射撃場には再び等間隔で銃声が鳴り響く、男は基本姿勢を崩さずに銃を撃ち続けていた。しかしヴァッシュの視線には目標であるはずの人形の看板には少しも着弾が見られない。両肩の辺りに大きく穴が開いているが稀にその周辺に穴を一つ増やすだけに留まっている。だがヴァッシュには先程のように男の射撃を『下手くそ』と思うことはしなかった、否、できなかった。当の自分は銃の引き金を引くことすらできなかったのだから、男の腕をとやかく言う資格は自分にはない。やがて静かに銃を下ろした男は小さく息を一つ吐くと「まぁまぁだ」と呟き、腰に携えるホルダーに銃を収めた。
自分にはとやかく言う資格はない、が今までの射撃の自己採点が「まぁまぁ」とはあんまりではないのだろうかと顔に出さぬよう気を付けていたがまるで心を覗かれたようにこちらに振り向いた男性はジロリとヴァッシュを睨み付ける。
「オメー今、何がまぁまぁだこの野郎と思ったろ?」
「あ、いえ!この野郎までとは…あ」
咄嗟に弁明したが寧ろ本音を晒してしまったことに慌てるその姿はとても50年生きてきた者とは思えない幼さを感じさせる。ヴァッシュ自身これほどまでに人に心境を見透かされるのはレム以外に覚えがなかった。
……
その村が砂の惑星において辺境にありながらも自給自足の生活を営んでいたのは小規模ではあるものの「プラント」を有していたからである。質素ながらも水や作物もあるこの土地で慎ましく生きる村人であったが辺境故に治安を管理する
「ほら、飲め」
「あ、ありがとう…ございます…」
男から注がれたコーヒーを受け取る、まるで暗闇を閉じ込めたような真っ黒のコーヒーを啜ると頭の先から爪の先まで苦味が全身を突き抜ける。思わず舌を出してむせるヴァッシュを見ながら笑う男は先程までこの家にいた者と同一人物とはやはり思えない。人間には二面性があると言うことは心得ている、表の顔に隠れた知られざる顔を持つことを。だがそれはコインのように指で弾いたらコロコロと変わるものでもないことも知っている。
心当たりがあったのは先の射撃場での一件か、あの時ヴァッシュに『撃つ怖さ』を知っている者と言った男はそれからヴァッシュに撃ち方の基本姿勢を教えた。無論今しがた撃つのを躊躇ったヴァッシュにはそんなことは知りたくないと反応を示すが男は再びあの鋭い目つきと寡黙な表情に戻るとヴァッシュの手と足を取り強引に構えさせる。何故そこまでして自分に銃を撃たせようとするのか分からなかった。ただその教えには熱が籠っていた、結局その日は引き金を引くことは出来なかったものの、いつのまにか構えた銃身がカタカタと震えなくなっていたのはこの時ヴァッシュ自身気づいてはいなかった。
「お前、名前は?」
「あ…ヴァッシュ…です」
「姓は?」
「…ありません」
それを聞いた男は恐らくヴァッシュを流れ者の孤児と見たのだろう、ヴァッシュがその目から憐れみを感じたのは過去に幾度となくそのような目を向けられてきた為である、その心遣いが嬉しくもあり辛くもあった。だが顔を落とした頭に再び男の武骨な手が乗る、先程と同じように乱雑な手つきで頭を掻き毟るように撫でまわすと「そうか」と一言だけ声にした。
やはりレムのそれと比べると優しさをまるで感じない撫で方だったが自分に向ける目がそれまでの人達とどこか違うその男なりの善意がとても嬉しく感じたヴァッシュであった。
……
男の家は村の中でも一際離れにありまるでそこだけ隔離されたような奇妙な立地であった。ヴァッシュもそこはかとなく気づいてはいたが村人から聞いた彼の評判も決して良いものとは言えずそこに踏み込むことはタブーであるとして深くものを聞こうとはしなかった。必然的にヴァッシュから男に口を開くことは少なく、男もまた長椅子に腰かけパイプを口に咥えるとまた物静かな様子を見せた。
夜を迎えたといっても日はまだ長くその沈黙を紛らわせるようにヴァッシュは居間を見渡す、と一つの写真立てを見つける、そこに映っていたのは今より10年ほど若かりし男とその家族だろうか、妻と1男1女との家族写真。それはとても仲睦まじそうに微笑んでおり思わずヴァッシュの顔にも笑みがこぼれた。その写真立てを男の右手がパタリと倒すとその目は険しくも哀愁を帯びており何も聞かずとも男が只一人この村の外れにて過ごす遠因となっただろうとはヴァッシュにも察しがついていた。50年の歳月は彼の生来の幼さを残しつつも人間の持つ業の深さを見てきたことによる観察眼・洞察力というものを否応なく養っていたのである。
居候の身でありながらヴァッシュと男の接点は極めて淡泊なものであったが言葉以上に真に理解できるものがあるのだとヴァッシュはこの時感じており、恐らく男も同様であろう。それはヴァッシュにとって長らく旅を続けてきた中で久しくなかった人の暖かさであった。
……
人の出会いは天候のようだと聞いたことがある。望む望まないに関わらず突然にやってきては自分の世界に風を運び、時には災いの雨を降らすこともあれば太陽のように心を照らすこともある、男とヴァッシュの出会いがそのいずれかに当たるのかは分からないが、ただ一つ言えることはこの後やってくるそれは紛れもなく
まだ日の光が昇り始めて間もない刻で鳴り響く銃声、それは目覚ましを告げるには余りにも荒々しく、それから後に響く人の叫び声は村中の人間の目を覚ますには十分すぎるほどであった。
2階で眠りについていたヴァッシュがその音に反応して居間に飛び出すと、銃を構えた男が今まさに飛び出そうとしている所であった。
「あ、あの…!一体何が!?」
「身を隠していろ!絶対に出てくるんじゃないぞ、いいか!?」
男は昨日には見せなかった焦燥を浮かべた顔で外へと飛び出していく。ヴァッシュはそれをすぐに追うことはできず、男の言いつけどおりに身を隠そうかとも考えた。だがその瞬間頭を過ったのは忘れもしない50年前…
プログラムの暴走により突如制御を失った地球からの移民船団はそのまま自壊し宇宙の藻屑と消えようとしていた。だが船団員であるレム・セイブレムの手によりその何割かはここ砂の惑星に不時着し、現在の人々の祖先となる種の保存に成功していた。
だがしかし、彼女を失ったヴァッシュには強い喪失感と己の無力を大いに嘆いた。あの時自分が何か行動を起こしていれば事態が好転していた訳ではない、それどころか余計なトラブルを招きかねないと自発的に脱出ポッドへと逃げ込んだのだが果たしてそれが本心だったのか。レムと共に生き残りたい、死にたくないという気持ちだけが先立ち、数百万の命が暗闇の空に消えると知りながらも手を差し出せなかったそれを弱さというのであれば弱さであったし、『プラント』として生を受けて間もない青年が数百万の命をその両手に預かることは土台無理な話であることもまた確かであった。
ただ一つだけ結果として確かに残っているのはレムを犠牲にして『自分は生き残った』という事実。それはヴァッシュが選択した初めての『逃走』であった。
レムと共に生き残りたいのであれば何でもいい、力になる為に船の制御のプログラミングを手伝えば良かった、それが叶わぬなら愛するレムと共に数百万の命と共に宇宙の塵となっても構わないと添い遂げれば良かった。
だがヴァッシュはその選択から逃げ出したのだ、宇宙に消えていった数多の命と最愛の女性を失うことよりも自分の命を手に取った、ヴァッシュに他意はない。だがそれが結果としての全てだった、レムは死に自分は生き残った。それがすべて、それで終わり。
ヴァッシュは外へと飛び出していた。今度こそ逃げたくはなかった、という強い思いがあったからではない。だがまた選択しないまま、できないままに
だからこの後に彼が選択する事柄に対して誰もヴァッシュを咎めることは出来ない、そう誰であれ。
発砲音がする方にヴァッシュが走るとそこにはいくつもの死体が転がっており、いずれも村人であると分かる、抵抗することもできずに無慈悲に射殺されたことは苦悶の表情からも窺い知ることができた。思わず口を塞ぐヴァッシュはすぐに身を隠す、第一の選択である。建屋の裏手に逃げ込んだ先には逃げようとしたのだろうか、老婆と幼子が変わり果てた姿で倒れており、叫びたくなる衝動を必死に抑えながら壁を背に様子を窺う。あの男が襲撃者と思われる輩と銃撃戦を繰り広げられているのが見えた。
多勢に無勢ではあったが男は巧みに動き回りながら包囲されることなくタイマンの状況に持ち込んでいく。手にした銃を構える男にヴァッシュは一抹の不安を思い出していた。昨日男の射撃を見ておよそ腕に覚えがある印象を受けなかった、その男が果たしてこの窮地に太刀打ちできるのかと。
だがヴァッシュの不安は杞憂に終わる。男はガンホルダーから抜いた銃を銃口が向けられている中、実に基本に忠実な姿勢で構えるとその引き金を引く。放たれた銃弾は敵の両肩を撃ち抜く、叫び声をあげながら意識を保ってはいるもののあの状態ではもはや戦えない、続いて現れた輩に対しても同様に肩口を撃ち抜き戦闘不能にしていく。この時まだ銃に関しての知識が乏しかったヴァッシュは「上手く当たるものだ」と思ったが実はそうではない。
頭部や腹部のように身体の起点となっており銃身の移動が少ない部位への被弾は比較的確率が高い、しかもいずれも致命傷となり得る部位であるため、銃が強力である所以とも言える。反対に関節部への銃撃は挙動によって絶えず角度や向きが変化する、さらに銃撃戦に至っては相手もこちらへ銃口を向けておりフラットになった肩部への射撃は非情に困難を極める、ここに来てようやくヴァッシュは昨日の男の狙撃ポイントがすべて両肩部に集中していたことを理解する。その威力故に殺さずに無力化することなど容易ではない。それまで銃は人を殺すための武器と捉えていたヴァッシュにとって男の闘いは聖書を手に慈愛を語る神父のような神々しさを思わせた。
やがて数も減り、残り一人となったところでヴァッシュはもう大丈夫だと安堵する、だがしかし男の背後で倒れていた男が撃ち抜かれた右手を上げるのが見えた。傷が浅かったのだろうか、出血はしているもののその手には銃が握られており、震えた手はゆっくりと男へと向けられていた。
正面に敵を迎える男は自身に向けられている銃口には気づいていない。ヴァッシュはその存在を告げるべく、身を乗り出した瞬間、男の背後を狙う輩と目が合った。それは明確な敵意だった。
口を閉ざしていろ、でなければ殺す、そう声なき声が聞こえた気がした。ヴァッシュとの距離はおよそ30m、手負いとはいえこの距離からならば自分の頭を撃ち抜くことは容易いだろう、だが男はすぐ先に構えている。一言、たった一言声を掛ければ男の窮地を救えるのだ、その後に自分は身を隠せばそれでいい。だがヴァッシュは一息、一息を飲んでから声を発した。一瞬考えてしまったのだ、もし輩が標的を自分に変えたら殺されると、生きたい、生き残りたいと。その迷いは一息を飲む肉体的反応に表われた、ここで彼は第二の選択をした。
「危ない!おじさ…!」
その声は一発の銃声によって遮られる。ヴァッシュの目に映ったのは首筋から血を流し倒れる男。『その』選択をした事で今の結果があるのか定かではない、だが目の前に映るものが全て。
しかし男は倒れながらもその銃口を背後の男に1発、そして正面の男に1発と放った。それはヴァッシュが半端ながらも選択した事で起きた事実であった。
銃弾は背後の男の頭部を撃ち抜き、正面の男の右肩を撃ち抜くと男はその場に倒れる。首から流れ出る出血量から恐らく動脈を傷付けたのだろう、乾いた砂地が見る見る血を吸いこんでゆく。
おぼつかない足でその元に駆け寄ったヴァッシュを男は目線だけを向ける。最早声を出すこともままならない中でその目はしっかりとヴァッシュを捉えていた。
「…よぐ…教えてくれだな…、だずかっだ…!」
絞り出したのは感謝の言葉だった、その声に塞き止められていた感情があふれ出たヴァッシュは男に向かって叫ぶ。しかし握った手が、あの武骨な手の温もりがどんどん失われてゆくのを感じる、命の灯火が消えて行くのを感じながらも泣き叫ぶ以外に何もできない。ふと背後に気配を感じたヴァッシュが振り返ると右肩に銃を受けた男がフラフラと逃げる姿が目に止まった。その背中を目にしたヴァッシュの奥底に湧き上がる激情は傍らにあった
昨日教わった通りのスタンスを取る。両足を肩幅よりやや広く取り、右脇は軽く締める。銃口を目標に向かって銃を構える。銃身は大きく震えているが距離は40mほど。この距離ならば当たる、後は
ヴァッシュの3つ目の選択は
「おじさん…!ごめんなさい…!!僕が弱いせいで…!!」
己が強ければ脅しに屈せずに注意を告げられたし、男が負傷しても
その男は
ある晩、男が屋敷へ戻るとそこには変わり果てた姿の家族の姿があった。妻と娘は散々『楽しまれた』後、失血死となるような位置に銃弾を何発も撃ち込まれていて、長男は男色の輩に弄ばれた挙句に見せしめとばかりに縄で首を吊し上げられていた。犯人は多額の保釈金で出所したばかりの臓器屋。その余りにも残酷な手口から容易に足がつくと男は憎しみのままに単独で臓器屋の一派を最も苦しみ、最も残酷な方法で嬲り殺した。同僚が現場に駆け寄った際はどちらが天井でどちらが床かも分からぬ程にぶちまけられた臓物の海の中で一人佇んでいる男を発見したが、そこにはかつて英雄と呼ばれた者の姿はどこにもなかった。
英雄が起こした惨劇を抹消すべく軍警察は半ば追放という形で男を退役させるとそれから男は魂が元いた場所に還る様に生まれ故郷である村に流れ着いていた。そこで父親が強盗からプラントを守る為に殉職したことを18年振りに知ると、静かに涙した。
それからというもの
「最後の最後で…殺っちまったけどな…今更変わらないか…」
ヴァッシュは半端とは言え2つ目の選択は正しかったと思っていた。だがそれは男に望まぬ殺人を犯させ自身も致命傷を負わせるという半端な選択だった故に起きてしまった悲劇でもあった。
「…銃っていうのはお前みたいなヤツが持つべきなんだろうなぁ…ヴァッシュよぉ」
「でも僕…!怖いよ…!銃が怖いよ…!!」
「…それでいい…。怖いなら逃げていいんだ…逃げて逃げて逃げ続けろ…」
「逃げ続けて…そんでも逃げ切れなくなったら本当の闘いがお前を待ってる…」
男はその武骨な右手でヴァッシュの頭を掻きだす、それは今までにないほど力なく弱弱しい撫で方。
「逃げ続けるお前に…いい姓をやるよ…今日からお前は………」
その言葉を最後に男の右手はヴァッシュの頭から離れる、ヴァッシュは出会って1日だけ、それも名も知らぬ男の為にひたすら泣いた。
ヴァッシュの選択が正しかったか、間違っていたかを判断するのは彼自身、だが彼はその行いに対する善悪を見出してはいない。結局のところ『かもしれない』事を考えてもしようのないことなのだ。
だからヴァッシュが男を埋葬してから取った行動は射撃の訓練であった、成すべきことを成し、遂げることを遂げるために。レムに救われ、男から学び、そして己が選ぶその道を進むために。
その2か月後にあの日、村から逃れ再び暴れまわっていた輩を取り押さえたのは20歳前後の金髪を逆立てた青年、隻腕で右手には古めかしい
『ヴァッシュ・
……………
己が逃げ続けてきたのが今の姿だと言うのなら、この世界に来たのもその為なのだろうか。熱砂に囲まれた地で空を見上げながらヴァッシュは考える。
このGGOのプレイヤー達に絶対的に欠けているモノ「撃つ覚悟と撃たれる覚悟」、それを知らずして引く引き金はさぞや軽いだろう、そこで奪われる命はなんとも軽いだろう。
異端者である己がこの世界に干渉することはヴァッシュにとってもこの地で生きる者達にとっても無用の争いの種であると分かっていた。故に身を隠しつつもシノンと帰還の術を探そうと決めていた。しかしヴァッシュは今、確認する。逃げて逃げて逃げ着いた先がこのGGOであるならばもう逃げ場はない。
腰を上げたヴァッシュは真っ直ぐにシノンの元へと歩み寄る。シノンもまた自分に歩み寄るヴァッシュのただならぬ気配を感じ取ると正面から見据える、互いの距離が詰まったところで足を止めたヴァッシュはシノンに問う。
「…シノン。俺を…殺したいか?」
その問いにシノンは驚きの表情を見せなかった。むしろようやくその言葉を待っていたかの様にヴァッシュの問いから僅かな間で言葉を返した。
「…うん。…殺したい」
その時シノンのデバイスからアラームが鳴る、それをオープンしたシノンがパネルを確認するとそこには「クエストキャンセル」の表示があった。それがヴァッシュと出会った際に星の導き手と名乗る依頼主から受注されたクエストであったことを確認したシノンは背を向けながら歩を進めた。ヴァッシュもまたその背中を追うことなく砂漠が広がる地へと歩を進める。
熱砂が吹きすさぶ地で今、一人の男と一人の女の袂が分かたれた。
……………
オフィスルームの一室で深々と頭を下げているのはGGO開発スタッフリーダーの男。先のキラーオブキラーへのヴァッシュ・ザ・スタンピード賞金首の報を独断で行った事による謝罪であった。
「誠に申し訳ございません…!勝手な事をしてしまって…!」
目を固く閉じながら煙草を吹かしていた男は一息吐くと口を開く。
「…いや、良くやってくれたよ、これで面白くなってきたからな」
「はっ‥?あ、いえ、それは…どういう…?」
スタッフリーダーの男も責を問われるだろうと覚悟の上だった為、その意外な反応に目を開く。
「これで益々盛り上がると言うものだろう。ヴァッシュとシノンと言ったか…。彼らに相応しい舞台を用意しようじゃないか」
「それってもしかして…!」
「そう…第三回
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前回よりトライガン色100%でお送りしました、次回はシノン,朝田 詩乃のFight or Flightをお送りします。
ところで…猫耳シノン カワイイですね♫あんな1面があったなんて新鮮ですw
では又次回に!