二十歳   作:鳩ポッポ

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前編

 

 

 

 

 

 

 二十歳(はたち)。成人年齢が十八歳になった今でも、二十歳になるって、特別な感じがする。お酒が飲めるようになったり、煙草が吸えるようになったり。他にもできることは増えるけど、十八歳よりももっと大人な感じがしてわくわくする。二十歳になったら、実際、どう変わるのかな。「社会人としての責任感が芽生え……」とか、そんな感じ?……いうほど変わらないかも?わかんないなー。こればかりは。僕も早く二十歳になりたいよ。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 陽光を反射してキラキラと煌めく水面を横目に、今井リサは海岸線沿いの道を車で走っていた。対向車線側に海が続く道路を、ここまで一時間ほど走って来ていた。こうも長距離となってくると、父親から借りた軽自動車ではしんどく感じてくる。家を出てからだと、そろそろ二時間が経過しようというところだった。左に曲がっていくカーブを行くと、いったん海岸の景色とお別れする。数分走ると、前方に海岸線のある右へと戻っていくカーブが見えてくる。アクセルを踏み込むのをやめ、減速に入る。カーブの数十メートル手前の左手に、山へと入っていく道が見えた。リサは、その道を左折する。今回の目的地は、この山の上にある。対向車が来ないか注意しながら、つづら折りの山道を上がっていく。高く伸びた杉の木が鬱蒼と茂っていて、道は少し薄暗い。三十分ほど走ると、木々が切れて陽光が差し込んでいるのが前方に見える。開けているそこは、駐車場のようだ。Pのマークが書かれたくたびれた看板が入口にあった。敷地の全てが舗装されているわけではなく、半分くらいは砂利に覆われた場所だった。リサの車以外は見当たらない。お盆も過ぎて、都心から二時間半近くも離れたこんな山奥に来る人は、ほとんどいないのだろう。リサは車から降りた。森の方から蝉の大合唱が聴こえる。一週間経てば、今鳴いている蝉たちの何割かは死んでいるんだろう。蝉にも、心残りってあるのかな。リサの脳裏にそんなことが浮かんだ。今日は、リサにとって二十歳の誕生日だ。しかし、リサを支配していたのは、嬉しさよりも寂しさだった。

リサは、後部座席のドアを開けた。座席に置いていた包みと、足元に置いていた花を取る。ドアを閉めたら、ロックをかけて駐車場のそばにある階段を降りていく。水汲み場でバケツとひしゃくを借りる。バケツに水を汲んで、リサは霊園の中に足を踏み入れた。

 霊園の中を、奥へと歩いていくと劣化して変色したコンクリートの道が、新しく敷かれた真っ白なコンクリートに切り替わっている境目が見えた。ここから先は新しく作られた区画だ。そこを進んで、さらに階段を降りていくと、周りの墓石と比べて、真新しい綺麗な墓石が立っている。

 墓石周りの落ち葉を拾ってから、墓石に水をかけた。墓石にはまだ苔すら生えていなくて、顔が映って見えるほどだ。水鉢の水を入れ替え、花立に持ってきた花を生ける。包みからお供え物を取り出して供えたら、肩掛け鞄の中から数珠とお線香、さらにマッチを取り出す。お線香をあげたら、左手に数珠を掛けて合掌する。

 アタシは、今日、二十歳になったよ。十九歳でこの世を去った彼の墓前で、リサは報告した。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「リサちゃん。今日から新しい人入れるから、レジ打ちとか品出しとかの説明よろしく」

 去年の春、アタシの働くコンビニに新しく入ってきた人がいた。

「とりあえずこっちきてくれる?」

 店長に促されてバックヤードから出てきた人の顔を見て、アタシから「あっ」と声が出た。アタシより少し背が高くて色白な瘦せ型の男が、目を丸くしてアタシを見ていた。アタシも彼も、まさかここで再会するとは思ってもみなかった。会うのは、小学校五年生で彼が東京を引っ越したとき以来だった。

 

 

 

 アタシも彼も、同じ時間の上がりだった。彼にどの方面に帰るのか聞くと、途中まで一緒らしい。帰りながら、アタシと彼は色々な話をした。お互い大学に進学したこと。彼と家族が、彼の大学進学を機にこちらへ戻って来たということ。彼の大学も、リサの通う四つ葉女子大の近辺にあるということ。アタシがRoseliaのベーシストであること。バイトのシフトがアタシと一緒の時間で入っているらしいということ。お互いの近況から、小学生の頃の話まで、話題が尽きなかった。

「そういえば」

アタシは、一つ思い出したことを彼に聞いた。

「今、病気って大丈夫そうなの?」

彼は小学校の頃、体育はいつも見学していたし、学校をよく休みがちだった。理由を聞いたら病気のせいと答えてくれた覚えがある。

「うん。今は、もう。大丈夫」

彼は、腕に力こぶを作りながら、笑ってそう言った。彼の体があまりに細いから力こぶが頼りなさげに見えて、思わず、

「えー。ホントに大丈夫~?ちゃんと食べてる?」

と、言ってしまった。ちょっと彼が顔をむすっとさせる。

「田舎のおばあちゃんみたいなこと言うね……。こう見えても食べるときは食べてます~!」

「えー。田舎のおばあちゃんって……。そんなにまだ年取ってませ~ん。毎日きちんと食べてる~?」

「じゃあ、お母さん?」

「なにそれ。ふふっ」

「だって言ってることがさぁ……。ははっ」

言葉の応酬をしていたら、何だか可笑しくなってきて。最終的に二人して笑ってしまった。成長しても、彼の人懐っこさや、無邪気な笑みは、小学生の時から変わっていなかった。

 

 

 

 この日から、アタシと彼はバイト終わりに話しながら帰るようになった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 山から降りて一時間半ほど経つと、海岸線沿いの道からやや内陸部の道へ入る。農地が広がる中にぽつぽつと家が立ち並んでいる風景を横目に、リサは車を走らせる。数百メートルほど向こうにコンビニが見えた。車内の時計をチラリと見ると、もう午後一時を回ったところだ。一旦あそこで休憩を取ろう。リサは、左折してコンビニに車を止めた。

 車を降りると、太陽光で熱されたアスファルトから強烈な熱波を感じた。一時間半ほど前はここより涼しい山の上にいたから、リサは暑さに辟易とする。ここでも蝉たちが鳴いていたけれど、森の中よりも数が少ないのか、ずいぶんボリュームは小さかった。ロックをかけて、店内へ。一歩店舗の中に踏み込むと、エアコンの冷風が心地よい。買い物カゴの中に麦茶のボトルを入れる。暑すぎて体が夏バテしているのか、それとも、彼に想いを馳せているうちに気分が沈んでいるからか。あるいは両方かもしれない。あまり食欲はなかった。でも、食べないのも良くない気がして、おにぎりを二個取った。梅干しと昆布。この二種類が好きと言ったら、彼に「なんだか渋いね……」と言われたっけ。彼は、ツナマヨが一番好きと言っていた。

 このままお会計をしようと思ったリサの目が、あるものを捉える。ああ、そういえば。リサは、レジに並ぶ列を抜け出した。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 アタシと彼の二人でシフトに入っていたあの日。平日の昼間で、朝から強い雨が降っていた。そのせいか、客も少なくて、シフトに入った直後から手持ち無沙汰な時間が続いていた。

「煙草、吸ってみたいなぁ」

煙草のケースが置かれている棚の前で、彼が突然そう呟いた。

「え?」

意外だった。真面目そうな彼がそんなことを言い始めるなんて。冗談かと思っていたけれど、彼は至って真剣な顔をしていた。

「まだ二十歳になってないでしょ?」

「まぁ、うん……。……早く二十歳になりたいなぁ」

ザーッ。雨が地面を叩いている。小さな音はかき消してしまうほどの強い雨。けれど、彼の悲しげな呟きはやけによく聞こえた。

「なんで……、そんなに煙草を吸ってみたいの?」

「単純に気になるからかな。……でも、煙草を吸ってみたいというより早く二十歳になりたいだけかも」

「早く二十歳になりたい?」

生き急いでいるような言葉。彼にとっての二十歳は、いったいどう見えているんだろう。

「二十歳になったら、できることとか増えるし、こう……何だか大人って感じしない?」

確かに、二十歳になると法律的にできることも増えるし、成人式とかもあるし、節目という感じがする。

「言われてみれば……そうかも」

「あー。早く二十歳になりたいなー」

 

 それ以降も、彼の口から二十歳になりたい、という言葉が漏れていたように思う。

 彼はずっと、二十歳に憧れていた。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 レジで会計を済ませて、リサは車に戻った。席についてビニール袋の中身を覗く。麦茶とおにぎり二個の他に、買ったものがあった。リサは、袋の中からそれらを取り出す。煙草の箱と携帯灰皿だった。今まで、吸おうとも思わなかったし、無縁だと思っていたそれ。どうして、わざわざレジへと続く列を抜け出し、スマホで煙草のことを調べてまで買ってしまったのか。そう聞かれたら、かつての彼のように、「単純に気になったから」と言うかもしれない。強いて言うなら、彼の代わりに吸ってみようか、そう思ったからだけれど。彼が、もし二十歳になれていたら。アタシは彼じゃないけれど、彼が見るはずだった景色を見てみたくて。

 おにぎりを二個とも食べて、麦茶を飲んで落ち着く。そうしたら、一旦ビニール袋の中に戻していたさっきの二点と、お線香に火を着けるために持っていたライターを取り出して、車外に出る。借りている車に匂いが染みつくのはまずいから。車の後ろの方で、煙草の箱を開けた。どうにか一本取りだして、ライターの準備をする。ここからは、さっきスマホで調べた通りに実行していく。数時間前までは、煙草の吸い方をスマホで調べるなんて、思ってもみなかった。煙草を咥えて火を着けようとするも、煙草に火がなかなか着かない。何回か失敗しながら、何とか火が着いた。煙を吸い込もうとして、ゲホッゲホッと激しくせき込んでしまった。一気に吸い込み過ぎたみたい。涙が出てきて、頭も痛くなってきた。流石に無理そう。アタシは、携帯灰皿にまだ全然減っていない煙草を押し付け消火した。車のドアを開けて麦茶のボトルを取り出し、一気に呷った。気持ち悪くて、頭が重い。これから一時間近くも運転しなければいけないのに。吸わなければよかったかも。彼も煙草を吸ったら、最初はせき込むのだろうか。少し不器用な彼ならきっとそうなっていそうだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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