少女は、最愛の人の夢を見る。

「アタシも、たまにはね?」


※pixivにも、ウマケット2023夏参加作品として、マルチ投稿しております。

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ネイチャさんは、トレーナーの夢を見る。

 ”今思えば、あの人って物凄く物好きだ。”

 

 走馬灯のように流れる風景は、遠い遠い在りし日の記憶。”きらきら”を掴むことなんて、一切夢見ることが出来なかったアタシに、何故か何度も声をかけてくる。

 

「ちょちょちょ、なんでネイチャさんに声をかけるんですか!」

 

「アタシなんて、なんの取り柄もないウマ娘で。永遠にキラキラをつかめなくて!」

 

「そんなアタシでいいんですか!」

 

 何度だって問いかけた。あの日の言葉を真に受けてから、アタシの人生めちゃくちゃだ。

 

 "君がいい。"

 

 それでも、そんなあの人がいたからなのかな。アタシの運命は、面白おかしい方へと変わってしまった。胸張って、楽しかったんだって笑って言える。目の前に見える光景だって、その一部なんだから。

 

 

 

 ”──────お願いです。僕の担当ウマ娘になってくれませんか?”

 

 

 ”え、アタシ──────!?”

 

 

 

 

 

 

……………………⏰……………………

 

 

 

 

 

 

「……夢」

 

 眠気に負けそうな、重たい瞼をゆっくりと開ける。朝日が嫌に眩しくて、何処か自嘲気味な笑いが溢れてきちゃう。それじゃダメだと意気込んで、頬をかるーくはたいてみた。苦しさなんて、隠し通せばいつか紛れてしまうから。

 

「まったくさー、ほんとアタシのトレーナーって情熱的だよね」

 

 夢見たあの日はどこかに行って、今じゃトレーニングを少し無気力にこなすばかり。

 

「アタシの、どこに期待してんのかな……」

 

 折り紙のトロフィーをいじるアタシの手は、言葉の行き先を探して端を弄ぶ。そういえば、これもあの人から貰ったんだっけ。

 

「はぁ。こんなんじゃいけないや。散歩にでも行きますかねぇ」

 

 そう、アタシは勝てないウマ娘。それでもキラキラが欲しくて、無駄な努力を続けている。アタシは、誰にも見てもらう価値なんてないのに。

 

 ”……なのに。”

 

「おう、おはようネイチャ」

 

 この人は、いつも近くにいる。私が望んでいる時も、望んでいない時も。

 

「あれ、朝からどうしたんですかね。トレーナーさんはもしかして、ネイチャさんに会いたくなっちゃいました〜?」

 

「ああ、まあね。それに、歩きながらトレーニングについて話すのもいいでしょう?」

 

 サラッと言った冗談も、否定せずに受け止める。だからアタシはこの人の事をずっと……。

 

「そういえば、今日知り合いの結婚式があるんだ」

 

「へぇ」

 

「みんな、ネイチャのことが好きだからさ。話してくれって煩くて」

 

 嘘に聞こえるような一言も、この人が言うのならば本当だって思ってしまう。アタシが必要だって、簡単な女になりさがってしまう。それがどうしようもなく、心地よいんだ。

 

「本当に、急でごめん。午後はメニューを渡しておく。明日のトレーニングは休みでいいかな?」

 

「はいはい。飲み明けのトレーナーさんは、酒気帯びが酷いからそれくらいは許してあげる。今日は特に、羽目を外さないといけないんでしょ?」

 

「うっ、すまない」

 

 ちょっとからかうと、申し訳なさそうな顔をする。ほんと、なんでこんな手に引っかかりやすいかなー。

 

「はいはい。ゆっくりと楽しんできてね? 埋め合わせは別の日でいーから」

 

 湿度の高い、面倒くさい女だって言うのは気づいてる。"今も女を引っかけて帰ってこないかな?" なんて、彼女でもないのに考えているのだから。

 

「うぅ、恩に着るよ……今度美味しいのを奢るから」

 

「お、やった。ネイチャさんそういうの楽しんじゃうぞー?」

 

「お、お手柔らかにお願いします」

 

 それでも、こんな引き攣った笑みを見せてくれるのはアタシだけって思ったら、暗い感情がどこかに行っちゃう。この人は、それだけの物をアタシにいつも渡してくれるから。

 

「ホント、最初の頃から変わんないなー。それじゃ、いつか悪いオンナに引っかかっちゃいますよ?」

 

 ひねくれた態度しか返せないのが、とっても歯がゆい。本当は、もっと素直に求めたいのに。

 

「はは。ネイチャみたいならいいんだけど」

 

「〜ッ。もう、本当に調子のいいことばっか言っちゃうんだからなぁ」

 

 だから、いつもあなたの言葉に救われている。何度だって繰り返していいくらいには、あなたと同じ時間を過ごしたい。

 

「それじゃあ、行ってくるよ」

 

 "だから。"

 

「ねぇ」

 

「ん、なに?」

 

 "────行かないで。"

 

「気をつけて。飲みすぎたら、絶対だめなんだから」

 

 "優しい笑顔が、どこか遠くに離れてしまう気がして─────。"

 

「……ふふ、今日のネイチャは心配症だな」

 

 心が叫びたがるのを、アタシはグッと押さえつけた。なんでか胸が締め付けられる。それでも、迷惑はかけたくないから。こんなのっておかしいよって、ジブンで言いたいはずなのに。

 

「じゃあ、行ってくるよ」

 

 止められないんだよね。どーしても、楽しそうな顔を見ちゃうとさ。

 

「行ってらっしゃい」

 

 "アタシは、臆病なウマ娘だ。"

 

 心臓が高なるほど好きな人に、どうしても素直になれないんだ。

 

 "アタシは、とっても臆病なウマ娘だ。"

 

 どう足掻いても、アタシは勝つことが出来ないのに、信じてくれる人に対してひねくれちゃうんだ。どうしても、止めなければいけないはずなのに。

 

 "止めなければ、いけない?"

 

 その言葉が浮かんできた時には、もう遅くて。トレーナーさんは歩いて、式へと行ってしまった。

 

「……トレーナーさん。早く帰ってきてくださいね」

 

 

 "ぐんにゃりと揺れる。頭に嫌な音が鳴り響く。そうだ、これは私の罪なんだ。ねぇ、もっとアタシが素直になればあなたは……。"

 

 

 

 

 

…………⏰…………

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 ああ、気をやっちゃった。トレーナーさんのことを眺めていたら、いつの間にか寝落ちていたみたい。誰かが毛布をかけてくれたようで、体は暖かい。

 ……そう、全部夢。アタシはなーんにも伝えられなかったし、止めることすら出来なかった。

 

「ねえ、起きてよ。トレーナーさん」

 

 軽く手を握ってみる。ピクリとも動かないや。都合のいいこと言ったって、時間が巻き戻ることは無いんだから。

 

「なーんで、事故にあっちゃいますかねー」

 

 いつものような軽口と、いつものような明るい声を心がけて。アタシは本音をようやく呟く。声が震えるのを我慢しなきゃ、アタシらしく喋れないから。

 

「ほーんと。あれだけ気をつけてって言ったじゃないですか」

 

 心電図の音が鳴り響く。参ったな、アタシは強くなるって決めたはずなのにさ。アナタがいないと、ジブンらしくいられないって分かってしまったんだ。だってアタシは──────。

 

「あなたが好きで好きでたまらないのに。ずっと隣にいてほしくてって、頑張っていたのに。こんな形で、話せなくなるって思わなくてッ……」

 

 あーもう、泣かないって決めたのに。ネイチャさんは泣いちゃいましたよ。トレーナーさん。どうしてこんな時に、眠っちゃってるんでしょうかね。

 

「ほんと、いつもみたいにアタシを慰めてくださいよ……!」

 

 分かっているんだ。お医者さんにも、いつ目覚めるか分からない。もしかしたら、もう二度と目覚めないかもしれないって言われたのに。

 

「何度も夢に見て、何度も止めようとしたのに……」

 

 目覚まし時計が鳴り響いても、運命を変えることは出来なくて。アタシって、どーしていつも素直になれないんだろうね。握った手の温もりは、いつものようにかえしてくれない。願っても、祈っても起きてくれやしない。

 

「アタシって、ほんとバカ」

 

 呟いたところで、後ろの扉がガラリと開く。コツ、コツとヒールの音が鳴り響く。アタシを気遣って毛布をかけたのも、多分この人だ。赤くなっているであろう目に、ツッコミはしないでいてくれる。

 

「よく、眠れましたか?」

 

「ええ、とっても。トレーナーさんの傍でしたからね〜」

 

「そう、ですか」

 

 理事長秘書のたづなさん。トレーナーさんとは、よく飲みに行っていたらしい。たまにウチにも来ては、アタシのあれやこれやを二人で沢山話したらしい。正直、少し嫉妬した。

 

「もうすぐレースですね。ナイスネイチャさんは、今回は如何致しますか?」

 

 こうやって、大人な気遣いをしてくれる。トレーナーさんと大人のやり取りを出来ることが、とってもとっても羨ましい。

 

「……そーですねぇ。この人が仕上げてくれたアタシを見せつけたいとは思うんですけど、正直わかりません。今のアタシは、ファンの気持ちに応えられるか分かんなくて」

 

 だから、それに甘えて普段言えないことを漏らす。弱ってるのはわかってる。最後のひと押しが欲しいから、回りくどいことをしちゃっているんだ。

 

「それでも、出たいんですね」

 

 "それを、彼女は理解してくれていた。"

 

「ええ、そうですよ」

 

 ウマホに内蔵しているカレンダーには、有マ記念の四文字。トレーナーさんと、今年こそは勝つと約束していた。アタシは三着ばかりだけれども、今度ばかりは負けたくない。勝ったって報告したい。

 

「負けたくない。ううん、負けない」

 

 だから、仕方ないと言わんばかりに苦笑いを浮かべるたづなさんから、レースに参加を証明する承諾書をふんだくって、サインを書いて押し付ける。

 

「分かりました。……見守っていますね」

 

 分かってますよ、ネイチャさんは。トレーナーさんは、アタシがここで泣いているより、勝って笑っている姿が見たいはずだから。

 

 "だから。"

 

「早く帰ってきてくださいよ、トレーナーさん」

 

 

 

 

 

 

……⏰……

 

 

 

 

 

「そーいうワケですから。テイオー。今日のアタシは……負けないよ」

 

 アタシのライバルは、深くは追求しない。唐突な言葉でも、ある程度は理解してくれてるみたいだから。

 

「そっか。でも、勝つのはボクだもんね! だって無敵のテイオー様だもん!」

 

 場所は中山競バ場。時は有マの開始前。本番はいつだって、誰にでも平等にやってくる。ファンファーレが鳴り響き、ゲートインした時には、もう前しか見えなかった。コンディションは、困ったことに今までの中で一番良い。対して他は、テイオーの調子が少し良さげ。

 

 "ガコンッ! と音が聞こえたら、すぐさま足を踏み出して!"

 

『さぁ、今ゲートが開きました!』

 

 トレーナーの教えをリフレインすれば、思ったよりも好スタートを切る事が出来た。差しのアタシが前に出るのは、あんまり良い事ではないハズ。それなのに、今日はやけに周りがもたついている気がする。景色の流れは速いのに、周りはとても遅いのだ。

 

「……違う」

 

 二千五百メートルだから、スローペースを維持しているのかもと思ったけれど。アタシ自身が、思った以上にレースに入れている。あっという間に千メートルを超えてしまった。

 

「──────そうだよね」

 

 いつも以上に、身体に力が漲っているのが分かる。仕掛けるにしては早すぎる。まるで追い込みをかけるかのように、ぐんぐん前へと進んでいく。

 

『ああっと、ナイスネイチャ。掛かっているのか!?』

 

『それにしては、まだ伸びるというか、まるで脅威的な何かを背負っていると言いますか』

 

『専属トレーナーの事故もありました。はやる気持ちが抑えられないか!?』

 

 実況の混乱する声が聞こえるけれど、これが今日の大正解。大欅を超えて、残り七百を通過した。

 

「さすがネイチャだね。でも、勝つのは……ボクだ!」

 

 そんなアタシを飲み込むように、"世界"をぶつけてくるライバルがいる。やっぱりライバルは、一筋縄じゃいかないみたいで。

 

「ッ、ジャマをしないでよっ。テイオー!」

 

「悪いけど、ボクにも負けられない理由があるから!」

 

 覇道って言うんだっけ。世界がアタシを潰しにかかるし、メンタル全部がやられそう。次第に距離は詰まってきてるし。

 

 "やっぱりアタシにはだめだったのかな?"

 

 そんな思考が浮かんできた時、ちらりと観客席を見る。そしたら、思わず声が漏れてしまった。

 

「……ウソでしょ」

 

 居る訳が無い。居たらおかしいはずなのに。それだけで力が入るのに。

 

 

 

「勝て、ネイチャッ!!!」

 

 

 

 そんな言葉を投げてくれたら、ネイチャさんは頑張らない訳ないじゃない。そうだ。

 

「アタシもたまには、ね?」

 

 そうしてテイオーを振り切るように、一歩を大きく踏み出して。

 

「ぁぁぁぁああああああッッッ!!!」

 

 駆け抜けてしまえばいい。それで全てに応えてみせる。ネイチャさんは、いつだってアナタに応えたかったんだから!

 

『ナイスネイチャ。ナイスネイチャです! ブロンズコレクターと呼ばれた彼女が今一着でゴール! あなたの夢を叶えます。有マ記念の夢は、ナイスネイチャの勝利で決まりです! あ、いま観客席に向かって彼女が飛び込んで──────』

 

 

 

 

…⏰…

 

 

 

 

「ネイチャ。ネイチャ」

 

「ん、んん……」

 

 ああ、何だかとっても懐かしい夢を見た気がする。揺さぶられて目を覚ましたら、そこにはとっても愛しい人。あの日、病院の静止を振り切ってまで、アタシに駆け寄ってくれた人。

 

「なんだが嬉しそうな顔をしているけど、そんなにいい夢を見てたのか?」

 

「ん、まぁね〜」

 

 にやにやと、意地の悪い笑みを見せる。ここ数年で、アタシ色に染めすぎたのかな。アタシとよく似ている笑い方をするようになっちゃった。左手の薬指に光るのは、アタシとアナタの関係性。時が流れたことを実感するけれど、今日くらいはこう呼ぼう。

 

「"トレーナーさん"」

 

「……ん? なんだか懐かしいな、それ」

 

 遠い昔を懐かしむように、アナタはへにゃりと微笑んだ。そんなアナタに飛びつけば、ネイチャさんもたまにはキメ顔してみましょうか。今のアタシに、サブタイトルをつけるなら──────。

 

 

 

 

 

 

「ネイチャさんは、トレーナーの夢を見るんですよ」

 

 

 

 

-完-


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