自身を呼ぶその声にシノンが振り返ると、そこには自分と同じくらいの年齢と思われる少女が立っていた。肩口までのショートヘアと栗色の髪とアバターアイテムのメガネをかけており、どことなく現実世界の自分を思わせるその姿に眉を顰める。思わず呼びかけに応えてしまったのはこのGGOにおいて絶対数が少ない女性プレイヤーの聞きなれない声だったこと。今まで見たことも無いプレイヤーであったがそれまで少女を見かけたことのない理由にシノンは気付く。少女の服装は上下白のフリース、GGOを始めたプレイヤーの初期装備、つまり目の前にいる少女は紛れもない初心者であった。
「あ、あの…!わ、私…!シノンさんにずっと憧れてて!それで…!」
聞いてもいないことを勝手に話し出す少女に不快感を覚えたシノンは再びモニターに目をやる。大方公式ホームページか攻略掲示板などで自分の存在を知ったのだろう、この数か月でキラーオブキラー上位に食い込んできたこともあり、男性プレイヤーから度々コンビの打診をされてきたシノンであったが当然断ってきた。とうとう初心者の女性プレイヤーまで現れたと呆れていると意外な申し出が背後から聞こえてくる。
「お、お願いします!!私を…あなたの弟子にしてくださいっ!!」
「…はぁ?」
どこぞの格闘漫画ではあるまい。まして銃撃という血生臭い世界に自ら進んで足を踏み入れわざわざ弟子にしてくれとは随分と変わった物言いだとシノンは目を丸くする。
「なんのつもりか知らないけどお断りよ、弟子なんて下らない。もう話しかけないで」
はっきりと拒否の言葉を投げかけその場を後にするシノン、多少言い方は荒かったがこの手の輩は変に食い下がる傾向にあったので最初から拒絶の意志を示さなければしつこく付きまとってくる。もっとも余りにもしつこかったプレイヤーに対してはフィールドに出てからその都度『消した』もののそんなやり方でプレイヤーキルのカウントを増やしたくはなかった。ふと後ろを振り返り少女の姿が見えないことを確認するとやはり只のミーハーであったと小さく溜息を吐きながら向き直る。
「お願いします!!弟子にしてくださいっ!!」
「わああぁぁっ!!?」
正面には顔をずいと近づけながら迫る少女の顔があった。一体いつの間に回り込んだのだろうか、いつかの時を思い出しながらシノンは後ずさる。
「言ったでしょ?私は弟子なんて取らない、BoBの準備で忙しいの、放っておいて」
「でも…私!!」
「それ以上喚くなら殺す」
思いの他食い下がる少女にシノンは言い放つ。今となっては随分と軽くなってしまった言葉。それほどまでに彼女はこの2ヵ月で多くのプレイヤーを葬ってきた。だからこそその言葉に一切の嘘はない、殺意という明確な意志を感じた少女は全身を小さく震わせながら言葉に詰まる、これだけ脅せば流石にもう付きまとうことはあるまいと少女の横をシノンが通り過ぎようとした瞬間、少女の華奢な腕がシノンの裾を掴んだ。
「あんた…!いい加減に…!!」
「わ、私…!どうしても…どうしても倒さなきゃいけない人がいるんですッ!!」
度重なる妨害に苛つき怒りの表情を露わにしたシノンの目をしっかりと見据え全身を震わせながらも少女の言葉と瞳には力が、熱が、思いが秘められていた。その瞳にシノンは見覚えがある、過去の恐怖と向き合いこのGGOで強くなることを決意したかつての自分に。
「…その倒さなきゃならない人って誰?」
「…言えません…!でも嘘じゃありません!私はその人を倒すために、強くならなきゃならないんです!」
要領を得ない回答だが少女嘘は言っていない。その瞳は真っ直ぐながらも恐怖に怯え潤ませている、今にも崩れそうな足を懸命に堪えている。
「…基礎のレクチャーを教えるだけなら」
「ほ、本当ですか!?あ、ありがとうございますっ!!」
シノンの言葉に笑顔を開かせながら深々と頭を下げる少女、もっともシノンにはBoB予選までのほんの息抜き程度にしか思っていない。だがかつての自分もシュピーゲルに手解きを受けながらこの世界に馴染んでいったのでその恩を他人に分け与えることで返すことができると考えたのはせめてものシノンの優しさであった。
………
初心者へのレクチャーとなると当然まず初めに揃えるべきは装備である。着の身着のままのあからさまな初心者、しかもそれが女性プレイヤーということもあり嬉々とした目を向ける他プレイヤーが煩わしかったこともありシノンは早急に少女を連れてドーム内のショップを巡る。
「初心者ならまずはハンドガンがいいけど…利き手はどっち?」
「え?左手…ですけど。ふぁっ!?」
少女の利き手を確認したシノンは品定めをするような手つきで少女の左手、左腕、を確認する。それが何を意味しているのか理解できない少女は緊張した面持ちで体を固める。
「この手のサイズだとあまりグリップが大きいものは勧められないわね、M1911A1 コルトガバメントなんかいいんじゃない?握りやすいし反動も小さいわよ」
「は、はぁ…」
これが流行のファッションをレクチャーする店員であれば華やかな光景に見えようものだが、嬉々とした表情で淡々と銃の構造や性能を語るシノンに少女はしばし閉口する。結局最初に勧められたコルトガバメントを購入することに決めると商品の取り扱いを管理するAIマシーンを呼び寄せる、と銃の紹介に熱が入るあまりに購入資金のことを失念していたことにシノンは気付く。
初心者または他のVRMMORPGからコンバートしてきたプレイヤーは初期資金として1000クレジットが与えられている。しかしその資金では一通りの装備は揃えられても満足な装備は購入できない。コルトガバメントにしてもノーマルタイプを一丁購入するだけで資金が尽きてしまう。
「あ、私お金なら結構持ってますよ?」
資金繰りに難儀しているシノンに対して少女はあっけらかんと答える、オープンされたパネルの所持金額の桁は10万を超えていた。
「ちょ…!?こんな大金どうしたのよ!?」
「ドーム内にある銃弾回避ゲームをやりこんでまして…」
少女の言う銃弾回避ゲームとは初心者がGGOのシステムに慣れるために用意されたチュートリアルである。
「でもこのゲームで得られるクレジットなんてせいぜい数百くらいでしょ?」
「い、一ヶ月くらいずっとこのゲームやってたんで…」
銃を撃つゲームにおいて銃を撃つ前に避ける練習をするプレイヤーなどまずいない、ましてやそれを一ヶ月も継続するとは見上げた精神と言うべきか、呆れたものだと呼ぶべきか。ともあれ資金難を回避したことでシノンは少女を連れて予備の弾薬や防具を買い進めていく。
「これで充分でしょうか?」
「一通りはね。あれ、ちょっと待って?あなた肝心の銃を買ってないじゃない?」
「あ、あれ!?てっきり最初に買ったとばかり…えへへ」
「まったくもう…」
少女は慌てて銃器のコーナーへと駆けていく。先程見せた決意の瞳は気のせいだったのかと思わせるほどの落ち着きのない挙動、先程シノンが教えたばかりだというのにどれがコルトガバメントもかも分かっていない様子であれこれと商品欄に目を走らせる、ようやく見つけたのか商品リストから銃を具現化させるなりシノンの元へと駆け寄ってくる。
「見つけました~!シノンさん、この銃でしたよね?」
「遅いわよ、全く…」
少女が両手を開いて見せた銃にシノンの目が大きく開く。光沢がかったクロムメッキがとグリップに施された五芒星のマーク。
トカレフTT-33のレプリカ 54式拳銃
又の名を『
それはシノン、朝田詩乃にとって呪縛の証
あの日、強盗犯の男が持っていた銃であり、そして自分が男を撃ち殺した銃
静かに、だが確実にシノンの全身が震えはじめると奥歯がカチカチと音を鳴らし始め汗が額から流れ落ちてくる。
「それ…違う…!」
「あ、あの?シノン…さん?」
「それ違う!!早く、早くどこかにやってぇぇ!!」
襲い掛かる恐怖を振り払うように叫ぶシノンに驚いた少女は慌てて手に持った銃をリストに戻す、しかしシノンは小さく早い動悸に身体異常を報せるアラームが目の前に表示され始めても落ち着きを取り戻せずにいた。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ…!!」
「シ、シノンさん!?どうしたんですか!?しっかりして下さい!!」
突然のシノンの容体の変化に動揺する少女は懸命に声をかけるもののその反応はない、身体異常のアラームが一つ、また一つとシノンの周囲に投影されていく。
やがて視界がブラックアウトしていくのを感じながら前のめりにシノンが倒れこむ、だがその身を少女が両手で抱き抱えた。その両手は小さくも暖かく久しく感じることのなかった人の手の温もりに徐々にシノンは落ち着きを取り戻していく。
「大丈夫ですよ、シノンさん…貴女は大丈夫です…!」
優しく語りかけながらシノンの頭を撫でる少女の姿は先のあどけなさは微塵も感じられない、シノンもまた安らぎを求める様に暫し少女に身を預けた。
「…もう大丈夫だから、その…離れてもらっていいかしら?」
「へ?あ、その!ご、ごめんなさい!私勝手な事しちゃって…!」
再びおどける少女の仕草に久しく見せなかった笑みがシノンからこぼれると少女もまた屈託のない笑顔をシノンに向けた。
「ありがとう、えっと…」
「あ、私、カノンって言います!申し遅れちゃいましたね」
「…ありがとね…カノン」
BoB予選まで残り2週間を切り、
この二人の出会いにも新たな風が吹いた。
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