今回から最終シーズンです! 後5話くらいで終わらせます!
感想や読了報告等くださると筆者の励みになります故、何卒宜しくお願いいたします。
【イメージOP】
THE RiCECOOKERS - NAMInoYUKUSAKI〜ola〜
【イメージST】
岩崎琢 - シン・仮面ライダー 音楽集
37 - 午後10時、この屋敷では(F)
夜も深くなった。繁華街の中にある店は徐々に賑わいを見せ始め、日中よりも遥かに鳴る声が大きくなっていく。
喜びや悲しみ、怒り。様々な感情が雑談と歌声に乗せて流れる。
空気の温度と湿度が高まり、夜になっても一向に暑さが治まる気配が無い。
だが狭いこの店の中は逆だ。
元々路地裏の奥に構えられたことも起因しているだろうが、あまりにも閑散としている。数十年前に発売された矢野顕子のアルバムが延々と流れていて、カウンターテーブルでは納谷とラシャが隣同士て座っている。
それ以外に人はいない。まるでこの店、この二人が世界と隔離されているように思える構図だ。
「いよいよ計画を始動させるのか」
「うん。全く、待ち遠しい限りだよ」
二人は何も飲み食いをしない。目の前のバーテンダーも口を開かず、そもそも彼等が何を話しているのかも耳に入れないように試みている。
納谷は展望に胸を躍らせている。だがラシャが仮面の下で同じようにしているかと言われれば、否定する方が容易いだろう。
「どうしたの? 嬉しくないの?」
「勿論、嬉しいが……全ては君のための計画じゃないか。こちらとしては、他人事に過ぎないよ」
「今更何言っているんだよ。まさかとは思うけど、降りるだなんて言わないよね?」
「……それはない」
言葉に覇気が無い。
納谷はニュアンスの違いを聞き逃すことは無かったが、一切言及せずに「ふーん」と首を回している。
その勢いで隣のラシャを見る。じっと前を向いたまま挙動の一つも見せてくれない。エアコンの風が布を揺らすだけの、変わり映えしない風景がそこにはあった。
自分が言えたものではないのだろうだが、ふと脳裏に感想が浮かんだ。深い意味は何処にもない、ただ無邪気で幼稚で馬鹿げたものだ。
まるで機械みたいだな、と。
────────────
拘置所の面会室はもっと暗いものだろうと想像していた。
白い一つの照明だけが室内全体を照らすために、あるもの全てを影で隠して陰鬱とした雰囲気を醸し出す。出てくる言葉もそれに見合ったものしか許されず、そうでなければ記録係の刑務官に苦い顔で睨まれる。
罪を犯した人間とそうでない人間がアクリル板越しに対話をして、罪人が自分の人生を悔いるために15分を消費する場所。
昔に配信サイトで観た東南アジアのドラマの影響が大きいかもしれないが、日本の施設に対しても同じ印象を持っていた。
だがそれは全くの杞憂だった。
確かに室内にある照明は一つだけだったが、ほんの僅かではあるが廊下の明かりと日光が差し込んで室内を白く鮮やかに彩り、影で覆うようなことは無い。
厳かな雰囲気になるどころか寧ろ言葉は弾み、刑務官がそれを咎めることは無い。時間内で終わることができるのであれば、ある程度のことは許されるのだ。
アクリル板で隔てられた両側共、全員が等しく影を伸ばしている。しかし誰も自分の影の長さなどに気が付かない。
世間話や拘置所での生活から始まった満の会話は滞りなく進んだ。受刑者用の服に身を包んだ満は少し痩せているように見えたが、心なしか前よりも血色が良くなっているような気がする。
矛盾したようにも見えるが、その表情は憑き物が取れたように晴れやかで、ゲルダム団から隔離された今の生活をそれはそれで楽しんでいるようにも思える。
嘗てのように笑い合いながら談笑に花を咲かせていた二人。
だが本来の目的はこれではないと思い出した颯太は「ところで」と話を変えた。
「組織のことを思い出させるようで申し訳ねぇんだけど」と前置きをした上でだ。
「お前、俺の小説の仮タイトル、誰かに話したか?」
「……どういうこと?」
「小宮明里だけじゃなくて、ラシャの側近の納谷という男も知っていた。俺が話したのはお前だけだから」
満は顎に右手の指を当て、目線を下にした姿勢を暫く保つ。
そのまま口を開き、慎重に質問に答えていく。
「いや、僕は話していないし、そもそも何でそんなことになっているんだ……」
「どういうことだ?」
「納谷さんはラシャ様からしか情報を収集しないし、そもそも姿を見たことはあっても話した人は誰もいない。……いや、厳密に言えばドライバーとガジェットを受け取る時に会ったことはあるけど、特に何の会話もしていないから絶対に無い。それにラシャ様にも話したことは無いから、情報が漏れることはありえない」
「お前が小宮明里以外の誰かに話して、そこからラシャを経由して漏れた可能性は?」
ほんの少し身を乗り出す颯太。結論に跳んでいくために必要な姿勢だった。
しかし満はすぐに顔を上げて首を横に振る。
「無いね。もしも僕がゲルダム団の上層部に話していたら可能性はあっただろうけど、僕はそういう
えぇ、と語尾を長くしながら姿勢を戻して腕を組んで天井を見上げる。
ジャンプの寸前で中断の合図出されたため、溜めたエネルギーは行き場を無くしてしまう。発散する場面を見失ったが、今更探すつもりも無い。
なので話を戻し、再びチャンスを伺うのだ。
「そもそも、何で俺からガジェットを奪った? 納谷とかラシャからの指示か?」
「ラシャ様からの指示だ。君の持っていたガジェットを、全て回収しろと」
「狙いは?」
「そこまでは知らない。けど、妙だと思わないか? もしガジェットに何か重要な役割を果たすのなら、僕達に渡すこと無く保持していれば良い。行方が分からなくなったら、彼等の持っているであろう計画は水の泡だ。でも敢えてそうしたのには、絶対に何か理由がある」
「……お前はどう思っている?」
何も分からない。
示すような満の溜息がこだました。
殆ど収穫を得られなかったことに思わず辟易としてしまったところで、刑務官が「時間だ」と無機質に言った。
「はい」と応えて立ち上がり颯太に背を向け、刑務官が開けた扉の向こう側へと足を進める。
「城島」
颯太が声をかける。
満は足を止めた。
「また来る」
じっと視線を向ける。
今まで過ごしていた日常と同じ温かさで、しかし強さは今までに無い程度だ。
特に反応を見せること無く、満は部屋から退出した。
それを確認した刑務官が外から扉を閉める。大きな金属音が颯太の耳に響く。
檻の中にいる彼と外にいる自分。罰によって束縛の中にいる者と、自由を謳歌する者。置かれた環境の違う二人が再開できる貴重な時間の幕切れだ。
正面を見据える颯太が瞬きをした後、太陽は雲の中に隠れて姿を消し、部屋から一筋の光が消えた。
────────────
優司は所謂「コミュ障」だった。小学生、中学生と病院の中で過ごしていたためか、他人に対しての免疫を全く持っていなかった。
そのため高校では国内留学をしたものの、他のクラスの面々と話すことは無く、滞在先の翡翠邸に引きこもるホームステイの状態が2年近く続いた。
しかし絵麻と花蓮の二人と付き合うことになり、受験勉強も忙しくなったことで、そもそも他人がどうでも良くなったことで奇跡的に症状が緩和した。
要はコミュ障の治療法の一つには、自分に理解を示してくれる人の配置と物事に没頭することがあるのだろう。これは本で読んだ知見でもないし、明確なソースがあるわけでもない。ただの実体験ではあるが、それは時に個人にとってより説得力を持たせてくれる。
徐々に社交性を持ち始め、高校を卒業する前には周りのクラスメイトと遜色無く対話できるようになった。留学当初は優司を邪険に思っていた彼等も、心を開くようになった優司のことを仲間の一人として受け入れてくれるようになった。
自分の中に溜まっていた膿みが取れて無くなったような気がし、これで何の未練も残さず東京に戻って大学に進学できると安堵していた。
培って磨き上げたこの能力を、遺憾無く発揮する実験場所として、思う存分堪能させてもらおう。
だが出鼻は入学して1ヶ月足らずで挫かれた。樋下愛花のせいだ。
入学して初めての授業から何故か優司の隣に座り、何度も話しかけてきた。天気のことや試験範囲のことに始まって、趣味や好物に恋人の有無といったプライベートのことまで深掘りしようとしてきた。
毎日のようにしつこく問われることへの嫌悪はあったが、やめるように強く忠告する勇気は無く、ただ燦々と輝く目線を向ける彼女を無視することしかできなかった。
おまけに他の男性生徒からの嫉妬も加わった。愛花はHINOSHITAの社長令嬢で、ある程度のルックスの良さがある。
そんな人に講義の度に隣に座られて満面の笑みで話しかけられている。
優司にとっては決して溜まったものではないのだが、羨望と妬みが混じった視線を全方位から浴びる苦しみを味わうことになった。
結果、強化したコミュニケーション能力を試すための場所の中で、優司は颯太くらいとしか話すことができなくなってしまった。
全くの本末転倒であるし、これが1年以上続くのかと思うと、何故進学してしまったのかとしんろを決めた時の自分を恨んでしまうようなこともあった。
そして、今日も──。
「梶本さん。授業終わったら何する予定ですか?」
眩しい目線を向けながら、わざとらしく語尾を上げている。顔を優司に近づけて離さない。
この媚びるような仕草全てが優司の苦手とするところで、今のところ大学生活を存分に楽しませてくれない諸悪の根源だ。
「……今日は、何も無いですけど」
「そうなんですか⁉︎ 実は私今日、用事が入っちゃっているんですよ〜。予定無かったら梶本さんと一緒だったのになぁ」
じゃあ何で訊いたんだよ。相手のことを訊きはするけれど、それは相手の情報を引き出すためではなくて、それを元に被害者の面をして相手に同情してもらうための手段だ。
誰かに構ってもらい、依存することでしか生きられないのではないか。勝手に想像することは本当に良くない癖だと承知していても、苛立ちを覚えるふとした瞬間にその思考は、待ってましたと言わんばかりにやって来るのだ。
「因みに、その、樋下さんは放課後にいつもどんなことをされているんですか……?」
「私ですか? 特に何もしていないですよ。友達と遊んだり、勉強したり、そのまま家に帰ったり。だから折角だし梶本さんについて行こうかなと思ったんですけど、予定が入るなんてなぁ……」
体を優司から離して、愛花は両手で頬杖をつきながら前を向いて溜息を吐いた。
きっと自分以外の人間だったら、教室の明かりに照らされて淡く輝く愛花の白い横顔に優に落とされ、バレないよう奥底に押し込んでいる慕情を更に募らせるのだろう。
だが優司がそこに行き着くことは無く、離れた場所から冷めた視線で考えていた。
もし一連の動きが
どちらが答えだったとしても、ある程度は賞賛に値するのではないかと、鬱陶しく思いながらも感心している節があった。
乾いた笑い声が静かに出されてすぐ、優司のスマートフォンがリュックサックの中で振動をした。
ようやくこの場を離れられる喜びを顔に出さないよう気を引き締めながら教室を出て、取り出したスマートフォンの画面を確認する。
発信者は颯太だった。今日は任意出席のゼミだったため彼はいなかった。いつもは自分と愛花の間に入って話をまとめてフォローをしてくれるため、颯太の存在がどれだけ有り難いことなのかと身を持って実感した。
「もしもし?」
『お、梶本か? ちょっと今日お願いがあるんだけど』
「何? 別に予定無いから何でも良いよ」
『何でもって……本当に何でも良いんだな?』
────────────
街に漂う空気の香りは、触れているものの質や値段に合わせられる。
土地や住宅、着用している衣服や食料品に至るまで、ありとあらゆるものの価値が空気の香りを作り出し、そしてそれが街の雰囲気を生み出す。
ならばこの池田山という場所に流れる空気は異様だ。
緩やかな坂の上には薮や樹木が多く、都会で常時流れる喧騒の代わりに喧騒鳥の囀りが響くばかりだ。しかし完全に人の手が加わっていないわけではなく、低層マンションや豪邸といった多種多様な建物が広い敷地の中に一つずつ建っている。
自然と人工。両方の要素を併せ持った街の空気は、奢侈品だけではなく値段の高い生活必需品の影響もあって華やかで優しい香りがした。
丘の上に『樋下』の標識が小さく付いた大きな屋敷がある。
門の中に白と黒の二色で構成された巨大な家屋があり、残りの敷地は全て庭になっている。芝生の上に車や人が通るための道が作られ、いくつもの針葉樹が壁に沿って聳え立って屋内を守っている。
「皆さん、今日は本当に有り難うございます」
屋敷の中の応接間で、丸い盆を持った愛花は丁寧に頭を下げた。
リビングと別に備え付けられているこの場には最低限のものしか無い。長く低いテーブルとは対照的に大きい低反発の椅子。そこに颯太を含めた公安第五課の面々が座っている。
一人ずつヘッドホンの付いたパソコンを起動し、9等分されたモニターに映る様々な景色に齧り付いている。隣のリビングや愛花の部屋だけではなく、広い庭園に至っては10個近いカメラが全てを捉えている。勿論、この部屋にも天井の角に2つある。
「もし宜しければ、こちらを召し上がってください」と盆の上に乗せていた深いガラス製の鉢をテーブルの中央に置く。
有り難うございます、と喜びながら入っている飴の封を開けて口に放り込む。
「やっぱ、こういう豪邸だと出るんだな」と颯太。
「何が?」隣の由姫は飴玉を口に含みながら訊く。
「幽霊」
幽霊。それが1ヶ月前から愛花を悩ませるものだった。
始まりは深夜、偶然目を覚ましてリビングで水分補給をしていた時のこと。部屋全体を囲む硝子窓の向こう側には庭園があって、照明が暗闇の中で芝生と通路を照らしている。
普段であればそこには誰もいない筈だった。だがそこには確かにいた。
目を凝らして見る。両親でも家政婦でもない。まさかと思い、外に出て直接眼前にする。いたのは、嘗て父のボディーガードをしていた男だった。現実とは思えず目を擦ると、男は消えていたため、ただ寝ぼけて幻を見たのだろうと解釈した。
しかしこれで終わりではなかった。
登校のために丘を下っていた際、今度は道中で女が立ち塞がった。彼女もまた、父親のボディーガードを担当していたらしい。
じっと見つめられて硬直してしまい、何も考えられなくなってしまう。正常に思考ができるようになった時には、もう女は消えていたそうだ。
ただの偶然にしては出来が良すぎるし、そもそもこんな偶然が起こる筈は無いのだ。
何故なら、嘗てボディーガードをしていた人間は、5人全員が死んでいるからだ。全員が相次いで事故や病気で急死してしまった。彼等の葬儀に愛花自身も参列したため間違い無い。
死人が自分の前に立て続けに現れる。
こんな怪奇現象を一体誰が解決してくれるのか分からず、とりあえずは警察に行ってみたが、当然のように退けられてしまった。
しかし感じている恐怖は本物で、考えるだけで体が震え夜も眠れないことを必死に訴えると、組織内で窓際部署との呼び声高いところへと回された。
それが公安第五課だった、というわけだ。
すると離れたところから扉が開く音が聞こえてきた。
スリッパか何かを履いているためか、若干の硬さを帯びた足跡が鳴っていて、愛花達のいる部屋に徐々に近付いて来る。
部屋の中に入って来たのは、幅の広いスーツに身を包み眼鏡をかけた男性だった。ポマードで整えられた黒髪の下にある表情筋は、今後も口角を上げそうにない。
服装と纏っている重たい空気だけでも、この人物が何なのかを表すのに最適に思える。
「おかえりなさいませ」と愛花が丁寧に頭を下げる。
そこに表れるのは礼儀正しさというより、父──樋下
「今日は早かったですね」
「シャワーを浴びに来ただけだ。またすぐに戻る」
立ち去ろうとする寸前、孝蔵はポケットの中から一本のコードを取り出した。三又の先が全て異なるコネクターの、白くて長い充電コードだった。
「もしかしたら充電したくなるだろうから、渡しておきなさい」と愛花に渡した後、すぐに自室がある上階へと階段を登って行った。
愛花は颯太達の方を振り向き「すみません。皆さんにご挨拶もせず」と頭を下げる。
しかし、挨拶を一切せずに去って行った態度への憤りより、寧ろ多少の気遣いを見せてくれたことへの驚きの方が、彼等の中で大きく上回っていた。
現にこの家の中で唯一、孝蔵の自室は監視カメラの設置が許されなかった。勿論、会社の経営者という立場にあって誰にも見られたくないものがあることは重々承知していたが、それにしても酷い言い回しをしながら拒否する姿勢だったため、既に両者の間に亀裂が生じていたのである。
そのため、今の一連の行動は事情を知っている者にとって複雑怪奇他ならないものだった。
とはいえそのことを正直に言ったのでは、愛花のフォローにはならない。
別のところに彼の態度の原因を擦りつけることに決めた。
「今忙しい時期だからな。仕方ねぇよ」
颯太の言う通り、孝蔵が社長を務めているHINOSHITAは、これまでに無い程の繁忙期を迎えていた。数年の月日をかけて開発したH-WATCHの発売を10月に控えたためである。
大々的に広告を打ち、他社との提携を結んだキャンペーンも行っている。特定の店舗で購入すれば特典が得られ、搭載された決済機能を使えば期間限定で購入金額の数パーセントがポイントとして還元される。
それを情報番組やニュースサイトが取り上げたことで、元々の注目度に火がついて抽選予約が殺到した。
「ですよね〜」と由姫は左の手首を恍惚とした目で見つめている。
そこには報道や週刊誌でいつも見る、黒い小さなスクリーンの上下からピンク色の帯が伸びた端末がある。
正真正銘のH-WATCHだ。SNS上のキャンペーンに当選し、通常よりも2ヶ月弱早く手にすることができたのだという。
届いてから今日まで機嫌が良く衝突が少なくなったため、颯太としてはHINOSHITAの一連の活動には頭が上がらない。
「まず、幽霊なんているんですかね。こういう広いお屋敷だったら、失礼な話、出てもおかしくはないですけど」
閑話休題。
浩介が言う。
「いるのかどうかは分からないですけど、樋下さんがお困りなことに変わりはないですからねぇ。どうにかしないと」
洋平が答える。
「大丈夫ですよ樋下さん。原因は私達が必ず解明しますから」
愛花をじっと見つめる由姫の口から放たれる言葉は、質量を保ちながらも真っ直ぐと伸びて愛花の胸にぶつかる。
先程の浮かれた様子からここまで切り替えられるのは、流石としか言いようがない。
「有り難うございます!」
すると礼を言った愛花の目線は部屋の奥に注がれる。
この一連のやり取りに一切参加せず、壁の方を見つめるその背中に影を落としている。
「まさか梶本さんも来てくださるなんて、本当に嬉しいです!」
優司は背を向けた状態を頑なに保つ。
いつも面倒に思っている人の家に半ば強制的に連れて来られたことに対する不満を、きっと全面に押し出しているのだろう。
それを見せないようにしているのは、彼女を傷付けないための配慮のためなのか、それとも単純に彼女の顔を見たくないからなのか、誰にも分別がつかずに想像するしかなかった。
「帰りたい」
「おい。そんなこと言うんじゃねぇよ」と颯太が突っ込む。
「……ごめん外の空気吸ってくる」
千鳥足で室外に出る優司の後に颯太が続く。
少し離れた場所で二人は向かい合った。優司の目は光を吸収して黒く沈むような色をしていて、垂らした頭の正面から出る息は全てに溜め息が混じっている。
「そんなに気落とすなよ。今日だけの辛抱だから」
「いや、『だけ』って何だよ、『だけ』って。僕はなるべく彼女と一緒にはいたくないんだよ。大学で会うのだけでも精一杯なのに、何でこんな……」
早口で文句を付けていた優司の言葉は最後に失速して消えた。
「ていうか、樋下さんがいるだなんて話は聞いてないし。聞いていたら絶対来なかった」
「元はお前が『何でも良い』とか言うからいけねぇんだろ。オッケー出す前に詳細訊かなかったお前が悪い」
「そりゃぁ、そうだけど……」
颯太の言葉に優司は何も反論ができない。
「それに、今回色々調べたら、ゲルダム団が殺害したこの家のボディーガード達のことが分かるかもしれないだろ」
既に故人となり、幽霊として再びこの世に現れたボディーガード達は当初は全員が事故死とされており、愛花は今でもその認識のままで遺された者としての生活を営んでいる。
だが実際には、ゲルダム団が用意した所謂殺し屋によって殺害されていたことが判明した。そのことを突き止め颯太達が実際に対したのだが、真相を聞き出す前に彼女は急死した。
ゲルダム団との直接対決に動いていた公安第五課にとっては、被疑者死亡で送検されるだけの事件に最早過ぎなかったが、ボディーガードを雇っていた側の愛花がやって来たことは何かの前触れなのではないかと、喜んで協力を申し出たというのが、一連の裏で流れていたことだ。
勿論、優司はこのことに理解を示しているし、寧ろ彼にとっても好都合ではあった。
ショッカーが表向きの組織として立ち上げていた野宮ホールディングスは、2年前に急遽HINOSHITAに買収された。野宮ホールディングスが培ってきたロボット製造の技術を自社製品に活かす、という名目だったが、どうにも引っ掛かりを覚えた。
その引っ掛かりというのは、形状や根本の部分を言葉で説明できるような代物ではなくて、それを言語化するために必要なものは視界に無かった。だがそれでも今自分の体に触れていることは確かで、一刻も早く解く必要があったのだから、そのためにも颯太の誘いに乗ることは必須だった。
「梶本さん、大丈夫ですか〜?」
無意識のうちに諸悪の根源となった女性が現れた。
使命に燃えていることは確かだが、苦手な人間への拒否反応という本能にはどうしても逆らえなかった。
近付いて来る愛花。
上手く話せないであろう優司に代わり、颯太が応対を試みる。
「ごめんね樋下さん。コイツ、ちょっと調子悪くなっちゃったらしくてさ」
「えぇ⁉︎ 大丈夫ですか〜。何処かでお休みします?」
「いや、大丈夫……。ちょっと、そろそろ帰ろうかなと……」
体調不良を盾にする優司を、そこまでしてここから逃げたいのか、と颯太は呆れるわけではなく不思議と同情をしながら見つめる。
気怠そうに目の焦点を合わせず会話している姿は、理知的な雰囲気を自然と漂わせながら生きている普段のものと全く違っていて、新鮮で却って面白い。
「寂しいな〜。もう少しいてくださると嬉しいんだけどなぁ〜」
「本当にすみません……」
「美味しいご飯とかご用意しますし」
「いらないです……」
「凄くふかふかのベッドもご用意しますし」
「本当に結構です……」
「梶本さんがお好きなVtuberのグッズもいっぱいあるのに……」
優司の口が止まった。目は光を吸収することをやめ、徐々に反射をし始める。
ここで一気に止めをさすためか、愛花は笑顔を絶やさずに口を開いて勧誘を試みた。
「梶本さんの影響で私も興味を持ったんです。もし宜しければ、いくつか差し上げましょうか?」
「……もう少しいます」
颯太は思わず見開いてしまう。
優司自身もかなり抵抗しただろうが、苦手な者といる苦しみよりも好きなものがあるという喜びが遥かに勝った結果だ。これに何も文句を言うことはできないだろうと颯太は悟った。
お前はよく頑張ったよ。
そう声をかけてやりたかったが、愛花がいる手前それを飲み込んで、
────────────
掛け時計の短針が「9」から少しずつ離れ、そして「10」に近付いて行く。
何時間経ってもこの場の全員がやることは変わらず、只管モニターの中で太陽が沈む様子とその後を眺めるのみだ。
職務の真っ只中とはいえ、空気の色が変わり灯りが点くだけの景色を見る単純作業は、徐々に集中力を蝕んでいった。
水や紅茶をゆっくりと嗜み、孝蔵が渡したケーブルを使ってPフォンだけでなく自前のスマートフォンをも充電する始末。そこに一切の緊張も存在しない。
するとモニターから目線を逸らした洋平が、目の前に座る浩介に話しかけた。
「ずっと気になっていたんだけどさ、壱宮君が使っているような新型のガジェットって、本当に軍事利用のために作られたのかな?」
「今更何言っているんですか? 梶本さんが最初に使っていたやつも、元々そのために作られたんだし、新型がいきなり別の目的で作られるわけないでしょ」
「……それもそうか」
直感から浮かんだ疑問を脳内から拭い去り、再び緩く業務に戻る。
何の話ですか? と不思議そうに訊いた愛花に対しては、こちら側の話です、と由姫は濁して答える。
内輪の話に興味を持たれると面倒くさくなると感じたのか、由姫は違う話題を振った。
「どうして梶本さんが気になったんですか?」
「え⁉︎ どうしたんですか急に?」
「いや、何となく気になって。頭が良さそうだったからとか、顔がタイプだったからとかですか?」
「それもありますけど……」
若干頬を赤くしながら、瓶のように口を守って言葉を紡いでいく。
その様子は今間に合わせのために作られたものではなく、きっとこの家で日常を送る中で作り上げられたものなのだろう。
「私の父は子供の時からあんな感じで、母も離婚してしまいましたから、ずっと一人でいたんです。それに、子供の頃から父の後を継ぐ者という風にしか見られていませんでしたから、外でも人と関わることが難しくて……。大学に入っても同じような感じだったんです。
けど、梶本さんと壱宮さんだけはそういうことを全く気にせずに接してくれた。一人の人間として尊重して、何気無く話しかけてくれた。それがとても嬉しかったんです。
この気持ちがお友達に対するものなのか、それともそういうことなのかはまだ分からないですけど、どちらにしても大切にしたいなって……」
「因みに、壱宮君は?」
「私ああいう感じの人が苦手なので……」
話すと本当に良い人なんですけど、と愛花は付け加える。
確かにそうですね、と由姫は微笑んで話を続ける。
「じゃあ何でも話せる感じですかね?」
刹那、愛花の表情が固くなった。
えぇ、まぁ、と返事もぎこちないものに変わる。
水のように流れていた言葉は栓をされたためか一気に止まり、そのまま滞った状態を保つ。
これ以上何も言わないようにした由姫だったが、愛花の態度に抱いた違和感を決して捨てること無く時間を過ごした。
その時、腕に巻かれたH-WATCHが若干光った気がした。
────────────
陽はもう既に落ち、照明の白い光が黒い空の下にある巨大な庭園を照らしている。
優司と颯太は元の体を来客用の部屋にあるベッドに残し、いつ
だが待機して30分強経っても一向に現れない。風に芝がざわめいて木々が揺れるだけだ。
そのため最初こそ緊張をしていたのだが、段々と気持ちが緩んで雑談に花を咲かせる始末。テスト範囲や執筆、恋愛のことまで一通り語り、そろそろネタも無くなって退屈になり始めた。
すると、颯太が前方に何かを見つけた。
優司も同じ方向を見ると、そこには黒い空間に場違いな白い布に全身を包んだ男──ラシャが気付かぬうちに立っていた。
「お前、何でここに──」
「まぁ待て。君達が見たいのはこれだろう?」
颯太の発言を遮ったラシャの右手には、ガジェットが握られている。
モーブ*1の下地にフォーン*2で無数の腕が描かれていて、『L06』『ZOMBIE』と白く印字されている。
それを腹部にあるドライバーに静かに装填する。
『L:
そして表面を両手でかざすように押し込んだ。
「変身」
『変身シークエンスを開始します』
白い体が黒い空の中に隠れて、再度変色したとしても景色の中に同化してしまっている。
照明の光で辛うじて照らされる姿は、皮膚が
『ZOMBIE』
すると完成したゾンビユーザーの体から黒い粒子が放出されて4つの影を作り出す。
照らし出された彼等の顔は、誰も彼もが死体のように白くて、まるで生者の気色を感じない。
その顔に見覚えがあったが、すぐには脳の中で結びつかなかった。
だがそれが打ち合わせで何度も見た死人のものであると思いついた時、彼等は現状の一切が理解できなくなった。
幽霊が現れた。殺害された筈のボディーガード達が、殺害を依頼したであろう人間の中から飛び出して来た。
非現実的で、あり得ないことが起こったのだ。
しかし息を整えて再度状況を整理すれば、一切の不思議は無くなった。
これは超常現象の類でも何でもない。科学的に作られた、ただのカラクリなのだ。
ゾンビを原型としている形態なのであれば、死者を甦らせることなど雑作でもないのではないか。
だとしたら、もし愛花の前に現れたボディーガードというのも、ラシャ──ゾンビユーザーが呼び出したものだとしたら──。
「樋下愛花さんの前に死んだボディーガードを召喚したのはどうしてですか? 後、彼等を殺すよう命令したのは?」と優司。
「詳しくは言えないが、彼等も彼女も
「ふざけんな。そんなこと絶対させねぇからな」颯太が抵抗を見せる。
「そうか。では、まずは君達から消すことにしようか」
死者は再び分解されると、深い闇の中に消えていくつもの形を作る。
出来上がった戦闘員達はナイフを持って二人に照準を合わせる。白く照らされていても見えづらく、軍事利用の際には暗殺に使われることになるのだろうなと妄想を膨らませた。
「見せてもらおうか。君がもらった新しいドライバーの性能を」
どうしてそれを? と聞き返そうとはしたが、そんな猶予が無いことを優司は承知していた。
やって来たガジェットを掴んでドライバーに装填し、勢い任せに表面を叩いた。
「「変身!」」
『『変身シークエンスを開始します』』
リモデル キリンストレートフォームから、ブートレグ ニューホッパーフォームの方へ視線を移したゾンビユーザーは、何かに安堵を覚えたように見えた。
初めて見る彼の佇まいに、二人は何処か見覚えを感じたが、考察する余裕も与えないよう戦闘員達が迫って来た。
ブートレグは誰かの目に留めることを度外視した速度で動き、瞬時に敵を倒す。
相手に対策のしようは一切無いため、数を減らしてくだけの単純な流れ作業を繰り返すのみだ。
リモデルも敵の攻撃が動かない高さにある体の四肢を動かし、自由自在な動きで相手を消す。
相棒より速度は遅いが、その威力の高さによって着実に一人ずつ蹴散らしていく。
「しかし、多くねぇか?」
愚痴をこぼしたリモデルに、「確かに」とブートレグも同調する。
ほんの少しの間にかなりの人数は減った。
だがそれでも半分くらいだろうか。このままのペースで只管戦うことは、この体を動かしている元の肉体の脳とって相当厳しいかもしれない。
だとすれば今、一掃する方法を考えるしか無い。
二人は一旦動きを止めると、別のガジェットを手の中に持つ。
ブートレグが持つのは『04』『WASP』と書かれた、嘗て使用していた旧型のもので、リモデルはいつも使用している銀色のガジェットを握っている。
ドライバーの中のガジェットを取り出すと、手の中のそれを入れ替わるように装填した。
『Primitive:
『L:
再度ドライバーに触れると、ブートレグの両手には長い日本刀がそれぞれ装備され、リモデルの両腕両脚が変形する。
背中の剣をリモデルが抜き取って装備したことで、計4本の刃が光に照らされて白く光る。きっとこれが、二人を取り囲む者達が見る最後の光だ。
一気にけりを付けようと、刀の柄でドライバーを操作。
ブートレグは先のように再び自慢の走力で姿を消し、リモデルもゆっくりと浮上して足を動かすこと無く移動を開始する。
『SPECIAL WEAPON FINISH』
『KIRIN × SWORD FINISH』
視認できない相手によって上半身と下半身が綺麗に分けられ、浮く相手によって首が次々と撥ねられていく。
その動きには一切無駄が無く、何かが切られていく際の無惨な跡や感触も存在しない。対象の急所を確実に把握して二つに分ける一連の動作は「切る」というよりも「捌く」に近い。
そうして捌かれた者達は次々と崩れ落ちていき、二人が動きを止めた時には痕跡も残っていなかった。
「後はお前だけだな」リモデルは言う。
相手の手の内は今のところ、死者(あるいは思い浮かべた人物全般)を実体化させるということしか分かっていない。そのため、迂闊に攻撃を仕掛けることは危ないと経験則から判断できる。
とはいえ何もせずにいることは、却って身を滅ぼすことに繋がりかねない。一切の対策を講じずに止まっていることは、戦場においては死を意味する。
だから今はただじっと相手の一挙手一投足を眺めて把握するのだ。相手が何をするか、何がしたいか、何を考えているのか──。攻撃は最大の防御であるが、それは瞬時の観察によって成り立つのだと、二人は短い期間で互いに学んだ。
だが、ゾンビユーザーが静かに笑い出したことは、二人にとって想定外のことだった。
何がおかしい、とブートレグが訊くと、小音ながら静かな庭の中に響いた笑いを止めて、ゾンビユーザーは語り出す。
「君達は一つ、勘違いをしている節がある。今ここで私を倒せば、樋下愛花への脅迫が
ここでようやく、二人の頭の中に経験則に対する補足が浮上した。
確かに、目の前の相手を観察し策を練って行動に移すことは最適解だ。しかしそれでは、自分の目線や意識は前方に全て集中してしまう。もし周囲の異変があったとしてもそれに気が付かず、結果として適切なプロセスを辿りながらも失敗に終わる可能性が高い。
そのため、視界に映る敵の全てを予測しながら、いかに周囲に気を配れるかが勝敗を握る。だから決して一点に意識を集中させるべきではない。
そして二人はこれまでの戦いで致命的な失敗を犯していた。
目の前にいる敵の大群に気を取られ、その他のことに考えを巡らせなかった。愛花のことは由姫達が守ってくれると過信していた。
一気に背筋から熱が引いていく気がした。
刹那、この戦いにおいてどちらが優勢なのかを二人は悟った。
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ショッカーが現れ、もしかすればこちら側にも危険が迫るかもしれないと、応接間で三人はモニターに目を配りながら準備をする。
支給されたテーザー銃はユーザーに向けて発砲することを前提としているため、欧米諸国の警察が使用しているものの何倍もの高圧電流が流れるようになっている。もし対象外である人間に撃てばどうなるのか、大方想像はつくが具体的なことは考えないように無意識に心がけていた。
外のざわめきに目の前の愛花は不穏を察する。
大丈夫ですよ、と由姫はなるべく優しい表情で声をかける。頭の中を空にして感覚を研ぎ澄ませながらも、絶対に彼女を不安に陥れないようにする一種の配慮だ。
──敵を襲え。
空にした頭の中に誰のものか分別もつかない声が響いた。
気のせいか、敵が現れたことによる本能的なものか、それすらも分からない。
そのためテーザー銃を仕舞い込んで、再度モニターに意識を集中させる。
──敵を襲え。
再び聞こえた声に意識を向けると、耳を傾けていると認められたためか、何度も何度も反復される。
元々真っ白だった頭の中を、次々と誰かが都合の良いように塗り替えていって、自分が手を出す隙も与えてくれない。
──敵を襲え。
落ち着け。
敵は今、外で壱宮君と梶本さんが戦っている。
──敵を襲え。
敵。
敵は今、外。
─敵を襲え。
敵は誰? そうだ、敵は。
──敵を襲え。
──敵を襲え。
──敵を襲え。
敵は。
──敵を襲え。
──敵を襲え。
──敵を襲え。
──敵を襲え。
──敵を襲え。
──敵を襲え。
掛け時計が10時を指した。何かのクラシック曲をベースにした音楽が流れる。
もうこの家に来て何時間が経っただろうか。ようやく動いた状況に、浩介と洋平は不謹慎ながら何処か嬉しく思ってしまう。
ボーン、と長針が指す数字の分だけ音が鳴る。
1回、2回、3回──。
由姫はゆっくりと立ち上がった。何の気も無い行為だと、誰も一切気にしない。
しかし直立不動の状態を保っていると、流石に気になって愛花は「どうされました?」と優しく声をかける。
──敵を襲え。
掛け時計が10回音を鳴らし終えた。
暫しの静寂の中で、由姫の頭の中は混濁としながらも一つの考えが明瞭に浮かんでいた。
──そうだ、敵はコイツだ。
音の余韻が残る中で、由姫は右手を愛花に向ける。
中でぎゅっと握られているのは他の何でもない、先程用意していたテーザー銃だ。
「……え?」
この場で覚えるべき感情の用意もできない状態の愛花に対して、由姫は人差し指を銃口をかけた。
【裏話・余談】
劇中に登場した矢野顕子さんのアルバムは『東京は夜の7時』というものです。
『WATER WAYS FLOW BACKWARD AGAIN』が個人的には好きです。
【参考】
仮面ライダー the second一文字隼人
(ISBN978-4-253-17220-2, 秋田書店, 石ノ森章太郎 著, 2013年)
【決定版】東京の高級住宅街、富裕層が好むブランドエリアとは|クラフト
(https://craftdesign.tokyo/column/25895/)
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