仮面ライダーブートレグ   作:志村琴音

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第23話です。
感想や読了報告等くださると筆者の励みになります故、何卒宜しくお願いいたします。



【イメージOP】
THE RiCECOOKERS - NAMInoYUKUSAKI for SPEC【丁】

【イメージST】
得田真裕 - TBS系 金曜ドラマ「MIU404」オリジナル・サウンドトラック


23 - ライブ・ブロードキャスト(F)

 警察官の仕事の終わりと言うのは、基本的に不規則である。

 それは公安第五課においても決して変わらない。朝早くに帰ることもあれば、深夜帯に帰ることもある。

 

 けれども洋平は、午後6時と言うかなり早い時間に帰宅することが出来た。

 元々「家族と過ごせる時間を過ごしたい」と、中途採用で入ったサイバー犯罪対策室から左遷先と言われる公安第五課に異動を望んだのだ。

 

 だがユーザーの出現によって、最近は異動前と殆ど変わらなくなってしまった。

 家族は「全然大丈夫だよ」「全く気にしていないよ」と言ってくれているのだが、内心はどう思っているのか知れないことが、洋平にとっての一種の不安材料だったのである。

 

 そんな不安を抱えながら、洋平は自宅に着いた。

 広い団地の中にあるマンションの一室に入り、リビングに入る。

 中央にリビングがあって、それを囲うように家具が配置されている。

 

 近くのキッチンではエプロンを着けた洋平の妻が冷蔵庫を漁っている。

 シンクの隣には洗われた食器がいくつか立てかけられていて、誰かがもう既に食事を終えたことが伺える。

 

「ただいま」と洋平が言うと「お帰り」と妻が笑顔で出迎えてくれる。

 この笑顔を見せてくれる妻のことを、洋平はたまらなく愛おしく思っている。結婚して20年以上が経ち、姿形もそれなりに変わったのだが、そんなことはどうでも良いことだった。

 

「今ご飯作るからね」

「うん。……美里(みさと)は?」

 

 荷物を置いた洋平が訊いた時にドアが開いて、白いパジャマを着た若い女がリビングに入った。

 ロングヘアの黒髪が綺麗なのだが、寝る寸前であるためか少しパサついている。

 

「あ、お父さん。お帰り」

「ただいま」

 

 美里は眠たそうな目で洋平を見つめる。

 この様子からして、恐らく先程の食器を使ったのは彼女だろう。

 

「あ、私明日早いからもう寝るね」

「ああ。……明日、頑張ってね」

「……うん。ありがと」

 

 それだけ行って美里はリビングから退出をした。

 彼女の背中を見ながら洋平は深く呼吸をし、そして自分の荷物の整理をし始めた。

 

 

 

────────────

 

 

 

 不定期に吹く風が温かさを帯びてきた夜、自室にいた颯太と由姫は全くそんなことを知らなかった。

 

 颯太は机上に置かれたノートパソコンを使ってメールを確認している。どれも今度発売される新作についての確認であった。

 確認と言う単純作業なのだが、それでもビジネスだ。もし何かの見落としや行き違いがあれば、出版社側も危ういし、それ以上に自分の生活が危ぶまれるのだ。

 

 更にそれをしながら画面の端にて満とビデオ通話をしている。

 ダブルワークをこなしているわけだ。

 

『もう小説のタイトルは決まったのか?』

「ああ。『季節は沈黙する』にした」

『それって、レイチェル・カーソン*1から来てんのか?』

「……怒られるかな?」

『多分な』

 

 何処までのパロディやリスペクトを認めてもらえるか全く分からないが、多分無理だろうと半ば諦めている状況である。

 だがこれで通そうと颯太は意気込んでいるのだ。

 

「これで、ようやくお前がやっている人探しに参加出来るわ」

『こう言うのするの中学以来だな。助かるよ』

「おう」

『……しかし壱宮』

「ん?」

 

『お前どうして、欲情しないんだ?』

 

 一瞬何を言っているのか解らなかった。

 だが辺りにあるものを見渡してようやく分かった。

 

『はい! 最後は深呼吸。疲れた身体を整えましょう』

 

 隣で筋トレをしている由姫のことだ。

 動画を見ながら運動を行う彼女の服装は、白いタンクトップに赤色のショートパンツで、動く度にあまりにも豊満な乳房が揺れたり、色気染みた声が漏れ出たりしている。

 並の男であればそのまま押し倒して強姦でもしてしまうのだろうが、颯太がそうしようとしないことが満は不思議で仕方が無いのだ。

 

「いや。別に」

『マジか……。なんか、お前が怖くなってきたわ』

「ああそう。じゃ、そう言うわけで」

 

 一方的に通話を切った。

 

『オッケー! 今回のトレーニングはここまで!』

「よしっ!」

 

 やっと終わってくれた。

 すみませんね騒がしくて、と言いながら由姫はタオルで流れる汗を拭く。

 同時にキッチンの方に行くのだが、その際に絶対に身体を颯太の方に向ける。プロテインを作る時も持って来る時もそうであり、まるで背中を彼に見せないようにしているかのようだ。

 

「あのさ、何で背中見せないようにしているわけ?」

「別にそんなんじゃないけど」

「じゃあ背中見せてよ」

「……絶対嫌だ」

 

 口数こそ少ないが、本気で抵抗をしているので、颯太はこれ以上のことを止めた。

 ボトルの中で茶色いプロテインを作った由姫はそれを一気に飲み干すと、前方を指差した。

 

「見せて欲しいなら、あれ買って」

 

 彼女が示す方角にあったものは、19インチと言うとても小さなサイズのテレビであった。

 画面に映るCMでは、白い背景の中で黒色やピンク、様々な色のベルトが付いたスマートウォッチが映っていて、洒落た広告の最後には『H-WATCH』『HINOSHITA』『10月1日発売 事前予約受付中』の文字が現れる。

 

「これって……」

「HINOSHITAのH-WATCH」

 

 HINOSHITAとは、日本を代表する家電メーカーである。

 1970年代前半に日ノ下電気と言う小さな町工場として誕生したHINOSHITAは、確かな技術力とヒット商品を生み出す創造性で着実に規模を拡大させていった。

 つい2年前には野宮ホールディングスを買収。ロボット開発の技術を応用して開発をしたのが、このH-WATCHであると先日のニュース番組で紹介されていた。

 

「無理。あれ8万くらいするんだろ? 無理無理」

「印税でどうにかならないの?」

「そんな儲からねぇよ。つーか、年下が年上に強請(ねだ)ってどうすんだよ」

「別に良いじゃん。私の背中見たいならこのくらい出してよ」

「いや、そこまで見たいものじゃないから」

 

 颯太に対して由姫は舌打ちで返す。

 どうやら交渉は決裂したようだ。

 

 ──一体何隠しているんだよ……。

 

 しかし寝ている時に勝手に見ることは、流石の颯太でもやるのに抵抗があったため、この件に関してはまとめて流すことにした。

 

 

 

────────────

 

 

 

「まだ、あの子は見つからないの?」

「ああ。もうそろそろ見つかっても良いんだが」

「気長に待とうよ。それよりも、どうしてすぐに、あのリモデルとか言う奴のガジェットを回収しないの?」

「彼には一刻も早く、()()()()を止めてもらいたい。全てを動かすのは、その後でも遅くはないだろう?」

「そうだね。とりあえず、10月までのは間に合うようにしようね」

 

 

 

────────────

 

 

 

 朝早くのスタジオでは十数人ものスタッフが仕事に精を出していた。

 カメラマンはカメラの位置を調整し、ADはカンペの修正をする。誰も彼もが忙しそうな様子である。

 

 その中に白いスーツを着て黒髪をお団子にした美里はいた。

 中央にある長机に座って原稿に目を通している。

 

「『10月1日に発売されるH-WATCHに関して、HINOSHITAは様々な企業との連携を取り決めました。まさかのことに、業界では驚きの声が上がっていいます』……13秒です」

「はい」

 

 仮読みをしてVTRまでの尺を確認する。

 円滑に番組を回す上で必要不可欠な工程だ。

 

 かなり焦ってしまっている。

 原稿を読んだ時に緊張で舌が自分の意思に反して回ったり、テンポが速くなったりしていた。

 

 いくらこれが初仕事とは言え、これでは駄目だ。

 美里は自身に喝を入れ、再度原稿に目を通し始めた。

 

 

 

 

 

 その時彼女は気が付かなかった。

 忙しなく人々が動く中で、一人のスタッフがスタジオを退出しトイレに駆け込み、個室にて何かを腹部に装着したことを──。

 

 

 

 

 一方その頃、公安第五課も同じように忙しかった。

 しかし見た限りではまるでそうには思えない。颯太と由姫が向かい合うようにテーブルに座り、岩田は他のテーブルにいる。ソファに腰掛ける浩介は大きなダンベルを片手にそれぞれ持っていて、洋平はいつものようにテーブルカウンターでノートパソコンを見ているのだ。

 

 そうではあったとしても、中の空気と言うのは非常に張り詰めているのだ。

 

「逮捕された佐川や藤崎潤、そして谷山が会った納谷と言う男に関しては、似顔絵を作成して重要参考人として指名手配した。そのうち見つかるだろう」

 

 岩田の言う通り、ユーザーに関する事件で逮捕された三人の取り調べの際、彼等にドライバーやガジェットを渡した納谷と言う男の似顔絵を作成したのだ。

 マッシュヘアで童顔の男の絵はPフォン等を経由して警視庁を中心に拡散をされたため、他の警察官達も追ってくれる筈である。

 

 ここで疑問を呈示したのは、未だ筋トレを続けている浩介だった。

 

「どうして彼はガジェットやユーザーズドライバーを配ったりしているんでしょう? ただ遊びで配っているんでしょうかね?」

「いや。あくまで個人的な勘で申し訳無いんですけど、それだけには思えないんですよね。壱宮君何か知らない?」

「……別に何も」

 

 引っかかるような言い方であったのだが、浩介が気になったのはそこではなかった。

 

「もう呼び捨てにまで進展したのか……」

「まぁ、一応は」

「めっちゃ誤解を生んでいるけど、事実そうだからな」

 

 そんなことはどうでも良いことであるためにスルーをしようと思うと、カウンターテーブルで上の空になっている洋平が岩田の目に留まった。

 なので声を掛けると、我に返った洋平が説明をしてくれた。

 

「どうしたんだ?」

「いや、あの……。この状況で言うことじゃないんですけど、実は、娘がアナウンサーをやっていて、今日初めてお昼のニュースに出ることになったんです」

「え⁉︎ もしかして柿沢さんの娘さんって、あの柿沢美里なんですか⁉︎」

 

 盛り上がっている浩介に対して、キョトンとしている由姫は颯太に耳打ちをする。

 

「誰それ?」

「LINK TVのアナウンサーだよ」

「へぇ」

 

 LINK TVと言うのは、8年程前からサービスが開始しているインターネットテレビ局である。

 最近は民間放送等からフリーになった実力派のアナウンサーが流入をして来て話題になっている。

 

 そんな中で人気を博しているのが、洋平の娘である柿沢美里だ。

 彼女の柔らかい声や華奢なスタイルはLINK TVのアナウンサーの中でも随一のもので、好きなアナウンサーランキングにランクインすることは最早毎年の恒例行事のようになっている。

 

 まさかその父親がこんな冴えない男なのかと思うと、人生は何が起こるのか全く分からないのだなと颯太と由姫は思ってしまう。

 

「因みに、放送は何時からなんだ?」

「12時からです」

 

 掛け時計を見ると、全ての針がもう間も無く頂点に達して一日の折り返しを知らせようとしている最中であった。

 もう時間が無い。

 

「……仕方無い。一旦作業は中断。我々はこれからテレビを点ける」

「「「「了解」」」」

 

 岩田の粋な計らいによって、会議は閉会した。

 颯太がテーブルの上に置いてあったリモコンを使ってモニターを操作し、LINK TVのアプリを開く。

 丁度その時に、洒落た音楽が流れながら『LINK NEWS』のロゴマークが現れる。

 

『こんにちは。5月8日、LINK NEWSのお時間です。今日から新しく、柿沢美里アナウンサーが月曜日と水曜日に加わります』

『はい! 今日からLINK NEWSに異動になりました、柿沢美里です! 皆様宜しくお願いします!』

 

 男性アナウンサーに紹介をされた美里がお辞儀をすると、拍手が聞こえてくる。

 まさかこんなキラキラとした娘さんがいるとは、と全員が改めて洋平の方を見て何とも言えない感じになる。何処となくそう言う空気を感じ取った洋平はただただ微笑むだけである。

 

 スタジオの中に立つアナウンサー達は流行りのトピックスについての話に花を咲かせている。

 別にこんなことに意味など無いだろうと思うのだが、視聴者を惹きつけるにはこういったものも必要なのだろう。

 

 何気無いごくふつうのニュース番組の生放送。

 ここにいる全員がそう思っていた──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、次の瞬間、

 

『え? 何あれ?』

『うわぁっ!』

 

 突如として美里を含めたアナウンサー達が何かに驚き、悲鳴を上げた。

 恐らく放送局側が異変を察知したのだろう。『しばらくお待ちください』の文字がある白い画面に変わってしまった。

 

「今のは一体……?」

 

 まるで状況が理解出来ない中、またスタジオに映像が戻った。

 しかし先程とは全く違い、アメジスト色の蔦のようなものが垂れていて、その先にはアナウンサー達が括り付けられている。

 

「! 美里⁉︎」

 

 娘がまさかの状況下に置かれていることに驚愕する洋平。

 他のメンバーは動揺しながらも、こんな芸当が出来る者の正体に目星をつけていた。

 

 そして犯人が黒い粒子を使って身体を形成して姿を現した。

 

「ユーザー……!」

 

 由姫の呟き通り、ユーザーズドライバー2を巻いたモスグリーンのそれは、紛うこと無きユーザーであった。

 ゴーヤのような植物に手足が生えた、と言う表現しか出来ないような奇怪な身体では、ぶら下がっているものと同じアメジストの蔦が全身から伸びている。

 顔はアルチンボルド*2の絵画のように、様々な野菜や果物が目を瞑った人の顔を形成していて、頭部にはアメジストの花やトマトのような赤色の実が飾られている。

 不気味で神秘的な怪人だ。

 

 するとユーザーの身体が変化し、黒い服を着た青年の姿になった。

 そもそもユーザーとしての顔もその人のものであるが、だとしてもまさか正体を公の場にバラすとは思ってもおらず、全員が驚愕した。

 

『初めまして。俺の名前は守屋(もりや)(ひびき)。このLINK TVでADとして働いている者だ』

 

 自らの名を明かした響の言葉に、その場の全員が釘付けになる。

 

『今、俺はこのスタジオを占拠させてもらった。皆さんに絡んでいるこの蔦は入り口前にもあるけど、触るのは危険なので止めておいた方が良いと思う。……それで、俺がこんなことをした目的はただ1つ。言ってしまえば、警察への挑戦みたいな感じだ』

 

 突然自分達のことを言われて驚く全員。

 画面越しの此方のことなど知る由も無く、響は話を進める。

 

『今から3年前。俺の父、守屋隆二(りゅうじ)は埼玉県で警察官をしていた。……けど、捜査資料を横流ししたってことで逮捕されて……留置所で自殺した……! けど親父がそんなことするわけがねぇ……! きっと自白を強要されて、それに耐えきれずに自殺したんだ……! そう訴えたけど警察は全然取り合ってくれなかった……』

 

 カメラをじっと睨む響。

 その目の中にある感情は一つ、恨みだけである。

 

『……だから、もう一度再捜査しろ……! そして24時間以内に真相を教えろ! じゃないと人質の命は無い……! ……じゃあまた、明日のこの時間に』

 

 ここで突然生放送は中断され、再び『しばらくお待ちください』の文字が表示される。

 

 間違い無く自分達が出向かなければならない番だ。

 それを誰よりも察知したのは、娘を人質に取られた洋平である。ノートパソコンを抱えて部屋から出ようとすると「落ち着け」と岩田に静止させられた。

 

「現場に行って行動を起こせば、奴が何をするか分からない」

「じゃあ黙って見ていろってことですか?」

「そうじゃない。人質を解放するために必要なのは、3年前の事件とやらを捜査することだろう」

「そんな呑気で良いんですか?」

「それが一番の安全策だ」

 

 焦りをモロに見せる洋平だったが、岩田の言葉によって少しは冷静を取り戻したようで、再びカウンターテーブルの前に腰掛ける。

 

「その3年前の事件って何なんですか?」と由姫。

「これだな」

 

 颯太が自身のスマートフォンを操作すると、モニターにネットニュースの記事が表示された。

『捜査資料を漏洩した疑い 警察官が自殺』との題名が付けられた中身を各々が読み始める。

 

 2年前。埼玉県上米町の上米警察署に働いていた警察官(恐らくこれが守屋隆二のことだろう)が、とある捜査資料を外部の第三者に横流しし、公務員法違反として逮捕された。

 取り調べのために留置所に拘留中、警察官はネクタイを使って首を吊って自殺を図り、その場で死亡が確認された。

 その後捜査が行われたのだが、送信先のメールアドレスはもう既に使われていないものであったために、誰に送ったのかまでは判らず、結局は被疑者死亡で書類送検をすることで事件は収束をした。

 しかし何故そんなことをしたのか、そもそも送り先は誰なのか、その殆どが未だ不明なのである。

 

「謎が2つもあるって……」と洋平が呟く。

「しかもここから埼玉ってかなり距離ありますよ」と浩介が続く。

 

 由姫が一体どうしましょう? と独り言を言ったその時、颯太が突然右手で挙手をした。

 

「俺、何とか出来るかもよ」

「どうやって?」

 

 岩田の発言にニヤリと笑う颯太。

 しかしどうやら只事をしようと言うわけではなさそうだと、全員は思わず固唾を飲み込んだ。

 

 

 

────────────

 

 

 

 生放送が開始されて1時間程が経っただろうか。

 美里はまだ宙吊りになった状態をキープさせられていた。不思議なもので、最初は締め上げられる感覚がきつくて仕方が無かったのだが、もう慣れてしまったため、今はある程度快適なように思える。

 

 途中、同僚達がトイレに行きたいと言った。

 逃げ出すための算段として言ったのだろう。それを響も分かっている筈なので、予防策として蔓に後を着けさせ、もしも逃亡すれば危険を及ぼすとの警告を出した。

 

 こう考えると、比較的柔軟な考えを持った籠城犯なのだろう。

 どうやら全員を殺す気は無さそうだ、と美里は安堵する。

 

 すると突然、響が美里に話し掛けてきた。

 

「アンタの親父さんは、警察官なんだろ?」

「そう、ですけど……」

「親父さんのこと信用出来るか?」

 

 この状況で訊くようなことではないのだが、これまでの流れを考えれば妥当とも言える質問である。

 少し考えて、胸の内を絞り出すかのように言葉を放ち始めた。

 

「……普段、家だと母の尻に敷かれて頼りないですけど……それなりには、信用出来るかと」

「……俺と同じだな」

「え?」

「俺の親父もそうだったよ。家だと冴えない感じだったけど、職場で働いている姿は凄い格好良くて、憧れだった。本当は俺も警察官になりたかったけどさ、昔からテレビが好きだったからここに就職したんだよ。就職決まった時凄い喜んでくれてさ、嬉しかったんだよなぁ……」

 

 美里とは打って変わってサラサラと言葉が紡がれていく。

 響の表情は声明を出した時とは全く違う穏やかなものであったために、美里は顔には出さないものの静かに驚きながらじっと見つめている。

 途中、上がっていた口角は徐々に下がり、目付きが変わった。

 

「……俺は親父があんなことをしただなんて思いたくもねぇ……! 真相が判ったら、必ずアンタらは解放する。だから、もう少しだけ付き合ってくれ」

 

 ──どうせそれしか無いんですよね?

 

 ただその言葉を美里は飲み込んで、何も発しなかった。

 

 

 

────────────

 

 

 

 生放送から5時間が経過した。

 陽は段々と暮れていき、外は暗くなっていく。その度に全員は焦りを覚え始めるのだ。

 

 岩田は埼玉県警に協力を要請し、情報を提供してもらった。

 まず隆二が横流しした資料の内容としては、埼玉県のものだけではなく東京都内で発生したものも含まれていた。

 しかしどれも事件ではなく事故のものであったために、何故こんなものを流していたのかが不明だったのだ。

 

 次に冤罪の可能性についてだが、それに関してはゼロだと言う。

 送信先のパソコンに犯行時間座っていたのは隆二で間違いが無く、第三者が侵入をした形跡も無かったためほぼ確定であろう。

 

 けれどもこの事件には不明な点が多い。

 先のこともそうだが、隆二はそんな性格の人間ではなかったと言う。いつも優しく腰の低い彼が、一体どうしてそんな真似をしたのか、署内の同僚達は首を傾げるばかりだったそうだ。

 そして何より、スマートフォンが見つからなかったのだ。事件当時も持ち合わせておらず、家宅捜索でも姿は見られなかった。

 しかし仮に見つからなかったとしても、彼が情報を送ったことに間違いは無かったため、それ以上探されることは無かった。

 

 最後に、隆二に自白を強要したのかについて。

 現在では全ての取り調べにおいて録音録画が義務付けられている*3ため、当時の映像が残っていた。

 確認をしてみたのだが、ずっと黙秘を続ける隆二に、警察官が自白を強要したような様子は特に見当たらず、数時間して取り調べは終了をしている。カットされた形跡も無いため、強要の事実は存在しないのだろう。

 

 これで事件の概要がある程度見えてきたのだが、それよりも更に深い所を颯太が誰よりも先に調べていた点に全員は驚愕した。

 

 正確には、調べたのは颯太ではなく、満や彼の協力者である何者かである。

 話を聞くと、彼と満は元々同じ中高一貫校にて6年間新聞部に所属をしており、賞を取るくらいには取材のスキルが高かったらしい。

 ただでさえ凄い作品を生み出す颯太だ。一体資料等はどうしているのかと思っていたら、そう言うことだったのか、と由姫は思わず感嘆してしまう。

 

 さて、まず満が調べたのは、響を含めた隆二の家族についてだ。

 響は大学を卒業後、5年前に発足当時のLINK TVに入社した。ADとして着々とキャリアを重ねていき遂に昇進するかもしれないと言う時、隆二の横流し事件が起こった。そのために昇進は出来ず、そのままADの座に残ることになってしまったのである。

 隆二の妻であり響の母である美波(みなみ)はとある企業の事務員として働いていたが、事件の影響からか事実上の解雇となってしまい、現在は近所のスーパーでパート職員として働いているらしい。

 誰も彼もが、隆二が起こしたとされる一連の出来事によって、運命を大きく狂わされてしまったのだ。

 

 次に、颯太の協力者が調べてくれたのは、事件前数日の隆二の様子についてだ。

 いつも通りに職務に全うをしていて特に変わったことは無かったらしいのだが、時折思い詰めた顔で何処かに電話をしていたり、カフェで見知らぬ男性と会っていたりしたらしい。

 また、長年交流のある署内の女性警官は、

「確か……()()()()()がどうとか呟いていましたね。けど、変なんですよね。いつもは奥さんのこと呼び捨てなのに……」と証言した。

 それはきっと妻のことなのだろうと当時の捜査員は思ったそうだが、颯太は何処か引っ掛かりを覚えた。

 

「しかし、ここまで調べてみても、冤罪の可能性は本当に無いですね……」

「そうだな。びっくりするくらいクロだな」

 

 隆二の自宅を捜索した際の写真を眺めながら浩介と岩田が言う。

 その写真の中にも一切疑問点は無く、ただ眺めるだけで終わってしまいそうだ。

 

「……それにしても、ミナミって誰なんだ?」

「誰って、奥さんの美波さんじゃないの?」

「じゃあ何でいきなりさん付けになったんだ? 何十年も連れ添って来た奥さんの呼び名を変えるなんて、何か無いと絶対おかしいだろ」

 

 確かに、と颯太の指摘に由姫は頷く。

 何故何十年も経ってからいきなり呼び捨てから『さん』を付けるように変わったのだろうか。逆のパターンであれば理由はいくらでも考えられるだろうが、今回の場合は全くきっかけが想像出来ない。

 

「ん?」

 

 すると突然、資料に目を通していた洋平が呟いた。

 全員がそちらの方を見たので、自分が疑問に思ったことを構わずぶつけてみる。

 

「今、守屋隆二の通話履歴を見てみたら、事件の前に頻繁にかけている電話番号があったんですよね……」

 

 洋平が持っていた資料は、隆二の通話履歴をまとめたリストだった。

 表の中に電話番号や時間帯がひたすら書かれているものが、数ページにも渡っている。

 

 これはあくまでも憶測だが、当時の捜査員達はここまで調べなかったのだろう。

 送信先のメールアドレスは判明しているため、通話履歴を見る必要性は無かったのだ。

 

「その電話番号って誰のなんですか?」と由姫が訊く。

「えぇっと、市外局番ですね……。あ、これだ。『(みなみ)情報通信』って言う所ですね」

 

 南……。ミナミ……!

 

 思わず颯太は立ち上がってしまった。

 全てが繋がりかかっているような気がする。

 

「そこの従業員に南って男の人います?」

 

 颯太の問い掛けに、洋平はノートパソコンを使ってその店の情報を見てみる。

 

「従業員も何も、社長をやっている男性の名前が南ですね」

 

 繋がってしまった。

 事件の前に頻繁に会っていたとされる謎の男。南情報通信への電話。そして南と言う男──。

 ではもし、この南と言う社長が全ての鍵を握っていて、更には横流しされた資料を受け取っているのだとしたら──。

 

「壱宮君と佐藤君は一刻も早く南情報通信に向かってくれ」

「「はい」」

「室長! そこ、僕が行っても良いですか?」

 

 岩田の指令に洋平が要求をした。

 

「君はここに残っていた方が良い。私情が挟まる可能性がある」

「そんなことはありません。僕は大丈夫です。それに、もし守屋響が人質を襲い始めた時のために、壱宮さんと佐藤さんは局にいた方が良いと思うんですが……」

 

 最後の方がいつものように弱気な感じになってしまった。

 しかしその様子ならば問題無いと思ったのだろうか、岩田は少し微笑んで再び指示を出した。

 

「分かった。壱宮君と佐藤君はLINK TVへ、渋谷君と柿沢君は南情報通信のオフィスに向かってくれ。早急にだ」

 

 

 

────────────

 

 

 

 南情報通信のオフィスは目白駅のすぐ近くの雑居ビルに入っているらしい。

 ここからであれば大体10分程で着く。

 しかし決してスピードを落とすこと無く、浩介が運転をするセダンは新宿の街を走る。

 

 途中、洋平が話しかけてきた。

 

「早くどうにかしたいなぁ……」

「ですね。娘さん達早く解放しないと」

「いや、それもあるんだけどさぁ」

「?」

 

 少し言葉を詰まらせる洋平。

 だがすぐに喉奥に引っ掛かっていた言葉を出した。

 

「守屋響も彼なりに悩んでああ言う答えを出してしまったわけでしょう? だから早く真相を教えて、救ってあげたいなって」

「それは、一種の親心みたいなやつなんですか……?」

「……どうなんだろうね? 刑事としての使命なのか、全く違うのか……。僕にも判らないね」

 

 結論を出すのはどうやら野暮らしい。

 決して悩んでいるわけではなく洋平はどうやら答えを見出しているらしいのだが、それをわざわざ教えることは無い。

 そこから終始無言が貫かれ、車は目白駅の目の前を通った。

 

「そろそろだね」

「はい」

 

 いよいよ目の前の角を曲がれば目的地だ。

 なので二人共各々が準備をして身構える。

 

 そして浩介がハンドルを切り、車が右へと曲がった──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時だった。

 

 ドサッ。

 何かが上から降って来た。

 

「「?」」

 

 突然のことに驚き、ゆっくりと車を停車させる。

 ヘッドライトが照らした落下物の正体は、うつ伏せで倒れている人間であった。下から血が流れ、アスファルトの灰色の地面を赤黒く染めている。

 

 すぐに降車をして駆け寄る浩介と洋平。

 

「大丈夫ですか⁉︎ ……⁉︎」

 

 その顔を見て洋平は驚愕した。

 何故なら倒れているのは、自分達が訪ねようとしていた南その人だったのだから。

 

「そんな馬鹿な……」

 

 呟く浩介。

 すると何故か気配を感じ、後ろにあったビルの上を見る。

 誰もいないであろう屋上に、誰かの人影があってすぐに消えていったような気がした。

 

 今は決してそれどころではないのだが、浩介はただただ屋上を眺めるだけだった。

*1
アメリカの海洋学者。彼女の代表作である小説の題名は『Silent Spring(沈黙の春)』である。

*2
ジュゼッペ・アルチンボルド(Giuseppe Arcimboldo)(1526.04.05 - 1593.07.11):イタリア・ミラノ出身の画家。主な代表作に『四季』『ウェルトゥムヌスとしての皇帝ルドルフ2世像』等がある。

*3
2024年4月4日現在では、録音録画を行っている取り調べは全体の3%程である。




前回書き忘れていましたが、リモデルの使うガジェットは、
L:顔、上半身、両肩
R:両腕と両脚
と言う具合にそれぞれ変化させる箇所が違います。
Lが10個、Rが5個なので、合計で50通りのフォームが存在します。



【参考】
2028年(令和10年)カレンダー(祝日・六曜・月齢)|便利コム
https://www.benri.com/calendar/2028.html
古くから物語に描かれ続ける毒草 マンドレイク|GardenStory(ガーデンストーリー)
https://gardenstory.jp/plants/10886
マンドレイクレジェンドルガ|仮面ライダー図鑑|東映
https://www.kamen-rider-official.com/zukan/phantoms/247
奇想の画家・アルチンボルド。 その生涯と「寄せ絵」に隠されたメッセージを読み解く|美術手帖
https://bijutsutecho.com/magazine/insight/5906
ジュゼッペ・アルチンボルド - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%e3%82%b8%e3%83%a5%e3%82%bc%e3%83%83%e3%83%9a%e3%83%bb%e3%82%a2%e3%83%ab%e3%83%81%e3%83%b3%e3%83%9c%e3%83%ab%e3%83%89
LINEで情報を漏洩した疑い 警察官2人を書類送検[大分県]:朝日新聞デジタル
https://www.asahi.com/articles/ASP4R3431P4QTPJB00D.html
捨てアドを使われたら個人は特定できない? 法的に対応する方法|弁護士JP
https://www.ben54.jp/column/internet/374
日本弁護士連合会:取調べの可視化(取調べの可視化本部)
https://www.nichibenren.or.jp/activity/criminal/recordings.html
人生が変わる1分間の深イイ話 : 日本テレビ, 2024-02-26.
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