「うあっ?!」
強い抵抗によって肉からナイフが外れた。意識をこちらの世界に戻して猫よろしく両足で石造りの床に軽く着地、ナイフを片手に立ち直る。
「…ミカちゃん」
前に構えて刀身の半分が無い事に気付いた。遅れて金属の落ちる音。もはや彼女の魂はこの刃には残っていない。
「ジャガーオーグ……私を殺そうとしたところで無駄です……。この世界で崇高たる私に敵う者などどこにもいない!」
「聞き飽きたよそれ」
折れた刀身をホルスターに仕舞い込み、腕のブレードを伸ばす。振り返るとスクワッドは変わらずミメシスを攻撃し、先生はタブレットを手にベアトリーチェとこちらを見ている。
「ジャガー、今のは?」
「それは後で!」
先生は驚いた目でジャガーオーグを見ていた。その事は気になるが、敵を撃破する事が先決。気がかりな視線を振り切って生き残っているミメシスに突貫する。
「やっ!」
サオリに狙いを向けた一体に横から首元に振り抜く。頭部のベールごとショートヘアになった首が転がる前に消滅した。続いてスナイパーライフルを持った一体が狙撃するよりも速く飛び出し、切っ先は胸を貫いて強引に横へ引き切る。脅威を感じアサルトライフルを撃ち放った一体もいたが、弾丸は空を切り逆に袈裟斬りで光の粒子を吹き出した。
「こんなので僕らを殺せると思った?」
「ああ……なりません……まだ儀式が完遂して……」
「隙あり!」
ドッ!パリファライズに耐えきれず元の人間大に戻ったベアトリーチェの土手っ腹にブレードを深く、深く刺す。
「があああああっ!ジャガーオーグ、貴様!」
「肝臓!腎臓!みぞおち!心臓!心臓!心臓!顔面!らあっ!」
丁寧に刺す場所を言いながらそれらにブレードを順に力を込めて刺す。最後の目玉を刺した顔面ごと地面に叩き付けて、赤いシミがこびりついた。
「……マダム、死んだんですか?ここまで来てあっけないですね」
「いや、まだ終わっていない!」
ヒヨリの安堵した確認を否定して刃を刺し続けるが様子がおかしい。
「今度こそ、バシリカに存在する全ての兵力をここに……!!」
「死なない!プラーナの流れが、いや別の何かが流れてる…!」
刃が刺さったまま兵力を指揮するベアトリーチェの顔面をぐちゃぐちゃにかき混ぜながら、急所を探して殺そうとする。
「でも、ただ死なないだけなら死ぬまで殺す!」
「ジャガーオーグに攻撃を集中させなさい!」
死なないだけの生き地獄を見せたのは10秒程度、ミメシスの視線が集中してやむを得ず刃をその身から抜く。再びユスティナ聖徒による鮮血の飛び散らないスプラッタショーを開演したが、相手に大きな猶予を与えてしまった。最初にパリファライズを行って全体の消耗が少ないとはいえ、バシリカに全ての兵力が殺到したらオーグメントの体力や耐久力でも耐えきれるかどうか。
「その前に殺し切る!」
「させるものか!」
それでもこの場の敵もまだ多い。先程のEMPで体内の機械が麻痺してる、プラーナもパリファライズで多少使い込んでいる以上長引けば勝てなくなる。ともかく最短距離で斬り捨てようと前のミメシスに目をつければ、その一体が弾丸にかき消される。
「サオリさん…」
「先行して孤立するな、恰好の的だ」
「ごめん…それとアイツ、変な力で死なないから死ぬまで殺したい。…協力してくれると助かる」
「…具体的にはどうすればいい?」
「殺し切るまで邪魔を防いでくれるかな?そろそろ他の奴らが…?」
そろそろ増援が来る頃と当たりを付けて、気配を読み取るがこの場にミメシスの一体も来ない。それによって体中に刺し傷が空いたままのベアトリーチェは刺され続けた時と同じく焦燥した表情を見せた。
「バルバラは?何故まだ誰も……」
それと同時に流れる音色。赦しを願う歌がスクワッドとジャガーオーグの心に響く。
「これは……
「そっか…懐かしいな…」
「ミカ……!」
「なりません!私の領地で慈悲を語る歌を響かせるなど!楽器も蓄音機もすべて破壊したというのに!──奇跡が起きたとでも?」
通りで娯楽どころか音楽も全滅していたのか、と納得して懐かしさを置いて切り込む隙を突こうとしたら次の一言に耳を疑った。
「生徒は憎悪を軽蔑を……呪いを謳わなければなりません!お互いを騙し傷つけ合う地獄の中で、私たちに搾取される存在であるべきなのです!」
ジャガーオーグの中で何かがキレた。背後からの別の一言が無ければ次こそ全身を挽き肉にするまで殺しに突っ込んだ事だろう。
「黙れ」
「……なに!?」
「私の大切な生徒に話しかけるな」
「へぇー、言うねぇ先生」
苛つきはそのままに、彼の言葉に耳を傾け一旦刃を下ろす。
「あなたは偽りの教えで子供たちを奈落へ落とした。あなたを絶対に許せない」
「よ、よくも私にそのような……」
突然のマズルフラッシュ、サブマシンガンの連射音が見せ場を遮る。刃は下ろしたが銃は掲げていたので、目玉と同じ数だけ腹部に弾痕を開けた。
「見せ場なんて二度も要らない、でしょ?」
≪まあな、あんなクソババアのキレるところなんざ見たくもねぇし≫
≪……この戦いでそれは無いだろう≫
≪倒せればどちらでもいい≫
「言葉をぉおおお──!!」
「まぁダメか…」
その身を肥大化させたベアトリーチェはしかし、先程ブレードで抉った穴、蜂の巣めいた弾痕が中途半端に治りかけ再生しきれない欠損した異形として再び変化した。
「ああ、そうだサオリ、──貴様を新しい生贄として捧げましょう!貴様が私の計画を台無しにしたのですから、その代償を支払うのです!!そしてジャガーオーグ、貴様には生贄にする価値など無い!崇高たる我が力でねじ伏せ始末してやりましょう!!」
「──いくらでもどうぞ、マダム。私にまだ払える代償があるのなら……むしろ感謝したいくらいだ」
「違う、違うよサオリさん。こういう時はこのセリフの方がいい」
ジャガーオーグはサオリの肩に手を置き、再び刃を伸ばして敵へと向けた。
「『代償はお前の血で払ってやるよカス女!』」
発言と共に反論を待たず踏み込み、巨体の足元を刃で斬りつける。白と赤の肉片が飛び散り、汚い悲鳴が響く。
「なんかコレ、スカスカすぎない?」
≪確かに、あたしらとやりあった時より弱ぇえな≫
≪儀式とやらが上手くいかなかったのかしら?≫
「ああ…失敗したなカス女!アツコちゃんに生贄の価値は無くなった!」
刃物を刺す手応えが軽く何かの罠かと疑ったが、アツコに与えた物を思い出し光線や銃撃を避けながら刺し続ける。
「何を……アツコに、生贄に何をしたのですか!ジャガーオーグゥゥゥ!!」
「思ったのと違ったけど、想像付くでしょ?!」
跳躍力と爪と刃物、全てを駆使して細い巨体を登り腹部の蜂の巣を更に広げる。しかし中途半端に再生された穴を抉れども、構造が違うのか臓器の類が見つからないまま腹部から落ちる。
「この私の身体に傷を付けた事、許す物か!」
怒り狂ったベアトリーチェは顔面から赤黒い光弾を作り出し、落ちたジャガーオーグを消し飛ばそうとした。
「ヒヨリ!」
「はっ、はい!」
その顔面に一条の銃弾が飛び込み、目玉の一つを貫き潰す。
「ああぁぁぁぁ!!」
光弾は雲散してジャガーオーグは野放しのまま、彼とサオリ達の手によって攻撃が続く。特に刺し傷は再生が遅く、スクワッドは集中して狙い撃つ。蜂の巣はロケットの爆発で一つのクレーターに、急所の刺し傷はライフル等で当てやすい的に、悲惨な傷と欠損は残酷に広がりもはや直立しているのもギリギリだ。
「ハハッ!ハハハハハ!!」
切る。斬る。伐る。根本が、苦し紛れに伸ばした手先が、数少ないミメシスの残党が吹き出す血の一滴も無く、鉄の臭いもばら撒かずズタズタと引き裂かれる。
「何故なのですか!何故崇高たる大人の私が、薄汚いケダモノの貴様に勝てない?!」
「殺意が!人を殺すんだろ!その手で人を殺した事は無いのか、マダムオーグ!!」
「ならば、何故貴様は死ななかったのですか?!生徒達の殺意を増幅させるマスク、あれは使える道具だった!なのに何故殺されなかった?!」
「外付けの殺意程度で、僕の胸の殺意を、奪われた憎しみを、血を浴びる度に膨らむ怒りを、上回れると思うな!このカスが!!」
大木も根本と傷を削られれば立つ事はできない。前者をジャガーオーグは鉈の如く斬りつけ、後者をスクワッド達は釘を打つ様射撃を続け、バランスを保てなくなる。
「僕が、殺す!」
「『Vanitas vanitatum.』!」
ジャガーオーグの右腕の刃は虹色に長く伸び、ボロボロの胴体を横一文字に伐採、それに引き続いてコバルトの銃弾が断面を抉り取る。その身はもはや体重を支えられず、野望と共に真っ二つに折れた。
「ギィヤアアアアアア!!」
───
「アツコ……!!!」
「……うん。大丈夫だよ、サオリ。きっと全部、終わったよ」
かくして囚われの姫たる秤アツコは助け出された。
「そっか…よかった、よかったね…。君達は失う前に取り戻せたんだ…」
ジャガーオーグですらその美しい光景に心を震わせ、刃を一度は閉じる。
「…さて、サオリさん。こっちに来て」
「ジャガーオーグ……なんだ?」
しかし、感動に打ち震えていたジャガーオーグは気を入れ替えてサオリを呼びつける。戦闘時はともかく先程のミカとの対応もあってサオリの印象はとても良くないが、ともかく話だけは聞く事にする。
「これ持って」
「……何のつもりだ?」
サオリのホルスターからコンバットナイフを抜き取り、右手を取って指を丸める様握らせる。
「…アイツのよく分からない力はもう消えた。再生も復活もしない」
ジャガーは懐からスマホを取り出して、そのレンズを地に這う物に向けた。
「苦しめ方はいくつか思い付くけど、ここは君に譲るよ。…ダメだ、EMPで壊れてる」
「く……ぐ、まだ私は……」
「黙って」
「ガアアアア!!」
近くに捨てられたナイフを右手の甲に振り下ろし、虫ピンに刺されてもがき苦しむ昆虫みたいだと感想を思い浮かべながら指先の爪の一枚を気まぐれに無理やり引き剥がした。
「イギャアアアアアア?!」
「…これ以上は彼女達の義務を奪うからやめておく。サオリさん、コレを殺すんだ。今までの苦しみ、全てを込めて」
サオリに向けられたその声色には、恨みある暗さと義務感を芯にした力強さが両立していた。