仮面ライダーブートレグ   作:志村琴音

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第1話です。
感想や読了報告等くださると筆者の励みになります故、何卒宜しくお願いいたします。



【イメージOP】
WONK - Passione

【イメージST】
牛尾憲輔 - Chainsaw Man Original Soundtrack Complete Edition - chainsaw edge fragments -


01 - 飛翔の時(F)

「ハローWanTube! 今日の生配信はね、ここ! 3ヶ月前に事故が起きたこの崖で行いたいと思いまーす!」

 

 茶髪のチャラチャラとした格好の青年が、深夜1時の閑静な自然の中で大声を木霊させる。

 

 左手に自撮り棒を持って自らをノリノリで撮影するこの青年は、まだ高校生である。刺激を楽しみたい年頃の彼は、所謂迷惑系配信者としての活動を開始。法に引っ掛かるか否かというギリギリの活動をした結果、見事停学処分となった。

 けれども青年はへこたれること無く、寧ろ活動に専念出来ると好都合に思っていたのだ。

 

 彼が今日のターゲットに選んだのは、都心からそう遠くない山間部の崖だ。

 コンクリートによって舗装された道の端には白い献花台があって、その上には色とりどりの花束やジュースが大量に置かれている。

 

 青年の言う通り、この場所にて3ヶ月前、乗客総勢40名を乗せたバスが崖下へと墜落した。

 全員が死亡をしたため、暫くニュース番組はこれで持ちきりになっていたのだ。

 

「いやーね、こういう場所には何か霊か何かいるんじゃないか、ということでね、この献花台を崖下に落としてみたいと思いまーす!」

 

 そう言うと青年は何と、献花台を崖に蹴り落としたのだ。遠くの方でグシャリという音が聞こえる。

 それに対して笑い声を上げる彼は、誠に不謹慎であった。

 

 

 

 

 

 その時、

 

 

 

 ──荒らすな。

 

 

 

「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この神聖な場所を荒らすなっ!」

 

 突如として聞こえた男性の怒鳴り声。

 次に聞こえてきたのは青年の悲痛な叫び声であった。画面は揺れ、明後日の方向にカメラのレンズは向く。

 

 そして最後に()()()()()()()()()が映ったところで、動画は幕を閉じた──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

「これ怖くね?」

「な。マジでヤバい……!」

「撮ってるのうちのクラスの樋口(ひぐち)だよな。怪我して入院したって、これだったのかよ……!」

 

 スマートフォンで動画を見ていた男子生徒達がそれぞれの感想を言い合う。

 彼等の服装は学校の中であるにも関わらず、ジャージだったり、派手なTシャツだったり、将又ワイシャツの上に蝶ネクタイといった感じである。

 それら全てが、この学校の自由さを際立たせているような気がした。

 

「おい。梶本(かじもと)はどう思うよ」

 

 声をかけられたのは、窓側にある一番後ろの角の席に座る青年──梶本優司(ゆうじ)だった。

 自由な服装をしている彼等とは違い、赤色のネクタイとワイシャツの上から黒色のブレザーを羽織り、黒いスラックスを履いている。

 前髪を中心で分けていることから、彼のある程度整った顔が良く見える。

 

「どう、って言われても……」

 

 興味の無さそうに言う優司の視線は目の前の本から外れない。

 授業が全て終わったからと仲良く(つる)んでくだらない会話をする彼等より、優司は三島由紀夫が書いた文字が生み出す所謂闇バイトの危険な匂いを優先し、それを楽しんでいるのである。

 そんな彼のことを別に誰もどうこう言うことは無いし、そもそもどうでも良いと思っていた。

 

 すると、

 

「優司」

 

 一人の女性が優司の目の前に立って声をかけてきた。

 彼と同じ黒いブレザーに赤色のリボンを着け、同じく黒いスカートとタイツを履いており、頭部は金髪のストレートヘアが整った顔を際立たせている。

 

絵麻(えま)……」

「早く行くわよ。ほら。準備して」

 

 翡翠(かわせみ)絵麻の淡白な言葉で、優司は読んでいた本をリュックサック型のスクールバッグに入れ、背負って立ち上がると彼女と一緒にそそくさと教室を出て行った。

 

「どうして翡翠はあんな陰キャに手を焼くんだろうな?」

「幼馴染だからだろ。しかも今は一緒に住んでいる……」

「羨ましいよなぁ……。変わって欲しいぜ」

「あーあ。こんなことだったら俺も留学すれば、あんな美人と一緒に住めるのかな……」

「無理だろ、そんなこと」

 

 先程の男子生徒達は二人がいた場所を見ながら呟く。

 羨望の眼差しは彼に届くことが無く、ただモヤモヤとした感情だけが残る形となった。

 

 

 

────────────

 

 

 

 10月になった夕方の午後3時はまだ明るい。陽はまだ高くて、暗くなる気配は殆ど無いのだ。

 けれどもこの部屋の中は日光を遮断するためか、全ての窓のカーテンは閉められている。

 

「彼が学校から家に帰る。いよいよ()()()が来たね」

「えぇ。いよいよです」

 

 部屋の家具等の配置はテレビに出てくるホワイトハウスのようで、カーテンが掛かっている窓の前にある大きなデスクには、スーツを着た七三分けの初老の男が座っている。

 更にその前には大量の白い糸が天井中に張り巡らされていて、6本の腕を持つ人型の何かが男の呼びかけに答えていた。逆さまに天井に立っている様は、白い糸も相まって宛ら蜘蛛のようだ。

 

「君には本当に申し訳が無いよ。全ての手筈を整えてもらっただけではなく、あの山の守り神になってもらい、遂には……」

「いえ。最初からこうなることは想定していました。なので何も悔いはありません」

 

 一切の光が蜘蛛男には入って来ない。そのシルエットしか男は見えないのだが、何故だか何となく顔色が判るような気がした。

 なので彼と同じように笑みを浮かべてみる。

 

「では、仕事に戻ります。さようなら」

「ああ。さようなら」

 

 

 

────────────

 

 

 

 上米町(あげごめまち)

 埼玉県の最北端にある山々に囲まれたこの街は、ロボットの開発事業等でその名を世界に知らしめている野宮(のみや)コーポレーションの企業城下町だ。

 何も無かったこの土地を開発し、30年程の年月をかけて自然豊かな土地の中で都市を形成したのである。

 

 都心とそこまでの差は無い街ではあるが、住宅が沢山建てられている坂を登れば、機能の少ない部分へと続いて行く。

 

 そしてその坂を優司と絵麻は並んで登っていた。

 

「まだクラスに馴染めていないの? もう半年経つんだよ。折角前向きになるようにって、前髪をこんな風にしてあげたのに……」

「ごめん……。元々人と話すのが苦手だったから……」

 

 責めるように視線を向ける絵麻に対し、優司は頭を下に向ける。

 どうやらこうしてパワーバランスをとっているらしい。

 

「ずっと病院にいたから?」

「うん……。家族と、広瀬(ひろせ)先生……それから、深田(ふかだ)さんとしか殆ど話したこと無かったから……」

 

 優司と絵麻は幼馴染である。嘗ては発展途上だったこの街で共に生活をし、楽しい時間を()()()()()()()()()()で過ごしていた。

 だがその時間には終わりが来たのである。元々身体が弱かった優司の体調が悪化。当時の町では彼が治療し療養出来るような設備が殆ど無かったがため、それらが出来る東京に引っ越すことになったのだ。

 

 そして治療の殆どが終わった1年前。上米町の町役場で働く深田(ひろし)が、模擬試験等の成績が優秀だった彼を町への国内留学生として推薦してくれたのだ。

 最初は家族全員で渋ったのだが、主治医であった広瀬杏菜(あんな)も町に異動することになったことで安心をし、試験を受けて3年間上米町への国内留学をすることとなり、今は絵麻の家に居候をしているのである。

 

「で、体調は大丈夫? 結構坂上がってるけど」

 

 強い態度をとっている彼女であるが、幼馴染を心配する心はあるようだ。

 

「慣れた」

「そう……」

 

 そんな会話をしているうちに坂を登り切り、屋根の黒い2階建ての大きな屋敷の前に辿り着いた。

 石段を登ってガラスの付いた黒いドアの横には、『Cafe Amigo』と店の名前やおすすめのメニューが書かれたプレートが置かれている。

 

 ドアを押すと、中に入ることが出来た。

 中はカフェであった。奥の方に茶色いカウンターテーブルが配置されていて、他にも小さなテーブルがいくつか置かれているのだ。

 多くの客に紛れて見えなかったのだがカウンターの奥には、店のロゴマークが描かれた緑色のエプロンを着て眼鏡を掛けた大柄の男がいて、優司と絵麻の顔を見て笑顔を見せる。

 

「お! お帰り二人とも!」

「ただいま」

「……戻りました」

 

 吉花(よしはな)武史(たけし)はこの店の主である。叔父の屈託の無い笑顔を見た絵麻はふと微笑み、優司と共にカウンターの中へと入って行く。

 

「今日も手伝いお願いね」

 

 カウンターに入るための通路は狭く、貴方が先に入りなさいよ、と絵麻が促すのだが、先にどうぞと優司は譲る。互いに譲り合った結果、優司が絵麻に押されて先に入ることになった。

 その様子を観察していた客達は全員微笑む。中でも感情が爆発したのか、それともそういうことを言わないと気が済まないのか、常連客の滝口(たきぐち)万太郎(まんたろう)はこう言った。

 

「やっぱお二人ともお熱いね〜」

 

 制服の上からエプロンをしようとした二人の手が止まる。

 

「違います! コイツはそんなんじゃないです!」

「そ、そうです、けど……」

 

 万太郎の方を見て顔を赤くしながら絵麻が抗議をする一方、同じく赤面する優司は俯いたままであった。

 その様子を見た店の全員が、これがアオハルか、何て尊い、と温かい目線を向けるのだ。

 

 けれども人に慣れていない彼にその目線は厳しいのではないかと思った武史は、優司に耳打ちをした。

 

「そう言えば、花蓮(かれん)ちゃんが君にお使い頼んでたけど、どうする?」

「え、あ……。じゃあ、行って来ます……」

 

 こういう気を効かせることが上手いから、客は店に訪れるのだと、優司はこういう時に身を持って知るのである。

 会釈をして厨房の奥にあるドアを開けると、そこでは横に廊下が広がっていて、真ん中にある階段を上がって行く。

 その後ろ姿を見る武史は笑みを浮かべ、絵麻は無表情のまま顔を赤くし、ただじっと前を見据えていた。

 

 

 

 

 

 階段を登った先にはまた左右に廊下が広がっていて、その前に木目の両開きのドアが設置されている。ドアノブに手を掛けて開き中に入ると、そこには先程のカフェとは違う異空間が広がっていた。

 右側の壁には大きな窓が幾つも設置されていて、そこから明るい光が入って来る。それ以外の壁は全て全長の大きな本棚となっており、その前には高級メーカーが作った大きなベッドが置かれている。

 そして窓には大きな黒いデスクがあって、前には一人の女性が座っていた。

 

「花蓮さん」

 

 座っている女性──翡翠花蓮が優司の方を向く。

 白いキャミソールワンピースは思春期の優司には刺激が強く、更に黒い髪が良く似合う端正な顔立ちがそれを引き立てているのだ。

 

「何ですか? お使いって」

「あのさ、近くの崖で転落事故があったじゃん。その献花台にこれ置いて来て」

 

 花蓮が優司に何かを投げる。

 両手で受け取って確認をすると、それは500ミリリットルのオレンジジュースの容器のようだ。

 

「それなら、花蓮さんが行けば良い話じゃないですか……」

「良いでしょ。私は本当に何かあった時以外は外に出たくないんだから」

 

 笑顔で言う彼女には敵うことが出来ない。

 別に威圧をしようとしているわけではなく、ただそこに自然と絶対的な関係が発生をし、それに従うしか無いだけなのだ。

 

「お礼にとっておきのものをあげるから。ね?」

「……分かりました。行って来ます」

 

 後ろを向いてドアの方へとゆっくり歩いて行く。

 その後ろ姿を見て花蓮は口角を上げたのだが、彼はそれを知らなかった。

 

 

 

────────────

 

 

 

「あの……」

「ん? 何だい?」

「……どうして、滝口さんが付いて来るんですか……?」

 

 森の崖に付いている道路を上がって行く優司は隣にいる万太郎に、何となく嫌そうな顔を見せる。

 店を出ようとした瞬間、万太郎が付いて来ると言い出して結果こうなったのである。

 

「良いだろ。俺はただ単にこの辺で起こっている騒動を知りたいだけなんだよ」

「それは、ジャーナリストとしての血、っていうやつですか?」

「その通り」

 

 フリーのジャーナリストを職業にしているという万太郎は隣の優司など気にせずご機嫌である。きっと彼の中に流れている血が勢い良く流れているからなのだろう。

 万太郎の言葉で優司は先にクラスメイトが話していたことを思い出した。今向かっている献花台に何かをしようとすれば、異形の者が現れて襲い掛かって来る。どうせ人工的に作られた合成映像だと思ってはいるが、それでも恐怖を感じてしまうのが都市伝説の恐ろしいところである。

 

 そうこうしているうちに、二人は例の献花台の前にやって来た。

 机上には花束やペットボトル等で埋め尽くされており、敷かれた白い布は横から断片的にしか見えない。

 

 優司は辛うじて空いているスペースに、花蓮から受け取ったペットボトルを置くと、万太郎と一緒に手を合わせた。

 この場所に縁もゆかりも何も無い彼等であったが、それでもここで亡くなった者を弔いたいという気持ちに何ら変わりは無いのだ。

 

「何も起こらないな」

「それはそうですよ。何も失礼なことはしていないんですから」

 

 けれども合掌を終えた彼等は気が付かなかった。

 万太郎が振り向いて立ち去ろうと一歩踏み出した瞬間、踵で踏んだペットボトルのキャップが吹き飛んで、献花台の脚に当たったことを──。

 

 

 

 

 

 ──荒らすな。

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この神聖な場所を荒らすな!」

 

 突如として優司と万太郎の前に()()()()()()()()

 その衝撃で出来た煙と強風が収まったところでそれの姿を見た二人は驚愕をした。

 

「何だ……これ……!?」

 

 黒いインナースーツの上から真紅の鎧が着けられていて、六角形の黒い模様が幾つも描かれている。その鎧から伸びている腕の数は2ではなく6だ。

 頭部にはオレンジ色の複眼が3つ、口元には鋭い牙が2つ、側頭部には左右に4つずつ黒い紐のような部品があり、頭頂部から2本の角が生えている。

 そして腹部には浅葱色(あさぎいろ)*1のドライバーが装着されていて、左側には上を向いて斜めに空けられた大きな穴が、右側には黒色のレバーがあり、さらに中央にある穴からは、この戦士の顔を簡略化したイラストが見えるのだ。

 

 間違い無い。

 彼奴があの動画に載っていた怪人だ。

 

「この献花台に傷を付けた貴方方を許す訳にはいきません。始末させていただきます」

 

 蜘蛛男がゆっくりと近付いて来る。

 

「優司君……逃げるぞ……!」

「はい……!」

 

 二人は急いで後ろの方を向いて走り出す。全速力で逃げようという算段だ。

 けれども蜘蛛男は高く跳んで彼等の前に着地をすると、8つの紐から白い糸が吐き出されていく。糸は万太郎に絡み付いて身動きが取れないように固定をすると、森の方へと投げ飛ばしてしまった。

 

「滝口さんっ……!」

 

 これでターゲットは残り1人となった。

 狙いは優司に定められ、どうせ彼に追い付くと思ったのか、先程よりも遅いスピードで歩く。

 想像通り恐、優司は怖で身体を動かせない。

 

 もうこれで自分は終わりかもしれない。

 優司は思わず目を瞑った──。

 

 

 

 

 

 その時、車の走行音が突如として聞こえてきた。しかも凄い勢いで近付いて来ている。

 するとそれまで蜘蛛男が立っていた場所に、水色のフィガロが停まっていた。その窓が開かれると、

 

「乗って!」

 

 運転席にいる花蓮が優司に声を掛けた。

 どうして彼女がこの車に乗っているのか、どうして彼女がいきなり外に出たのか、様々な疑問はあるが今は一先ず指示通りにしようと思い、助手席に乗った。

 そして車は猛スピードで道路を走り、その場を去って行った。

 

「ここまでは計画通りですね」

 

 木の上にいた蜘蛛男は走り去る車を見送る。どうやら糸を木の方に引いて、轢かれることを回避したようだ。

 

「さて、次の段階に進むことにしましょうか」

 

 すると蜘蛛男が立っている木の下に、10人程の黒い者が現れた。黒ずくめの身体をした「戦闘員」と呼ぶのが相応しいであろう彼等は顔にガスマスクをしていて、まるで生きているように感じない。

 

 そしてそこにいる全員が見た次の対象は、森の中を逃げて行く万太郎であった。

 

 

 

────────────

 

 

 

 車が停まったのは山道を更に登って行った先であった。このまま真っ直ぐ走れば町で人気の展望台があって、その前の駐車場のようなスペースで停車をしているのである。

 

 車内にて花蓮が助手席に座る優司の方を見る。

 彼は両腕を抱えながらガクガクとその身を震わせていたのだ。

 当然だ。得体の知れない化け物が突然現れて且つ自身らに牙を剥いたのだから。

 

「大丈夫?」

「……はい」

 

 とりあえずは彼女を安心させようと返事をするのだが、言葉と彼の状態が全く一致をしていないがために、花蓮は不謹慎ながら笑いそうになってしまった。

 

「さっきの化け物、次は誰を狙うと思う?」

「……?」

「多分滝口さんだよ。君が逃げた今、始末しようとするのは今も森の中を逃げている彼しかいないでしょ?」

 

 言われてみれば、どうしてあの化け物は自分を追いかけて来なかったのか。

 それはきっと逃げた人間にはまるで興味が無く、まだ森の中にいる万太郎に狙いを定めたのに違いは無いのだろう。

 もし彼があの化け物に襲われたら。不安が一気に優司の身体を震わせる。

 

 そんな彼に花蓮は再び話しかけた。

 

「ねぇ、あの化け物から滝口さんを守ってみたいと思わない?」

「……そんなこと出来るんですか?」

「質問に答えて。やりたいの? やりたくないの?」

 

 暫く流れる沈黙。

 

「……守れるのなら、守りたいですけど……」

「けど?」

「僕にはそんな力は無いですよ。あんな奴に立ち向かう力なんて……」

 

「じゃあ、あったらやるんだね?」

 

 すると花蓮は助手席の方に身を乗り出すと、そこから取り出したものを優司に手渡した。

 それは蜘蛛男が腹部に着けていたものと同じドライバーで、ベルトは左側にだけ付いており、真ん中には何の絵柄も無い。

 

「これは?」

「あの化け物に対抗出来る力を手に入れられる、ユーザーズドライバーってやつ」

「……」

 

 半信半疑であった。

 海外の大学を飛び級して卒業しただけの天才である彼女の言うことは、ただ頭がおかしくなって言っているだけなのか、それとも誠なのか、今の彼には判別が難しい。

 

「今の君は凄い選択をしようとしている。そのドライバーを使って滝口さんを助けて、茨の道を進んで行くのか、それとも、このまま引き返して何事も無かったように平和に過ごすか。……どっち?」

 

 すぐに選ぶことなんて出来ない。

 茨の道がどういう意味なのかは不明であるが、きっとただの比喩表現ではないことは確かだ。進めば自分の身がどうなるか想像も出来ない。

 けれどももう一つの道も示されている。それに従えば少なくとも自分には何も起こることは無い。だが、そうなったら万太郎は……?

 

 だとすれば答えは一つしか無いのだと、優司は声を震わせながら答えた。

 

「……やります。……僕がやります……。正直怖いし、何も力が無いからどれだけ出来るのか判らないけど、自分が動いて滝口さんを救えるのなら、自分はどうなっても良いです……!」

「話が早くて助かった」

 

 ある程度の決心がついたようである優司を見て花蓮は安堵し、彼にユーザーズドライバーを手渡した。

 

「じゃ、これを腰に巻いて」

「え?」

「いいから早く」

 

 言われるがままドライバーを腰に巻き、ドライバーの右側にもベルトを固定させる。

 こうして完全な状態になったのだ。

 

「右側のレバーを押して」

 

 恐る恐る左手でレバーを下に押し込んだ瞬間、花蓮は車の窓を全て開けた。

 

『只今より、意識を転送します』

 

 女性の声をサンプリングした音声に驚いて左手を離すと、自動的にレバーが上がって元の場所に戻ろうとする。

 その様子を眺めていた次の瞬間、突然優司に眠気が襲い掛かって来た。意識が朦朧とし出し、瞼を開けているのがやっとの状態になってしまう。

 いくら何でもこれは何か不味いと必死に抵抗するのだが上手くいかず、外から何か小さなものが動いている音が耳に入って来たのを最後に、遂に優司は瞼を閉じて意識を失った──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「?」

 

 ゆっくりと目を開く。どうやらまだ車内にいるようだ。

 一体どれだけ寝ているのだろうかと思ったが、外がまだ明るいことからそこまで時間が経っていないことが判る。

 

 まだ混濁している意識の中で辺りを見渡すと、何故か自分が助手席ではなく後部座席の真ん中に座っていることに気が付いたのだ。

 恐らく花蓮が移動させたのだろうが、もしも車を走らせるだけなのであれば移動させる必要は皆無だ。

 

「あの、花蓮さん……」

 

 理由を確かめようと前に乗り出した時、優司は異様な光景に気が付いた。

 

「!?」

 

 振り向いた花蓮には別に何も異変が無いのだが、隣の助手席には()()()()()()()()()()()()()()()()()

 変な夢から覚めるために身体を動かすのだが、それが夢では無いことに愕然としてしまう。

 

「気が付いた?」

「何なんですか、これ……」

「説明は後。車の外に出て」

 

 指示通り花蓮と一緒に車の外に出ると、彼女に連れられて先にある展望台に立った。

 町の景色を一望出来るこの場所は絶景の言葉が相応しく、先のことなど忘れて見入ってしまう。

 

 けれどもすぐに現実に戻った。

 あの化け物は何なのかということ。このまま万太郎が危ないということ。ドライバーを着けて操作をした瞬間、何故か眠っている自分がいたこと。

 全てが異常でまるで現実的ではない。

 

 隣に立つ花蓮に後ろから何か小さな物が現れた。

 焦茶色の六角形の端に脚や頭部が付けられていて、宛ら小さな飛蝗のような見た目である。

 六角形の表面の上部には小さく『08』、下部に『HOPPER』と黒く印字されている。

 

 脚と頭部を内側に折り畳んでただの六角形にした花蓮は、そのアイテムを優司に手渡す。

 

「これをドライバーに挿れて」

 

 右手に持ったアイテムをスロットの中に装填する。

 

08(ZERO-EIGHT)

 

 先程とは違ったハイテンションな女性の音声の次に、EDMの軽快な音声が流れ始める。

 一体何が始まるのかとここに来て怯え始めた優司であったが、花蓮は構わず続けさせる。

 

「最後に、『変身』って言ってレバーをもう1回押して」

 

 左手を再度レバーに掛ける。

 もう後戻りは出来ない。

 だから震える声で言われた通りにするのだ。

 

「……変身」

 

 そしてレバーを下に押し込んだ。

 

『変身シークエンスを開始します』

 

 次の瞬間、優司の身体が黒い粒子に変わっていくのだ。

 手の指先から始まって、両腕に両脚、その全てが変貌していく。人の形が次々と崩壊していく光景に、優司は耐えられなかった。

 

『HOPPER』

「な、何なんですか、これ──」

 

 頭部も粒子状になって声が出せなくなったところで、花蓮はふと微笑んで車に乗り込み、眠っている方の優司と共にその場を去って行った。

 

 

 

────────────

 

 

 

 大量の木々が生い茂る中を潜り抜け、万太郎は枯れ草で溢れた広い空間に辿り着いた。

 これだけ逃げればもうあの化け物も見逃してくれるだろう。そういう根も葉も無い考えが頭の中を駆け巡った。

 

 だがガスマスクを着けた戦闘員達が周りを取り囲み、蜘蛛男が目の前に現れたことでその考えは打ち消されてしまう。

 

「どうして……」

「あの青年に関してはもう興味がありません。今興味があるのは、まだこの森にいる貴方のことです」

 

 自分の想像を遥かに超えた生物が近付いて来る目の前の光景に、万太郎は思わず腰が抜けてしまった。

 それでもここから逃げ出そうと地に着けた両掌で後ろに下がる。

 それを余りにも滑稽であると嘲笑いながら蜘蛛男はゆっくりと歩いて行くのだ。

 

 そして頭部の8本の紐を伸ばし、鋭くした先で彼の背中を突き刺そうとした──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「?」

 

 その時、蜘蛛男は何かの気配を察知した。

 紛れ込んだ人間でも、ここに住んでいる野生動物でもない。

 

 ──私と同じ者がいる……!?

 

 横に高く聳え立っている崖の上には展望台がある。そこに誰かがいる。

 蜘蛛男と戦闘員達はその方を向いて目を凝らすと、確かにそこには人型の何かがいたのだ。

 

 黒いインナースーツに錆色の鎧を着けた容姿は、鎧の薄さも相まってシュッとした印象を持っていて、外側に向けて2本の角が斜めに生えている頭部には、特徴的な赤い垂れ目の複眼がある。

 そして腹部には蜘蛛男が着けているものと同じ、浅葱色のドライバーが装着されている。

 

()()()()()()()()……。いや……()()()()()か……!」

 

 蜘蛛男が呟く。

 けれどももう一人の怪人がそれに答えることは無い。

 ただ崖下を見つめて沈黙を貫くだけだ。

 

 するとブートレグと呼ばれた怪人は軽くジャンプをすると蜘蛛男達の前に着地。

 上がった砂煙が無くなったのと同時に、ブートレグは戦闘員を殴り飛ばした。

 

 彼が敵だと理解をした他の戦闘員達もパンチやキックを繰り出す。

 一人目の拳を受け止めて逆に自らの右手をぶつけ、二人目の蹴りには相手の足よりも高い位置にジャンプをして顔面に回し蹴りを喰らわせる。

 その他の戦闘員の攻撃にも、カウンターを仕掛けていくのだ。

 

 血のように黒い粒子を噴き散らした戦闘員達は戦闘不能となり、全身を黒い粒子状にして姿を消した。

 

「素晴らしい力ですね……。やはり私の見立ては正しかった……」

 

 蜘蛛男が嬉しそうに呟く。

 一部始終を見ている万太郎は何が何だかさっぱりなため、呆然としてしまっている。

 

 すると、

 

「早く逃げてください」

「……え?」

「逃げてください、滝口さん」

 

 彼が一体誰なのかは全く不明なのだが、追求をする余裕は無い。

 腰が元に戻ったために立ち上がり、言う通りにその場を走り去ったのだ。

 

「もし宜しければ貴方も、我々と一緒に計画に参加しませんか? 貴方であればかなり良い立ち位置に──」

 

 話が終わる前にブートレグが顔面を殴りつけた。

 どうやら答えは「ノー」らしい。

 威力が強かったのか、蜘蛛男は顔面を左手で押さえながら悶えるのだ。

 

「……そうですか。では、貴方は粛清しなくてはなりませんね……っ!」

 

 蜘蛛男はゆっくりブートレグに近付くと4本の腕で彼の首と両腕を掴み抵抗出来ない状態にすると、頭部にある8本の紐を再び伸ばして先を尖らせ、全身に勢い良く突き刺した。

 こんな攻撃を真面にやられては、無事では済まされない。確実に死ぬ。そう確信をした蜘蛛男は鼻を鳴らした。

 

 だがブートレグは事切れる様子を見せない。

 それどころか両足を使って蜘蛛男にキックを浴びせたのだ。

 

「ッ……!」

 

 地面を転がるがすぐに立ち上がる蜘蛛男。

 

「何事も無い……。成功だ……!」

 

 何やら嬉しそうな蜘蛛男はブートレグを見据え、腕を組んで首を捻る。

 また襲い掛かって来るのかと臨戦態勢に入ったのだが、

 

「……今日はこの辺で失礼をさせていただきます。望んでいたものは全て確認出来ましたから。では失礼」

 

 蜘蛛男の身体が突然、頭部から黒い粒子となり始めた。

 特徴的な頭部も4本の腕も、全てが塵となってその場から消え去ってしまう。

 これでブートレグ一人が取り残される形となった。

 

 独りになったブートレグは我に返り、自身の両掌を見つめる。

 

「何なんだ……これ……」

 

 先程まで自分はただの高校生だったのに。ただお使いに行ってペットボトルを置きに行っただけなのに……。

 

 次の瞬間、見ていた自身の手がまた黒い粒子になっていくのが確認出来た。

 先程のようにまた身体を変形させられるのかと思うと、何とも言えない恐怖心が襲い掛かって来る。

 だが身体が再構築されることは無く、遂に頭部も消え去ったところで、彼は意識を失った。

 

 その結果、この場に誰かがいる気配は皆無となったのである。

*1
鮮やかな緑みの青色。




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【参考】
岸辺露伴 ルーヴルへ行く VISUAL BOOK
(集英社, 2023年)
ドアの種類を知る|室内ドア(内装ドア)|室内ドア・フローリング・収納|Panasonic
https://sumai.panasonic.jp/interior/door/knowledge/
コートの種類を徹底解説!シーン別レディースコートの選び方 - &mail
https://mitsui-shopping-park.com/ec/feature/ladiescoat
蜘蛛男|仮面ライダー図鑑|東映
https://www.kamen-rider-official.com/zukan/phantoms/740
スパイダー|仮面ライダー図鑑|東映
https://www.kamen-rider-official.com/zukan/phantoms/1395
クモオーグ|仮面ライダー図鑑|東映
https://www.kamen-rider-official.com/zukan/phantoms/1687

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