「これがこのマコト様が集めた全ての目撃情報だ」
「確認するよ…ゲヘナやミレニアムには近づいていないな」
万魔殿の執務室においてマコトから渡されたタブレットを見ながらジャガーオーグはつぶやいた。
「アリウススクワッド、奴らを捜すのはやぶさかでは無いが見つけた所でどうするつもりだ?このマコト様と同じ髪型にでもするのか?」
「いやー、あの妖怪虚しいいちご大福を恨んでいる仲間同士首を獲りに行けるかなって。風紀委員会が突っ込むとトリニティとの外交問題とかあるだろうし」
「それがどうした!アリウスはトリニティの分派、エデン条約で攻撃や騙し討ちをした奴らに遠慮する事など無い!」
「また戦争する?そうなったら君の首と手首と足首を持っていって全力でトリニティに謝るよ。戦争で勝ったら幸せになれるのは勘違いだったみたいだし」
「キ、キキッ。冗談はよせジャガーオーグ、外交はこのマコト様の仕事だぞ?」
「ついでに聞くけど美食研究会とか温泉開発部?そういうのが暴れた後責任は誰が取ってるの?」
「決まっている、被害は奴らを取り締まる風紀委員会の不手際だ!」
「…ださっ」
「おい!」
ジャガーオーグは失望のため息をした。給料があり、弱みで自分を縛らない分、ベアトリーチェ達よりマシだが施政者としては、いや施政者などこんな者だろうと言葉を飲み込んだ。
「あとこれの住所も確認したし、今日はもう失礼するよ」
「これ?……違法サークルとして潰すとは仕事熱心だな」
「…どうだか」
何とでも取れる返事と共にファイルに何枚かの紙切れを入れてジャガーは足早に退出した。
───
ファイルの情報を元に住所に辿り着くのは苦労しなかった。そうやって復讐や暗殺を果たし、時にはそこにいなかった相手を探し回った事だってある。それに比べれば事業を開いている以上見つかって当然である。そうして雑居ビルの一室のインターホンを爪のついた指で押して今に至る。
「便利屋68にようこそ。私は社長の陸八魔アル、今日はどのような依頼で来たのかしら?」
「ボクはジャガー、風紀委員会と万魔殿の食客。風紀委員会を蹴散らせる実力を持った君達の力を見込んで依頼をしたいんだ」
「!……ふふふ、なんでも言いなさい。金を貰えばなんでもするのが私達のモットーだもの」
「待って社長、風紀委員会と万魔殿から急に来たなんてどう考えても怪しい。潰す算段がついたにしては回りくどいし本当に何者なの?」
便利屋68の評価に気を良くするアルにカヨコが待ったを掛ける。身分を明かしてもそれが嘘か、本当だとしてもこの得体の知れなさが何なのか。
「ねぇねぇカヨコちゃん?これ見てみて、あのジャガーさんちょっと有名みたいだよ?」
「風紀委員会の行政官ともコネがあるなんて……し、しかもこの動画、なんというか……」
「過激とかエグいとか?」
「そ、そう、それです!」
「見せなさい、ムツキ」
「はいこれ」
ムツキからスマホを受け取ったアルとカヨコが見た者は想像だにしなかった。天雨アコと共に先日のエデン条約調印式での事件、そこでの恨み言を吐き出しナイフでそのベアトリーチェに見立てた茹でダコを無惨な姿にする光景に絶句する。
「……これあなた?」
「そうだよ、ちょっと有名人?アリウス分校からゲヘナに捕まって今はゲヘナ側。あの茹でダコビッチはなんか許せなくて」
「茹でダコ?」
「ビッ……」
「こういうの。誰か絵は得意?書き直せる?」
「それが依頼?やれない訳じゃないけど……」
「そうじゃなくて」
アルは彼やアコの恨みにドン引きしながら依頼を確認する。絵を見たら確かに茹でダコに似てなくも無い。
「ここからが本題。ボクがゲヘナに雇われる期間はこのベアトリーチェに辞表を渡すまで。だけどアリウスでは絶対に邪魔が入るどころか残り戦力とか秘密の兵器でボクを殺しにかかる。だからその時までに力を、具体的には銃や集団との戦いを覚え直したい」
ジャガーのマスクで分からないが真剣な目付きで便利屋の社長を見据える。
「便利屋68に依頼する。ボクに修行を付けてくれますか?」
───
「と言う訳でヒナちゃん、風紀委員会の訓練場を貸してくれる?」
『はぁ、便利屋68の実力はある程度認めている。依頼でなら風紀委員会の訓練に参加するよりあなたが望むような成果が出る、今は彼女達を取り締まるどころじゃないから好きにしていい。ただし、依頼料はこちらからは出さないわ』
「大丈夫、ボクの給料でなんとかなると思う」
『そう、それなら私からイオリやアコに言っておくわ。あなたがアリウスと戦う為に強くなる事には異論は無いから』
「ありがとうヒナちゃん。明日からよろしく。…借りれたよ」
電話での交渉が終わり、アルの方に振り返ると満面の笑みを浮かべ、それに自分で気付いてあくまでも不敵で余裕そうな笑顔に変えていた。
「そう。明日から厳しく鍛えてあげるから、覚悟しなさい」
「ふふ、そりゃ楽しみ、だ!」
すらりとホルスターからコンバットナイフを取り出し、順手で座ったままのアルの首元2cmの所に止めた。多少予想していたが相手は動けなかった、いや動きは無かった。その上で笑みを変えないのは多少大物に見える。
「…ボクの負けだよ」
他の便利屋社員に銃を構えられている事を知り、机の上にナイフを落として鈍い音を響かせた。彼女らは皆一様に社長を狙った事に対する敵意を向けている。
「……い、依頼人であろうと、アル様を狙うなら容赦はしません」
「戦いを教えてもらうって言っても、ちょーっとイタズラが過ぎるんじゃない?」
「やっている事が依頼内容と違う、どういうつもり?」
「君達の事を知るには丁度いいと思って。これなら満足して鍛えられそうだよ、先生方。それとナイフ向けてごめんね?」
「先生じゃなくて師匠と呼びなさい、ジャガー」
「じゃあよろしく師匠。依頼料は…万魔殿の議員の給料を元に計算してくれるかな?足りないなら小遣い稼ぎとか担保も用意するから」
「担保?」
「武器とバイク。駐車場無いから置いてきたけど」
「バイク!いいわね、支払いは問題無さそうだから受け付けるわ」
ナイフを向けられていた時に表情を変えなかったのが嘘の様に、目を輝かせて交渉が成立した。
「じゃあ今日は失礼するよ。明日が楽しみだね」
落ちたナイフを拾い、堂々と社員による包囲を抜けて事務所を後にした。ジャガーが消えた事により張り詰めた空気は霧散し、全員銃を下ろし安堵する。
「……も、もう行ったみたいですね。アル様に危害が無くて何よりです……」
「荒っぽい依頼人はいたけど、ああいうのなかなかいないよね?アルちゃん怖かった?」
「……社長?」
陸八魔アルは震えていた。カヨコはやっぱりとため息をつき、ムツキは予想通りとくふふと笑う。ハルカは彼女になんと声を掛けるか悩んでいる。社員達がそれぞれの思いを抱く中でアルは口を開いた。
「……さいっこーじゃない!あのナイフの構えと速さ、首に構えた雰囲気と時間、まさしくアウトローだわ!」
「くっふふー、心配して損したねカヨコちゃん?」
「命を狙われても動じないなんて……流石ですアル様!」
「はぁ……社長、そんな生ぬるい物じゃないと思う」
「どういう事かしらカヨコ?」
「あの構えの自然さと速さ。あれは慣れている動きだよ。脅しじゃなくて実際振るうのに。下手したら直接切られていたかもしれない」
「ただのナイフ程度効かないわ!……多分」
「イタズラにしては実際やりそう!って感じだったよねー」
「ふ、風紀委員会からの刺客だったんでしょうか……?」
「まぁいいわ。報酬が期待できるもの、とことん叩き込むつもりよ!それにバイク、それを私が乗りこなせるなら……」
「駐車場どうする気?」
「……」
ジャガーのアウトローらしさに意外とワクワクしていたアルに冷静なカヨコが分析や指摘をして、無駄に高いテンションが収まった。同時にナイフを構えられた時から冷や汗をかいていた事にやっと気付く。そして急に震えが止まらなくなったが、死や殺しが身近でないキヴォトスで命を奪われそうになった事を自覚したのは彼が帰って一時間後の事だった。
キヴォトスの人達って刃物をどれだけ怖いって思うのやら