「……私の。私の大切なお姫様に何してるの!!」
「……わーお」
風の様に速い白馬に乗った王子様は、お姫様を救うべく大人のカードを取り出した。何かの代償を払い、現れた力によってユスティナ聖徒会のミメシス、殺意の髑髏仮面を蹴散らし倒す。
「……それっ!」
ただ一つ違ったのはお姫様の短剣が聖女バルバラの喉元に真っ直ぐ飛び、意思なき相手を苦しめた事であった。
「ミカ?!」
「あれ、手が勝手に……」
もしその短剣に魂があれば、「この時を待っていた」とばかりのタイミングで刺さった事に満足して、役目を果たし眠りについただろう。そうしてアリウス最大の脅威は倒された。聖女が消えて残された短剣を王子様が拾い、戦いの終わりを知らしめたのだった。
───
アリウス自治区、殺意が溢れる生徒達は混乱に陥れられた。
「緊急事態です!!数十箇所のカタコンベの入口から……!!トリニティの兵が……!!」
「何だって!?……殺しに行くぞ!」
マダムの指示を受けて持ち場を移動したせいで態勢が万全でないが、殺意の強化されたアリウス生徒の部隊長は銃とマチェットを構えて入口へと走り出す。確かに彼女らの殺意は強くなっているが止まれない、それを命令が無い限り止めようともしない。
「不自然にも強すぎる殺意、それを止めようともしない憎しみ……。あのマスクによる物ならば、製作者含めて救護しなくては!」
その強すぎる殺意を救護騎士団長蒼森ミネは正面から受け止め、殺意のマスクを銃撃、盾による殴打、拳によって念入りに粉砕する。
「それにツルギ委員長の症状にも違和感があります。アリウスの、いえゲヘナのジャガーオーグ、病原である彼も撃破その後救護します!」
それと同じ頃、件のツルギは暴れながら不自然に銃を持つ手を止めて敵から見て明後日の方向を向く。
「……けけけけけけ。……ん?」
「どうしたんすか?ツルギ委員長」
「気のせい……じゃない、奴がいる!」
「奴ってまさか……」
「あっちだ、ジャガアアアオーグウウウウウウ!!きあああああああっーー!!」
───
「…サオリさん、思った事があるんだけど」
「何だ、ジャガーオーグ」
ジャガーオーグはバシリカの床の上であお向けのまま、アリウススクワッド達に呼びかける。
「あのマダムオーグ、そんなに強く無かったよね」
「……否定はしない、ヒエロニムスの方が脅威に感じた」
「ヒエロニムス?それより儀式の失敗がどうとか言ってたけど、その生贄がアツコちゃんだったと」
「そうだね。だから彼女はこのマスクを私に着けた」
アツコはマスクを片手に取って、ジャガーオーグのそれと見比べる。
「SHOCKERのマスクがコピーされる前でよかったね…。それで、今なら弱かった理由が分かるよ」
「本当か?」
「アツコちゃん、こっち来て。耳を貸して」
「……?」
そう言われてジャガーの方へと歩き、口元に耳を近づけ耳打ちを聞いた。こしょこしょという音が少しだけ3人に聞こえた後、しゃがんだアツコは立ち上がりあからさまな驚愕の表情を見せた。
「……アツコ?」
「サオリ、あなた達は彼の余計なお世話で助かったみたい」
「ハハッ、ひどいな」
「心配でも普通じゃないと思う」
「…まぁね、バラすのはしばらく後で頼むよ。それと早めにここを出た方がいい」
ジャガーからの警告に当然と思いながら、わざわざ強調した事に引っ掛かったサオリは問いただす。
「そのつもりだが……何か知っているのか」
「コレの為に、怖い怖い風紀委員長がやってくるからね」
寝転びながらジャケットから小さなケースを取り出すと、中から子供らしいくまさんのポーチが出てきた。
───
「何でだ!なぜトリニティだけじゃなくて、ゲヘナ、それも空崎ヒナがいるんだ?!」
「どうでもいい!!さっさと殺すぞお前達!」
「無茶です隊長!万全な相手に勝ち目なんて、ぐはっ?!」
逃げ遅れたアリウス生徒の一人は、ゲヘナ風紀委員長の掃射により意識を刈り取られる。その隙を狙い、ショットガン持ちの生徒は建物に隠れながら空崎ヒナの背中に得物を向ける。
「死ぃぃねぇぇぇぇ!!」
「邪魔」
「がっ?!」
それに銃身の一振りをぶつけ、昏倒させた。それに合わせてか遅れてやってきたメンバーの集中攻撃を受けて完全にダウンする。
「あのタヌキ共、こんなトコまで『ジャガーオーグに盗まれたイブキのポーチを取り返せ!』なんて顎で使うなんて!せっかくヒナ委員長がお休みになる時間なのにタイミングを考えてくださいよ!」
「アコ行政官、委員長にはこの時に備えて動けるよう話は通っています。それに、彼の位置情報と目印がなければこの自治区内に辿り着けなかったはずです」
「それでも、せめて私達4人以外にも人員を用意させるべきでしょうが!何ですか『トリニティとの摩擦を防ぐ為に少数精鋭で任務を遂行しろ』って!?私まで戦闘しなきゃいけないじゃないですか!」
アコがイラつきながら建物の陰に隠れて殺意溢れる弾幕をやり過ごし、チナツはそれをなんとか抑えようと言葉を選ぶがそれどころでは無くなった。
「ごめんアコちゃん、一人そっちの方に行った!」
「はぁ?!何してるんですかイオリ!そんなに始末書が書きたいんですか?」
「いやコイツら普通じゃないよ!こんなに『殺す』って言いながら向かって来るのはおかしい!」
マチェットとサブマシンガンを両手に持ったアリウス生徒の隊長格が、邪魔になる支援要員に乱射しながら鋭い一撃を喰らわせようとする。
「ゲヘナ共、殺すぅぅ!!」
障害物を跳び越えて、そのマチェットを天雨アコの脳天に振り下ろす。刃から伝わる硬い感触に一瞬歓喜を覚えるが、ぶつけたのは人体では無く彼女の持ったハンドガン。歯噛みしながら横にマチェットを振って絡め飛ばす。
「行政官!」
「ぐうっ!」
それをチナツは黙って見過ごさず、アリウス生徒の横腹にハンドガンの連射を叩き込む。しかしダメージは与えたが、倒せる程度には届かない。サブマシンガンでその相手を片付けようとして、アコから注意を逸らしてしまった。
「この、マスクダサいんですよっ!!」
「?!」
アリウス生徒の顔面に衝撃が響く。ゲヘナの行政官が右手に持った何かがぶつかったと認識すると同時に、背中から先程のハンドガンより強い一撃を浴びて意識を手放した。
「ヒナ委員長と、私にっ!その、殺意を、向けないで、ください!ファッキュー、アリウス!!」
ガツン!ガツン!ガツン!バキャ!!骸骨めいたマスクはアコのストレスが籠もったナイフに耐えきれず、ヒビ割れて残骸と化した。それでも頭に血が登ったのか、それが止まらず馬乗りとなってナイフをマスクのある顔面に何度も振り下ろす。
「やめてください!アコ行政官!」
「アコちゃん!そいつはもういい!」
「うるさい!アリウスが、ヒナ委員長に、やった事と、比べればっ!!」
「アコ」
近くにいるチナツ、なんとか狙撃でアリウス生徒を倒したイオリでもアコの剣幕を止める事ができず困惑していた所、威厳ある一声に手を止めた。
「ヒナ委員長!」
「アコ、私達の任務は何?」
「うっ……ジャガーオーグに盗まれたポーチを取り返す事を口実にアリウス自治区を発見、攻撃する事です」
「その為に今の行動は必要?」
「……必要です。私達に殺意を向ける相手を許せる訳ありません」
「そんな相手がここには山程いる。倒す以上の事に使う時間は私達には無いの。いいわね?」
「うぅ……分かりました」
ストレスと怒りを以てしても、空崎ヒナのプレッシャーには勝てない。大人しく引き下がり、多少早足のヒナに追従する事にした。
「そもそもそのナイフ、いつから持ってたんだアコちゃん?」
「前に茹でダコを突き刺した時以来そのままですよ」
「えぇ……。それで顔面を?」
「あの後ちゃんと洗ってます!」
イオリは引きつった表情でアコの握っているナイフを見た。先程付いた以外の錆も汚れも少なく、手入れはされているとはいえそれを聞いた気分は良くない。
「そういう問題じゃなくて……にしてもヒナ委員長、何だか落ち着かない感じじゃないか?」
「簡単ですよそんな事、こんな時に言い渡された命令を早く終わらせたいからに決まってます!」
アコはイラつきながら一般的に当然の考えを言う。イオリは一応納得を見せるが、それに対しチナツは別の意見を述べた。
「私はなんとなく違うと思うんです。ヒナ委員長は、少し焦っている様にも慌てている様にも見えました」
「焦っている?急がなきゃいけない事でも……ジャガーオーグの事か?」
「確かにこの場所にはトリニティの生徒達が私達よりも先に突入してます。土地勘も人数も私達は大きく劣っている以上無理もありません」
「そうなんですが……急がないと取り返しの付かない、そんな態度だと思うんです」
「取り返しが付かない?私達よりも先にトリニティやアリウス達が彼に接触した際の影響を考えての事でしょうか?」
考え込んだアコを急かす為か、イオリはトーンを高くした一声で周りを進めようとする。
「とにかく急いでトリニティに遅れを取らない、それでいいんだろ?」
「特に難しい事を考えないのはイオリらしいですね」
「どういう意味だよ!」
───
「今頃、ヒナちゃん達が敵を薙ぎ倒してここに向かっている所かな。トリニティがこのタイミングに来るのはミカちゃんの時にやっと思いついたからトラブルが心配だけど、先生がいれば大丈夫でしょ」
「ゲヘナを利用する算段も付けていたのか」
「奴に辞表を渡すまでって契約付きで働いていたからね」
手の中でくまさんポーチを回しながらその予想を告げるジャガー。サオリはその強かさ、要領の良さに少しだけ感心を抱く。
「それにボクはアリウスの裏切り者って大々的に宣言した、首…は取れなかったけど指なら取った。君達がこれをトリニティに差し出せば大目に見てもらえるはずだよ」
彼の掌に転がっていたのは、縦に割けた赤い指。アリウスの生徒であっても、切り離された人体に動揺を抑えきれない。
「無駄に決まっている。暗殺や襲撃、許されない事をして両校に追われているのに罪状を増やして事態が好転する訳が無い」
それでもミサキは冷静に銃に手を伸ばして否定する。倒れ伏した相手でも油断はしない。
「それじゃあどうする?首や指を見せても罪の帳消しはできない、トリニティやゲヘナに行ったらきっとなぶり殺しにされる、それなら他に行く宛は?」
「流石になぶり殺しは……されるんでしょうね、ゲヘナの風紀委員長を袋叩きにした上に、ミサイルでトリニティの上層部を吹き飛ばしたんですから……このままマダムよりもズタボロにされて苦しんだ上に……」
「トリニティでそれは無い。だがこれからは追われる身だ。逃げるべきなのは変わらないだろう」
「そっか…ボクはこのままゲヘナかトリニティのどっちかに捕まる。指は差し出すけれどこの世界に特に未練は無い、殺されてもいいんだ」
アリウススクワッドはジャガーオーグの発言を重く受け止める。彼の正体は自分の為に人を殺し、スクワッドとは比較にならない程の屍を積み上げた殺人鬼。対して自分達は大人の下らない欲望を実現する捨て石として数える程度の殺人とティーパーティーの少女の優しさを命令の元踏みにじった少年兵。罪の重さを比べる事は彼女らにはできないが、彼を助けよう、憐れむ等の思いは持てない。
「最後にいくつか聞きたいんだけど」
「……何だ?」
「結局あのベアトリーチェには殺意を持たなかったの?」
サオリは眉間にシワを寄せるが、渋々答える。
「あの大人の行った事は赦せないが、殺す事を目的にした訳では無い。生死などどうだっていいんだ」
「自分は人殺しだって事に納得してたのに?ねえミサキちゃん?」
「……誰を殺したかはどうでもいいと言った、けれど殺したいとは一言も言っていないしどうでもいい」
ミサキはいつかの投げやりな態度を捨てて、自分にとって本気でどうでもいいと吐き捨てる。殺したいとも思わなければ、どうなろうと知った事ではない。
「あのマスクの子達はどう思った?殺意と憎しみをブレーキ無しで相手にぶつける、君達の在り方の究極系だよ?」
「殺意を客観的に見て……ちょっと引いたというか、それをぶつけられるって怖くて辛いんですね……」
「あの苦悩を全て押し塞ぎ、容易くお前に似た化け物に変える道具など無い方がいい。むしろ私達はああならなくてよかった」
ヒヨリは対面した光景を思い出して引きつった顔になり、サオリは自分の経験からそのマスクを否定した。
「君も言うねぇ…。そんな化け物は今なら無防備で殺せるよ?ここでの役目は終わったからもういいと思うんだ」
「……何度も言わせるな。『人殺し』をする気はない。私とお前は違う、幸せの為に好き勝手に人を殺すお前とはな」
「…残念、これであの娘に会えると思ったのに。さよならアリウススクワッド、人殺しにはならなかった子達」
ジャガーオーグは人殺し、揺るぎない事実だ。彼と違いアリウススクワッドは一線を越えてない。故に救いがあり、ジャガーオーグは彼女らを友として見送る。
「さらばだジャガーオーグ、幸福を求める人殺し」
錠前サオリは行動を共にした自分さえも殺す対象とした彼を、味方として見ることはできない。殺意ある救えない化け物から決別して、自分達の道へと進む。バシリカを抜け、悪辣な支配から解放されるその背中をジャガーオーグは静かに見送った。
───
「「見つけた……『ジャガーオーグ/ジャガーオーグウウウウウ!!』」」
副題…アリウスとの決別