トライガンゲイル・オンライン   作:ばうむくうへん

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bullet 13 Happiness which is here now

朝7時の通学路を歩いていると、思わず出た欠伸を慌てて右手で隠し、涙がにじんだ両目をハンカチでそっと拭う。大通りに出る前だったので周りに人が少ない事に詩乃はほっとした。昨日に比べれば定刻通りの登校であるにも関わらず、寝不足なのはある理由があったためである。

 

昨日、夕刻過ぎにログインしたGGO内で岩窟龍討伐に赴いてから3時間が経過していた。夕飯時でもあったのでそろそろ退出しようとログアウトを試みたシノンであったがパネルにはエラー表記の文字。何故なのかと考えたが理由は一つしかなかった。啖呵を切って飛び出したもののその後怒れるプレイヤー達から追い回されているあの箒頭の男が近くにいなかったためである。荒野の中を身一つで駆け回りバギー集団に追いかけられているのだ、到底無事では済まないだろう。そう考えながらもやはりバギーのハンドルを握って男が駆けて行ったエリアに向かわせている自分がいる。結局荒野を逃げ回っていたヴァッシュを発見するまでにさらに4時間近くを要し、ログアウトする頃には日付が変わろうとしていたのだ。その後例の如くヴァッシュの着替えや就寝時の拘束も相まってベッドに横になる頃には深夜1時を過ぎていた。

 

 

「まったく・・!」

 

思い返すと段々腹が立ってきたことに思わず不満を漏らす。知らぬ間に早足になっていることに気付かず横断歩道で人混みを抜けながら詩乃は学校へと歩を進めていった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

室内は静まり返っていた。時折外から聞こえる小鳥の囀りや何か布をバンバンと叩く音が聞こえてくる。詩乃がアパートを出て行ってから30分。布団で簀巻きにされていたヴァッシュはするりと脱出に成功する。かつて幾度となく強盗事件に巻き込まれその度に人質として縛りあげられていた経験からプロ顔負けの縄抜けの技術を会得した彼にとっては造作もないことである。誰もいない室内で顎に右手を当てて一人得意顔を浮かべながら日課となっているトレーニングを始める。実は昨日も早々に抜け出しては朝のトレーニングの時間を設けていたのだ。ギシギシと音を立てる室内で下の階の住人が怪訝な顔を浮かべていることなど露知らず、黙々と汗を流すこと3時間。時計の針が10時30分を迎える頃に過程を終えたヴァッシュはベランダの扉を開け、自身の熱気で籠った部屋にさわやかな風を流し込む。シャワーで汗を流すとさも当然のように冷蔵庫にあった牛乳をパックから直接飲み干す。昨日夕刻の帰りの際に詩乃が買いだした食材を冷蔵庫に詰め込んでいるのを知っていたためである。

 

一息ついたところで玄関ではなくベランダへとその足を向ける。詩乃が頑なに拒否した外出という禁を既に破ってはいるのだが彼女自身に迷惑をかける訳にはいかないと人目につかないよう外出するためだ。そっと1階の路地裏に降り立ったヴァッシュがほっとしたのも束の間、目の前に座していた野良犬がけたたましい鳴声を上げると一目散にその場から逃げ去る。詩乃のアパート周辺で野良犬に追いかけられる外人がいたと噂が立つのはそれから暫くしてのことである。

 

「ぜぇ・・!ぜぇ・・!なんちゅー目に遭うんだよ、まったく・・。」

 

ようやく追手を撒いたヴァッシュは湯島天神へと足を運んでいた。季節は9月の下旬と受験シーズンとは縁遠い時期ということもあり参拝客は疎らであるが、昨日遠巻きに見えた独特の雰囲気にヴァッシュは目を泳がせた。それは一般の参拝客からすれば初めて神社を訪れる外人が物珍しく見ているのだなと映るがヴァッシュの心境はそれとは別にあった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

かつて自分が幼かった頃、(シップ)の中で地球の東洋に神様を祀った施設があると1人の女性から聞かされていた。名は『レム・セイブレム』。ヴァッシュにとっての母親のような存在であり、また人類の母ともいうべき人物。

 

「ねぇ、レム。神様ってどこにいるの?」

 

幼いヴァッシュは目に見える、聞こえる物全てが新鮮だった。神様が祀られている施設があると聞いて『神様』という存在がなんなのか無性に気になったのでレムに問うた。

 

「ん~・・、神様っていうのはね、いるものじゃないの。たくさんの人から認められたり、称えられたり、そういうのがたくさん集まって神様になるのよ。」

 

暫く考えたレムはヴァッシュの目を見て応える。そのレムの応えが何かの謎かけなのだろうかとヴァッシュは頭を抱えて悩む。その様子を微笑みながら見つめるレムに幼いヴァッシュは自分なりの答えを出した。

 

「それじゃあ『ボクら』にとってはレムが神様だね!」

 

一瞬目を丸くしたレムだったがいつもの表情で両手でヴァッシュを抱きしめた。その温もりがとても心地よかった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

今にして思うと当時の自分の答えがあまりに子供らしく気恥ずかしい気持ちになるヴァッシュであったがその気持ちは今でも変わっていない。いつまでも、そういつまでも。

 

境内へと足を進めると何やらコインを箱に投げ入れ両手を合わせる人々が見える。両の手を合わせることは気持ちを込める事と誰に教わることもなく知っていたヴァッシュは自分もと思って本殿へと向かうがあいにくとコインの類を持ち合わせてはいなかった。そんな様子を見かねてか一組の老夫婦が声を掛けてきた。孫の受験の祈願に来たと話すが内容を理解できないヴァッシュは申し訳なさそうに頭に手をやる。手渡された五円玉を賽銭箱に放ると二度、両手を打ち合せて頭を下げる。見様見真似であったが祈る気持ちは自分だけのものであった。

 

(この世界に生きるすべての命にどうか幸せを・・・)

 

学問の神が祀られる神社でこんな願いをするのはこの男くらいのものだろうか。途中思い返したようにヴァッシュは願いを一つ追加した。

 

(シノンちゃんの受験とかいうのが上手くいきますように・・・)

 

実に健気な願いではあるが朝田詩乃は現在高校一年生。受験は本年度の初期に早々に終えている。そんな事とは知らずに満足げにその場を後にするヴァッシュであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

放課後、その日の詩乃は『真っ直ぐ』学校を後にしていた。本来なら『いつものように』遠藤ら女子生徒からの嫌がらせがあるのだがどこか難しい顔をしながらこちらを見てくるだけで特段何かをしてくる様子はなかった。よほど昨日のヴァッシュの対応に面食らったのだろう、どこか気分が晴れやかになっていた詩乃はいつの間にか鼻歌を交えながら帰り道を歩く。すると後ろから自分を呼び止める声に足を止めた。振り返るとそこには唾の付いた帽子と柔和な顔立ちが特徴の少年が立っていた。

 

「こんにちわ、朝田さん。今帰りなの?」

「新川君・・こんにちわ。ええ、そうなの。」

 

新川と呼ばれた少年は立ち話もなんだからと近くのファミレスで話をしようと持ちかけた。今日は時間もあるので詩乃は快く応じる。

 

 

「最近ログインしていないみたいだけど勉強、大変なの?」

「・・・まぁね。今追い込み中ってところかな。」

 

 

互いに注文したアイスコーヒーを口にやりながら交わすのは新川少年の近況について。彼は総合病院のオーナーを父に持っており将来は父と同じく医師を志しているという立派な若者である。現在はとある事情から自宅学習へと切り替えているが、以前詩乃が見せてもらった模試の結果では成績優良でありその道への障害はさほど心配はないと思われている。そんな品行方正な新川少年と朝田詩乃が交流を持つキッカケとなったもの、それがGGOである。新川少年が図書館で銃の書物を読む詩乃に声を掛けたことで詩乃はGGOの世界に身を投じることになったのだ。

 

「朝田さんの方こそ最近GGOの調子は?キラーオブキラーのランク下がってるみたいだけど?」

「え・・あ、うん。ちょっと色々忙しくて。」

 

新川少年のいう『キラーオブキラー』とはGGO内においてプレイヤー撃破数、つまり何人プレイヤーを殺したかというランキングである。穏やかではないタイトルではあるが隣人との駆け引きが常のGGOでは己の力量の誇示はそのまま自衛にも繋がる。もっとも却って敵を増やす事にも繋がりかねないがそれはプレイヤーの『強さ』を直接的に表現したものであり、そのランキング上位に入賞することを夢見るプレイヤーは数多い。シノンがトッププレイヤーと呼ばれる所以は初めてわずか数か月でランク入りしたほどの実力を備えているからである。女性プレイヤーであること、稀有な存在の狙撃手タイプであることを差し引いても彼女が注目されるにはこうした理由があった。

 

「昨日は岩窟龍討伐クエストに追われてて・・ね。そんな暇なかったのよ。」

「掲示板で見たよ。プレイヤー同士で乱闘騒ぎになったんだったね。てっきりそれに乗じてスコア上げてるかと思ったのに。」

「・・・そんな言い方やめてよ。」

 

楽しい雑談が詩乃の低い言葉で急に途切れる。詩乃もはっとした顔で取り繕うが新川少年は驚きを隠せなかった。彼女のあんなに怒りのこもった声を聞いたことはそれまでなかったものだから。

 

「ごめんない・・。ついカッとなっちゃって・・。でも私そういうのに乗じてっていうのは・・。」

「ぼ、僕の方こそゴメン!無神経だったよ、ホントにゴメン!」

 

互いに深々と頭を下げる。やがてほとぼりが冷めると詩乃から話題を切り出す。

 

「そういえば、今日の深夜だったよね、アップデート。」

「そ、そうだね!また例の如くアップデートの内容は非公開らしいけど。」

 

本日深夜にはGGOの定期アップデートが実施される。日時は指定されているものの肝心な内容は一切開示されない。これも実際にプレイしてのお楽しみという運営の意図が見られる。大方の予想では決闘の介添人制度の廃止や一部フィールドモンスターの調整といったところであるが、やはり実際に体験しないことには分からない。

 

「最近はシュピーゲルとクエスト回ってないし今度行きましょうよ。」

「でも僕デマに騙されてアジリティ特化にしちゃってるからね・・。シノンの足を引っ張っちゃうよ。」

 

シュピーゲルとは新川少年のGGO内アバター名である。本人の口から漏らしていたように機動力特化型のステータスらしいがその事に不満を持っているのかクエストの誘いにも乗り気ではないようだ。新川少年はその苛立ちを紛らわせたいのか、詩乃に別の話を切り出した。

 

「ところで朝田さん、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「ええ、なにかしら?」

「昨日一緒にいた金髪の人って・・どういう関係なの?」

 

急に血の気が引いた気がした。実際今の自分の表情はそうなのだろう。グラスのストローを手に持ったまま詩乃は硬直したままだった。確認するように自分の名を呼ぶ新川少年の声に我に返った詩乃であったがどう返答すればいいのか分からない。

 

「え、ええと・・新川君。ど、どこでそれを?」

「たまたま裏通りから二人が歩いてくるのが見えてさ・・。その、気になっちゃって。」

 

遠藤たちとの現場は見られていないのかと考えるがそれなら寧ろ言い訳が立つ。人通りの少ない場所から男女が出てくる所を見られたとなるとあらぬ誤解をされかねない。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!アイツと私は別にそんな関係じゃ・・!」

 

店内に響き渡るほどの声を上げる詩乃に新川少年を含め、店内中の視線が集まる。思わず立ち上がってしまった姿勢を顔を赤らめながら下ろしていく。グラスに残ったコーヒーを一気に飲み干すと、二、三呼吸を整えてから改めて弁解する。あの男は遠縁の親戚であると言う事。たまたま来日しており、暫く湯島近辺に滞在する事。そして裏通りから出てきたのは地理に疎い男が迷い込んでしまい、自分が見つけ出したと言う事を。弁解という名の虚言であるが本当のことなど話せる訳がない。あの男は異世界からの来訪者でGGOに来て、さらにログアウトしても現実世界にまで付いてくるなど医者の息子である新川少年にこんな事を話せばさぞや腕のいい心療内科医を紹介してくれることだろう。

 

「あ、アタシ、用事があるんだった!それじゃまたGGOで会おうね、新川君!」

 

コーヒー代金をテーブル席に置くと足早に詩乃は店を後にする。あからさまに怪しい行動であることを自覚してはいたがこれ以上ボロを出す前にさっさと退散してしまいたかったのである。一人残された新川少年はグラスに映る自分の顔を見ながら歪んだ表情を覗かせていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

夕日が陰るとやや涼しくなった気温にヴァッシュは大きく息を吸い込んで吐く。ここ文京区湯島は決して緑豊かな土地ではない。しかし草木一つない砂漠の星で長年過ごしてきた彼にとってはとても居心地が良かった。ジオプラントでもないのに数々の植物が生い茂り、街ゆく人々の表情も殺伐としたものではなく実に朗らか。小型の端末を片手に歩く人々も多く高度な技術も備えていることが窺える。なにより裕福な土地であるにも関わらずそこには『プラント』がなかったのである。それはとても素晴らしいことなのだ、プラントが『仲間』が疲弊することなく人間たちが豊かに暮らしていける環境が作り上げられていることは。こんなにも喜ばしい事なのに何故かヴァッシュの胸には寂しさがあった。『仲間』がいない寂しさではない。先程の街頭モニターで見えたどこかの地域で起こっている紛争、それが本当に悲しかった。こんなにも恵まれているのに、こんなにも暖かな世界なのに。目からこぼれる涙を夕日から照らされる明かりがやけに眩しいとヴァッシュは誤魔化した。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

扉を開ける前に部屋の鍵がかかっているのを確認する。今日は大人しく部屋で待っていたのかと確認した詩乃は右手に持ったドーナツが入った箱に目をやる。昨日の礼も兼ねてこれぐらいはいいだろうと扉を開く。

 

「・・ただいま。」

「あ、おかえり~シノンちゃん。」

 

ピョンピョンと跳ねながら簀巻き状態のヴァッシュが顔を覗かせる。思わずただいまと口にした詩乃であったがおかえりと返してくれる人が待っている事になんとも言えない気持ちになる。以前遠藤たちが無断で部屋を占拠していた時ですらそんな言葉は返ってこなかった。

 

「今日は大人しく待ってたみたいね。し、しょうがないからドーナツ買ってきたわよ。」

「わーお、ドーナツゥ!?食べる食べる~、シノンちゃんありがと~!」

 

まるで餌をもらえる子犬のようにはしゃぐ姿に笑みがこぼれるがその時インターフォンを鳴らす音が響く。咄嗟にヴァッシュを部屋のクローゼットに閉じ込めると、平静を装い扉を開く。顔を覗かせたのはアパートの管理人だった。

 

「朝田詩乃さんのお宅ですよね?昨日、今日と朝方から騒音の苦情が来てますよ?」

「え、ええ・・!?そ、そうですか・・。すみません、以後気を付けます。」

「それと不審人物が付近で目撃されてるようなのでお気を付けくださいね。」

「ふ、不審人物・・ですか?」

「なんでも金髪の外人なんですが全力疾走でこの辺りを駆けまわってたそうです、野良犬に追われながら。」

「・・十分気をつけます・・。」

 

口頭で注意を受けた詩乃は管理人を見送った後で静かに部屋へと戻ると、そのままゆっくりとクローゼットの戸を開いた。

そこには目を泳がせながら縮こまる男が一人。

 

「アンタ・・またやったわね?」

「ナンノコトデショウカ?」

 

わざとらしい片言で誤魔化す男に詩乃はある制裁を加えた。目の前に突き出したドーナツを一つずつヴァッシュの目の前で食べ始める。途端にヴァッシュが白状を始めた。

 

「スイマセン!勝手に縄抜けしました!部屋でトレーニングしました!勝手に牛乳一気飲みしました!野良犬に追っかけられましたぁ!だからドーナツ、ドーナツだけはぁぁ!」

「牛乳の件は今聞いたから却下。」

「のぉぉぉぉぉっ!!?」

 

こうして最後の一つまで目の前で平らげられるとヴァッシュの意識はもはや消えかけていた。してやったりの詩乃ではあったが流石に食べ過ぎたと本日のGGOログインは見合わせることに決めた。仮想世界に満腹状態でログインすることは消化を司る脳の機能が正常に作動せず、推奨されていない。少し意地になり過ぎたことを反省しながら改めて牛乳を買い付けに詩乃は外出していく。その部屋には魂の抜けかけた男が1人残されたままだった。

 

「ドー・・ナツ・・。」

 

 

『ヴァッシュ・ザ・スタンピード 賞金首認定アップデートまで残り9時間』

 

 




次回いよいよ賞金首認定のヴァッシュがGGOの世界に飛び込む。
面倒くさくなること間違いなし。
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