「「ほうぐ……?」」
マシュが呟いた聞きなれない単語への疑問が、隣で同じ様に首を傾げていた藤丸の言葉と重なった。
「なるほど、お嬢ちゃんがさっきまで宝具を使ってなかったのは、『使わない』んじゃなくて『使えなかった』のか」
「……はい。先程の戦闘の間も幾度か使おうと試みたのですが、実際その使い方すらわからなくて……」
少し前を歩いていたはずのクー・フーリンが、何かを納得したようにマシュに確認する。
しかし状況が飲み込めているらしい他の人達とは違い、自分と藤丸は全くこの事態を飲み込めていない。
「すみません、クー・フーリン先生!」
「はいよ、出席番号48番藤丸立香。元気のいい挙手は結構だが、何か気になる事でもあったか?」
「ほうぐってなんですか!」
藤丸が右手をピンと伸ばす横で、その疑問に同意する様に自分もうんうんと頷く。マシュがこうやって深刻に思い悩むという事は、余程の非常事態なのだろう。
その状態を把握できていないというのは、マスターである自分達にとっても大変よろしくない。ここは恥も外聞もかなぐり捨てて、サーヴァント歴の長いクー・フーリンにしっかり聞いておこうというわけだ。
藤丸のノリに大英雄と言われるサーヴァントが付き合ってくれたのは意外だったが。
「……そういやお前ら元は一般人だったな。しょうがねぇ、説明も兼ねてその辺で少し休憩でもするかね」
困った様に頭をかきながらも自分達の気持ちを汲み取ってくれたのか、キャスターの提案によって少しばかりの寄り道をする。これから決戦という時に……いや、決戦だからこそ、必要最低限の知識は不可欠だ。
「……さて、それじゃあ初心者のお前さん方にもわかりやすい様に、軽ーく説明させてもらおうか」
「「はーい」」
「よ、よろしくお願いしますっ!」
こうして、近くにあった商店街の中にある公園に移動し、聖杯戦争の常連(?)であるクー・フーリン先生による初心者マスター救済講座が行われる事に。
公園内のベンチに自分、藤丸、マシュの順番に並んで座り、テーブルを挟んだ向こうでクー・フーリンと所長さん、そしてセイバーが自分の隣で立っている。
魔術に精通している側のはずであるマシュがこっちに座っている理由に関しては、私も教わる側ですので、との事かららしい。
「そもそも宝具っていうのは、オレ達サーヴァントが持つ切り札みてぇなもんだ。英霊として刻まれた伝説や偉業、或いは生き方なんかで出来る、そのサーヴァントの象徴とも言えるもんだ」
クー・フーリンの説明を、3人揃って静かに聴く。要するに宝具とは、英霊達が踏みしめた足跡と、後世に語り継がれるほどの伝承が形となったもの。
サーヴァントの切り札。ともすれば、宝具こそサーヴァントたる証とも言えるのかも知れない。
「ランサーのオレが持ってる槍や、セイバーが持つ剣なんかもその類に入る。お前さんらがとっつきやすい風に言えば……必殺技、って所だな」
そう言われて隣にいるセイバーの方を向くと、セイバーもクー・フーリンの言葉に同意するかの様に静かに頷く。
エクスカリバー……確かにアーサー王という存在を象徴するには、これ以上に適した物は存在しないだろう。
アーサー王=エクスカリバー。その方程式が成り立つ位、それぞれが有名な話だ。
「でもセイバーはちゃんと剣を使えてたよな?」
「剣としてなら問題なく。しかし、宝具として使用するのであれば話は別です」
「って言うと?」
自分の疑問を聞いて、今度はセイバーから説明が入る。
セイバーも普段メイン武装として使用する魔法の剣、エクスカリバー。
武器としても一流の代物だが、ただ振るうだけではその真の力を発揮する事はない。武器ではなく、宝具として使用するのであれば、それ相応の魔力、そして宝具としての真名を解放する必要があるらしい。
「もっとも、宝具こそそのサーヴァントを表す物。真名を解放してしまえば、立ち所にその英霊の正体も明かされる事でしょう」
「っじゃあもし宝具を使っても相手を倒しきれなかったら……!」
「えぇ。リツカの想像する通り、正体を明かすと言うことは、弱点を晒す様な物。宝具とは強力な切り札である反面、その弱点によってマスターとサーヴァントを危険に晒してしまうリスクも併せ持っている物なのです」
セイバーやクー・フーリンが真名を告げる事を渋っていた最もな理由がこれだ。
簡単に言えば、ドラキュラが十字架や日光に弱いと言う逸話がある様に、弱点を晒されることで状況によっては即敗北につながってしまう場合もあるわけだ。
宝具が切り札、と言う理由もわかる。魔力を著しく消費し、正体まで公表する宝具は諸刃の剣。絶対に勝負を決められる時や、本気を出さざるを得ない場合を除いては無闇に使うより、機を狙って温存しておくに限る、というわけだ。
「でも、それならマシュが宝具を使えないのもしょうがないんじゃない? マシュがサーヴァントとして戦える様になったのはここに来てすぐで、英霊として戦ったことは一度もないんでしょ? だったら宝具が使えなくても不思議じゃ……」
そこまで説明を聞いて、藤丸がマシュを庇う様に自身の考察を話す。
聞いた話ではマシュは英霊と人間が融合した特殊な存在、『デミ・サーヴァント』とも言える特殊なサーヴァント。
カルデアが行ってきた数ある実験の一つであり、彼女自身がカルデアでの大爆発を生き残れた理由。死の淵を彷徨った彼女は、その英霊から力と能力のみを譲り受ける事によって、なんとか一命を取り留めたとの事。
しかし、渡されたのは戦闘能力のみ。肝心の真名やどんな宝具を持っていたのか。それらを明かさずに、そのサーヴァントは消滅したらしい。
「いや、それは無ぇな。英霊と宝具はそれぞれの存在を繋げる物と言ってもいい。お嬢ちゃんがサーヴァントとして戦える以上、その時点で宝具は使えるはずだ」
しかし藤丸の疑問を、クー・フーリンはバッサリと切り捨てた。通常とは違うと言っても、彼女は既にサーヴァント。宝具の使用には何の支障もないのだと。
で、あるのなら。使えないと言うにも少しばかり理由がある。と言う事だ。
「……まさかキャスターだけならいざ知らず、『セイバー』とはな。運命というのも因果な物だ」
ーーー自分達を見つめる存在がいる事を、まだ彼らは知らない。燃え盛る大地を見下ろす様に、朽ち果てたビルの屋上から差す鷹の目は、どこまでも冷たく来訪者達を見下ろしている。