かくしてアリウス自治区の悪辣な支配は崩壊し、聖園ミカは大事な友達の元に帰る事ができた。
「しかし、アリウスの戦力を底上げさせた上に風紀委員会まで介入させるとは、ジャガーオーグの与えた影響は計り知れないな」
「どれもトリニティに悪影響?ごめんねボクのせいで」
「静かに、アリウスに突入する為に私達を引っ張り出したんだから」
「セイア様、近づかないでください!」
剣先ツルギに両腕を取り押さえられ、空崎ヒナと羽川ハスミが隣に立つジャガーオーグをティーパーティーの一人、百合園セイアがしげしげと観察する。仮面の目の部分に光は無いが、キヴォトスの生徒にとっての奇妙な存在感は消えていない。
「ふむ。ジャガーオーグ、アリウスの生徒が過剰な殺意を持ち、我々とは異なる技術の装備を身に着けた原因としては納得だ。そんな危険物を常日頃から装備して危険が無かったのが不思議なくらいだ」
「また会ったねセイアちゃん、慣れるとそんなに気にならないよ。ヒナちゃん、奴に辞表は渡した。先生も確認している。ボクはもうゲヘナの戦力じゃなくなったから気にしなくていい」
危険性はどこ吹く風とばかりに、ジャガーはセイアではなくヒナへマイペースに注目する。
「いいけど、あなたはトリニティに確実に捕まり面倒な事になる。マコトに連絡すれば契約の更新はできるわ。どうする?」
「手土産があるからトリニティには大目に見てもらえる」
「……君という存在が言う手土産などまともな物ではない。そんな予感がするから今は出さない事を勧めるよ。それに私達はあまり時間に余裕が無い。君の話は後からじっくり聞くことにするよ」
「何だっけ…聴聞会か。そこにミカちゃんはベアトリーチェの首を…」
≪……いい加減にしろ≫
≪『私達』の前でそれを言わないで≫
「…もしもだけど、ベアトリーチェを殺してたらミカちゃんは有利になったのかな?真の魔女を殺した正しき復讐者として」
「きぁあああああ!!」
ツルギの締め付ける力が強まり、ジャガーは地面に押し付けられる。今にも押しつぶされそうな彼をセイアは見下ろして告げる。
「いくら相手がアリウスを支配していた大人でも、殺人を手段にするべきではないだろう。ミカはいつも私に対して反発が大きく、この前はアリウスの手によって生命の危機に陥ったが、私達の友人を本物の人殺しにするのは政治としても、私自身としても許さない。その事を心に留めてもらおうか」
「そっかぁ…」
「そして、今は使える時間が少ない。君に対してどの様な処遇を与えるかは聴聞会の後だ。『アリウスの裏切り者』としての君は知られてはいるが、君の与えた影響も考えての結果になるだろう」
「じゃあ次はその時に会おうか、ティーパーティーのトップさん?」
セイアは大事な友達のミカに会うべく、数人の護衛を伴い指揮本部の方へと向かった。
「…で、いつまでこうなのかな?ちょっと痛いんだけど」
「……お前に聞きたい事がある」
「うん?」
「なぜ、お前の中から別の気配がする」
「ツルギ?」
「…」
剣先ツルギの鋭い視線はジャガーオーグを強く捉える。それはいつもの敵に向ける威圧ではなく、彼1人を強く問い詰める真剣な眼差しだ。
「…答えられないかな」
「……」
≪やはり……私だ……≫
ツルギの押さえつける力は緩み、楽な姿勢に戻った。しかしヒナも何かを思い出した様に強い視線を向ける。
「あなたと手を握った時から違和感はあった。単に疲れが急に来ただけかと思ったけれど……私達をここまで案内した事に免じて詮索はしないでおくわ」
「目印、役に立ったね」
「目印?」
「腕動かしていい?…コレだよ」
ジャケットのポケットから取り出したのは、筒状のケース。よく見ればその中に液体らしき物が入っている。
「蛍光インクとブラックライト、新しく取り寄せた物ね」
「政府と公安の人達のマネしてみた。コレを垂らすとそこが光るんだ」
「用意周到ですね、ジャガーオーグ」
「それで入口まで追う事はできたわ。その後はあまり役に立たなかったけれど」
「…だけどここにたどり着いた」
「この方向って確信があったからかしら。普段こんな勘なんて働かないけど」
≪やっぱり『私』を追って来たのね……≫
「…すごいね」
ジャガーオーグはヒナの言動に只々感心し、自分の行いによる意外な影響にほんの少しの焦りを覚えた。
「で、いつボクを連れて行くの?」
「アリウスの生徒達を確保次第出発、ある程度時間はかかるでしょう」
「ボクとアリウスの子達は別々で頼んでいいかな?一緒だとうるさそうだし」
「……予定を早める事にします」
ハスミからの説明に多少の要望を付けて答える。アリウス生徒からの裏切り者への怨嗟は言葉だけでも凄まじいはず。
「輸送にあたって武装解除も行います。銃は回収済みなので刃物とマスクを預けてください」
「…マスクはそのままにしてくれると助かるけど」
「いけません。ソレの危険性はトリニティに知れ渡り、
「…色々終わったら返してくれる?」
≪みんな、しばらく後でね≫
≪……おう≫
カシュン!と口元が勢いよく開き、ジャガーオーグの口元が露出した。それをハスミが無造作に取り外して出てきたのは、マスクのせいで多少乱れた黒髪。その顔には特段肌の傷も汚れも無い世間一般的に整っているだろう青年の顔。
「……!そんな顔だったのか」
「先生と同じ大人……!」
「そんな驚く?ヒナちゃんは…もう知ってるか」
ツルギはその素顔に驚き、ハスミは彼を動物ではなく『大人』として認識する。しかしその先生との違いを挙げるとしたら、目の光が濁っている事だろう。
「それを被った誰かさんがマコトに当たり散らした事もね」
「嫌いな相手が痛い目に会った感想は?」
「例え気に入らない相手が傷ついても全員がいい気分にならない事をあなたは知りなさい」
「イオリちゃん達がトリニティの人達をぶちのめしても?ほらアレ」
最初は小さかった遠くからの話し声がいつの間にか怒号に変化していた。主にイオリとアコが正義実現委員会の委員達に睨みを効かせていたのが今にも手と銃弾が飛び出しそうだ。
「まったく、これだからゲヘナは……!」
「面目ないわね、正義実現委員会の副委員長。止めてくるから彼を任せる」
「そっか…。それで、そろそろトリニティに行ける時間かな?」
「ミカ様を始めとするティーパーティーの全員は聴聞会に移動しました。アリウスの生徒達の回収もある程度進んでいるのであなたもトリニティの監獄に、いえ、状況と立場を鑑みて武装を預かりトリニティの監視下の施設に身柄を置く事になるでしょう」
「アイツをあと一歩で殺せたからMVPくらいにはなれるかな?」
「それはその後の判決で決まる事です。行きますよジャガーオーグ」
「そっか…。またね、ヒナちゃん」
「そうね、次は敵にならない事を祈っているわ」
空崎ヒナは振り返らずに部下の元へと歩き出し、正義実現委員会のリーダー達と素顔を晒した獣は反対に自治区の出口へ向かっていく。その小さな体から放たれる威厳は諍いの場に静寂をもたらし、その反対側の獣の背中には不完全燃焼と言いたげな落胆と、一区切りが終わった安心感が混在しながら黒いマフラーがそよ風にたなびいていた。
───
充てがわれた部屋のベッドでジャガーオーグは一人で考える。
「量産バッタオーグもいた。サイクロンもそうだし、ボク以外にもSHOCKERのオーグメントがアリウスに、キヴォトスに…?」
このキヴォトスにはSHOCKERの産物が自分以外にも流れ着いている。しかし死んだオーグメントが皆来るのなら、今頃仮面ライダーに殺された者達で溢れているだろう。
「となると、あのバッタオーグはボクの率いていた一体みたいだし、あの場で死んだ奴が来る?他に死んだのは…カメ野郎?」
壮絶な最期を遂げた同僚の顔/マスクを思い出してため息を吐いた。
「アイツの幸せは迷惑だし…もういいや、寝よう」
武器も装備も没収された、マスクの中の友人達もここにはいない。ナイフもブレードも手元に無く横になるのは少し心細かった。
───
『貴様がドクトルの言っていたジャガーオーグか』
『はじめまして、カメオーグ。急にペアになれとか言ってきたけどよろしく』
『フン、貴様は暗殺を重ねた以外は戦術知識は無いと見える。であれば勝利の為に俺の指示に従え』
『そーいうのはドクトルの無茶振りで十分だっての。対等に行こうよ』
『貴様には規律と上下関係を教える必要がありそうだな』
『そんな怒らないで、幸せが逃げるから、ね?』
『俺の求める幸福は敵を叩き潰し勝利する事のみだ。今すぐ実践するのも悪くは無いな…!』
『嫌なのに当たったなぁ…』
気ままな相手には厳格な奴をペアにするべきとドクトルは判断した