トライガンゲイル・オンライン   作:ばうむくうへん

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bullet 17 Attack on both flanks

照りつける日差しは容赦なくヴァッシュとシノンに襲いかかってきていた。ここはGGO砂漠エリア。見渡す限りが砂地となっているこのエリアは所々に数十m級の砂丘が点在しており、指定のクエストがない限りは誰も好んでこの地に踏み入れようとはしない。にも関わらずこの地を2人が徒歩で行くのはある目的があった。

 

シノンとしてはできるだけ追手からの奇襲を避ける目的があった。このような見晴らしがよくなおかつこの環境の悪さであればおいそれと敵も仕掛けては来れないだろうという意図。そしてこの先にあるベースキャンプを今後の拠点として活用し、残り12人のプレイヤーキラーを迎え撃つ構えであった。

 

ヴァッシュはというと厳しい日差しが襲いかかり草木1本としてないこの風景を懐かしく思いながら歩を進めていた。かつて自分がいた砂の惑星『ノーマンズランド』。辛うじて酸素があるものの人が生活していくにはあまりにも劣悪な環境で過ごしてきたヴァッシュにとって仮想ゲーム内の舞台など子供騙しに等しい、はずなのだが砂漠エリアに入ってから2時間ほどでヴァッシュはその身を地面に委ねていた。

 

「ちょっと!?なに、こんな所で寝てんのよ!?起きなさいっての!」

「も、もう無理・・・。」

 

コートの裾をずるずると引っ張りながら呼びかけるシノンではあったがヴァッシュは一向に立ち上がる気配を見せない。最初は疑ったものの干物のような顔つきから察するにアピールではないのだなと確認したシノンは仕方なく何かの機材の残骸が影となっている場所までヴァッシュを引き摺っていく。

 

現在物言えぬヴァッシュの代わりに弁解させてもらうと決して彼が軟弱な体質ではないということだ。むしろ途轍もないタフマンと呼んで差し支えない。その彼が華奢な身体のシノンよりも先に根を上げてしまったのには理由がある。

 

シノン含むGGOプレイヤーは時にこうした過酷な環境下での活動を余儀なくされる。GGOではそれらの環境下での活動を可能にするために取得制ではあるものの防護フィールドなるものがある。これにより灼熱のマグマ吹く火山地帯やウイルスさえ生存できない極寒地帯の踏破も可能になる。また軽微ではあるものの頭部や心臓などの急所への一撃を緩和する効果もあるためGGOプレイヤーには必要不可欠とも言えるスキルなのだ。だが余所者のヴァッシュには当然そのようなゲームシステムの恩恵など与れない。その状態を見たシノンはやはりイクスからの申し出を受けるべきだったと少しばかり後悔をした。

 

先において既にヴァッシュに危険が迫っていることを知ったシノンは極力プレイヤー数が少ないエリアまで移動しようと提案した。そこまでの足を今やうかつに都市部に足を踏み入れることができないシノン達に代わってイクスが用意すると申し出たのだが自分たちと行動を共にするのは危険だというヴァッシュの言葉もありその申し出を断っていたのだ。その結果が今の状況である。

 

「あんだけカッコつけといてこのザマってなんなのよ・・!」

「あぁレム・・お花畑が見えるよ、レム・・。」

 

聞き慣れぬ女性の名をうわ言で呟くヴァッシュに苛ついたシノンは枕として敷いていた白のマフラーを引っ張り出す。このまま待機しているわけにもいかなかったがヴァッシュの回復を待って夜時間に差し掛かる気温の低下まで待つことにした。

 

荒野フィールドと違い風も吹かぬ昼間の砂漠地帯では熱気により空気がチリチリと音を立てるだけ。タオルを顔に当て涼んでいるヴァッシュにシノンはゆっくりと腰にあるグロックを抜くとその銃口を向ける。

 

一瞬で終わる、この引き金を引きさえすれば。あの神業と呼ぶにも生ぬるい技量を持つ男をこんなにもあっさりと自分が仕留めてしまえるのだ。しかしシノンには元より引き金を引くつもりなどなかった。交戦もせず無防備の相手を仕留めるほど無粋ではない。それにそのような形で得た勝利などシノンにとってはなんの『強さ』にも繋がらないと言う事を彼女は誰よりも深く理解していた。

 

グロックを再び腰に戻そうとするがふと感じた違和感に銃を構える。銃口の先に何かがあるという確信はない。だが何かが『決定的』に違うという確信はあった。と陽炎によって揺らぐ景色の中で砂地が一際揺らいだと思った瞬間に赤き輝線が走る。弾道予測線(バレットライン)だ。

 

すぐさま身を捩りながら輝線上から逃れたシノンではあるがそれとは別に自分に重なる輝線が1本。この時シノンは理解する、敵は『2人』いることに。だが気づいた時にはもう遅かった。バランスを崩した態勢に輝線はしっかりとシノンの額を捉えていた。

 

やられる、そう思った刹那空中でバランスを崩していた自身の身体が何かに抱え上げられた。目を開くとそれはいつも狙ったとばかりのタイミングで危機に駆けつける男の姿であった。

 

「ヴァ・・ヴァッシュ・・!」

「ごめん、シノンちゃん!」

 

先程まで微動だに出来なかったはずの男が颯爽と駆けつける。その姿を見上げながらシノンは実の所この男は実在しない架空の人物なのではないかと考えていた。いついかなる危機に瀕した時もその腕をもってしてあっさりと状況を収めていく、それはまさに『ヒーロー』であり、シノンが少年のように憧れ求める『強さ』を最も輝かせている姿である。この男は負けない、この男は無敵だ、だからこそ憧れる、だからこそ・・・『殺したい』。

 

そんな歪んだ羨望を覗かせる少女であるが自身の手に触れる『それ』に気づく。

抱きかかえられたヴァッシュの腰に当てていた右手が生暖かい。ぬるりと滑るような感触が気持ち悪くなりコートの裏に隠れていた右手を引き寄せると、やや黄色がかっている砂地に赤い滴が新しく色を付けた。

 

「・・なに・・これ・・?」

 

シノンは真っ赤に染まった右手を見る、それは紛れもなく『血』であった。かつて自身が撃ち殺した男と同じく純粋ではなくやや黒味を帯びた赤い血が自身の手を染め上げている。右手から静かに顔をあげるとやや呼吸が荒く熱によるものとは別と分かるほどの汗を流すヴァッシュの顔があった。あの時咄嗟にシノンを庇ったものの防弾コート地が触れない右脇腹に被弾していたのだ。

 

だがシノンにとっては銃撃を受けた経緯などは些末な事であった。それよりも何故この男が『流血』しているのか。ここは仮想世界のゲームであり銃撃を受けても死ぬこともなければ流血することすらないはず。にも関わらず目の前の男から流れ落ちる血はなんなのか、どうしても分からなかった。

 

しかし少女の思考とは裏腹に体は真っ先に反応を示す。

 

「…いやあぁぁぁぁぁ!!」

 

大気が焼け付く音だけの砂地に少女の高い声音が響く。とその声に合わせたように砂地を揺らぐ2つの影はヴァッシュとシノンに迫ってくる。互いの射線軸に入らないよう巧みに移動するそれはさながら海上に鰭を覗かせる鮫のようである。

 

「シノンッ!立つんだ、シノンッ!」

 

ヴァッシュは頭を抱えたまま蹲る少女に向かい叫ぶが反応はない。傷の痛みを押しながら少女を抱きかかえるとその場から駆ける、当然その後を2つの影は迫ってくる。姿が見えない以上下手な迎撃ができないヴァッシュは逃げることのみに執着すると何を思ったのか急勾配の砂丘を駆けはじめる。登れば登るほど角度が厳しくなる中でヴァッシュが見据えていたのは左前方に見える外壁と思われる機材。その底部に向けて発砲すると砂によって支えられていた部分から水平に倒れる。ヴァッシュがシノンを抱えたまま飛び乗ると急勾配の砂丘をサーフボードのように勢いよく滑り始めた。その速度は時速60㎞程にも達しみるみるうちに2つの影との距離が広いていくのを確認したヴァッシュは静かにその意識を沈めていった。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

10分ほど勢いを保ったまま滑空していった外壁のボードだがようやく平地で停止する。そこでシノンはヴァッシュの介抱に励んでいた。勢いよく坂を下る何かに乗った事は感覚として覚えている、そして暫くして自身を支えていたヴァッシュの左手がするりと抜ける感覚を受け沈めていた顔を上げるとそこには力なく倒れ伏したヴァッシュの姿があった。

 

「・・ヴァッシュ!ねぇ、しっかりして!ヴァッシュ!?」

 

返答はない、しかし浅いが呼吸はしている。急いで手当を施さねばとシノンは傷を覆い隠すコートに手を掛けるがその腕がブルブルと震え出す。持ち上げたコートの重さで直感したのだ、ヴァッシュがかなりの出血をしていることを。先程は自身の手に触れた血を見ただけで取り乱してしまった自分に果たして平静が保てるのだろうか。だがこのままではヴァッシュの身が危険かもしれない。

 

意を決した少女はコートを捲り上げると想像した以上には出血がなかったことに安堵の溜息を吐く。流れ出た血も既に赤黒く乾いていたが、肝心の被弾箇所を確認しようと右脇腹を見たシノンは思わず目を背ける。これまで幾度となく自分が放ってきた銃弾、それらが着弾した描写は光が砕けるような演出となっており銃撃を受けた人間の様などあの事件以来目にすることなど当然なかった。

 

よくよく見ると敵が放ったアサルトライフルと同径の銃痕が残されておりそこから詰まった排水溝のように血が静かに流れ落ちていく。他の部位を確認するが銃痕は1つのみ。もしかしたら体内に銃弾が残されているかも知れないとシノンは震える手を傷口周りにあて確かめるもののそれだけで確認できるはずもなかった。これまでダメージは全て回復アイテムというゲームシステムを用いた方法で解決させてきた。もちろん一般的な治療方法も知ってはいるが銃創の手当など本で得た知識ほどしかない。

 

まずは止血をせんと首に巻いたマフラーを身体に巻きつけ傷口部分を携行していた水で洗い流していく。問題は銃弾であった。もし体内に残されていたままであるのならば摘出をしなければならない。幸いと呼んでいいのか分からないが敵の放った銃弾の口径から内臓を傷つけるほどの特殊な弾丸ではないはずである。確信はない、むしろ願望であるがシノンは覚悟を決めるとその手を銃創に向けていく。本来なら適切な医療器具を使わねばならないのであろうが今の自分はゲームとしての仮想体。雑菌とは無縁と信じてその傷口に人差し指と親指を挿入する。

 

肉をかき分ける感触に全身の肌が泡立つ。今すぐこの指を引き抜きたい気持ちを抑えてシノンはさらに深く指を突き立てると意外にもすぐに指先に銃弾と分かる感触が走った。傷口から5cmに満たない地点でそれを摘みあげゆっくりと引き抜いていく。右掌に一つの銃弾がコロリと転がるのを見つめながらシノンはこのような小さなモノで人を死に至らしめてしまう銃の恐怖を改めて思い知らされていた。

 

その右手を強く握りしめながら少女は視線の先を砂漠へと向ける。自分たちが滑り落ちてきた方角から微かに見える2つの影。やはり追ってきたかと立て掛けていたヘカートを手に取ったシノンはその方角へ足を向けながらまるで眠りにつく子供に出がけの挨拶をする母親のように優しくヴァッシュに声を掛けた。

 

「じゃあ行ってくるね、ヴァッシュ。・・あいつら殺してくるから。」

 

 

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