二十歳   作:鳩ポッポ

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後編

 

 

 

 

 アタシが家に辿り着いたのは、日が傾き始めた頃だった。車から降りると、西陽が目を刺す。

 

「ただいまー」

 

 久しぶりに長い距離の運転をしたからか、疲れが出てきている。目元を抑えながらリビングに入る。

 

「おかえりー。あ、あなたに手紙が来てたわよ」

 

 お母さんがそう言って一枚の便箋を手渡してきた。

 

「ありがとう。この後、またすぐ出かけるね」

 

「Roseliaの皆でご飯だったかしら? ……あら? この臭い……」

 

「……! あ、汗かいちゃったからシャワー浴びてくるね!」

 

 煙草の臭いが付いているのかも。やっぱり吸わなきゃよかったな。気の迷いを起こした過去のアタシを恨む。……シャワーを浴びて着替えよう。約束の時間までまだ余裕がある。この便箋を読むのは、帰ってからでいいだろう。アタシは自室に着ていく服を取りに行くついでに、便箋を自室の机の上に置いた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「……んっ。あれ……?」

 

 アタシが目を開けると、見慣れた天井が目の前にあった。皆と集まってアタシの誕生日会ついでにご飯に行ったのは覚えているのだけれど。

 

「うっ! 痛……」

 

 身体を起こすと、頭がガンガンと痛い。……そうか。アタシ、お酒を飲んでみたんだ。二十歳になって初めてのお酒。だから量も少なめにして飲んだけれど、案外酔いが回るのが早くて……。燐子や紗夜に介抱してもらって何とか帰りついた記憶が薄っすら蘇ってきた。……後で謝らなきゃ。

 

 頭が痛いし、喉がカラカラだ。アタシは水を飲みにキッチンへ降りていく。冷蔵庫に入っていたミネラルウォーターをコップに注いで一気に飲み干す。もう一杯飲み干してアタシは一度部屋に戻る。今何時だろうと部屋の壁掛け時計を見る。まだ三時。まだほとんどの人が寝静まっている時間だ。まだ頭がガンガンと痛むし、もう一度寝ようかな。そう思ってもう一度ベッドに入ろうとしたアタシの目に、机の上に置かれた便箋が目に入ってきた。そうだ。帰ってきてから読めばいいと思ってここに置きっぱなしにしていたんだ。そういえばこれを手渡された時、急いでいたから差出人をよく見ていない。今時便箋なんて、一体誰からだろう。机に置いている電灯を点けて、便箋の差出人の所を見る。アタシは驚きのあまり言葉を失った。なぜなら、差出人の名前が、藤橋颯太(ふじはしそうた)。今は亡き彼の名前だったからだ。

 

「どうして……?」

 

 どうして今になって彼からの手紙が届くのか。幽霊。その二文字が脳裏によぎった。汗がじっとりと滲む部屋の暑さとは裏腹に、背筋が凍る。それでも、アタシはこの便箋の封を切らずにはいられなかった。タチの悪いイタズラかもしれない。同姓同名の他人かもしれない。それでも、開けてみるまでは何もわからないから。

 

 便箋の封を切ると、中から三つ折りにされた手紙が出てくる。アタシは、恐る恐る手紙を開いた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 いきなり手紙が届いて、驚いたかな? 

 

 途中で間違いがなければ、この手紙はリサの誕生日に届くはず。

 

 驚いてくれたのなら、大成功! 未来の日付に手紙を出せるサービスを使ったんだ。便利なものだねぇ。

 

 そんなことはさておき、二十歳の誕生日おめでとう。リサ。

 

 二十歳。成人年齢が十八歳になった今でも、二十歳になるって、特別な感じがする。お酒が飲めるようになったり、煙草が吸えるようになったり。他にもできることは増えるけど、十八歳よりももっと大人な感じがしてわくわくする。二十歳になったら、実際、どう変わるのかな。「社会人としての責任感が芽生え……」とか、そんな感じ? ……いうほど変わらないかも? わかんないなー。こればかりは。僕も早く二十歳になりたいよ。

 

 でも、どうもなれそうになくて。本当は、直接会って誕生日を祝いたかったけれど。

 

 だからこうして、手紙にすることにしたんだ。

 

 リサがお見舞いに来てくれていたこの四ヶ月間、とても楽しかった。中学と高校の頃もよく入院していたから、病院のベッドの上はもううんざりだったし。何より、入院中って暇だし寂しかったから。

 

 リサと他愛のない話をしている時間が、僕にとっての支えだった。病気の痛みで辛くても、薬の副作用で吐き気が止まらない時も、リサのお見舞いに行くって連絡や時々送ってくれるメッセージを見たら、そこまで頑張ってみようってなれたから。

 

 友希那ちゃんのことを話しているリサ、とっても楽しそうだったなぁ。猫と戯れている友希那さん、僕も見たかった。

 

 お互いの好きな小説を教えあった時も楽しかったなぁ。リサが恋愛小説で、僕がミステリー小説を薦めて。リサが僕に薦められた本を真剣に読んでる姿、すごく絵になっていたから、カメラを持ってきて撮りたかったな。リサは恥ずかしがりそうだけれど。

 

 僕の思い出話ばかりになってしまってごめん。この手紙に、書けることは全部書いておきたくって。

 

 僕がコンビニで初バイトの日、声をかけてくれてありがとう。あの時は、ガチガチに緊張しちゃっててさ。色々話しかけてくれたおかげで緊張もほぐれていったよ。……何より、僕のことを覚えてくれていて嬉しかった。リサのおかげで、毎週バイトに行くのが楽しみだったよ。

 

 僕が体調を崩し始めたとき、病気のことを言えなくてごめん。体調を崩してふらふらだった僕を、リサは心配してくれた。でも、あの時は言えなかった。僕の病気なんかで気を遣わせたら嫌だから。

 

 病院でリサと再会したとき、申し訳ない気持ちもあったけれど、何より嬉しかった。初めてお見舞いに来てくれた時、飛び上がりたいくらいだったよ。

 

 リサに気を遣わせたくないって思っていながら、お見舞いに来てくれないかって頼む僕は、心底身勝手だね。こんな身勝手で自己中心的な奴の我儘を聞いてくれてありがとう。きっとそのおかげで、四ヵ月も生きながらえることができたんだ。リサの前では強がっていたけれど、僕はとても弱っちいから。

 

 僕はリサのおかげで、人生をこんなに楽しく終えることができるんだ。今、すごく幸せだよ。もう、死なんて怖くないくらいに。

 

 最後に、もう一度。二十歳の誕生日、おめでとう。リサ。今まで、本当にありがとう。

 

 そして、さようなら。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 リサは、食い入るように手紙を読んだ。震える手で書いたのだろうか、所々、文字が掠れていたり、ガタガタになっていたりして読みづらいところがある。彼が手の震えでうまく文字を書けないと嘆いていたことを、リサは思い出した。これは、間違いなく彼からの手紙だ、そう確信した。

 

 この手紙は、彼からのお祝いであり、彼からの感謝の気持ちであり、彼の遺書だった。リサは、様々な感情でぐちゃぐちゃだった。お祝いされて嬉しいような、彼はもういないことをまざまざと突きつけられて悲しいような。

 

「感謝するのは、アタシの方もだよ……」

 

 リサにとっても、彼のお見舞いに行くことが楽しみだった。楽しい話もしたし、時には悩みを零した時もある。彼に聞いてもらうと、少し気が楽になれたから。彼がリサに救われていたように、リサも彼に救われていた。だからこそ、

 

「一緒に、二十歳になりたかった……」

 

 一緒に二十歳を迎えて。お互いにお祝いしあって。一緒にお酒を飲んでみたり、煙草に冒険しちゃったり。叶わない空想が、リサの頭をよぎっては消えていった。

 

 手紙に、リサの大粒の涙が落ちて滲んでいく。

 

 机の電灯だけしか点いていない薄暗い部屋に、すすり泣く声が溶けていった。

 

 

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