なるべく早く投稿できるように頑張ります。
ザバァッ、という大きな音と共に川から水しぶきが上がる。
悠里はそれを手で防ぎながら、今日の修行を終えた事に一息ついた。
表情には余裕があり、あたかも何事も無かったかのような態度で寛いではいるが、先程まで賞金首の女を追い回して能力の実験台にしていたところだ。
そこで繰り広げられていた光景は悲惨なもので、女は悠里の能力を何度も浴びせられ、最後には糞尿を垂れ流しながら完全に廃人と化していた。
悠里はかれこれ「発」を開発してからというもの、これで合計で50人近くの賞金首を実験台に使っている。
そのおかげで威力は大幅に上がり、上位の念能力者との戦闘でも有効な手段となり得るものへ成長してきていた。
ただ、それと同時に一つ不可解な事が悠里の身に起きていた。
悠里は賞金首で実験を繰り返す中、何度か意識を失う事があったのだ。
しかしそれだけならばあり得ない事ではない、不可解というのは別の理由がある。
悠里が意識を失った時には毎回実験台にしていた賞金首が殺され遺体がバラバラにされていたからだ。
初めは何者かの仕業だと疑った悠里だったが、それが二度三度続けば誰がそれを行っていたかは明白だ。
悠里は無意識の内にバラバラ殺人を起こしていた。
勿論その間の事は全く記憶には無かったが、その後に何度も起きる内に自然と共通点が見えてきた。
悠里が意識を失う直前、必ずと言っていいほど胸のあたりが疼いていたのだ。
疼きと共にドス黒く力強いオーラが体の内側から溢れ出し、それに身を任せれば悠里の能力を際限なく高め全能感が身を包んだ。
そして気がつくと、賞金首の死体が転がっている。
以前にはそのような事は起きなかったので、修行により能力が強まった事に原因がある可能性は高い。
それに元々悠里のオーラは何故か負の感情に呼応する性質を持っていたので、それとも関係があるかもしれない。
そしてその禍々しいオーラは悠里の内面をも変化させていた。
今まではいくら相手が賞金首といえど、きちんと埋葬して手も合わせていた。
そこまで信仰に厚いというわけではないが、自分なりの秩序というものがあったのだ。
しかし段々とそれは行わなくなっていった。
何時しか埋め方は適当になり、何時しか手も合わせなくなり、何時しか死体はそこら辺に捨てるようになった。
悠里自身にも自分が以前と変わった自覚はあったが、それが自身のオーラによるものなのか、それとも元々持っていた気質が法治国家である日本を離れて徐々に解き放たれていったからなのかは分からなかった。
ただ、原作で見た限りだが殺しを生業にしているゾルディックという人間もいるくらいだ。
転生前でも一々蚊を潰すのに躊躇したりしなかった、この世界で人命の重さがその程度ならむしろそれに順応しているのは良い変化だとも言える。
この世界では別にそこまで特殊なことではないのかもしれないと結局は結論づけていた。
ただ一応はそれを自覚した悠里は修行で能力を限界まで行使する事を止めた。
なので、そうした意味でも今の悠里には若干の余裕があった。
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悠里はギトと戦った後しばらくの準備期間を経て、リールベルト、サダソとも戦っていた。
流れ作業のように一瞬で試合を片付けられると思っていた悠里だったがそこで思わぬ誤算が起きた。
なんとあのサダソが思いのほか念能力者としてのレベルが高かったのである。
リールベルトに関しては「
原作では雑魚三人組のように描かれていたが、サダソは他の二人に比べれば「発」が自身の系統とも合っており、頭一つ抜きん出ている印象を受けた。
「発」の“見えない左手“も考え抜かれており、質量を持たせ物理攻撃としても使えるぐらいにオーラが凝縮されている。
捕まえた敵を侵食するような能力も付与されており、正面から対抗するには無駄にオーラを消費させられる厄介極まりない能力だった。
オーラの総量の違いで圧倒し「発」の力技でねじ伏せたが、もしもサダソが悠里と同じオーラ量、身体能力だとしたら苦戦していたのは間違いない。
原作ではキルアに怯えて闘技場を逃げ出しているが、あの頃のキルアの念のレベルを考えれば万全のコンディションで戦えばサダソの圧勝だったろうと思うほど、悠里はサダソを高く評価していた。
既に一人での修行は行き詰まりマンネリ化していた事もあり、悠里はサダソと顔を繋ごうとたまらず試合の後に話しかけた。
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「やあサダソ、良い試合ができたね。」
「フンッ...アンタこそ実力を隠してたんだね。いきなりあんなオーラをを出してきたからビックリしちゃったよ。」
悠里が軽い調子で話しかければ、サダソは特に警戒する風でもなくサッパリとした表情で応対してきた、まるで試合後の武道家同士のようだ。
「新人狩り」などと呼ばれてはいるが、やはり念能力者同士の戦いでは高揚するものがあるのだろうか。
「まあ、君の能力が強かったからね。それにしてもこれ程戦えるのに何であの雑魚二人とつるんでるんだ?」
そう、悠里の評価ではサダソはあの中では圧倒的に強い。
200階クラスの平均レベルを考えれば十分に勝ち上がれるほどだ。
故になぜ新人狩りなどをしているのかが分からない。
「別につるんでる訳じゃない...このクラスで“洗礼“を受けてから俺は戦うのが怖くなったんだ。それで割と自信のある能力が作れたのに試合が怖くてね、その時にアイツらが“新人狩り“を教えてくれたのさ。」
何となく「心外だ」と言わんばかりの雰囲気を出しながらサダソが答える。
それからは新人の情報とかを交換するだけのギブアンドテイクの関係さ、と奴らとの交流はキッパリと否定した。
「友達ってわけじゃないのか...じゃあ、あいつらとはもう手を切りなよ。それで俺と修行しないか?君のオーラの運用技術については感動した。」
「...。」
「サダソ?」
なぜか黙ってしまったサダソにもう一度悠里は問いかけた。
「...修行なんて久しぶりに聞いたよ、アンタとの戦いで少し昔の直向きさを思い出しちゃったね。」
少し間を空けてからサダソは感慨深そうに答えた。
それを聞いて悠里は言われてみれば、とある事に思い至る。
いくら洗礼を受けているとはいえ、念無しで地道に200階に到達できる時点で生半可な実力ではない。
ギドやリールベルト達も今でこそあんなではあるが200階未満は武器使用が禁止なので、キチンと修行をしてそこそこレベルの高い体術を身に着けていたはずだ。
そう考えると200階クラスの“洗礼“とは何とも悲しいものである。
そうして悠里は一瞬感傷的になるが、次の瞬間には逆に「これがこの世界の標準なのだろう。」と前に自問した命の軽さについて再び納得していた。
ただ、せめてサダソだけでも潰されたその才能にもう一度命を吹き込んでみたいとも考えていた。
善意というよりはむしろ自身の修行のためという理由と探究心の方が強いが、それでもその思いに嘘はなかった。
「サダソは絶対強くなれる、もう一度俺と一緒に真面目に修行してみないか?」
「......わかった、試しに少しだけやってみるよ。それにあんたの本当の強さも気になるしね。」
「なら、明日俺の部屋に来てくれ。そこで色々話そう!」
その返答に悠里は喜び、テンション高めにサダソに答えた。
そしてある程度話が纏まったことで会話も終わり、互いに部屋に帰っていった。
多少の葛藤はあったものの、サダソも根は武人だったようだ。
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そしてサダソとの修行初日。
「だからってこの森はどうなの?ユーリちゃん...?」
悠里達は悠里が普段修行に使っている森へと来ていた、悠里がこの世界で始めに目覚めた場所だ。
しかし初っ端だというのに先程からサダソは不満タラタラである。
「文句言うなよ、ここは広いし修行にもってこいなんだ。」
一方悠里はサダソを宥めながらも既に修行モードに入っていた。
「時間は有限だ、とりあえず”練”をやってみれくれ。」
悠里が指示すると不満そうにしながらも、ズズズ...とサダソがオーラを噴出させた。
(力強いオーラだ、やっぱりコイツは強くなる。)
「それ、何分くらい出来るんだ?」
「う~ん、10分ちょっとかな...こんな真面目に修行やったの久しぶりだし分かんないけど。」
「じゃあ、まずその“練“が一時間できるようになるまで特訓だな。オーラ量を増やさないと念の修行は始まらん。」
「あとそれに加えて俺は四大行の応用を教えるから、サダソはオーラの凝縮と質量をもたせるコツを教えてくれないか?」
そう、悠里がサダソを修行に誘った理由の大部分がこれだった。
これが出来れば悠里の”
幸いハンター試験までは約半年ある、新たな技術ではあるが本気で取り組めば不可能ではないはずだ。
悠里が今後の修行計画について考えながら提案するが、サダソは衝撃的な事を言ってきた。
「俺がそれを教えるのは構わないけど、四大行ってそもそも何?」
(...は?)
あまり驚きに固まってしまう悠里、なんとサダソは念の四大行を知らなかったのだ。
確かにサダソは洗礼組なので元は師はいなかっただろう。
ただ、悠里はてっきりその後に誰かに師事したと思っていた。
とりあえず基本を知らなければ修行どころではない、悠里は念について一から説明し、応用技について全てやってみせた。
一通りそれが終われば初めは感心しながら頷いていたサダソだったが、何故か今はジト目で悠里を見て来ていた。
「にしてもさあ...それだけ出来るならさっさとフロアマスターになっちゃってよ。俺らが勝てなくなっちゃうだろ?」
サダソの言う事も最もだ、何せ悠里は修行のために必要以上に準備期間を引き延ばして200階クラスに居座っている。
一瞬返答ににつまり何か言葉を探す悠里だったが、ここで前に戦いが怖くなったとサダソが言っていたのを思い出した。
そう言っていた割に未だに闘士として登録している事をふと疑問に思ったのだ。
「そういえばお前、なんで200階で戦ってるんだ?」
「そりゃあ、フロアマスターになって名前売って、道場でも開いて、んでもって流派も作っちゃえばウハウハでしょ?」
帰ってきた回答はとても俗っぽかった。
ただ、金儲けが目的ならばもっと良い方法がある。
どうせならハンター試験にもサダソを誘ってしまおうか、と悠里は思い立った。
「ならもっと効率よく儲けられて、有名になれる方法があるよ。」
「なにそれ?」
「ハンター。」
「...は?」
間抜け面をしているサダソに悠里は再度告げる。
「だからハンター。」
「ユーリちゃん冗談キツイよ~、ハンターなんて簡単になれるものじゃないだろ?」
一般論としては確かにそうだ、だが悠里達には「念」がある。
「そうでもない。今年の試験会場までの道のりならツテがあるし、サダソは念が使えるから試験自体は軽く受かるだろうね。」
「...本当に?」
「ああ、ちなみに俺も今年のハンター試験受けるよ。」
「...合格者ってどれくらい出るの?」
(お...サダソのやつ少し乗ってきたか?)
「それは一概には言えない。ただ参加者は毎回何百人といるけど念が使えるのは居ても1、2人。だからある程度の念能力者なら合格自体は問題無い。」
「なら俺も受けようかな...?ユーリちゃんのツテって確かなの?」
「ああ、そこは信頼してくれ。」
サダソも一緒に来る事が決まり、仲間が出来て内心喜んだ悠里。
それからは修行の内容もとんとん拍子で決まっていった。
しかし気になる点が一つ。
(にしても、今更だがちゃん付けか・・・)
実は悠里とサダソが会うのは今日でまだ2回目、些か距離感が近すぎる気がしないでもない。
ただ確かにサダソはギドの事も”ギドっち”と呼んでいたし、そういったあだ名をつけるのが好きなのかもしれない。
原作でもそうなのだから本当に今更なのだろう、悠里は半分諦めてサダソの「ちゃん」づけを受け入れた。
それからというもの悠里はオーラの凝縮と質量をもたせるようにする特訓を、サダソは“練“の持続訓練と悠里に見せられた四大行とその応用をそれぞれ特訓した。
悠里の特訓内容だが、サダソに聞いてみたところオーラに質量を持たせること自体は普通に変化系の延長で“発“ではないらしい。
少し懐疑的だった悠里だが、「別に放出系じゃなくてもある程度の念弾は誰でも撃てるでしょ?」と言われて納得した。
そしてそれに並行して肉体強化。
これに関しては筋トレや走り込みなど、悠里が毎朝やっているメニューにそのままサダソを参加させた。
そのため2人は毎日同じ時間に起きて顔を合わせるようになり、気の置けない仲になっていくのだった。
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悠里は夢を見ていた。
それが何故夢だと分かるかといえば、視界に写っているのが自身の体だからだ。
その体は何故か心臓のあたりが黒く光っている。
不思議に思い近づいて触れようとしてみるが、指が触れた瞬間黒い光が体を包み、遂には黒い炎が全身から上がった。
呆然としながら燃え続ける自身の体を見つめる悠里だったが、そこに近づいてくる人物がいた。
サダソだ。
それに気づいたのか、今まで微動だにしなかった体が唐突にサダソに向き直り、手を伸ばした。
そして次の瞬間、黒い炎がサダソの全身をも包み込んだ。
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「...おーい?」
「おーいユーリちゃん、準備できた?」
自分を呼びかける大声により悠里は目覚めた。
先程まで何か夢を見ていたような気がするが、生憎内容については忘れていた。
今日は1999年1月7日、悠里達の受ける第287期ハンター試験の開始日だ。
悠里とサダソは試合をしてから半年間、休む事なく修行し続けた。
そのおかげでサダソも“練“を一時間は維持できるようになっていたし、一通り応用技も身につけている。
ただどうしても“円“と“流“が苦手らしく、オーラを操れる操作系が羨ましい、と悠里に良く零していた。
ただ悠里からすれば強化系も80%習得でき、色々と汎用性の高い能力を使える変化系の方がよっぽど羨ましかったが。
旅の準備は昨日の内に全て済ませていたので万全だ。
ベッドから這い出てサダソを部屋へ招き入れ、悠里は素早く顔を洗い始めた。
歯を磨きながら、一応、とサダソにも詳細を伝えておく。
「ああ、ちなみに試験の開始場所は“ザバン市ツバシ町のめし処ごはん“って所だから。」
「ちなみに合言葉はステーキ定食を”弱火でじっくり”ね。」
それに対してサダソは微妙に冷ややかな目だ。
「...ま、良く分かんないけど案内よろしくね。」
そんな全く信じていなさそうなサダソの微妙な反応を皮切りに、悠里達のハンター試験はスタートした。
(俺は嘘ついてないのに...)
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それから飛行船で数時間、2人はザバン市に到着した。
原作で知っている悠里は迷いなくサダソの前を歩いている。
暫く歩けば古びた食堂の前で立ち止まり、何度か看板を確認しながら中へ入っていった。
「いらっしぇーい!ご注文は?」
「おじさん、ステーキ定食ちょうだい。」
「・・・焼き方は?」
「弱火でじっくり!」
「お客さん!奥の部屋へどうぞ!」
合言葉を言えば奥に通され、原作で出てきたセリフを言えた事に感動しながら席に座れば、部屋全体が動き出し真下へ降り始めた。
部屋まるごとをエレベーターにするとはハンター協会も考えたものである。
「実はさ、この試験会場につくまでだけでも1万人に1人の倍率なんだよ。」
「ユーリちゃんすごいじゃん、でもどうやって調べたの?」
まさか原作知識と言うわけにはいくまい。
「ま、知り合いの情報屋にね・・・」
「へ~情報屋を活用してるなんて、なんだか本当のハンターっぽいね。」
「だろ?」
暫く会話をして過ごしていれば、チンッという音と共にエレベーターが止まり扉が開いた。
「じゃ、いくか。」
「だね。」
悠里達のハンター試験が始まった
次回からハンター試験編です。