今回滅茶苦茶長いです。
感想や読了報告等くださると筆者の励みになります故、何卒宜しくお願いいたします。
【イメージED】
米津玄師 - 感電
【イメージST】
得田真裕 - TBS系 金曜ドラマ「MIU404」オリジナル・サウンドトラック
目の前で変身した満の姿に、颯太は驚愕した。
学生時代からの友人が自身の敵だった。変身をした。
一体いつから? そもそも俺達の過去は全部偽物だったのか──。
しかし考えている間にも、オルグユーザーは一歩ずつ迫って来る。
思考を働かせるよりも、まずは自身の身を守ることを最優先にしなければと、残された力を使って体を起こし、バッグの中からドライバーを取り出して腹部に付けた。
『只今より、意識を転送します』
ライドボットで肉体を形成して面と向かうのだが、元の体の状態は時間が経つにつれて悪化をしているのか、最早立ち上がるのもやっとのようだ。
だが戦わないわけにはいかない。
ガジェットを2つ取り出すと、素早く装填してドライバーを押し込んだ。
「変身!」
「変身シークエンスを開始します』
ヘルハウンドソードフォームになった颯太──リモデルは、背中の両剣を早速取り出して一目散に敵へと向かって行く。
そして真上から二本共振り下ろすのだが、そのオルグユーザーは攻撃を刺股で受けることによって防いだ。
これ以上刃が進まないことが分かったため、刃を上げて今度は両脇から攻める。
しかし柄の部分で邪魔をされるだけでなく、柄の硬さは通常の木のようなものではない異常さで、触れた瞬間に跳ね返されてしまった。
「ッ⁉︎」
「ハァッ!」
攻撃が返されたことで一時的に、両腕を広げるという無防備な状態になったリモデルの胸部を、刺股の先端部分で突くことで後退させる。
更に、怯んだ所を左足で蹴り、その勢いを使って押し倒した。結果、リモデルは踏まれ押さえつけられる形となっている。
「どうした? そんなもんか?」
「ッ……!」
こんな体調じゃなければ、と反論をしようにも、腹部を押されていることで上手く言葉が出ない。
そもそも反論をしたところで、今の力の強弱は分かりきっている。ただの強がりに過ぎないことは誰でも承知することだった。だから敢えて何も言わなかった。
だがそんなことは、今この戦いにおいて一切関係の無い。
オルグユーザーは足を離して、刺股の先で転がすように吹き飛ばした。
「ガァッ……!」
自分の手足を使って立ち上がろうとするが、注入された薬品が相当浸透しているのだろう。剣を地面に刺して重心を其方に向けながらでしか体勢を立て直すことが出来ない。
恐らくは他のガジェットを使ったとしても、結果は変わらないであろう。そう思わせられるだけの力を、今の満は持っている。
ならばどれが対抗するための最適解だろうか──。
その時、リモデルはある一つの方向へと向かうことに決めた。
取り出したのは、馬の形をした大きな銀色のガジェットだ。小宮明里と戦う際、万太郎から譲り受けた一品である。
もうこれしか手段は無い──。
オルグユーザーがそんなリモデルに声を掛けたのは、ガジェットを操作しようとしたのと同時だった。
「しかし、お前は弱いな」
「……は?」
「舞元の時もそうだっただろ。何も出来ずに目の前で大切な人が死んでいく。それでまた、今度も同じことを繰り返そうとしている。力を持ったとしても本質は変わらない。無力なだけだ」
徐々に血が沸騰してきた。否、この場合は突沸という表現が正しいのかもしれない。
「……ふざけるなぁっ!」
ドライバーの中のガジェットを取り出すと、銀色のガジェットの頭部と脚を仕舞い込む。
六角形が2つくっついた形となったものを分離させ、同時に両方のスロットに装填した。
『『SPECIAL GADGET』』
そしてドライバーを思い切り押し込んだ。
これで更なる力が手に入る筈──。
だが、何も起こらない。肉体が変身することも無く、出発点とも言える音声が流れることも無い。
何度も、何度も押した。だが、現状は何も変わらなかった。
「え? 何で……?」
──使うには君の強い情動を読み取る必要がある。けれどもそれは今持っている憎しみではなくて──。
万太郎が言っていた言葉を唐突に思い出した。
憎しみ? 今自分が抱いているのはそうなのか?
もしそうだったとして、それを捨てなければならないとして、俺は何を持って戦えば良い? 主目的は何だ? 金か? 女か? 名声か?
いや、どれも違う。違うが正解は何だ?
分からない。分からない──。
焦燥は残された僅かな力を、無駄と言える思考に費やすことに決めてしまった。
その結果、オルグユーザーが刺股の尾に付いている刃で切り付けたことで、ようやく現状に気が付いたようだ。
突然の攻撃にたじろぐリモデルに、容赦無い斬撃を何度も喰らわせると、刺股を大きく振り上げて下ろす。
「ガ……ァ……ッ……!」
引き抜いて両方の刺股で腹部を押し出すという本来のやり方で、元いたベンチの方まで吹き飛ばし転がしたのだ。
最早立つ気力も無く、無力な状態でうつ伏せに倒れ込んでしまう。武器も一切持っていないために、かなり不味い状況であることに間違い無かった。
「勝負ありだな。じゃあ、俺は自分の役目を果たさせてもらうぞ」
そう言うとオルグユーザーは刺股を地面に突き刺し、右手でドライバーを押した。
『ORGE FINISH』
すると、
「ウオオオオオォォォォォッ!」
突如として雄叫びを轟かせた。音量は衝撃的なもので、周りの木々で緑は激しく揺れ、砂煙が舞い始め、金属製の遊具は耳触りの悪い鋭い音を立てながら微動をしている。
次の瞬間、砂が舞う音や木々が揺れる音だけではない、何か別の音が僅かに聞こえ始めた。
金属が動く、カチャカチャとした音。何処かで聞き覚えがあるのだが、それが何だか思い出せない。
少しして、木陰の中や近くの道路沿いからやって来たものによって、音の正体が何だか判明した。リモデルが奪取したガジェットである。
だがどうも自主的に行動をしているわけではないようだ。まるで何かに引っ張られているような、引きずられているような動き方をしている。
リモデルの元からヘルハウンドのガジェットも動き始めた。そして他のガジェットと同じように、何故かオルグユーザーの方へと引き寄せられる。どうやら彼の雄叫びによる効果らしい。
そして両方の刺股のU字部分に引っ付いた。
ヘルハウンド。マーメイド。ミノタウロス。マンドレイク。ドラゴン──。
残りはキリンのガジェットだけとなってしまった。
もしもそれすらも奪われれば完全に打つ手が無くなってしまう──。
しかし、突如としてオルグユーザーは叫ぶことを止めた。
何かに満足をした様子で口を閉じた。周りのざわめきは止み、公園は元あった落ち着きを取り戻している。
「たった今、佐藤由姫を保護したとの報告があった」
「⁉︎」
「回収しなければならないガジェットはまだあるが……まぁ良い。俺は一旦帰る。それじゃあ」
「待て……っ!」
オルグユーザーの体が黒く変色すると、バラバラに崩壊を始め、吹き始めた風に乗ってその場を後にした。
リモデルは倒れたまま一切動くことが出来ず、更には殆ど意識が失われかけていた。
どうして勝てなかった。どうして奪われた。どうして守れなかった。どうして──。
最後の力は、右の拳を振り上げて地面に叩きつけるために使われた。
そしてそこを起点として、彼の体もまあた跡形も無く消え去った。
────────────
由姫が意識を戻して最初に感じたのは、異様な息苦しさだった。
うつ伏せになっていることから、全裸の彼女の大きな乳房が押し潰される形となっていて、それが呼吸をしづらくしているのである。
解消するために体を返そうとするのだが、手足が固いベッドの上にベルトで固定されているために叶わない。
この薄暗い部屋の中で一体何が行われるのか。
宅配業者が来た瞬間のことを考えると、自分は恐らく拉致されたに違いない。何の目的なのか、一応大まかな見当はついている。ユーザーやゲルダム団に関わる事件を追っている身だ。それに関係することなのであろう。
すると目の前にある両開きの自動ドアが開いた。
明かりが作る影に隠れて姿こそ見えないが、2人組のようであり、一人は背が低く、もう一人はかなり身長が高い。
「君の相方、本出すんだってね。『季節は沈黙する』だっけ? 宜しく言っておいてね」
聞き覚えのある声が聞こえてからすぐに、彼等の全貌が露わになった。
「まぁ、どうせもう彼の元には戻れやしないけど」
「野宮祐……! それと……まさか、ラシャ……⁉︎」
その姿を見たのは初めてであったが、彼がしている異様な格好から推察することは容易かった。
「じゃあ、後は二人でじっくり話してよ」
「何処に行く?」
「ガジェットが殆ど揃ったから、
そうか、とラシャは納谷を見送った。
役目を終えたドアが自ら閉まったことで、ここには固定されて動けない由姫と彼女を見つめるラシャの二人だけとなった。
話すとは言っても、話題は何も無い。
だが仮面の下から吐き出された言葉は、一切の想像を超えてきた。
「久しぶりだな。
「……は? 娘……? 何言って──」
何も整理がつかない状態に、ラシャは情報を流し込んだ。
由姫と自身のDNA型が一致したこと。自分には20歳程の娘がいたが、行方が分からなくなっていること。
──君の両親は言わば本当の両親じゃないんだろう?
体温が一気に低下した気がした。
しかし、これは決して一糸纏っていないからではない。今まで自分が生きてきたものの全てが、今自分が追っているものに繋がっているという事実は、人間が到底経験出来ないであろう甚大な衝撃を与えたからであった。
「じゃあ、私の背中には……」
四肢を固定されていることから頭は上手く動かせないため、目線だけを後方にやる。
何故なら彼女の背中には、翼のように広がる黒い蒙古斑がある。上からの明かりを反射する白い肌とは対照的に、その黒は全ての光を吸収しているだけだ。
「今から背中にあるSDカードを取り出す。少し眠っていてもらうぞ」
由姫は動揺を何とか隠しながらも、ラシャ一点にただ鋭い視線を向ける。
通常、これから繰り広げられる事柄を考えるだけで、体から全ての戦意が抜け落ちていく筈だ。
体に刃が入って、目的のものが取り出される。それだけならまだしも、その後にどんな悍ましい出来事が待ち受けているのか分からない。
どうしてこの状況下で余裕とも取れる様子を見せられるのか、ラシャは頭に疑問符を浮かべた。だから直接訊くことにした。
「余裕そうだな」
「まぁ。私はこんな状態なので動けないですけど……」
「それは、君の相棒がここに来るからか?」
暫く沈黙が流れた。
目線がラシャから外れ、徐々に頭が下がっていく。
室内に取り付けられた空調と換気扇の音だけが囁くように響き、いつしか二人は慣れてしまったために部屋は無音に等しくなる。
「信じているのか、彼を?」
そして由姫は顔を上げ、口を開いた──。
────────────
由姫が意識を取り戻してから数時間が経った夜のことである。
颯太もまた、病院のベッドの上で目を覚まし、枕元でずっと見守ってくれていた浩介と洋平から事の顛末を聞いた。
公園で倒れている颯太は偶然通りかかった通行人が通報したことで、この病院に救急搬送された。
恐らく颯太本人としては、毒物を注射されて生死を彷徨う状態だったと思っていただろう。
だが実際に体内に入ったのは麻酔薬で、確かに意識が無くなったものの、ただ単に眠っているだけであったのだ。なので治療の必要は殆ど無く、主治医の問診が終わってすぐ帰れることになった。
「そういえば、佐藤さんは?」
目覚めた彼が最初に訊いたことである。
一体何の話か分かっていない浩介と洋平に、この戦いの顛末を話した。するとすぐに岩田に連絡をする。もしかしたら、最悪のことが起こっているやもしれない。早急に対処して欲しい、と。
だが事態は既に最悪であった。誘拐事件の可能性という名目で機動捜査隊に彼女の家を確認してもらうが、応答は無い。部屋の中を調べてみたが、争った形跡も何も無い状態で忽然と消えていたのである。
防犯カメラの映像を確認したところ、やけに大きな段ボールを抱えた運送業者の人間が写っていた。しかも段ボールは決して由姫に渡すこと無く、そのまま持って帰っている。
──まさか、この中に入れて誘拐したのでは……。
目星をつけた機捜は、現在彼等が疑惑の目を向けている業者の足取りを追ってくれているところだそうだ。
居ても立ってもいられず、颯太はすぐに荷物をまとめて病院を飛び出した。
しかし行く宛も何も無いため、仕方無く浩介と洋平の車に乗り込み、公安第五課のあるビルに急いだ。
「どうするんですか壱宮さん? このままだと佐藤さんが──」
「落ち着いて渋谷君。気持ちは分かるけど、焦っても無駄だよ」
部屋に向かう廊下の途中で大きな焦りを見せる浩介を嗜める洋平。
何故なら、彼等以上に責任を感じ焦燥感を覚えている人間が、今誰よりも早く前を歩いているのだから。
そのことに気が付いた浩介は、以降殆ど何も言わなかった。
強くノブを握り、吹き飛ばす勢いで扉を押した。
刹那、このカジュアルな室内で感じたことの無いような緊張感と、莫大な
見ると、岩田の他にスーツに身を包む人間が、荒い音を立てて入った颯太達に視線を注いでいる。その数、約20人程だろうか。全員の顔には妙に覇気が無く、かと言って生きることの価値を見出せない心臓の動く死人というわけでもない。ただただ彼等は能面のようなだけなのだ。
「どちら様……ですか?」
浩介が訊く。
眼鏡をかけた男性が最前列に立ち、回答をした。
「公安部公安総務課の
「総務課の方々が、どうしてウチに?」
浩介に続く洋平の質問に、井川は
元々、公安総務課もゲルダム団のことを捜査していたらしい。
そもそも公安総務課はカルトや市民活動を取り締まる役職である。役職の一貫として、公安第五課よりも先に、カルトの一つであるゲルダム団を秘密裏に数十年に渡って捜査していた。
協力者を使用した常套の方法や、囮捜査を使った結果、彼等が一部の信者と生活を共にしている拠点が東京都西部の山奥にあると、数ヶ月前に嗅ぎつけたのである。
とはいえ、その段階ではただの新興宗教に過ぎなかった。
ユーザーが引き起こす事件に関係している可能性があるとはいえ、明確な根拠が無ければ立ち入って捜査することは出来ない。ゲルダム団が何かの騒動を起こすまで待つだけの日々が過ぎた。
そして目当てにしていた出来事が起こった。小宮明里が起こした連続殺人事件である。
彼女は逮捕されてから一切を黙秘していた。検察に送致されたとしても変わらなかった。ただの快楽殺人者。人物像はそう片付けられる筈だった。
しかし、明里の自宅を家宅捜索した際に、その認識は変わったように思われる。
白いコピー用紙に大樹を描き、何枚も壁に貼り付けている。最早何処にも元の壁の姿は見えない。殺人を犯す人間は元からこのように狂っているのか、それとも外的要因によってこうなるのか、判別が一切出来なかった。
そして、見つけた。大樹が掘られたペンダントを──。
これが決め手となり、信者と考えられる小宮明里の起こした連続殺人事件と、ゲルダム団そのものとの関係性を調べる、という名目で家宅捜索令状が発行された。
更に言うと、先程発生した由姫の拉致についてもゲルダム団との関係性があるとし、彼女の捜索及び救出も含まれているとのことである。
「決行は夜明け前、午前4時に行います」
「かなり早い時間ですね。信者達が起床してからという手もあるのでは?」と洋平。
「それも考えましたが、何せ敷地面積が十数ヘクタールと広大です。下手をすれば何かしらの証拠が隠滅される可能性がある。なので、半ば急襲のような形で決行します」
「ちょっと待ってください。佐藤さんは、
浩介の問いからほんの少しだけ間が空いた。
「どういう意味ですか?」
「いえ、何となく……」
「……ノーコメントとさせていただきます」
彼女の同僚達の胸に悪辣な痺れが走った。
井川達の無機質な顔つきが、彼等の中で妙に目立って見える。隠れた考えは想像出来ないが、ある程度の予想はつく。
「では、我々はこれで」
嫌な後味を残し、公安総務課の面々は場を後にした。
ドアが閉まる音が部屋の静寂を破った瞬間に、力が抜けたためか颯太は近くのソファに座り込んでしまった。虚な目をして背もたれに身を預け、天井に視線を向けている。
岩田が口を開く。
「一応、我々も捜索に加わることになった。万が一ユーザーを使った攻撃があった場合に対処するため、らしい。……少し席を外す。準備を進めておいてくれ」
淡々と言い残し、部屋からまた一人去って行った。
最初に口を開いたのは洋平だった。
「絶対に言いませんでしたけど、彼等は恐らく佐藤さんを保護したら何をするのか分からないですよね。恐らく、ラシャでしたっけ? その娘である彼女が普通に返されるとは思いません」
「じゃあ、どうなると思うんですか……?」と浩介。
「それは分からないですけど、こっちが先に救出しなければ駄目でしょうね」
同じ警察の組織とはいえ、彼等は由姫に何をしでかすか分からない。
大きな不安が襲われた浩介と洋平は、部屋の壁に取り付けられている銀色のロッカーを開ける。黒い防弾チョッキがハンガーにかけられ、その下には拳銃と弾丸、そしてユーザーと対峙する際に使うテーザー銃が置かれている。どれも有事の際に欠かせないものである。
ジャケットとジャンパーを一度脱ぎ、防弾チョッキの上から再度羽織ると、拳銃の確認を始める。弾倉、弾数、リボルバーの回転。どれも正常であることが目視と掛け声により認められたため、ズボンに
準備は整った。
後は出動するだけとなった。
颯太以外は──。
「大丈夫ですか?」
優しく洋平が声をかける。
しかし颯太は天を仰いだまま何の反応も示さない。
これに突然態度を変えた人物がいた。
「何やっているんですか……」
浩介は颯太に何処か冷ややかな目線を送る。
冷たさの中に彼本来の熱さがあるのだが、熱血から来ているものではない。足を進ませ、颯太の胸ぐらを掴む原動力は、まさしく怒りである。
「佐藤さんが連れ去られているのに、何でどうしようともしないんですか! 相棒である貴方が、一番に動かないでどうするんですか!」
それは恐らく、ただ由姫の同僚であるから吐ける台詞ではない。
刹那のような時間であったとしても、一応は彼女に惚れていた人間としての言葉だ。
しかし颯太は一切の機微を見せない。
心臓を持っただけの蝋人形のような彼に嫌気がさしたのだろう。手を離し、見下ろしながら落ち着いた声で話しかける。
「15分後に出ますから、それまでに来てくださいね」
ドアを勢い良く開けて退室する浩介。
後ろを追って洋平も部屋を出ると、扉の閉まる音が虚しく響いた。
最大の主戦力を広い部屋の中に残した浩介と洋平は、キーを操作して車の中に乗り込んだ。
しかし乗車したのはいつものセダンではない。颯太と由姫の二人が使う、珍妙な見た目の愛車──キジムナー号である。
ほんの少しだけ先に運転席にいた洋平は、助手席に浩介を出迎えると、笑みを浮かべながら話しかける。
「あそこまで言えるようになったんだね」
「え? いや、ちょっと感情的になっちゃって……」
「別に良いんじゃない?」
やりすぎてしまったのではないか、と頭を掻きながら少し反省する浩介を宥める洋平。
「何で壱宮さんは動かないんでしょう。いつもの彼らしくないというか、『いっちょやってやるぜ』みたいな感じになっていないというか……」
「……不安なんだよ、彼は」
浩介が洋平の顔を見る。
「ずっとそばにいた相棒が連れ去られたっていうのは、僕も初めて聞く案件だからね。警察官でもない彼には、例えどれだけ明るくて精神的に強い人間だったとしても、上手く耐えられるものじゃない」
車の中は刹那、静寂に包まれる。
すぐに洋平が言葉を紡ぎ、破られた。
「精神を強く持っている人は……勿論、彼が強いだなんて断定することは出来ないけれど、予測不可能なことにある程度対応出来る。……けど、自分ではなく大切なものが関わった瞬間に、一切が崩壊するんだよ」
柔らかな口調の中に強さと硬さがあり、隠されたものに耐えきれなくなったのか、浩介は洋平の方から目を背けてしまう。
車窓からコンクリートの柱を眺めると、そこに何故か由姫の顔を思い浮かべた。冷静で笑顔を全く見せない、美しい顔だ。
もしも彼女が今の颯太を見たら、一体何と言うのだろうか。
幻滅するだろうか。
冷たく
それとも、それでも信じてくれるのだろうか──。
同じ疑問を薄らと颯太も持っていた。
自分は無力な奴だ。おまけに戦わなければならない時に、体を動かす気力も勇気も出ない、ただの畜生だ。
どうせ俺のことなんて信じてくれないだろう。
頼むから、俺のことをどうか信じないでいてくれ──。
────────────
「はい。絶対来るって信じていますよ」
真っ直ぐとラシャと目線を合わせ、由姫は気丈に答えた。
二人の姿は久方振りに再会を果たした親子ではない。今は、互いの信じるものを譲ることの出来ない、法執行機関とその観察対象という勢力同士である。
「どうしてそこまで信じられる?」
「……相棒ですから」
口角をほんの少し上げる。
冷たい空気を纏った人間の行為としては、余裕綽々の様子から出たものと言って良いだろう。
捉えようによっては不気味なものであるが、反対に尊いものでもある。
「……まぁ良い。今から手術を行う。私は席を立つ」
「どちらへ?」
「少し、行かなければならない場所がある」
「そうですか」
ラシャは由姫に背を向け、ゆっくりと足を進める。
立ち去る彼と替わるように、青色の手術服とマスクを着用した数人が入室する。これから彼女の背中に刃を入れる人間達であることは一目瞭然だった。
扉の向こう側から出る光がラシャの服に反射され、彼が奥に進んで行く程に姿が見えなくなっていく。
蜃気楼の中に見える幻覚のように変化をする父の姿を、由姫はじっと見つめる。そして目の前に医者が立ち、口元に酸素マスクを付けられたところで、眼前の景色は黒一色になった。
────────────
颯太の中で動いているのは、今のところ臓器だけである。心臓は血を巡らせ、その血を使って他のものも自らの役割を全うしている。
しかし肝心の本人は未だ指一本動かさない。虚な目は天井を向いているが、照明の眩しさに目を背けることもしない。血が通っているだけで、実際はただの人形と同じに過ぎない。
朧げな意識ではあるが五感は何とか動いている。
そのため扉を開けて誰かが入って来る音も、微かに香る革と良質な生地の匂いも、目の前に人間が立つ気配も感じとることが出来る。
「随分と呑気なものだな」
「……別に、呑気じゃないですよ……」
何とか口を開いて反応する。
「新しいガジェットは使ったのか?」
「……いえ。使えませんでした」
「だとしたら、君の中で強い憎しみが生まれたということだな」
「……」
「どうしてだ? 佐藤由姫が誘拐されたことに対する憎しみか?」
答えが颯太の口から出ない。
余程憔悴しているのだろうと、万太郎が一時的に部屋から出ようと背を向けた時だった。
「……怖かったんですよ」
振り返ると、颯太は頭を落として目線を地面に向けている。
「目の前でりみが死んで、今度は佐藤さんが攫われて、また大切な人が消えていくんだって、滅茶苦茶怖かったです……。何で自分だけ……何で俺の周りからどんどんいなくなっていくんだって……。その時に何で、俺は動けないんだ、って……。それが、城島だけじゃない自分に対する怒りになって、憎しみになって、それで……」
自身の影によって暗くなった地面の一部分は、颯太にとってのスクリーンだった。
隣で笑ってくれたりみは、いられる時はずっと一緒にいてくれて、そして自分の目の前で腹に大きな赤い跡を残して去っていった。
次に由姫が映る。そういえばコイツとは大体小競り合いをしていた。馬鹿馬鹿しかったけど、絶対的に大切な奴だった。だからコイツだけは、いなくなって欲しくなかった。
だが、目の前から彼女の姿がフェードアウトしていく。拳銃を構える姿もベッドに寝転ぶ姿も全てだ。
「もしも復讐をすれば自分も同じ目に遭う。最悪なループは終わらない。佐藤さんが言っていたことです。……けど俺は、これは復讐のこと以外にも当てはまるんじゃないかって思うんです。俺はあの時、りみを目の前で失った。だから力を手に入れて、復讐することだけを考えて生きてきました。……けど、今度は佐藤さんを守れなかった。もし、佐藤さんが無事に帰って来なかったら、俺はこれから先、どういう風に生きていくのかまるで想像出来ない……」
語尾は徐々に暗く沈んでいく颯太。顔を両手で覆い、そのまま固まってしまう。
何か声をかけなければ、自分で作った殻に閉じこもって出て来ないのでは無いのか。
そう考えた万太郎は口を開いて言葉を発しようとする。
だが──。
「……けど、今俺が動かなきゃ、きっとそのループからは永遠に抜け出せないですよね」
すると颯太はゆっくりと立ち上がると、両手を下げて前を向く。
彼の目は先のような、虚で無気力で絶望に満ちたものではなく、静かな目の中では蛍光灯の光がゆらゆらと炎のように揺れている。
先程までと打って変わった様子に、万太郎は驚きながら寧ろ心配になってしまう。
「もう大丈夫なのか?」
「ええ。別に誰かに励まされたかったわけじゃなくて、一人で考える時間が欲しかっただけですから」
「強がってないか?」
「……全く」
大きく息を吐いて若干口角を上げると、その顔はいつも見せている彼本来のものであった。
「行ってきます」
勢いよく室外へと飛び出した颯太。
足取りは軽く、宙空を駆ける麒麟のように思え、きっと自分が選んだガジェットは間違いなかったのだと感じる。
彼の姿を見送り、眼鏡の位置を直しながらふと微笑むと、
「彼はかなり強いな」
前から声が聞こえた。
見るとそこには颯太と入れ替わるように入室した岩田がいる。どうやら用事を終えて戻って来たらしい。
「えぇ。彼にドライバーとガジェットを託したのは正解でした。……正直、最初の動機はただ復讐がしたいということでしたから、その目的が済んだら抜け殻のようになるとは思っていましたが、ここまでとは……」
「そうか」
颯太が元来持っている胆力を素直に褒め称える。
職業柄協力者を雇うことはあるが、ここまで有能な人間だとは一切予想をしていなかった。だから、非難のしようが無いのである。
「ところで、君はそろそろ
歩み寄りながら岩田が出した問いかけに、万太郎は目を見開いてしまう。
眼中に立った岩田の表情はいつもと変わらぬポーカーフェイスであるのだが、その奥に秘められた優しさが常時より際立っているように感じる。
「いつ気が付きました?」
「私は君が誰なのかはまるで知らない。そもそも、殆ど話したことが無いからな。……だが、大体分かる。長年の勘みたいなものだよ」
──この人には敵わないな。
きっとここで変な言い訳をしたとしても、全てお見通しに違いない。
だから万太郎はワイシャツの襟の中に入っている、黒色の小さな部品を押し、
「私は、嘗て貴方のもとで家族共々大変お世話になったものです。訳あって本名も顔もお伝えすることは出来ませんが……大体もう分かっていますよね?」
「ああ。どうせ君のことだ。そう簡単に消えるような人間じゃないと思っていたよ」
軽く微笑む岩田に釣られ、万太郎も少し口角を上げる。
二人の間に生まれたものはただの同業者の会話ではなく、言うなれば追憶に近いのかもしれない。
「……もう行かなければならないのか?」
「やらなければならないことが山程ありますから」
「そうか。……彼等のことを、宜しく頼むぞ」
「はい」
再び部品を押す。
「では、私は仕事に戻ります。失礼」
本来の自分を閉じ込めた万太郎は一礼をすると、半ば早歩きで部屋を後にした。
室内には一人、岩田が残されている。しかし寂しさを感じることは無い。
根からの性格も起因しているが、何よりも今のやり取りが要因であろう。
さて、これから何をするか。
台所に向かい常設してある棚からコーヒー豆を取り出す。そして自身が信じた者達の帰還を待ち侘びる準備のため、ポットに水を入れ始めた。
────────────
「もうそろそろ15分経ちますよね」
「そうだね。早いね」
車中で待ち人の到着に備える浩介と洋平。
しかしどれだけ時間が経っても、やって来る様子は皆無に等しい。
──流石に来ないか。
諦めて浩介が座る姿勢を正し、洋平がエンジンを起動したその時だった。
左角から人影が見えて、それが車の横を通り過ぎると、後ろの引き戸が開かれて誰かが乗車した。
「ごめん。お待たせ」
待望の主戦力である。
しかも、通常通りの機嫌である。
先の顛末を知らない二人は少し面食らってしまった。
「もう大丈夫なの?」と洋平。
「はい。ていうか、普通にボーッとしていたら治りました」
「は⁉︎ 何ですかそれ。じゃあ俺の説教の意味は⁉︎」
「無いんじゃないですかね」
「嘘でしょぉ……。滅茶苦茶頑張って言ったのに……」
「まぁ、ドンマイ」
洋平が励ますと、車内に少しずつ笑いが伝染していく。
緊張は緩和され、普段部屋で繰り広げている三人の姿を取り戻しつつあった。
それが何だか嬉しく、笑顔はやり取りによるものから懐かしさによるものに変わっていく。
「で、この車あんまりスピード出ないですけど、大丈夫ですかね?」
颯太が問う。
「大丈夫。一番近いルートならもう調べてある」洋平が自信満々に答える。
「下手したら、他の連中より早く着くかもしれないですね」浩介が同調する。
さて、必要な役者は揃い、準備も万端に済んである。
後は洋平がアクセルを踏み込むだけとなった。
そして車は発車した。
前方から出る柔らかな光によって、薄暗い地下駐車場が照らされる。出口の場所は把握しているので、何処へ向かえば良いのかは当然分かるのだが、自分の進むべき方向を指し示す光というものがあることは妙な安心感をもたらす。もしかしたらヘッドライトの点灯が夜間に義務付けられているのは、安全面の他にも訳があるのではないか。そう錯覚してしまうような感動を、何故かこの時覚えた。
すると、NEWユーザーズストライカーの隣に位置する長椅子に座る颯太が、突然前に乗り出してマイクを手にした。
まるで急いで忘れ物を取りに行った様子である。
しかしあながち間違いではなかった。何故なら彼は、いつも行っているある種のルーティーンを忘れてしまっていたのである。
なので颯太は顔に若干の笑みを浮かべながら、高らかに宣言したのである。
「公安501から警視庁」
『公安501どうぞ』
「本日昼過ぎに起こった拉致監禁事件について、今から捜索を行い、誰よりも早く被害者を保護します。どうぞ」
『警視庁了解』
【裏話・余談】
去年アンケートをとったんですが、未だに颯太と由姫をくっつけようか迷っています。
相棒のままの距離感が良いのか、それとも前進した方が良いのか……。
私はどうすれば良いのでしょうwww
【参考】
鬼 - Wikipedia
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%e9%ac%bc)
刺股 - Wikipedia
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%e5%88%ba%e8%82%a1)
警視庁公安部 - Wikipedia
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%e8%ad%a6%e8%a6%96%e5%ba%81%e5%85%ac%e5%ae%89%e9%83%a8)
ガサ入れとは?ガサ入れの流れやよくある質問を詳しく紹介|刑事事件相談弁護士ほっとライン
(https://keijibengo-line.com/post-9558/)