人間の三大欲求を知っているだろうか。一般的には『食欲、睡眠欲、性欲』の3つが挙げらえる。個人様々であるがこれらの点は老若男女共通として当てはめることができる。
しかし三大欲求には別の見解がある。前述に対するは『金銭欲、権力・名誉欲、性欲』の3つである。穿った見方かもしれないがこの見解に対して多くの者が男性を思い浮かべるのではないだろうか。たった3つの欲だけで人物像が形成できて、あるいはされてしまう。そう考えれば世の男性とはいかに単純な生き物ではあるとは思えないだろうか。
銃声のあった方へ向かったシノンだったが、通りにて人だかりが出来ているのを見て足を止める。人波をかき分けて覗くとそこにはハチの巣と化した建屋であった。一体どれだけの斉射を浴びせればこれほどまでの状態になるのだろうか。辛うじて原型を留めているが物悲しくキィキィと音を立てている戸の音がなんとも寂しい。すると中の様子を窺いに行った数名のプレイヤーが気絶しているプレイヤーを数名連れてくる。その光景を見たプレイヤーは一様に驚きの声を上げる。GGOもといVRMMORPGにおいて気を失うということは即ち死に等しい。特にアミュスフィアは装着者の肉体的異常を検知すると強制ログアウトする機構を持っているため、気絶となれば即座にログアウトされてもおかしくはない。にも関わらず未だログインしたままの状態である理由が倒れるプレイヤーを見たシノンには分かった。
気絶しているにも関わらずその表情は実に穏やか、まるで眠っているようである。ステータスを見ても体力を示すゲージはミリとも減っていない。睡眠薬でも使ったのだろうか、だがしかし原型を留めぬほど破壊されつくされた建屋に武装した男数名に睡眠薬を仕込むことなどまず不可能。これらを踏まえてシノンが考え付いた先は気絶に等しい衝撃を脳が障害と認識せずに意識だけを静かに刈り取ったということである。
そんなことができる者といえばと思考を巡らせるシノンではあったが建屋に落ちていた丸められた紙を広げると納得する。
「あのバカ・・!一体何やってるのよ・・!?」
そう口にしながら再び通りを駆け抜ける。あれをやったのは十中八九ヴァッシュだろう。だがあの銃弾の雨は彼の仕業ではない。あの男が建屋がハチの巣になるほどの『無駄弾』を撃つとは到底思えない。とすればヴァッシュ一人に対し複数名による襲撃があったということだ。昨日の報復としては些か物騒すぎる。街中でこんな銃撃戦を繰り広げるなど前代未聞。瞬く間にプレイヤー間では街中で銃撃戦が展開されている情報が飛び交い、アップデート当日ということも相まって緊張は急速に高められていった。
・・・・・
酒場奥のプライベートルームの一室にて床に音を鳴らすは排莢された一つの薬莢。一度、二度地面を跳ねたそれはコロコロと部屋隅に転がると壁を小突き停止する。それに込められた弾が撃ち抜いたのは天井に飾られる豪華なシャンデリアであった。
イクスは一瞬何が起きたのか分からなかった。完全に虚をついていた、銃を置いていたのはこのプライベートルーム。あえて露出した衣服だったのは色香とともに丸腰であるという安心感を与える為。招いた室内では特殊なアロマを焚いており僅かな火薬の匂いですら完全にかき消す。さらにアルコールを摂取させて目を閉じさせるなど何重にも策を講じていた、そうでなければ昨日のクエストで闇風のグレネードを弾き、ペイルライダーの持つ銃のみを狙撃する神業を見せたこの男に隙はないと思っていたから。しかし完全に不意をついていた一撃は虚しくも外れる。何故男の額に向けていた銃口が天を向いているのか、イクスはこの刹那の間で考えた。
あの時額に押し付けていた銃口は最早必殺の瞬間であった。男が逃れようと身を引いても押し付けた銃口がそれに追随し引き金を引くだけなのだから。だが引き金を引こうとしたイクスの右腕には重みが加わっていた。あろうことか目の前にいたこの男は突きつけられた銃口に『逆に』自身の頭を押し付けにいったのだ。やや前傾姿勢となりヒールのかかとが若干浮いていたイクスは掛けられた圧力を踏ん張りきれずに後退、咄嗟に引いた引き金も既にバランスを崩しかち上げられた右腕からであった。そのままテーブル席に寄りかかり転倒したイクスではあったが伊達にトッププレイヤーと呼ばれているわけではない。すぐに態勢を整え、男を発砲しようとするがまたも腕に重みが走る。構えた腕に何かが降ってきたのだ。それは二本目として棚から取り出していたワインボトル。偶然なのか狙ったものかは定かではないが転倒したテーブル席から舞い上がったボトルが銃身を直撃、予期せぬ角度からの衝撃で右手を挫いた彼女は堪らずに銃を手放してしまう。すぐさま左手で銃を拾い上げようとした彼女であったが、視線を上げた先には白銀に輝く
小さく溜息を吐くとイクスはゆっくりと両手をあげる。挫いた右手は痛覚のないゲーム内においても青白く変色していた。
「・・参ったわね。まさかあんな馬鹿げた防ぎ方をするなんて・・ね。」
先程とは違い自虐的な笑みを浮かべる彼女にヴァッシュは何も語らない。構えた腕と視線は微動だにしていなかった。観念したイクスはゆっくりと目を閉じ考える。これまで同じように色香を使い何人ものプレイヤーを屠ってきた。その報いが来たのだと。だが目を瞑ってから暫くしても銃声は響かない。ふと自身の右手に何かが触れているのを感じたイクスはゆっくりとその目を開いた。
「動かないでね。もうちょっとで終わるから。」
そこに見えたのは自身の挫いた右手に添え木を当てて応急処置を施す男の姿であった。慣れた手つきでテーブルにあったナプキンを手首に巻きつけていく。
「はい、これでお終い。」
右手を見ると実に鮮やかな手際であることが分かる。もっとも捻挫による肉体的変化はこのゲーム内においてはない。それをこの男が知らないのかは分からないが今しがた自分を殺そうとした相手に何故そのような真似ができるのか、イクスにはその事の方が余程理解できなかった。
「・・ワインご馳走様。美味しかったよ。」
言うなり男は背を向けると部屋を後にしようとする。イクスは左手に持っていた銃を静かにその背に向けた。なんて隙だらけなのだろうか、この狭い室内そしてこの距離。もはや外すことはない。ゆっくりと引き金に力を込めるがやがて力なく銃を下ろした。助けてもらった恩義を感じていたから・・などというセンチメンタルだけではない。男は未だにその右手にある銃のトリガーに『指がかかっている』。それだけでイクスは銃を放つ意味はないと理解していた。
ドアノブに手をかけたヴァッシュはふとその手を止める。何かが来る、そう感じた瞬間イクスに向かって駆けるとその身を抱いた。イクスも何が起こったか分からないが次の瞬間、轟音と共に木造建ての酒場が木片と化すほどの衝撃が襲っていた。
一瞬にして崩れ去った酒場を前にグループの男が高笑いを上げる。今しがた投げ込んだプラズマグレネードは容易に仕事を終わらせてくれた、笑いが止まらない。何故ヴァッシュの位置が知られていたのか、思い返せば先の人目に付かない路地裏においても潜伏には一日の長があるヴァッシュをいとも容易く発見していた。それはグループ内において索敵スキルを徹底的に磨き上げ、都市エリアほぼ全域に渡りプレイヤーを探知できる者がいた為である。ステータスこそアンノウン扱いとなってはいるがその『存在』だけはあるヴァッシュも例外ではなかった。とはいえ先程は四方八方を包囲した状態であるにも拘らず逃げ延びた男に対し、手段を選んではいられなかった。酒場内にいた複数のプレイヤーキャラを巻き込んでの暴挙、しかし男を仕留めた暁には100万クレジットほど握らせればどいつも口を閉ざすだろうと考えた上での行動であった。
だが男の高笑いはすぐに止まることになる。探知していた男がパネルを確認していたがそこには複数のDEAD表記がされた中にヴァッシュ・ザ・スタンピードの名はなかったのだ。その報告を受けたグループリーダーの男が瓦礫と化した酒場に目をやると爆炎と煙が上がる中からゆらりと一つの影が見える。そこに現れしは正に炎に包まれる色と同じの真紅のコートを纏いその両手には意識はあるものの、重傷を負っているイクスの姿があった。
「出やがったな・・!」
そう言いながらも男達は構えていた銃を放つことはしなかった。ここにきて随分と慎重な判断である。だが実際は逆であった。背後に燃え盛る炎にて暗く陰ったその姿から覗かせる瞳は先ほどまで涙ながらに逃げ惑い、薄ら笑いを浮かべていた面差しなど一片たりとも感じさせなかったからである。
それは今しがた現場に辿り着いたシノンも感じていた。姿を見つけた時はすぐにでも張り倒そうと声を上げるつもりであったがその威圧に恐怖を覚えたのか、震える足と口を出すことが叶わずにいた。やがて周囲を見渡したヴァッシュはシノンの姿を確認するとゆっくりとその場に歩み寄る。銃口を合わせたままその姿を追いながらもグループの誰一人として撃つという選択肢はなかった。
「シノンちゃん・・。この人をお願いできるかな?」
「イクスさん・・!?ちょっと、何でこんな事に・・!?」
「頼む、シノン・・ッ!」
同じく女性プレイヤーとして親交のあった彼女の姿にヴァッシュに問いかけたシノンであったがヴァッシュの間断なきその言葉に圧倒され黙ったまま彼女の治癒を施す。幸いにして回復アイテムのストックはあったために大事はないと分かったヴァッシュはいつもの柔らかさを取り戻したものの次の瞬間にはその瞳は先ほどと変わらぬ威圧を秘めたままグループの男たちを見据えていた。
「い、いいか・・!?一斉に仕掛けるぞ・・!」
グループリーダーのその一声がなければ銃を構えたまま動かぬ彫像と化していたであろう他の面々は我に返るように構えなおす。ヴァッシュは炎に呑まれ消えて行った他のプレイヤー達の見えぬ亡骸をその炎の中に見つめると静かにサングラスを取り出し感情渦巻く瞳を隠すように身に着けた。その眼光が遮られたことに安堵したグループはじりじりとヴァッシュとの距離を詰めていく。状況は明らかにヴァッシュが不利。男の数は12名。背後には燃え盛る酒場、退路はない。いや寧ろ自らその場に戻ったのは流れ弾が他のプレイヤーに行かないようにするためなのか。イクスの治療を施しながらシノンはヴァッシュがこの窮地においてどう動くかそれだけを注視していた。元よりあの男がこんな輩に後れを取ることなど考えていない。ただこの状況でどんな『強さ』を見せてくれるのか、その期待感のみが少女の目を釘付けにしていた。
背後に燃える木片が音を立てて地に落ちた瞬間、グループリーダーの合図で一斉に男たちの指に力が入る。するとヴァッシュは何かを示すように右手人差し指を上に向けた。一瞬、ほんの一瞬だけそれに釣られて視線を上に寄越した男たちが再びその視線を戻した時には男の姿はそこにはなかった。バサっとコートの靡く音に目をやると男はいつの間に移動したのか男たちの輪の中心にその身を移している。条件反射で銃を向け合いトリガーを引いた時には既に遅し。グループリーダーの制止の声が届かぬまま放たれた銃弾は対向する仲間たちと撃ちあう結果となった。ヴァッシュはというと瞬間に身を屈めており一発も被弾していない。12名も相手取りながらこの男はホルダーから銃を抜くことすらしなかったのである。しかも全員息はある。それはシノンが想定していた以上の結果であった。だがしかしその場でただ一人動ける男がいた。先程互いの射線軸になっていることにいち早く気づき制止を試みたグループリーダーの男である。あの瞬間で即座に対応するなど中々の手練れであることを覗かせる、シノンもそれを感じ取っていた。手に持った銃をヴァッシュに構えると背を向けたままヴァッシュはまたしても右人差し指を空に向けた。
「二度も引っかかるかよ、このボケが!死ねやぁぁぁ!!」
怒号と共に男が引き金を引こうと瞬間、ゴツンと鈍い音が響き渡る。男の頭部にはワインボトルが綺麗に直撃していたのだ。そのままフラフラと大の字になって倒れ伏す男。ヴァッシュは遂に一度も銃を手にすることも無いままにこの場を収めたのであった。
「だから注意してあげたのに・・危ないよって。」
シノンの元へと駆け寄ったヴァッシュはサングラスを外しながらイクスの容体を訊ねる。その表情はいつものお人よしそのものである。
「・・大丈夫よ。体力が0でなければ死ぬことはないんだから。」
「そうか・・はぁぁ、良かったぁぁ・・。」
そう言いながら胸を撫で下ろすヴァッシュの姿からは先程まで覗かせていたあの眼光を放つものと同一人物なのかすら分からない。底知れぬヴァッシュの『強さ』にシノンは身震いを覚える。それは羨望と畏怖と様々な感情が混ざり合って体が示していた。
「ヴァ・・ヴァッシュ・・。」
「イクス!?良かった、気が付いたんだね!」
薄れかけた意識を取り戻したイクスは周囲を振り返ると何も聞かずとも状況を理解したのか、静かに微笑む。とヴァッシュが自身の前に取り出したのは二つのワイングラスと先程男の脳天に直撃したワインボトル。
「これは・・?」
「さすがイクスのビンテージワインだ。丈夫でいいボトルを使ってるね。」
そう聞いたイクスは高らかに声を上げて笑い出す。シノンも普段見せないイクスの表情に驚くが、これもまたあの男の影響なのだろうか、自分は蚊帳の外であることに若干の苛立ちはあったもののヴァッシュが用意していたもうひとつのグラスに注がれたワインを手に静かな祝杯を3人で上げるのであった。
「・・よっこらせっと!」
煤だらけの顔になりながらヴァッシュは炭と化した酒場を片付け終えると静かに手を合わせた。巻き添えを食らって犠牲になったプレイヤーに向けたものなのだろうか、かつて同じようにプレイヤー同士の抗争があった際も倒壊した建物は翌日には元に戻っていた、恐らく今回もそうであろう。故にヴァッシュが汗を流す努力は全て水泡に帰すものであるが、それを知っても知らずとも恐らくこの男は同じ行動を取るのだろう。その様子を見つめるシノンにイクスは一言呟く。
「・・いい男ね。」
「・・うん・・・・ってちょっと!?今のは違う、違うから!?」
してやったりとカラカラ笑うイクスと顔を赤くしながら頑なに否定するシノン。どんなやり取りがあったのか聞こえなかったがそんな二人の女性を微笑ましく見つめるヴァッシュなのであった。
・・・・・・・・・・・・・・・
モニターを見つめるスタッフリーダーの男は頭を抱えていた。やはり想像していた通りの事が起こってしまったことに。最初は様子見として脱着型の賞金首のリストを貼りだしたもののやはり独占欲に駆られた者達が暴走し、他プレイヤーを巻き込む事態となってしまったのだ。不幸中の幸いとして今回の暴動は岩窟龍クエストの横槍を入れたことに対する報復と受け取られていたのでそれ以上の拡散はなかったものの今日以降、同じような件が続発することは火を見るより明らかであった。
「・・だから言ったんだ・・!!100億クレジットなんて大金を懸けるなんて・・!」
頭を掻きむしりながら先日の運営責任者からの命令に恨み節を吐く。このままでは一人の男を巡ってGGOは倫理も秩序もないモノに成り下がってしまう。ただでさえレーティングに満たない子供がGGOをプレイしている事態に世間から非難の声が挙げられているというのに、このような事態が頻発すれば何らかの処分を受けかねない。
時計の針だけが静かに音を立てる中、スタッフリーダーの男は何かを思いついたのか、徐にキーボードを打ち始める。余程神経を込めていたのか、無意識に打ち込む内容を声に漏らしていた。
「・・・いつもご利用頂き誠にありがとうございます。この度、キラーオブキラー上位陣の皆様に是非ともお伝えしたい連絡が・・」
そしてヴァッシュ・ザ・スタンピードを取り巻く環境はこの日を境に一変していくことになる。
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トライガン色が強くなりましたがGGOのキャラもバンバン出してきます。
それともしかしたらキラーオブキラーのプレイヤーやBoBのヴァッシュの対戦相手とかアイディアを募集するかもです。その際は活動報告にてお知らせします!