GGOでは他のVRMMORPGにて俗に言う「パーティ」、「ギルド」といった概念は存在しない。これは以前述べたようにゲーム内通貨を現実世界に換金できる「リアルマネートレーディング」によって報酬の独占を目論むプレイヤーが多数を占めているためである。とは言え余りにも強大な魔物や単独では攻略不可能なクエストでは徒党を組んで報酬の山分けという形を取ることもある。その裏で攻略達成後の裏切り行為も横行するなど健全なゲーム環境とはとても呼べない問題を抱えていた。当然初心者のプレイヤーからは非難の声が上がってはいるものの、より現実味があるとガンマニアからの声が圧倒的に多く運営も黙認している。かくして仲間との共闘という確立されたシステムを廃し、他に類を見ない『隣人との駆け引き』が繰り広げられる、それがここGGOという世界の『
地獄洞は荒野フィールドの北西エリアである岩盤地帯に存在する。特に目立った地域ではなく装備の加工品の採取も非効率な為ここを訪れるプレイヤーは滅多にいない。そのエリアに100を超える数のバギーが向かっていた。シノンとヴァッシュもその中の1組。既に乗り慣れたボロボロのバギーで荒野を走るが性能の差か、前をゆく先頭集団からは随分と引き離されてしまっていた。
スピードを上げるようヴァッシュがせがむが只でさえオンボロのバギーに整地性の悪いエリアのため、気づけば周囲には自分達以外のバギーは1台も見当たらなかった。
「そんなに焦らなくてもいいわよ。どうせすぐに姿を現すわけでもないし、出たところですぐに討伐なんか出来ないんだから。」
「いや・・うん・・そうだよね。」
肩を落とすヴァッシュに声を掛けるシノンではあったが返ってきたのは何とも気のない返事だった。問題はそこではないのだと受け取ったシノンはまたこの男がよからぬ事を考えているのだろうと思いつつハンドルを握る力を強めた。
・・・・・・・・・・・・・・・
地獄洞への入り口は確認されているものだけで18カ所も存在する。いずれも目撃情報にあった岩窟龍の巨体が通るだけのスペースがあり獲物がどこから顔を出すかは誰にも予想できない。ただ直径にして約100mはあるであろうその洞窟への入り口は足を踏み入れる者を丸呑みにしそうな不気味な雰囲気を漂わせていた。
先のグループの失敗は視界の悪い洞窟にわざわざ立ち入ったことであると指摘したその他のバギー集団は各々にヤマを張った入り口前で待機し静かにその時が来るのを待ち続ける。日の光が届かぬ地獄洞に身を潜め、かつ昨日の深夜帯にその姿を目撃されている事から獲物は恐らく夜行性、なれば今のうちに陣形・トラップを配置しようとそれぞれのグループが束の間の緊張を解いたその時であった。
地の底より湧き上がるような震動、そして体の芯を貫くような低く重い嘶き。姿を見せずともそれが獲物であると分かった。各エリアのグループはすかさず銃器を洞窟入り口に向ける。各方面に散っているとはいえ、それでも数十名が待ち構える。迂闊に姿を現せばいかなる魔物であれ集中砲火の餌食となるであろう。だがその場にいたプレイヤー達は二つの思い違いをしていた。それは岩窟龍の棲み処が『地獄洞内である』という思い違い。そして岩窟龍が姿を現すのが地獄洞の入り口からという思い違いを。あるエリアにて構えていたグループの地表が一層震えたかと思った瞬間、マグマの噴火の如き勢いで地表よりその巨体が姿を現した。真下にいたグループはバギーごと天高く突き上げられるとそのまま地表に激突。投げ出されたプレイヤーも落下の衝撃で次々にこと切れていく。
天高く突き上げられた岩の塊は約100mの巨体をドミノ倒しのようにそのまま地面へと傾けていくと多数のプレイヤーを巻き込みつつその身を地表に委ねた。その着地の衝撃だけで風に舞うように飛んで行くバギー。そしてバラバラになった四肢がいくつも空高く散っていく。モニターを使わずとも全てのエリアのプレイヤー達はその姿を、その惨劇を肉眼で捉えていた。現場に向かっていたバギーのフロントガラスにはバギーの破片に交じって頭部や脚部など欠損した人の躯が雨のように降り注いでくる。これらの惨状を見ても尚突き進むのは勇気か無謀か、はたまた己が欲か。あるグループのバギーのサイドミラーには人の耳がぶら下がり、飛んできた頭部を射的さながらにと撃ち落とす。正に狂気の光景である。その様子をモニター越しに見届けたシノンは先の少年たちにこのような惨状を見せずに済んで良かったと安堵するがその隣で下唇を噛み締めるヴァッシュを気遣い顔に出すことはせず代わりに力強くアクセルを踏んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・
その姿はまさに山の如し。その重厚で堅牢な外殻はまさに岩窟龍という名に相応しい。様々な鉱石で形成された鎧は不揃いに隆起しており、歩を進めるだけで他者を寄せ付けないほどの圧倒的、暴力的なまでの存在感を放っていた。目の当たりにしたプレイヤーは銃を構えることも足を踏み出すことも出来ぬまま歩を進めただけの存在に蹂躙されていく。
単純な進行速度で見れば先日の暴走列車には遠く及ばないが生物ゆえの不規則な行動、地中に潜行するほどの適応力を備えており、銃弾はおろか砲弾ですらまるでダメージを与えることができない。エリアに集結した者達もこの怪物にどう抗えばよいのか皆目見当もつけられなかった。
とその時、2台のバギーが目標に向かっていく。どこの自殺願望者だと望遠鏡を覗いたプレイヤーは揃って声を上げる。そのバギーに見えた姿に各々見覚えがあったのだ、いやこのGGOで『彼ら』を知らぬ者はいない。2台のバギーから飛び降りた二つの影は砂塵渦巻き、岩盤が飛び交う空間を縫うように駆け抜けていく。その動きを見たプレイヤーは確信を得た言葉を口にした。
「間違いねぇ!あの動き・・闇風とペイルライダーだ!!」
闇風と呼ばれたプレイヤーは黒のマントとゴーグルを掛けた男性で足を取られるほどの砂地でありながら猛スピードで飛来する岩石を躱しながら目標へと駆けていく。その速度は駆け抜けた際に舞い上がる砂塵にその身が隠れるほどのものである。
一方のペイルライダーは黒のヘルメットで頭部を覆っているため性別は不明。さらに青がかった迷彩服と奇抜な格好をしているが飛び交う岩石をまるでサーカスの曲芸のように飛び移っていく。
両名ともGGOにおいてトッププレイヤーと呼ばれるほどの実力の持ち主であり先のアクションからもその片鱗が見て取れる。近づくことすら容易ではないこの状況でいとも容易く目標に接近しつつあった。その動きに連携が取れていないところを見ると共闘ではない。我先に獲物を仕留めんと向かっていく。
だがそれを見届けるプレイヤー達には共通の疑念があった。確かに両名とも常軌を逸した機動を誇っているがその手に持つ銃は火力に長けているとは呼べない。GGOのステータスでは機動性を高める事の代償として重火器を装備できないデメリットが存在する。当たらなければ問題はないという理屈は叶っているがその為に火力を疎かにしているようでは本末転倒である。一時機動性が高いプレイヤーが絶対有利であるというデマに踊らされ多数のプレイヤーが機動型に特化したが上記の理由から大成することができずに苦汁を舐める結果となった。ましてや今回の獲物は堅牢な鉱石で全身を覆っている超巨大生物。近づくことは出来てもダメージを当てることはできないであろうと大方は予想した。
その大方の予想に反して岩窟龍は手痛い反撃を受ける事になる。まず闇風だがその機動力を生かして懐に飛び込んだがあろうことか目標の顔正面にてキャリコを構える。対魔物戦において正面からの銃撃は愚策とされている。魔物にも
猛り狂った目標は頭を突き刺すように闇風へと迫る。それを猛牛をいなす闘牛士のように側面に回り込むと再びの追撃を浴びせる。この戦い方こそが闇風がGGOプレイヤー間において『ラン&ガンの鬼』と呼ばれる所以であった。
同じ頃岩窟龍の甲殻に取りついたペイルライダーは何かを探し求めるように甲殻部の周囲を見回る。やがてあるポイントで足を止めると手に持ったアーマライトAR17を甲殻に向け撃ち放った。闇風の動きに翻弄されていた目標は再び首を激しく揺さぶり苦痛に喘ぐように上体を起こす。ペイルライダーが探していたのは鉱石によって形成されている甲殻の内側。つまり皮膚に当たる部分をピンポイントで銃撃していたのだ。その不揃いな外殻から脆い点があると予測したペイルライダー自身の特化したアクロバットスキルと合わさればこその戦術であるが、その効果は覿面。一層激しく身を揺らしながら暴れる目標には明らかなダメージが見て取れた。その様子を見た他のプレイヤーは堰を切ったように目標に大挙して押し寄せる。ここに来て加勢に向かう理由は一つしかない。魔物の撃退報酬はトドメの一撃を刺した者にのみ与えられる。どんなに致命傷を与えようともその一撃を与えられなければ報酬はないのだ。闇風とペイルライダーにより攻略の糸口を掴んだ集団は我先にトドメを刺さんと先程まで動かすことができなかった手と足を前に進める。瞬く間に現場は敵味方分かれての激しい銃撃戦の様相と化した。
ようやく現場付近まで到達したシノンは望遠モードで状況を確認する。モニター中継で見た通り闇風とペイルライダー両名の活躍により目標撃破は近いことは予想された。取り巻きのハイエナに関しては自分の知るところではないが生死に拘るこの男であれば無為には出来ないのだろう、そう考えながら通常モードに視野を戻したシノンはしまったと顔に手をやる。そして今度からは首に縄でも結び付けておくべきかと真剣に考えた。そう、シノンの隣にいたはずの男はまたもや風のようにその姿を消していたのである。
「そろそろトドメと行くか・・!」
闇風がさらに速力を上げて再び岩窟龍の正面に回り込むと携行していたプラズマグレネードを目標の口内に向けて放った。着弾地点で爆発を起こすその投擲武器の威力はまさに必殺の一撃。周囲のハイエナプレイヤーから悲嘆の声が響き、ペイルライダーもその前にトドメと銃口を皮膚に突き立てる。そして宙を舞うグレネードが闇風と目標の間に差しかかったその時、金属を叩いた、いや擦ったような音が響く。それが二度、三度、そして四度と続く。その音の正体はその場にいた全員が分からなかった。ただその音がする間の僅かな時間の中で闇風が放ったグレネードがその音と共に横に軌道を変えながら逸れていく、そんな錯覚を見たことだけは共通の認識として残っていた。
次の瞬間にグレネードは空中にて爆発、その衝撃で着弾点の近くにいた闇風はダメージこそ受けなかったものの大きくバランスを崩し転倒、岩窟龍は爆風を多少浴びたもののさしたるダメージは負っていない。一体何が起こったのかと一同が見守る中、甲殻部に取りついていたペイルライダーが突如姿勢を崩す。皮膚に突き立てることでバランスを保っていたAR17の砲身に強い衝撃が走ったためである。不意に起こった事態にたまらず甲殻よりその身を投げ出されたペイルライダーであったが持ち前のアクロバットにより無傷で地表に降り立つことに成功する。グレネードが軌道を逸れ空中爆発、そしてペイルライダーの落下。闇風とペイルライダーは互いの身に起きたことを理解するとその目を同じ場所へとやった。その200m先の高台にて真紅のコートを靡かせ、金色の髪を天高く突き立て、その右手には白銀の
プラズマグレネードが放られた直後に『4回』軌道を変えたのはヴァッシュの放った銃弾が起爆させることなくグレネードを『
闇風とペイルライダーの視線に釣られて多数のプレイヤーがヴァッシュを見据える。シリンダーをオープンし装填を完了した男は銃を構えた右腕を高々と掲げながら高らかに叫んだ。
「俺の名はぁ・・ヴァ~~ッシュ・ザ・スタンピードォォ!!残念だがその獲物は貴様らにはくれてやらん!!手柄は全部俺様のものだぁ~ッ!!」
その名乗りを聞いた全てのプレイヤーは呆気に取られる。暫く考えた直後に「只の馬鹿」という結論に達すると罵倒の声と共に銃を向ける。それらを前にしてもヴァッシュはなお叫ぶ。
「手柄が欲しけりゃまずは俺をやってからにするんだな、この腰抜け共!!皆かかってきな、殺戮ショーの始まりだっ!!」
その啖呵に一斉にプレイヤー達はヴァッシュへと迫っていく。それを見届けたヴァッシュは180度体を回すとスタコラと逃げ始める、去り際にシノンに何かを訴えるような目配せをしながら。
シノンはヴァッシュの行動が理解できなかった。あの男の腕を持ってすればいかに闇風とペイルライダーといえども撃破できるはず。それどころか岩窟龍を単独で倒すことも十分可能だろう。先の行動はプレイヤーを助けただけでははない。岩窟龍をも救ったのだ。これはゲームだと説明をした。死んだ者も現実世界では生きているとも。それでも死の光景に悲しみ、あまつさえ皆で討たんとする獲物にまで手を差し伸べるなどと。正義の味方を気取るにはあまりにも頓着が無さすぎる。馬鹿げている。そう分かっているシノンだったが、いつの間にかヘカートを構えているのは何故なのかは分からなかった。ヴァッシュの考えに賛同したわけではない。しかしもしここで漁夫の利を狙って自分が岩窟龍を仕留めればあの少年たちに二度と顔向けは出来ない、シノンはそう思った。照準器を覗くと座したまま動かぬ闇風、砲身を確認するペイルライダーの姿が見えたが両名とも再び岩窟龍を襲おうという気配はなかった。2人なりにヴァッシュの真意を理解したのか、シノンと同じくプライドが許さなかったのか。やがて岩窟龍はその身を地中深くに沈めていく。その様子をシノン、闇風、ペイルライダーの3人は静かに見届けた。姿を消す前の嘶きはどこか優しくまるで感謝を告げているようにも聞こえた。この声があの男にも届いているのだろうかとシノンはふと空を見上げるのであった。
「テメ~っ!この野郎!ぶっ殺してやる!!」
「待ちやがれ、テメ~っ!!」
「きゃああぁぁ!!シノンちゃん助けてぇぇぇっ!!」
・・・・・・・・・・・・・・・
手に取ったカップのコーヒーは常温。ゆっくりと口に運び一息をつく。昨日に比べれば幾らか今日はマシと言いたいが連日の騒動にサーバー内の混乱は過去にないほど拡大していた。そんな状況の中において『ザスカー』社内は明日に控えた大型アップデートの作業に追われていた。スタッフが額に汗を浮かべながら活動する傍らで運営責任者の男は喫煙室にて一服をつける。そこにはもう一人スタッフリーダーの男性。喫煙室は大事な話をするのに適していると誰かが言ったが2名も入れば手狭なこの空間はなるほど正にその通りである。
「また現れましたね、ヴァッシュ・ザ・スタンピード。」
「ああ。ご親切に自分から憎まれ役を買って出てくれるとはな。」
運営責任者の男はくくくと腹を抱えて笑い出す。しかしスタッフリーダーの男性は心中穏やかではなかった。
「こんな状態で明日のアップデートでこの男に賞金をかけたら大変なことになりますよ?」
「構わないだろう、むしろ一層盛り上がると言うものだ。」
しばし何かを考えた男は煙草を咥えたまま天井を見上げる。煙草の灰をじりじりと口元に迫らせていると注意が入る。ようやく男は煙草を灰皿に押し当てると口を開いた。
「よし、決めた。」
「・・何をですか?」
「あの男の賞金だよ。1億から100億にする。」
「なっ!?ひゃ・・100億!!?」
狭い個室の喫煙席でスタッフリーダーが上げた声に思わず耳を塞ぐ。
「うるさいな。」
「す、すみません・・。しかし100億クレジットだと現金で1億ですよ、1億!?」
「誰も現金とは言ってないだろう。ゲーム内通貨限定という形だよ。」
さすがに現金にして1億というわけにはいかないが100億クレジットもあれば最新鋭の装備や設備を購入しても尚有り余る大金。それらを用いて稼ぎの効率が上がる事を考えればプレイヤーにとっては現金100万よりも遥かに魅力的であると言える。
「・・分かりました、そのようにします。では。」
またスタッフに無理を強いることになると聞こえぬ愚痴を漏らしながらスタッフリーダーの男は喫煙室を出ていく。一人静かになった室内で運営責任者の男は新たに煙草を取り出し火をつけた。
「明日からは大忙しだよ、ヴァッシュ・ザ・スタンピード君。」
NEXT bullet