人間は数字を気にする生き物である。何故なら数字は嘘を吐かない、最も結果を端的に表しているからだ。無論その数字を指標するのが人間であるのならば数字による結果は刻一刻と変化を続ける。
成果主義による競争社会において最早数字は世界と切り離せないものとなり人の優劣はいかに結果に伴う数字を得たかそれのみで社会的評価を見出される。
その為には継承すべき知識や技術を独占し後進の道を閉ざしていく。目には映らないが我々が日々送る日常も常に闘争の連鎖に組み込まれているのだ。
やや落ち着きを取り戻したものの都市部エリアは未だ混乱の状況にあった。アップデート初日にエリア内にて多数のプレイヤーが巻き添えになる暴動が発生したのだから無理もない。体力を回復したイクスの勧めもありヴァッシュとシノンは都市部より離れた山林フィールドに身を移していた。
「・・賞金首!?ヴァッシュが!?」
「ええ、そうよ。」
イクスからの話に声を上げるシノン。イクスはアップデート後間もない広場にて掲示されていたものを根こそぎ奪い取っていった輩を付けたところヴァッシュの首に100億クレジットもの大金が懸けられていることを知ったのだと言う、無論もはやその気はないと断った上で。
シノンが驚いたのは懸けられた金額もさることながらその事にあまり関心を持たないヴァッシュの様子が不思議であった。通貨単位の価値が分からない額でもないはずなのに何故そんなに落ち着いていられるのだろうか。と、イクスとシノンに運営からのメールを報せるアラームが鳴りひびく。互いに内容をチェックした2人は読み進める度に表情を変化させ最後には合わせる様にヴァッシュに顔を向ける。
「な、なに2人ともどうしたの?」
「・・イクスさん。もしかしてアナタも同じ内容の・・?」
「ええ・・まずいことになったわね。」
2人だけで話を進めることにむくれたヴァッシュは何を見たのかとシノンのパネルを覗きこむと見なければよかったとばかりに脱力した両手両膝を地面につけ頭を垂れる。
そこに記されていた運営からの内容はキラーオブキラーと呼ばれるプレイヤーキラー上位15名でヴァッシュ・ザ・スタンピードを抹殺した者に賞金100億クレジットを配当するとあった。イクスは今回の騒動に対し運営側がストッパーをかけたのだと直感していたがヴァッシュにとっての状況はさらに不利になったということもまた即座に理解していた。シノンも同様である。彼女自身『強さ』の探求として日夜プレイヤーキルに励んでいたが上位トップ陣との差は開くばかりである。闇風やペイルライダーらも含めた15名、いやイクスと自分を除いた13名がヴァッシュの命を今後狙ってくるのだ。無能な輩が大挙して押し寄せるよりも遥かに厄介なことになったのは言うまでもない。気落ちする2人の様子にあてられたのかヴァッシュは大きく溜息を吐きながらまたとんでもない連中から狙われるのかと愚痴を漏らす。
「また・・って、もしかして前の所でも賞金首だったの?」
「うん・・600億懸けられてた。」
600億という途方もない数字にシノンは冗談であると思いたかったがなまじこの男の力量を知っているだけにそうと受け取ることも出来ない。シノンよりヴァッシュが異世界からの来訪者であると告げられ一応の理解を示していたイクスも高額というにもおこがましい桁違いの懸賞金に目を見張った。
「600億って・・!?何そのデタラメな金額。街の一つでも吹っ飛ばした訳?」
そんな話を聞かされてシノンが何の意図もなくこのような質問をしたのは至極当然のことだと言える。だがシノンはその言葉の本質を理解していなかったことを直後に思い知ることになる。
「・・・・・・」
シノンの問いに無言のヴァッシュの顔には『何もなかった』。怒りも哀しみも喜びも。その無機質な表情にシノンは今しがた自分は何を言ったのか思い返すとハッとした様子で手を口にあてた。ヴァッシュがその表情を見せたのはほんの一瞬、いつものように愛想笑いをしながら頬を掻く仕草はいつもと変わらなかったがシノンにはそれが自分に気を遣わせていることを知ると堪らずにその場を後にしてしまう。イクスも察してかその背中を見送るだけに留めると少女に代わり頭を下げた。
「ごめんなさい、ヴァッシュ・・。あの子もそんなつもりじゃ・・。」
「いや、いいって!あからさまに顔に出しちゃった僕が悪かったんだし気にしないで。それよりシノンちゃんを追わないと。」
そう言い立ち上がるヴァッシュであったがイクスは静かに首を横に振る。自分で謝りに来るまで待っててほしいと告げると何も言わずにヴァッシュは腰を下ろした。
生い茂る草木をかき分けながら目的もないままにシノンは山林を進んでいく。咄嗟にあの場から逃げ出してしまった事に自身への怒りと反省を繰り返しながら手に絡む蔦を力任せに引きちぎる。そうして幾分か発散できたのか荒れた呼吸を整えながら傍にある岩に腰掛ける。蹲るように身を屈めながら改めて思い返す。自身が放った言葉に対しヴァッシュが見せたあの顔。今までに見せたことのない空っぽの顔。それが何を意味するのかは聞かずとも分かっていた。
「私・・なんてことを・・!」
顔を膝に埋めながら呟く。その命に600億という懸賞金を懸けられたのだ、その発端となった事象に全く思い当たらなかったはずがない。だがゲーム内においても決して他者の命を奪い失うことを良しとしない男がそのような事象を起こしたなど微塵も思わなかった。それを齢16の少女に察しろというのは酷な話である。普通の少女であれば彼女自身これほどまでに自己嫌悪に陥ることもなかったであろう。そう、普通であれば。
シノン・・朝田詩乃は普通の少女であった。幼い頃に父親が事故死、それに伴い母親の精神が逆行するという悲運に見舞われたがそれでも彼女はありふれた家庭にいる1人の少女として健やかに成長していった。彼女が11歳の頃、あの日を迎えるまでは。
ある日母親に連れられて郵便局へとやってきた少女は偶然にも強盗事件に巻き込まれてしまう。金銭を要求し興奮していた男は従業員に発砲、混乱を極める中で少女の胸には怯える母親を守るというたった一つの使命感だけが残されていた。全ては母親を守るため、それだけだった。
隙を見つけて銃を奪い取ることで無力化を図ろうとした。だが不意に引き金を引いてしまった銃弾は男の腹部に命中。倒れ伏した男だったが尚も起き上がり少女に迫る。この時既に少女の頭には母親を守るという使命感はどこにもなかった。ただ目の前の恐怖から逃れたい、取り除きたい。その思いは少女の握る銃を男に向けその引き金を引かせていた。幼い体躯に発砲の衝撃は負担がかかり右肩が激しく痛む。だが三度向かってくる男に対し少女の思考にあったただ一つの目的は別のモノへと切り替わっていた。
『守る』ことから『殺す』ことへと。
三度目の発砲による衝撃で右肩は脱臼し大きく体を逸らす。顔を上げた時にはもう迫りくる恐怖はなくなっていた。少女が気づいた時には目の前には額から血を流しピクリとも動かない強盗の男。滴る血が死してなお自分に敵意を向ける様に足元から染め上げていく。
守るはずだった。それだけで良かった。だが動かぬ男の姿を見て少女が感じたのは安堵であった。もう怖いヤツは動かない。怖い思いをしないで済む。そう考えた少女の口元は半月に歪み、その表情を見た母親は我が子に恐怖し、他の従業員も目の前で起こった惨劇に震えるばかりであった。
結果として正当防衛として処理された為に少女が刑事責任に問われることはなかった。だがまことしやかに噂される『殺人者』としての圧力は少女の環境を一変させる。それは地方出身である彼女が進学時に上京することになった理由の一つでもあった。
その後紆余曲折を経てこのGGOにやってきてからは過去のトラウマと向き合い、そして本当の『強さ』を得るためにプレイヤーを殺し続けてきた。もう二度と迷わない、囚われないために。
ゆっくりと頭を上げるシノン。時間にして5分ほどその場に蹲っていただろうか。そろそろ戻ろうとする彼女の目に赤い輝線が走る。瞬間シノンは体を横に捻るとその瞬間5つに連なったレーザー光が通り過ぎていく。
「・・敵!?」
狙撃を生業とする自身が逆に狙撃されるなど不覚と下唇を噛む。だが今しがた確認したレーザー光から敵は射程の短いレーザータイプの銃を使用していると判断した少女は
レーザータイプの銃は実弾タイプの銃と比較しても弾速の遅さ、威力、射程共に劣るなどマイナス面が目立つために玄人のプレイヤーにはほぼ使用している者はいない。だがメリットとして遮断物をある程度無視できることやレーザーである為に
待つ、ということに関してはシノンは自分より右に出る者はいないと自負する。狙撃手に必要なのはスナイピング技術だけではない。確実に相手を仕留める瞬間まで決して動かず揺るがぬ忍耐力が必要になる。かつて一人の強者を倒すために2時間以上その場から動かずに照準器を覗きこみ隙を窺ったことがあるシノンにとってはこの程度の持久戦など苦にもならない。次弾の発射地点を見極めるべく視界を複眼モードに切り替えた。これにより範囲は狭いものの正面より約320度を見渡せることが可能になったシノンは音を立てぬように構えると好機が訪れるのを待った。
しかしまたしても背部に衝撃が走るとダメージよりも予期せぬ攻撃に動揺する。この時シノンには二つの疑問があった。
一つ、茂みの中に姿を隠しているにも関わらず何故的確にこちらの位置が把握されたのか。
二つ、約320度に渡る視界の外から被弾したということ。
こちらの位置がばれているのかとすぐさま場所を移動したが構えた地点で再び背後からの狙撃を受ける。ダメージは軽微ではあるが決して体力値が高いとは言えないシノンにとってこのまま銃撃を受け続けることは確実に死を意味していた。
狙撃手である自身が狙撃されるなど彼女にとっても初めての体験である。自分に狙われていたプレイヤーは皆このような気持ちだったのだろうか、気を紛らわせるわけではなかったが視線を移しながらそんなことを考えてみる。
だがシノンは銃撃を受ける度に逆に冷静さを取り戻していった。ただ闇雲に場所を移したのではない。『ある事』を確認するために移動を続け被弾した際の射角を計算していた。そして幾度目かの射撃を受けその確認は確信へと変わる。
「次がアンタの最期よ・・!」
小さなしかし強い闘志を込めた声を呟くと視界を望遠モードに切り替えたシノンは上空を見上げる。地上より約100mほどの地点でわずかに光ったのは1枚のレンズ、それはレーザー偏向をする為に必要なものなのだが何故上空高くに設置されていたのか。
レーザー偏向のレンズは複数枚存在し、それぞれ任意の位置からレーザーを歪曲することが可能である。だがこのレンズにはもう一つの働きがあった。それは射手がレーザーポイントを割り出すためにそのレンズ自体にカメラが搭載されている事。射撃手はレンズを衛星として活用することでシノンの位置を割り出していたのだ。しかしこのタネが分かっただけでは射手からの死角からの狙撃は防げない。だがシノンはこれまでの被弾から茂みに隠されている残りのレンズの位置、そこから逆算しての射撃の起点となるポイントを割り出していた。生い茂る草木を薙ぎ払うようにヘカートを振るったシノンは導き出したポイントで銃身を止めると照準器を覗くことなくトリガーを引いた。完璧に割り出されたポイントにもはや照準器など必要なかった。トリガーを引いてコンマ1秒にも満たない瞬間に下半身をヘカートの銃撃によって吹き飛ばされたのか、敵プレイヤーの胴体のみが茂みから姿を現した。
ゆっくりと胴体があるポイントに向かったシノンはそこで辛うじて息のあるプレイヤーの姿をようやく目にする。それはGGOキラーオブキラー第11位にあるオールレンジシューターの異名を持つ『ハニカム』であった。
「ここにアンタがいるってことは・・狙いはヴァッシュね?」
「・・参ったぜ・・レンズを張ってから仕掛けようとしたらお前がコチラに向かってくるんだからよ。」
ハニカムにとってもシノンが単身で来たのは予想外だったそうだ。確かに時間をかけてレンズを張り巡らされていたら今よりも危険な状況に陥ったことだろう。ヘカートを下ろしたシノンは腰にあるグロックを抜くと静かに銃口をハニカムに向ける。
「へへ・・最終的には自分が仕留めるためにお前もイクスもアイツにすり寄ってんのか?女ってのはこわ・・」
その言葉を聞き入れないままシノンは引き金を引く、その瞬間の彼女の口はいつかと同じように半月に歪んでいた。
・・・・・・・・・・
ヴァッシュとイクスは一向に戻らないシノンを流石に心配して彼女が去っていった道を歩く。幸いにして足跡や乱雑に草木をかき分けた痕跡が残っていたのでその後を追うことには苦労はしなかった。
「シノンちゃん、どこまでいったんだろうね?」
「そんなに遠くへは行ってないはずなのだけれど・・。」
すると奥の方から草木をかき分ける音が響く。ヴァッシュはイクスに下がるように命じると腰に構える銃を手に掛けた。
「ちょっと撃たないでよね?私よ、私。」
そう声に出しながらシノンが茂みの中から姿を現すと安堵の表情でそれを迎える2人。ヴァッシュと向き直ったシノンは頭を下に向けながら言葉を選ぶように話しかける。
「うぁ・・その・・さっきはゴメン。変なこと言っちゃって・・。」
「・・・・全然気にしてないよ、おかえりシノンちゃん。」
向けられたその笑顔に安心したシノンはようやく肩の力を抜くことができた。だが同時に緊張感も高める。ヴァッシュ抹殺指令が配信されてからまだ1時間に満たないにも関わらず訪れた襲撃。今後もいつ何時に刺客が現れるかは定かではない。
シノンは決意を固める。この男ヴァッシュ・ザ・スタンピードを守り抜く事を。そして・・・・
(ヴァッシュは私が・・・『殺す』。)
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