ゲヘナ学園風紀委員会の一室、ジャガーの戦士はペンを手にパソコンを正面やや左に、書類の小山を処理していた。ジャケットとマスクはオフィス机に似合わないが、手さばきの速さと慣れた手付きはベテランの社員以上。まとめた束を机で軽く叩き、椅子から立つ。
「出来たよ、ヒナちゃん」
「ええ、確認する」
雇い主の一人、空崎ヒナは受け取った束を一枚ずつ手早く確認して別の書類の山にそれを乗せた。
「意外ね、書類にミスどころか質問も無しにここまで整った物が出来るなんて」
「…前に教えてもらったのとアリウスで鍛えたからかな」
≪……アリウスの低レベルな書類でよく『私』にそう言えるのね≫
≪せめて新卒レベルって言って欲しいな…≫
アリウスのやり方に慣れたままマスクのヒナに見せたらダメ出しをされた為、彼女の監督の元書き直した。ジャガーになった彼も来る事の無くなってしまった将来に備えて学習していたが、自分以上に書類に慣れている。全ての戦闘や暗殺が終わっても手放したくない程に優秀だ。
≪それは遠慮しておく≫
「…次は?」
「これを……万魔殿に持って行って」
「はいはーい」
ジャガーは風紀委員会と万魔殿両方に雇われている。両者に管理されて独占を防ぎ、単純に監視の目を増やす事が目的でもある。そして反目している双方が彼を挟み込む事で余計な衝突を防げる事に気づいてしまった。
≪派閥争いの緩衝材なんて人生分からないなー≫
≪……『私』の判断なら仕方無い≫
≪苦労してるな、風紀委員長……≫
≪壊した後に片付けるのが仕事だろ、パンデモニウム・ソサエティーってのはケチくせぇな≫
組織のトップ3人の意見の方向性も似たり寄ったり。苦労を感じるか生徒会の文句を垂れるか。ゲヘナ学園はよっぽどの場所らしい。
───
「失礼しまーす」
「来たか、ジャガーオーグ。ヒナ委員長の無能を示す予算不足か、損害の補填か?奴らが恥を晒した話なら歓迎するぞ、キキキキッ」
「……そういうのやめよう?イブキちゃんに『Fuck you マコト』って教えるよ?」
「待て待て!それは本気でやめろ!!」
バイクで到着した校舎で余裕を持って見下していたマコトもイブキを引き出されると弱くなる。
「じゃあ今はボクの友達だからバカにするの禁止、いいね?」
「……仕方無い、そこに置け。イチから確認してやろう」
「ヒナちゃんも見てるから真剣にね?」
「な?!風紀委員の側に付く気か!」
「お互いの監視、それがボクの仕事ですので」
「……すぐ終わらせる。その上でこき下ろしてやるさ、キキキッ!」
≪やはりあなたを雇って正解だったわ≫
マコトが机で作業に取り掛かり始め、ジャガーが辺りを見回すと別の机に一枚の書類が目に付いた。
「請求書、美容院費?…トリニティ宛て、は?」
「キキキ、アリウスはトリニティの分派、このマコト様を騙した責任もこの髪を直す費用もすべてトリニティの物だ!」
「それボクに言う…?」
≪バカなの?≫
≪的外れだな≫
≪そうはならねぇよ≫
「キキッ、ジャガーオーグ。お前はイブキを助けた。その恩に免じて給料から引く真似はしないさ」
「…宛名変えていい?『Fuck you Beatrice』に」
「アリウスの生徒会長か?いちご大福がどうとか言う」
「アリウスの襲撃も裏切りも全部考えたのはアイツだよ。雇われたボクが言うんだから間違い無い」
「裏切りも分かって見過ごしたのか?」
「それを見据えた上でマコトさんは裏をかくとか」
「……キ、キキ!このマコト様なら……この位……当然……」
目が泳ぎ冷や汗が流れている。アリウスに交渉した行動力は流石だが計画力は目も当てられない。
「まあいいや。昼休みイブキちゃん連れていい?動画を撮って後片付けを一緒に食べたい」
「いいだろう。次は『Fuck youトリニティ』とでも……」
「ダメですよマコト先輩、あなたもイブキに悪い言葉を覚えさせる気ですか」
「イロハちゃんとイブキちゃん」
「ジャガーのお兄ちゃん!ふぁっきゅーべあとりーちぇ!」
「どうしてくれるんですか、敵ならともかくこのままじゃ私達にまでこう言ってしまいますよ」
「…次はイブキちゃんじゃなくてマコトさん、やってみる?」
「そうだな……このマコト様でもイブキの為に遠慮する」
「そっか…」
───
「という事がありました」
「何がという事ですか、マコト議長があなたの行いに引いたのはともかく的外れな請求書は相変わらず過ぎますよ」
風紀委員会本部に万魔殿での事の顛末をアコに伝えるとため息の後にマコトの頭の悪さに文句を垂れる。それでもペンを動かす手を止めないから業務が余程多いのか。
「そろそろ昼休みだけど食堂行く?」
「何故あなたと行かなきゃいけないんですか?雇っているだけなので一人で行ってくださいよ」
「ゲヘナで一番アリウスを恨んでいると思って」
「はい?」
ジャガーはおもむろにスマホを取り出して再生をする。
「一緒にやる?『Fuck you Beatrice』、あと編集手伝って?」
「動画ですか。私が映るのはいいとして、別に動画編集は専門ではありませんよ?」
「できなくは無いでしょ?一緒にアイツをバカにしてぐちゃぐちゃにしよう?それで料理して一緒に食べない?」
「……まぁ、編集はしますけど、ナイフで何度も刺した物を食べるとか猟奇的過ぎません?」
「元々刻んで食べる物にすればよし。それがこれ」
「クーラーボックス?」
ジャガーはやや小さなクーラーボックスを肩からベルトでぶら下げていた。
───
「そういえばアコさんって捕まえたアリウスの子達に八つ当たりしてる?ヒナ委員長の仇!って言いながら動けない相手を撃ちまくるとか拷問するとか」
「八つ当たりの時点で行政官の仕事でも何でもありませんし、捕虜虐待はゲヘナでも行わない戦争犯罪です」
「ゲヘナなのに?」
「むしろトリニティならやっているでしょうね。聖園ミカへの退学デモが連日行われているそうですよ」
「ミカちゃん…着いたよ」
サイクロン号に二人乗りで着いた先は学園の食堂。クーラーボックスを肩に掛けたままそこに入る。
「きゃあぁあああーー?!!」
「ジュリ!この時間に何て物作ってるのよ!」
「そんな、採れた野菜でミネストローネを作っていただけなのに?!」
食堂で繰り広げられたのは正に地獄絵図。入り口からでも見える厨房からは、二人のエプロンの生徒が悪魔の様な不気味な長い腕に足や肩を掴まれて逃げられない。時間が早かったのか他の生徒もいないがそれは彼女らを助ける者もいないという事。
「…何あれ?」
「給食部のジュリさんの料理ですね。料理が下手どころか自我を持ち暴れるとの報告もあります」
「そっか、預かって!」
ジャガーオーグはクーラーボックスをアコに押し付け、ベルトにくくりつけたホルスターから2本のコンバットナイフを抜き取る。テーブルを避け、飛び越えながら駆け抜け料理の悪魔の手首を逆手で切りつける。痛みがあるか分からないが、突然の攻撃に脅威を覚え二人から手を離した。
「…肉の感触が無い!大丈夫?」
「ええ、野菜だけしか入れてませんから」
「助かったわ……。って何する気あなた?」
「なんとかする!」
悪魔の手が何かする前にそれが生えている寸胴鍋に手を突っ込んだ。ギィィ、と昆虫を焼いた様な断末魔、鍋から湧き出る青黒い煙と共に悪魔の手は萎びて力無く地面に落ちる。そのままボロボロに崩れて残ったのは焼け焦げた野菜の欠片だけだった。
「ふぅ…殺してよかった?」
≪嘘……牛牧ジュリの料理の噂は聞いていたけど本当に魂が籠っていた……?!≫
───
「ごめんなさい、ジュリの料理どころか色々手伝いさせちゃって」
「というか私まで巻き込まないでくださいよ」
「アコ先輩とジャガー、オーグさん?給食時間前だったのでとても助かりました」
給食部の用意や片付けをジャガーとアコは流れで手伝う事になり、気が付けば昼食には遅くなってしまった。
「お礼ついでに頼んでいい?」
「頼み?」
「食材の持ち込みってアリ?」
「いいけど、手間がかかる物は時間がかかるわよ」
「そんなに変な物じゃないよ、ほらこの中」
───
『ゲヘナ学園の天雨アコです。アリウス分校、いいえベアトリーチェとやら。あなた達は全て虚しいと教えられながら調印を奪い、ヒナ委員長を傷付け、全てを破壊しようとした挙げ句の果てに自分が手を汚さず今ものうのうとアリウス自治区で生徒を虐げ続けている。この精算は高く付く事を覚悟しなさい……!』
『まぁあなた含めて誰も幸せになれないのに戦争なんてよく考えたよ、この妖怪虚しい女。キヴォトスワーストワンで嫌な上司。次会ったらこれと同じ様にしてあげるからこのタコ頭!』
カメラが向きを変えるとまな板の上に立たされた茹でダコと近くに刺さったコンバットナイフ二本がある。アコとジャガーオーグはナイフをそれぞれ抜き取り振り上げる。
『『Fuck you Beatrice!!』』
その掛け声と共に茹でダコは無惨と化した。
───
「撮影終了。フウカさん、タコ料理よろしく」
「ふぅ、少しは溜飲が下がりましたよ」
≪アコ、そんなに気にしていたの……もう大丈夫だから。本当に……大丈夫だから≫
≪おい、ドン引きさせてんじゃねぇよ≫
≪ゲヘナの行政官、これが忠誠心か……≫
「……食材に八つ当たりしない!だいたいどう食べる気よ?」
「アヒージョなら行けるんじゃないかな」
ジュリの料理はギャグ?シン・仮面ライダーコラボでどこまで入れてもいいのか塩梅が難しい