オーグメントと青春   作:鳥鍋

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イチローとルリ子の空間は虹色じゃなかったので訂正しました


血と後悔

 

何処とも知れぬ乳白色の空間で10歩の距離に二つの人影がいる。片方はスカジャンの小柄なメイド、もう片方はファーの付いたジャケットの獣の仮面。どちらにも共通するのは構えを取り、互いを狙っている事である。

 

「3、2、1…」

 

ゼロを獣の仮面が言い出す前にメイドが曖昧な地面を蹴り出した。腹を狙って拳を握るのに対して、獣は相手の顔に抜き手を伸ばす。見え見えと言わんばかりにメイドは左に避け、獣の右腕を掴み後ろに引っ張る。姿勢を崩しそうになり、隙を埋めるべく右足で足払いの様にメイドの足元を蹴り払う。掴んだ手を離し、後ろに飛び退いて転びはしなかったが、獣は体幹を崩している。そんなチャンスを逃す訳無く再び突っ込むが、獣は突然転ぶよう前転し進行方向からずれてしまった。が、彼が立つよりもメイドが殴り掛かるのが早い。右手で顔面を狙うのを獣は右手で掴み、左足で蹴りつけるのを左手でガードする。このままでは掴まれたまま立ち上がった相手に体格で不利な状況を強いられる、前に頭を軽く後ろに引く。まさか、と思っても使える両手は塞がり膝立ちでは蹴りや回避が出来ない。そこから逃げ出すより速くカチューシャ付きの頭突きが獣の顔にぶつかった。

 

───

 

「やられた…体幹大事だ…」

≪ハッ、ざまねぇな≫

 

アリウスの訓練場内、ジャガーオーグは両腕を広げ仰向けに倒れた。先程はかつての世界に存在したVRゲームの要領でマスクの中に宿る美甘ネルと手合わせを行っていた。イメージと現実では全く同じ動きにならないが、経験値にはなるだろう。実際ネルに頭突きされる直前、彼は現実では立っていたがマスクの中の動きは着いて来なかった。実体が無いので組み技投げ技は違和感でやりづらい。キヴォトスの訓練プログラムで重視されない格闘戦を誰かと出来ない物かと曇り空を見上げていると、突然視線を遮る物があった。マスクとフードで目線すら完全に隠した頭。

 

「どーした、アツコちゃん?」

 

アリウスの姫、秤アツコがジャガーの頭の方に立ち見下ろしていた。

 

「姫ちゃん……待ってください、ってジャガーオーグさん?!」

「あなたもいたの?」

 

アリウススクワッドのサオリ以外のメンバーがこちらに来た。同じく訓練中だったのか汗をかいている様に見える。二人が来たのを確認したのかこちらに手話で何か伝えようとしている。

 

「…通訳よろしく!」

「は……はい。……『そこで何をしていたの』って言ってます」

「イメージトレーニング。強者(つわもの)との殴り合いの特訓だね」

「一人でそれを?」

「…まぁね。変かな?」

≪まぁあたしは人数には入らねぇよな≫

 

表情の見えないアツコはともかく、二人はキョトンとした顔をしていた。

 

「そんな状況普通あり得ない。時間を無駄にしている」

「違うんだよそれが。C&Cの美甘ネルの記録見た?」

「……リーダーの前で勝手な行動を取った時の?」

「その時のネルはヘイローを消すレベルの攻撃力と身軽さを持っていた。懐に潜られてタコ殴りにならない自信があったらバカにしてどうぞ?」

「……ミレニアムの最強はそんなに凶悪なんですか?!うわぁぁん!現実に存在する人だから撃ち抜く間も無くヘイローが消えるまで殴られるんです!こんな事ならミレニアムの新製品……」

「はいはい、エリートの君が恐れるヤベーのがアリウスの外にいるから対抗するのに必要って事」

≪あたしが言うのもアレだけど、怖がりすぎだろ≫

 

泣く子をあやす様にヒヨリの叫びを止める。

 

「後ボクも暗殺って言う一芸だけで終わらせたく無いし」

「一芸?」

「例えば前にアツコちゃんを人質に勝った時、それを無視して向かって来られたら負けてた。決定打が無いままじわじわと」

「それは……」

「アズサちゃん転校があってもいずれアリウスはトリニティと事を交えるかも知れない。その時できる?剣先ツルギとか『最強』に勝つ事」

 

無理、とは言いたく無いがアリウスの強さは軍としての物、最強の個を数で磨り潰せば簡単だが上手く行かなければどうなる?そう思うと返事が出来ない。

 

「マダムオーグの命令は聞かないけど、その時は多少なりとも働かせてもらうよ。食客としてね」

 

地面に腰を着けたままだが、マスクの下にはやる気の満ちた眼差しが備わっている。それが分かるのは本人と美甘ネルだけではあるが。

 

「マダム、オーグ?」

「あの人、人間ぽく無いけど何だろうね?」

「分からない、調べようが無いから」

「……話題変える?君達の事聞いていい?」

 

嫌な予感がしたので露骨ながら話題を変える事にした。

 

「私達ですか?」

「アツコちゃん、お姫様って言ってたけど実際どんなの?」

 

アツコは二人に目配せしながら手話で何かを伝えている。

 

「……いいの、姫?」

「ごめん、話せない分は無理しないで」

「いや、『隠す事じゃない、伝えていい』と言っている」

「そっか」

 

そこから話を要約するとアリウスの生徒会長は代々世襲制で、彼女はその血筋だが人質として虐げられそうになる、だけど存在をマダムさんに見出だされアリウススクワッドになった。

 

「じゃあホントにお姫様だ、懐かしいなぁ」

「懐かしい?」

「ボクにもいるんだよ、大切なお姫様。旦那様達が見ているから政府に悪くされないと思う」

「……ジャガーオーグさんも私達みたいな部隊に入っていたんですか?」

「お姫様が部隊にいない以外はYes」

「あなたも姫ちゃんみたいな人を守っていたんですね……」

「まぁね。実際その辺ややこしいけど」

 

再び仰向けで後頭部に手を枕の様に回して空を見上げる。寂しさを感じているのか三人にはその姿がしおらしく見えた。

 

「それにしても生徒会長ねぇ…学校ならいるよね。君じゃないの?」

「アリウスの生徒会長はマダムだよ」

「は?」

≪は?≫

 

ミサキの答えにアツコの方を見たまま固まる。

 

「ごめん、もっかい言って?」

「マダムが生徒会長。アリウスの支配者だから」

「…校長先生とか理事長じゃなくて?」

「生徒会長。何度言っても答えは一緒」

 

上体を急に上げて力を貯めるように肩を震わせる。

 

「…何なんだあのいちご大福!?見た目と立場考え…こほん」

≪リオの方が100倍マシだろ……≫

「いちご大福?」

「いちご大福……春のグルメ雑誌で見た素晴らしい響き……」

「ごめん今のナシ何も言ってない、いいね?」

 

自分の思った事が出やすくなっている。いやこれに関してはマスクの空間とは関係ないと自分に言い聞かせて、口止めを図る。

 

「あなたは生徒じゃ無いし私達が罰する事はしない」

「ジャガーオーグさんはお咎め無しですか?!うわぁぁん!何でマダムの事で不公平なんですかぁぁ!」

「買った雑誌あげるから許して?」

「そんなのでどうにかなると思っているんですか!どうせならron-roの最新号も買って来てくださいよぉぉ!」

「OK、一緒に行こう。マダムさんに相談めんどいからクレジットはそっち持ちで」

「自由に使えるお金なんてありませんよぉぉ!」

「こんなトコでよく働けるな君ら……。トリニティ憎しでもモチベに限界無い?」

 

口止めどころかエリートだろうと福利厚生がお粗末な状況にジャガーは辟易した。

 

「トリニティにもゲヘナにも……私達の居場所はありませんから……」

「ミレニアムは?買い物行ったけど」

「私達は世界に殺意を持っている。生来の人殺しに居場所なんか無い」

「…」

 

ジャガーオーグは不満そうに立ち上がる。そうしてミサキに問いただす。

 

「誰をどう殺した?」

「誰も、ただそうある」

 

『あるだけ』と言い切る前に頸を掴んだ彼に地面に叩きつけられた。

 

「寝ぼけた事言うなよ。君知ってる?肉と骨を断つ感触とか汚ったない命乞いとか鉄の臭いや温かい臓物、殺しても許せなくて4親等まで色々試した事も。今気付いたけどそこまでの感情を虚しさって呼ぶ事も!」

 

ミサキの首筋に爪を突き立てるその姿は獲物を仕留める猛獣が如く。そんな状況でも彼女は表情一つ変えない。

 

「言ってみろ、誰を苦しめ…」

 

尋問を終える前にマスクに何か突き付ける感触があった。ヒヨリは装備の都合上すぐ狙えない、ならば答えはただ一人。

 

「今手を離すよ…アツコちゃん」

 

頭の血が冷えた様に両手を上げミサキから離れる。ゆっくり振り向けば、サブマシンガンを頼りに不安ながら威嚇を続けるアツコがいた。

 

「……じゃ、ジャガーオーグさん……、今のは本当なんですか?誰かを憎んで殺したんでしょうか……」

「敵討ち。先輩に倣ってみたけど二度と御免だよ」

「大切な人が……他にもいたんですか……?」

「いや、あの人一筋。アツコちゃんが死ぬのを想像したら同じ気持ちになれるよ」

 

毒気が抜けたのかヒヨリの質問に冷静に答える。

 

「で、死にそうになった感想とそれを相手に与えたかは?」

「別に何も感じ無い。肉体は器でしか無いし、恐怖もただの危険信号。敵対象には必要以上に攻撃はしなかった」

「アツコちゃんが死んだらどう?」

「それは未然に防ぐ。姫はアリウスにとって必要だから」

 

ミサキの答えで考えが決まったのか、アツコに銃を向けられたまま10歩程歩いて三人から離れる。

 

「まあ、ボクが言いたいのは人殺しを名乗るならその手で感触を味わえってコト。中途半端な覚悟だの憎しみだので殺した言わない。血の気持ち悪さと後悔を経験してから好きにして。以上」

 

そう言って部屋のある寮の方向へ歩いて行った。サブマシンガンでの威嚇も走っても時間がある距離からは無くなった。

 

「……あの人も『大人』……なんでしょうか」

「だとしても教義は変わらない。……姫?」

 

アツコは銃を仕舞い、何か引っ掛かっていたかの様に伝える。

 

「『彼の大切な人が死んでいるのか生きているのか分からない』?」

「そういえば……、敵討ちしたのに見られているって言ってましたね……。死んだ人を?」

 

矛盾を覚えながら彼女達も訓練時間を終了させる事にした。

 

───

 

「ネルちゃん、人殺した事はある?」

≪ねぇよ、んなもん≫

「相手にはブッ殺すとか言うタイプだと思ったけど」

≪マジでした事はねぇ。殺すのには手間が掛かるんだよ≫

「この世界の人は頑丈だからね…」

≪で、さっきの話どこまでマジなんだ?≫

「どれも正しい、嘘なんて無いよ」

≪お姫様はどうなったんだ?≫

「そのお姫様を取り戻したくてSHOCKERにすがり付いた。そして今のボクがある」

≪……≫

「でも安心して、もう仕事以外で人は殺さないよ。飽きたから。むしろあの子の為に時間を使いたい」

≪それ聞いて安心できるかよ!≫

「その時はストッパー任せた」

≪おい!勝手に決めんな!≫




仮にも人を殺したジャガーオーグ
触れちゃいけない琴線もある

ジャガーオーグならサクラコの覚悟礼装を先に発掘(発見)する展開はあり?

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