負の世界とはそういうものです」

「観戦のためだけにこちらへ?」

 そう問うと、古畑はニヤリと笑って見せた。

「いえ、それと少しお話を伺いたいと思いまして」

 それを聞くと多田野はフっと鼻笑う。

「そっちがメインだったんじゃ?」

「あ、いや違います。本当に野球観戦に来ました。ウソじゃありません」

「まあいいですよ。協力するって言ったのは僕ですから」

 多田野は大坊に外で待つよう伝えると、立ち上がって古畑の方をみた。「それで、なんですか」

「お疲れのところありがとうございます。えー、あの日のことをもう一度お伺いしたいのですが」

「あれ以上語ることもなかったですけど、まあ説明しますよ」

「あなた含めた3名は被害者と……えーその色々あったあとに、車に乗って外に出たわけですよね」

「その通りです」

「で、駐車場に向かうことになった……それはいったいどのタイミングで?」

 タイミング?

 質問の意味が読み取れず、多田野は一瞬考えた。

「それは、どういうことですか?」

「いえ、あなた方が載せた車は時間的に考えると一直線に駐車場へと向かっていった。あなたの話によれば喉が乾いたのは乗って少したった後だと伺っています。それが少し不自然だと思いまして」

「たまたまです。別に自販機があるならどこでもよかった。ただ偶然、自販機を見つけたのが駐車場のものだっただけです。より近くにコンビニがあったら、そっちにいってたでしょうね。話はそれだけですか」

 そう言って多田野は自分のロッカーを左手で開けて、右腕にアナログの腕時計を巻くと、中の私物をバッグに詰めていった。

「んー、いや、もう一点だけ伺いたいことが」

「何でしょう。協力はさせてもらうんですけど、試合後なので、なるべく早くしていただけると助かります」

「お時間田は取らせません。それで、事件の凶器の件なんですが」

 多田野の全身にぐっと力が入る。

 それを悟られないように「ピストルですよね。それがなにか」と努めてリラックスしている様子を作って聞いた。

「ええ、もうすぐニュースに取り上げられると思いますが、凶器はすでに見つかっています」

「へえ、どこでですか」

「少し先にある民家の茂みにありました。駐車場とは反対方向の」

「なるほど、僕らが向かったとは逆方向に犯人は逃げていったんですけ。こういうの、不幸中の幸いって言うんですかね」

 アッハッハ、と古畑は少し子供みたいな笑いを見せた。

「そうかも知れませんね。それでついでに聞くのですが、多田野さん、あなた100メートル走は何秒でしょうか。50メートルでも構いません」

 その質問の意図を察した多田野はじっと古畑を見た。

「僕が走って置きにいった……と。どうやら古畑さんは、僕のことを犯人と思っているみたいですね」

「んー、気に触ったのであれば謝ります。ただ疑えるものはすべて疑うのが我々のお仕事でして……お聞かせいただけますか?」

「50メートルは6.4。100メートルは11.2です。学校に記録にもあるので確認したいのならどうぞ」

「いいえ、あなたがウソを付いているように見えません。信じます。しかしその速さなら、ピストルを置いて車に戻ることは可能になりました」

「なら、僕を逮捕しますか?」

 じっと見つめある二人。

 フッフっと古畑が突然、笑って見せる。

「あくまで可能というだけで、それを立証する証拠はありません」

「そうですよね。それに、そんなふうに走っていったなら、町中のカメラにでも写ってるんじゃないですか」

「そうですねぇ。その映像が見つかれば、犯人はあなたと言うことになります」

「映像が見つかれば……ね。質問は以上ですか」

「はい。ご協力いただきありがとうございました」

 古畑が深く頭を下げると「どういたしまして。では、僕はこれで」と足早にさろうとしたその時、

「右肩……大丈夫ですか」

 背中にかけられた古畑のその問いに、ピタリと多田野の足が止まると、ゆっくりと振り返る。

「どうして、そんなことを?」

「いえ、かばっているように見えましたので。痛みがあるのですか」

「まあ、そうですね。少し違和感が。練習のし過ぎですね」

「そうですか。そんなときにお時間取ってしまい失礼しました。ご養成なさってください」

「ええ、どうも」

 そう言って多田野はその場をさった。

 

 

「古畑さん。古畑さんが指示していたカメラ映像の調査。さっき結果が出ましたよ」

 警察署に戻るため、今泉の運転する後部座席に座る古畑は「あ、そう」と適当にそう返した。

「カメラに車は写っていましたが、3人共乗っていて一人降りた様子もなかったようです。それと、発砲があった時間の事務所周辺のカメラも調べましたが、それにも彼ららしき人影はなかったと」

「んーやっぱりそう?」

「やっぱりって、古畑さんが調べさせたんじゃないですか」

「いやさっき多田野さんにあってね。その線は無いだろうと思ったんだよさっき。んーでも」

 そう言って古畑はじっと窓の外に目を凝らすと、たまたま多田野が歩いて返っていくのが見えた。「彼ら……やってるね」

「ええ!? ホントですか。彼らは未来ある野球青年ですよ。そんなことありますか」

「ありえないね。でも僕の刑事としての感がそう言ってる」

「そうですかねぇ。ただやっぱり僕の推理、結構いい線いってると思うんですよ」

「屋根の上に投げたってやつ?」

「ほら、屋根に乗ったら見つかるまで時間かかるじゃないですか。その間に海外逃げる予定だったんですよ」

「バカ。それなら落ちたらすぐに投げなおーー」

 ふと、古畑の言葉が止まった。

 もしや。

 その考えがよぎると、古畑は運転している今泉の横にぐっと体を出した。

「今泉くん、この辺にホームセンターはある?」

 

 

 古畑がホームセンターで購入したのは大きな鉄製はしごだった。

 それをもって拳銃が捨てられていた茂みがある民家に来ていた。

 屋根の瓦を調べさせてほしいとお願いしたら、家主はすぐに快諾してくれた。

「なんで僕がのぼんなきゃいけなんですか!」

 今泉に上がるよう言うとすぐに悪態をついてきた。

「うるさいな。私高いとこだめなんだよ。それに君が推理したんだからさっさと確認してきてよ」

 もーと言いつつ、死にかけの虫みたいな動きではしごをあがり、屋根に乗った。すると数秒後、

「古畑さん、ありましたよ! 最近できたみたいな、なにかぶつかった後のようなものが!」 

「あそう。写真取っといてね」

「はい! あのはしご降りるので、抑えておいてもらっていいですか」

「僕ちょっと忙しいんだよ。ゆっくり降りなよ」

「え! ちょっと、酷い! 怖いですよ、古畑さん!」

 叫ぶ今泉を尻目にその場を離れ、携帯を取り出す古畑。

「ああ、西園寺くん。ちょっと頼まれてくれないかな。カメラの映像、今度は駐車場のを準備してほしいんだ……詳しくはまたそっちで話すね、それじゃあ」

 古畑は耳から携帯を離して、それをポケットに仕舞うとゆっくりと振り向き、こちらに語りかけた。

「えー、どうやら今回の犯人は非常に知恵と、勇気と、そして運を兼ね備えているようです。きっと立派なスター選手となっていたでしょう、犯罪さえ犯さなければ。どれだけ優れた才能も、間違ってしまえば宝の持ち腐れです。彼らが映されている自販機の映像には確たる証拠が残っているでしょう。それは何故か? ヒントは利き腕。古畑任三郎でした」

 

 

 

 

 全日本大学野球選手権大会。

 立教大学一回戦の相手は、大会を1919連覇中の高都大学。

 スターティングメンバーはほぼプロのメンツと考えてもいい。

 そんな中、8点というのはよく抑えたほうだろ。

 体力的にしんどいがリリーフにあの投手陣を抑えれる力はない。

 8点取られてなお、エースの多田野が出ざるを得ない状況だった。

 8回裏。立教大学、1番からの攻撃。

 自分の打順は回ってこないだろうということで、多田野はロッカールームに入り、肩の疲れを取っていた。

 痛みも違和感もない。しかし、いま酷使すればまた痛める可能性がある。

 ゆっくりともみほぐし、次のピッチングに備える。

 まだ負けと決まったわけじゃない。

 1%でも確率をあげるためもう1点も渡すわけにはいかない。

 目を閉じて集中力を高めていると、ガチャリ、とドアが開いた。

「失礼します」

 やってきたのは古畑だった。

「古畑さん」

 多田野のその声は驚きもあるが、半分は怒りを含んでいた。

 こんな時にやってくるのはあまりにも非常識だ。大事な場面だ、今はとにかく邪魔されたくない。

「ちょっと、出ていってください。協力すると言いましたが、今はよしてください。この試合が終われば何でも答えます」

「あああ、すいません」

 多田野のその態度に、古畑は戸惑いを見せた。「重要な場面なのは重々承知しています、ですが、いまこの場を去るというのは少しできない相談です」

「何を言ってるんですが。どうしてですか」

 思わず、語気が荒くなる多田野を、古畑はじっと見据えた。

「えー、証拠が見つかりました.」

 その言葉はゆっくりと、静かに語られた。「多田野さん、犯人はあなたです……刑事が犯人を置いていくことはありません

 感情から怒りが消える。

 時間が、ぎゅっと凝縮された様に感じ、空気が冷たくなった。

「証拠?」

 湧き上がる心拍数を必死に抑えながら、多田野は聞いた。

「ええ、そうです」

 多田野は何も返事をしなかった。ただ古畑の話を聞き入る。

「今回の犯人はヤクザの方を殺した後、ピストルを捨てた方へと向かった。そうでなければそこに凶器があった理由がわかりませんからね。しかしそれは、我々の思い違いだったようです。犯人はピストルを捨てにきてはいなかった」

 多田野の額から冷たい汗がゆっくりと顎まで流れる。

 見開かれた目で古畑を見つめると彼は言った。

「事件当時の、現場周辺のカメラを確認して回ったところ、ピストルを捨てに言った犯人の影が一切見当たらなかったんです。最近のカメラばかりの町中で、それらを完全にかいくぐって進むのはかなり難しいです。それも、凶器が捨てられたのは事件後のすぐのことでした。犯人はどのようにしてそこに凶器を捨てられたのか。そしてどうしてそこだったのか……答えは簡単でした。投げたんです、犯人は凶器を」

 脳天から尾ていを穿つかのような電流が、多田野に走る。

「どーりでカメラに映らないわけです。だって空を写しているカメラは、そうそうにありませんから。現場から凶器が発見された場所は、距離にして200メートル。ピストルは少し重いですが、事務所の4階から投げたのであれば、不可能な距離では無いでしょう……そして、それが可能なのは普段から投擲の練習や訓練を受けている方」

「それで……僕が犯人……だと」

 重く、震える声で多田野は答えた。「ですが古畑さん。それはあくまで、僕が可能であること証明しただけですよね。僕ができるからと言って、僕がやったとは言えない。確たる証拠かないじゃないですか」

 苦し紛れ。

 それでも、多田野が言っていることは正しかった。

 多田野がやったという証拠がなければ、確実な罪には問えない。

 その言葉に、古畑はあざ笑うかのような表情を見せると、懐から何かを取り出した。

「これ、ミニタブレット。便利な時代になりました、こんな小さいのできれいな映像が見れますから」

 スイッチを押して、古畑は独り言をブツブツと言いながら、ぎこちない手際でタブレットを操作すると「ああ、できたできた」といってベンチにそれを立てかけると、画面には動画が再生された。

 それは事件当時、駐車場の映像。

 多田野たちのアリバイの動画だった。

「これがどうかしたんですか」

 動画には多田野と大坊、それともう一人がゆっくりと自販機に近づいていく。

「えー、こちらの動画は駐車場で撮られたあなた方の動画です。何を買おうか迷っていますが……ほらここ! ここ見てください」

 とある場面を指さした古畑は動画を少し巻き戻し、アップにして再度再生した。「ここです……多田野さん、あなたが釣り銭と取ろうとしているところ」

 そう、それは多田野がお茶を買った後、釣り銭を取るときの姿だ。

 遠目で見たらおかしいところはない。

 しかし、アップでしっかり見ると、その不自然さがよくわかった。

 自販機の釣り銭が出る場所は、基本は右側だ。

 それは多くの人間が右利きのため、その者たちが取りやすいように。

 多田野も多くの人間と同じように右利きだった。だがそこに映る多田野は、わざわざ体を捻り、左手で釣り銭を取っていた。

 右手は一切使わず、とりにくそうに釣り銭を取ると、財布にしまった。

 すべてを悟った多田野は、静かに目を閉じた。

 古畑は静かに語る。

「えー、あなたがた野球部は試合を終えて家路に向かっていました。疲れからか、不幸にも黒塗りの高級車に追突してしまいました。あなたがたはそれの代償を条件に非常に酷い辱めを受けました。それは同情いたします。その後、誰かが事務所に隠していたピストルを見つけ、被害者を後ろから射殺。証拠を隠滅するために凶器を屋上から投げた……多田野さん、あなたは沢村栄治賞というのをご存知ですか」

「もちろんですよ」

 重い間の後、多田野は答えた。

 プロを志すものなら誰でも知っている。

 沢村栄治はその昔、戦前のプロ野球で伝説的な強さを見せた最強の投手。

 ノーヒットノーランを3度も記録した彼だが、最後は徴兵によって出た戦争によって戦死した。

 今でも彼の活躍をたたえ、実質的な投手のMVP賞として沢村賞がプロ野球には存在する。

「えー、その賞の元となった沢村栄治さんは、戦場にいくことによって肩を痛め、その豪速球を失いました。手榴弾を何度も投げた事によって」

 多田野の脳裏に、事件当時の映像が浮かぶ。

 指紋がつかないように布を挟んで、ずっしりとした重い拳銃を投げた。

 硬球よりも何倍も重いそれ。

 拳銃は思いのほか飛んだ。投げ方も良かったのかもしれない。

 しかし、瞬間右肩に走った痛み。

「試合で疲労がたまり、普段より重いものを投げたあなたは、肩を痛めた。その後、アリバイ作りのために反対側のカメラがつけられている場所へ向かった」

 そこまで言うと、古畑はフッフッフと少し肩を揺らして笑った。「あなたのアリバイづくりは完璧ですし、運良く凶器はすぐに歩行者に見つかりました。ですが結果、肩を痛めた。それが良くなかった。あなたは不自然に釣り銭を取るしかなかった。これが、明確なる、証拠です……いかがですか?」

 頭の中が真っ白になった。

 いや、淀みなく、すきわたったといったほうがいいだろうか。

 仲間のため、未来のため。

 せき止めていた本来の感情が流れでて、快楽すらあった。

 鼻から強く息を水、深い、深い息を吐いて、リラックスした笑顔を多田野は作った。

「いつから疑ったてたんでしょう。僕、結構がんばったと思うんですけど」

「一番最初にあったときからです。あなたは駐車場に行った時間を20分ではなく、19分と1分刻みで正確に言った。時間が違ったら警察がカメラの映像を見落とすとでも思ったんでしょうが、痛ましい事件あった後だと言うのに、あなたは正確な時間を覚えすぎていました。それにあなた、腕時計がアナログだった。デジタルならまだしも、アナログ時計なら放心状態の人間でなくとも、19分は20分と言う方も多いんじゃないでしょうか」

「なるほど……さすがプロだ」

「野球も同じです。素人がプロに勝つのは難しい」

 不意にロッカールームに入ってきたのは大坊だった。

 立教大学の攻撃が終わって多田野を呼びに来たのだろうか。

 多田野と古畑。二人の表情。そして空気。

 それらで全てを誘った大坊は、もつれる足で古畑の前に出た。

「俺です、俺がやったんです! こいつはやってない! 俺が拳銃を見つけて、あいつを撃ち殺したんです!」

「大坊!」

荒れ狂う大坊の肩に、多田野は手を置いて制した。「落ち着け……もう終わった、大丈夫だ」

「わかってる。ただ、お前は何もしてないだろ」

「何もしてないことはない。俺がアリバイを作った」

「それも俺がお前にやらせたからだ」

 大坊のその言葉に多田野は血相を変えた。

「大坊、お前何いってる」

「俺はお前にやらせたんだ。無理やり、俺じゃ投げられないから」

「バカ言うな! 考えたのも、実行したのも俺だ!」

「お前には未来がある!」

大坊の勢いに、多田野は気圧された。「……才能がある。俺たちにはない、選ばれた人間だ。そして、最高の仲間だ……頼む、黙って見ててくれ」

 多田野はぐっと唇を噛んだ。

 大坊の強い意志を遮ることができなかった。

「古畑さん。僕が犯人です……連れて行ってください」

 古畑は目を閉じて、額に手を当てて考える仕草をした後、二人を見据えた。

「んー、それはできません」

「なんでですか!」

 大坊が食って掛かると、古畑は手を前に出して制した。

「理由はたった一つです。まだ試合が終わっていません」

 古畑は笑みを作った。「今のスコアは0-8。ですが、まだ9回があります。野球は9回裏までなにが起きるかわかりません……違いますか?」

 その言葉に、多田野と大坊は不意に目を合わせると、子供のように笑った。

 そうだ。だから野球は面白い。

 三人はロッカールームに出ると、多田野は帽子を深く被り直した。

「古畑さん、少しだけ待っててください」

「ええ、応援しています」

「ありがとうございます」

 多田野と大坊は二人並んで、ゆっくりとベンチへと歩いていく。

「ゴメンな、多田野。こんな迷惑かけて」

「言ったはずだろ。自分の意思でやったことだって」

「そうだな。お前にはこれ以上、迷惑がかからないようにするから」

「ありがとう、大坊。俺、待ってるから。いつまでも、プロ世界で。お前がキャッチャーじゃないと、俺は全力で投げられない」

「ああ、ありがとう。それじゃあ、行こうか!」

 グラウンドへ向かった二人の背中を、古畑は見送ると、その括約を見るために振り返り、観客席へとゆっくりと歩いていった。

 

 

 ~♪(古畑任三郎 エンディングテーマ)

 

 テッドゥン テテッドゥン テテ ドゥン 

 テッドゥン テテッドゥン テテ ドゥン

 テッドゥン テテッドゥン テテ ドゥン

 

 ファファファ ファファファ ファファファファアーーーーン

 パパパパバプパパパパプパパパパ⤴

 ファファファ ファファファ ファファファファアーーーーン

 パパプパパパパパァァァン

 

 ペェペェペペェェェペペ  プパァッパ!!プププパァーパ!!

 ペェペェポペェーポポ  プッパァー パァ゚ァ!パァ゚ァ!!パァ゚ァ!!!

 

 ファファファ ファファファ ファファファファアーーーーン

 ココカッ カコカコ カッカカカ

 ファファファ ファファファ ファファファファアーーーーン

 カカカカコン カカカカコン

 

 プゥパァパァ パァパァポォ パァパァパァポォォン⤴

 プンパッパ パァパァパァポォ パンバッバボォンボォンボォン

 

 プンパッハッポポンファッファファファフォ

 テン!テン! テ! テテテテン!!!




 この小説は2次創作であり
 古畑任三郎は架空の刑事であり。
 多田野選手は素晴らしいピッチャーです。

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