「あー、はじめましてか?アンタが先生だな」
「ネル、だよね?」
「確かにあたしは美甘ネル。アンタとは会った事が無いけどな」
乳白色の空間、そこに立つのは一人の大人と複数の生徒達。その一人である美甘ネルのプラーナは目の前の先生を不思議な物のように見る。
「先生……改めて無事でよかった」
「大丈夫だった、ツルギ?」
ソワソワしながら先生を心配そうに見ていたのは、表情に狂気が無く顔を赤らめるツルギ。
「先生!」
「ヒ、ヒナ!」
先生よりも小柄なヒナが、勢いよく正面から彼の胸元に抱きつく。彼は慌てながらも優しくその体を受け止めた。
「先生!私、わたし……」
「ヒナ、約束は忘れてないからね」
「うん……」
ヒナが抱きつく所を先程以上に慌てた顔で見るツルギだが、見かねたネルは本題を切り出す。
「で、先生。アタシらの事はもう知ってんだろ、ここにいる意味も含めてな」
「君達は、紛れもなくネル達だ」
先生は確信を込めた一言を前置きとして口にする。その答えに彼女らは否定をしない。続いて彼は核心に迫るべく、彼女らに質問をした。
「教えて欲しい。ジャガーは何をしたんだ?」
ここでも初めに答えたのは一番の古株であるネルだった。
「あの野郎に魂を取られた。アタシの10%だから本人には気が付かねぇってさ」
「魂……!」
「それであたしは、アンタと知り合う前の美甘ネルから取られたアタシだから初めましてって事だ」
「……私は調印式でジャガーオーグと戦って魂を奪われました」
「ヒナは?」
「彼と握手した時に、『私』を奪われた。疲れが溜まっているから元の私も気づいてないかもしれない」
3人の状況を聞いた先生の顔は険しくなる。それと同じ表情をしたのはゲマトリアの大人達と相対した時以来だろうか。
「みんなはここで何かされた?」
「何かっつったら……アイツは話し相手にするって言ってたのが、今じゃ武器の一つにされてる。まぁあのクソババアを殺したのは悪く無かったけどな」
「殺した……?!」
「この空間の中でトドメを刺したのはティーパーティーの聖園ミカよ」
ネルの現状の中で聞き捨てならない言葉に続いて答えたのはヒナ。普段通りの仕事と同じ感覚で淡々と事実を話す。
「彼はアリウス自治区に侵入したタイミングで彼女の魂を保管して、それをベアトリーチェにぶつけさせた。わざわざ銃だけじゃなくて外の世界の刃物まで持たせていたからそれ程殺させたかったみたい」
「……ミカはどうなったの?」
「ベアトリーチェにトドメを刺した後、帰還を拒否して消滅した」
「……!!」
「彼女は人殺しになったから消える道を選んだそうよ」
拳を握る力を強めながらミカの顛末を聞き続け、感情を出す事に耐えた。
「ミカを人殺しにさせたのは、復讐をさせたかったから」
「よく聞け、アイツ自身は『復讐』を必要な事と思っていやがるが、その後にどうなるかは知ったこっちゃないみてぇだ」
「……だからミカ様にも、スクワッドにもその手で殺す事を強要していた。ミカ様がトドメを刺した時の顔は忘れられない」
先生の答え合わせに対し、ネルはジャガーから見た行動指針を語ってから吐き捨て、ツルギは怒りや狂気以前に悲しみをその表情ににじませる。
「敵か味方かじゃない、自分の幸せが得られるかどうか。それがジャガーオーグの行動理由よ」
ヒナは彼から見えた思想を警戒するよう、普段のくたびれた態度から考えられない眼差しで先生に伝える。
「分かったよ。それと……」
先生はヒナの注意を受け取ってから、何かを言おうとして躊躇する。が、意を決してずっと気になっていたそれを問う。
「みんなはここから連れ出せないの?ここはギラギラしていて冷たすぎる」
「……ダメだ」
そう言ったネルは右手を見えるようにかざすと、肌の色が徐々に薄く半透明になる。
「あたしらはあくまでも魂、抜け出す手段なんか無い。それに見たくねぇモンまで見たんだ。知ってるだろ、アイツの本性。C&Cのアイツらの顔は見てぇが、アレを『あたし』に見せる訳にはいかねぇよ」
悲しみと悔しさが込められたその表情は美甘ネルを知る者からは考えられない。
「でもよ、アンタが先生としていろいろやってきた事は聞いた。だからあたしはアンタを信じてもいい」
「私も……トリニティを、コハル達を守った先生には信頼がありますから」
「構って欲しいのは本当、でももしもの時は本当の『私』を優先して欲しい」
「みんな……」
「あたしらは生徒でも何でも無い。そこは区切りを付けてる。だから行けよ、先生」
彼は意識を切り替えて『先生』の顔を見せ、彼女らから体を後ろに向ける。そうして別れる為に手を振った。
「またね。ネル、ツルギ、ヒナ」
「あぁ、ちょっと待った」
一歩を踏み出す前にネルが引き留めた。
「最後にだけどよ、アイツは大事なモノの為なら何を殺す事にも躊躇が無い。だから気をつけろ、アイツはきっとヘイローを持ってても人を殺せるはずだからな」
「分かった、その時は全力で止める」
───
視界が明るく開ける。トリニティの押収品管理室から持ち運んだジャガー型のマスクを真上に持ち上げて、最初に目に入ったのは持ち主の顔だった。
「何を話した、かは想像つくよ」
「……」
「ボクの事は許せない?あのカスみたいに?」
「君のあり方はゲマトリアとは違う」
先生は青年へまっすぐに言葉を放った。青年は意外そうに目を丸くしてそれに応える。
「んー、ボクもエゴのままに誰かを殺した自覚はあるよ?」
「子供を利用して搾取する大人と、人をただ殺すだけの君は同じ存在ではないよ」
「じゃあボクは何だろうね?子供?化け物?」
「君は……自分の意思で止まれない?」
「無理、あの娘が戻ってくるなら今すぐあなたを殺せる」
「……」
「でも、あなたのやるべき事とボクの目的はぶつかり合わない。だからその心配は無いよ」
なんてこと無いかのように殺意は消えてない事に言葉が詰まる先生だが、それでも言うべき事がある。
「それでも君からは目を離さない。生徒に勝手な事をして欲しくないんだ」
「…それに関してはもう大丈夫。殺したい奴がいてもそれ以上にはならない、取り込みたい程のプラーナも今は無い。ゴルコンダ?には感謝しておいてね」
「……」
「これからは…一人より飼われている方が良さそうだからどこかに世話になってやってくよ。それならボクの事を把握しやすいはずだ。まぁシャーレとトリニティの判断次第だけどね」
それとマスク返して、の一言を無視しながら先生はマスクを抱えて青年に問いかけた。
「ジャガー、君は一人で寂しかった?」
「…え?」
「君の周りには共に行動する仲間はいても、一番大事な人や支えてくれる人がいなかった」
「…会ってないからそうなるね」
「だから偶然見つけたネル達を取り込んだんじゃないかな?」
「…気まぐれみたいな物だよ」
自覚してなかった事を当てられて、返答が多少淀む。その表情から笑みも薄れているが、目が濁っている事には変わりない。
「生徒達を傷つけるのは許さない、だけど心の隙間を埋めたいなら私に相談しても大丈夫だよ」
「生徒以外みんな敵、じゃないんだ」
「流石にそこまでは言ってないよ。シャーレは敵を倒す為の組織じゃない」
「…」
ふ、と青年の口元が緩んだように見えた。青年は椅子の背もたれに寄りかかって、長くため息を吐いた。
「はぁ…、そっかぁ。今すぐボクをどうこうしないなら今日はもう終わり?」
「何かあったら私を呼んでもいいからね」
「こんなボクにもあなたは『先生』をやってくれるんだね。…分かった、あくまでも優先するのはボクの幸せ。でも、何かあったら遠慮なく頼らせてもらうよ。先生」
ひとまず和解は成立した。自らそう望まない限り青年、ジャガーオーグは血に塗れた生活とは離れる事になるだろう。
「よろしくね、ジャガー。それとも……」
「ボクの本名聞きたい?」
「……まぁそうだね」
「ボクは…」
話そうとした青年だが、思いついたように言葉を留めて笑顔で言い直す。
「ごめん、やっぱりナイショ」
先生がどこまで手を伸ばすか、妥協するかを考えた結果