オーグメントと青春   作:鳥鍋

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3章のラスト辺りはほとんど置いてけぼりなウチの主人公でした


壊れたブレーキ

 

『ジャガーオーグ、あなたは私達と見ている世界が違っていた』

『アズサのように虚しくとも努力を続けるのと違い、ただ幸せを見据えて掴もうとしている』

『その道のりは私にも想像がつかない、私達にもできなかった人を殺す事すらあるかもしれない』

『それでもアリウスに幸せをもたらす為に味方として、私達の友達として戦ってくれて、心配してくれてありがとう』

『あなたにも幸せがありますように』

 

───

 

質素なベッドから身体を起こす。なんだか嫌な夢を見た気がする。アビドスの生徒達に不意討ちで負けた後にどうしたか思い出す。しばらく後に拘束されて武器も取られた。その後は今の牢屋に連れられて今に至るという訳だ。よく考えると捕まえられる側は初めての経験。ジャケットはともかくマスクは外された。別に恥ずかしい訳じゃないが一日以上マスクが無いと落ち着かない。

 

「おはようございまーす」

「……起きたか、万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)に報告を」

「了解!」

 

自分の処遇が決まったのか看守達の動きが変わる。10分程経っただろうか、独房の扉が開き銃を向けられながら連れられる事になった。自分を囲んでいるのはゲヘナの風紀委員会と万魔殿の議員達。彼女らは警戒しながらも大事な用があるらしい。アビドスとの戦闘程では無いが、ある程度の緊張感の中で前に歩いた。

 

───

 

「キキキ、来たかジャガーオーグ。……いや待て、その頭はどうした?珍しいジャガーの市民では無かったのか?!」

「マコト先輩、彼はずっとヘルメット、いえマスクを被っていました。中身は先生と変わらない『大人』です」

「大人…ねぇ」

 

手足は拘束されていないが、銃を左右から向けられたまま万魔殿の部屋のソファーに座り、残念なヘアスタイルの羽沼マコト、傷の癒えていないイロハと対面する。

 

「用件は知らないけど、マスク返してくれないと何も喋らないよ?」

「そんなにアレが大事ですか」

「無いと落ち着かないかな」

 

取り上げられただけならまだいい、調べられてプラーナや生存本能解放などのメカニズムを知られたらどうなるか分からない。コピーされて敵に回るか厄介扱いされて処分されるかだろうか。

 

「こちらで少しあなたの装備を調べました。どれもある程度の耐久性があるのはともかく、マスクの機能は危険極まりないですよ」

「仕事が早いなイロハ。ふむ、これがその資料か……。脳の一部を刺激して、戦闘の忌避感を低下させる……。正義実現委員会の剣先ツルギを倒したのは装備だけではなく恐れを消したからか。キキッ!いい拾い物をしたではないか!これを量産すれば何をも恐れぬ究極の戦力が完成する!」

 

ジャガーオーグは呆れた表情でため息を吐く。

 

「…やめとけって言っとく。ボクのは強くなったんじゃない、ブレーキを壊しただけ。ブレーキの無い車を運転したい?事故して大事な人も巻き込まれるよ?」

「そんな物をあなたは常に被っていたんですか?」

「それは…マスクを持ってきたら教える。説明も兼ねて」

「ダメに決まってますよ。説明を見て余計に渡す訳にいきません」

「まぁ待てイロハ。このマコト様のコートを切られた時に確信した、奴は手加減を知っている。でなければ私はここにいないだろう。持ってきてやるから説明を続けるがいい」

「……あぁ、あの時のはあなたでしたか。万魔殿の経費で修繕費を落としましたっけ」

 

一番権力のあるマコトの一声で件のマスクと、ついでに武器以外の危険の無いジャケットや散髪用のハサミなどの持ち物が帰って来た。

 

「おかえり」

≪……ただいま、ってか?≫

≪……≫

 

ツルギは無言で機嫌が悪い事を伝えている。トリニティとゲヘナの関係は知っているが、嫌な時は叫ぶのではなく無言になるタイプとは思わなかった。

 

≪私はハスミ程嫌っている訳ではない≫

 

目の前のマコトはアリウスに騙されたがエデン条約を結ぶ気など無かった。そんなのが目の前にいるなら余計にストレスが溜まる事だろう。

 

≪…………≫

「マコトさん、このマスクをイロハちゃんに被せていい?」

「嫌ですよ、危険すぎます」

「キキッ!許可する、好きなだけ被せろ!」

「ちょっとマコト先ぱ、わぷっ?!」

 

制帽を取った代わりにジャガーのマスクを被せると、一旦は静かになった。

 

「で、問題はここから。イロハちゃん、マコトさんに嫌な事はある?」

「ありますよ!勝手にアリウスに騙されるわ、シャーレの先生を懐柔しろとか無茶振りされるわ、風紀委員会に目に物見せろとか!そんなのサボらなきゃやってられませんよ!」

「はいこれ」

 

素顔でもある程度の速さは出せる。相手のポケットやホルスターから拳銃を抜き取って渡すなど朝飯前だ。疑問無く自分のピストルを受け取るとその怒りと銃口をマコトに向ける。

 

「本当にやってられません!」

「ま、待てイロハ、痛っ?!」

 

マコトに銃を乱射して、それを万魔殿のメンバーが大慌てで止める始末。数人で身体を押さえても暴れ回り下手な不良生徒より厄介に見えた。彼女のマガジンが切れた所でジャガーオーグはマスクを外し、自分の頭に戻す。

 

「これがマスクの効果、イロハちゃん、感想は?」

「いつも以上にマコト先輩を撃つのに躊躇が無くなって自分を抑えられません。やめろと言われても止まる気がしなかったです」

「そんなのを手下にして命令したい?」

「いえ、指示以上にやりすぎる。制御出来ないのでお断りです」

「と言うわけ。もし量産されて自分以外が手にしたら…ゲヘナだと特にゾッとしない?」

 

イロハの変わり様に息を飲んだマコトは撃たれた所を手で押さえながら質問する。

 

「ならお前はなぜそれを制御できている?」

「それね…飽きたからかな、飲み込まれるのに」

「キキ、戦闘経験が豊富と言う訳か。見直したぞジャガーオーグ」

「待ってくださいマコト先輩、戦闘に使用するにはこの効果は過剰すぎます。飽きる程そのマスクを何に使ったのですか?」

「…聞きたい?」

「躊躇を無くすなんて発想はゲヘナどころかキヴォトスにもありません。アリウスならともかく私達には過剰すぎます。まるで……」

「『人を殺す為の力みたい』だ?」

 

その場ジャガーオーグ以外の全員が驚きで目を見開いた。自由と混沌のゲヘナでも人が死に、誰かが人殺しになるという事は有り得ない。

 

「……アリウスはヘイローを破壊する爆弾を使うとの事だが、それと関係あるのか?」

「だったら全員こんなマスクを使っていますよ、マコト先輩。そうなるとこの技術とあなたの存在は……」

「……ボクはキヴォトスの存在じゃない。ある組織の技術でこの力を手に入れた」

「組織?」

「絶望していたボクに幸福をもたらした。だけど敵と戦って…気が付いたらアリウスにいたよ」

「……」

「キヴォトスの外の人は身体が脆いってのは聞いた。その中でボクは人を…飽きる程殺した。憎い相手も、命令されて組織と関係無い人も。…そのうちマスクに殺意を動かされなくなった。また心から殺したい相手がいない限りはボクに機能しないんじゃないかな」

 

その場の誰もが無言になった。その気になってもキヴォトスでは犯せない罪と業を彼は背負っている。何よりその殺人技術を向けられたら考える事も無かった『死』を迎えてしまうかもしれない。それが何より恐ろしい。

 

「でも、ここで誰かを殺したらキヴォトス全てが敵になる。そうなったらボクの幸せが叶わない。だから本当に殺していい相手以外は殺さない。幸せに誓って約束するよ」

「……それを聞いても安心できませんよ」

「じゃあ…一度に空崎ヒナさん含めて風紀委員会全員がボクを取り囲んだら多分死ぬ。ボクを背中から撃ったのも風紀委員の子でしょ?全力で褒めてあげるといいよ」

「キキキッ!やるではないか風紀委員!次の予算案を見直さなくてはな!」

 

弱点を教えたのは悪手だろうが、マコトは上機嫌だ。隣のイロハも呆れと安堵が見える顔をしている。

 

「じゃあどうする?戻っていい?」

「いやそもそも話し合いは進んでいませんよ?独房にでも戻るつもりですか」

「…そういやそうだった。立場とか待遇の話とかよろしく」

 

最初に大きく脱線した会話は元に戻ろうとしていた。万魔殿の出入口が開くまでは。

 

「失礼します!対アリウス戦における損耗と……なぜお前がいる?」

「……ハハッ」

 

扉を開けたのは風紀委員会のイオリ、ジャガーオーグを撃った少女。彼女を目にした彼は笑う事しかできず、同時にこう考えた。

 

≪これ絶対めんどくさい≫




マスクのネル達はイロハの時には少し静かにしてもらった
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