そしてBoB開幕です。
その日、GGOは史上最大規模の熱気に包まれていた。年に一度だけにして最大の祭典とも呼べる「Bullet of Bullets」その予選当日を迎えたためである。
参加資格はなしの自由参加である為、日頃の腕試しとしてはこれ以上ないとこぞって参加者が集う。予選は何ブロックにも分かれているが本選参加者は各ブロックの優勝者及び準優勝者の2名のみ。今回はJブロックの予選構成となっており上位20名が大会本戦に出場となる。第1回の本戦出場者が8名だったことを考えればいかにGGOならびにBoBのプレイヤー人口が増加したのかよく分かる。
競技会場となるドームには大多数のプレイヤーが集う、サーバーが固定されているMMOだけありその数は参加者、観戦者を含めて数万は超えており圧巻の光景だった。
「おい、見ろよあれ!闇風がいるぜ!」
「あっちにはペイルライダーもいるぞ!すげぇ!!」
中でも過去大会の上位入賞者が会場に姿を現すと否応なく歓声が響き渡る。過去2回の大会でいずれも上位入賞を果たした闇風、ペイルライダーは本大会における目玉とも言える、次いで前回大会優勝者であるゼクシードが姿を現す、上位入賞者に対して割れんばかりの歓声だったのだからさぞや賞賛の嵐と思いきや周囲からは怒号と罵声が響き渡る。
「ゼクシード テメェ!くたばりやがれ!!」
「この卑怯者がぁ!GGOの面汚しがぁ!!」
「おやおや、今日は負け犬の遠吠えがよく響くねぇ」
そう言いながら笑みを浮かべて聞き耳を立てるのは青く靡く髪と赤いサングラスが特徴的な青年。見た目は端正ながらも他プレイヤーを小馬鹿にする言動や振る舞いから品位はまるで感じられない、前回大会優勝者でありながら彼が罵声を浴びせかけられるのには以前GGOにおいて
前回大会終了後から執拗に他プレイヤーから追い回されここ暫くログインがなかった為にプレイヤー間では引退説が囁かれていたがBoBより1ヶ月ほど前から再びその姿を見せるようになったのは理由があった。ゼクシードよりも敵意の視線を向けられる「男」が現れたからである。
「おいっ!あそこ見てみろよ!!」
「あの野郎…!!どの面下げてここに来てやがんだぁ!?」
観客の一部がその姿を目にするとゼクシードを遥かに凌ぐ怒声と罵声が会場中に鳴り響く。
その様子に苦笑いを浮かべつつもその男は会場の歩を進めると、牽制用の投擲アイテムである小石や飲み物などのゴミが四方八方から投げ込まれる。
「いた、あいてて…!」
「ちょっと!出場選手への暴力行為は禁止じゃないの!?」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ!?あいつに恨み持ってるやつなんてごまんといるんだぜ!?あああ、やっぱり来るんじゃなかった…!」
帯同人であるイクスとダインが男の跡に続く、イクスはさりげなく自分達の前に立ち大袈裟に投擲物をその身に受ける男に何とも言えぬ歯がゆさを感じていた。
「こんな目にあってまでBoBに参加する意味はあったの、ヴァッシュ?」
そう問いかけられたヴァッシュはニコリと笑みを浮かべながらも足を止めない。その姿にイクスは今しがたの問いを愚問だったと振り返る、あの日の彼に出会ってから今日まで共にした彼の覚悟を…
……………
「待って!それなら私も付いていくわよ!?」
ヴァッシュとシノンが拠点を砂漠エリアに移すことを聞いたイクスは同行を求めた。キラーオブキラーにヴァッシュ・ザ・スタンピード賞金首の通達からまもなくして襲撃があったのだ、これから先はいつ何時襲われてもおかしくはない、身を守る人数は一人でも多いほうがいいのは自明の理であったがヴァッシュはその申し出に静かに首を横に振った。
「どうして?私じゃ不満なのかしら?」
「そうじゃない、そうじゃないんだよイクス。僕のことなら心配ないよ、シノンもいるしね」
「仕方ないでしょ?あんたが離れると私までログアウトできなくなるんだから」
ヴァッシュの存在はシノンのIDと一体化して認識されているためその言い分は理解できるもののどこか収まりの悪い思いを抱えていたイクスはせめてと思い小さなペンダントをヴァッシュに手渡した。
「これは?」
「それは小型の端末をペンダントにしたものよ、身に着けている間はそのプレイヤーの場所がどこからでも分かるの」
「イクスさん、なんでペンダントにしてるんですか?」
「…情報屋や利用していた男が逃げられないよいうにね、このペンダントが貴方のお守りになるようにって渡しておくのよ」
「…なるほど」
今まで「女」を武器にしてきた彼女にとって他プレイヤーはいかに「使える男」か判断基準はそれのみであった、だがイクスはそのペンダントを「真」にお守りとなるようヴァッシュに贈ったことを誤魔化すように赤裸々に過去の自分の行いを悪ぶれて見せた。
「ありがとう、イクス。大切にするよ」
「…レアものなんだからなくさないでよね?」
「…さっ!もういくわよヴァッシュ!いつ追手が来るか分からないんだから!」
逸るようにシノンがヴァッシュの背中を押す、ささやかな対抗心だったのかイクスは普段見せないシノンの行いに笑みを浮かべながら二人を見送る、この先に何があろうとこの二人ならば大丈夫だと、そんな期待を寄せながら。
しかしその想いは事のほか早く破れることになる。ヴァッシュの位置を知らせるペンダントが道中進路を変えながらも無事に拠点エリアに到達したのを確認したイクスは胸を撫で下ろしたものの、程なくしてペンダントが拠点より南下し始めたのだ。
事前に聞いたシノンの話では拠点エリアに到達した時点で一度ログアウトすると聞いている、しかしヴァッシュの位置を示すペンダントは拠点をどんどん離れていく。もしやなにかあったのではないかと案じたイクスは気付くとバギーを走らせ砂漠のエリアへと向かっていた。
やがてペンダントの位置に到達したイクスであったがヴァッシュの姿は見えない、もしや道中ペンダントを落としてしまったのかとも考えたがペンダントは装着者がいなければ効果は発揮しない。既に周囲が暗くなり始めていたこともあるが改めて周囲を注視すると、何者かに右足を掴まれた感覚にイクスはバッと足元を見た。
「あ”あ”…い、イクス…だずがっだ…!」
「きゃあぁぁぁ!!!」
……
「まったくビックリしたわよ、砂漠に新モンスターが登場したのかと思ったわよ?」
「いや、ホントゴメンよ!おかげで助かったよ」
イクスの足を掴んでいたのは長らく砂漠を彷徨い続け半ミイラ化したヴァッシュであった。そもそもシノンとの同行中にも行き倒れた男がなんの地理もない砂漠エリアを踏破できる訳がない。キラーオブキラーの面々もまさか標的が遭難死寸前とは思わなんだろう。
「…で、なんでシノンは一緒じゃないのかしら?」
イクスの問いにヴァッシュの顔から笑みが消えるとゆっくりと口を開いた…。
……
「…あの子が貴方のことをそういう風に見てたなんて気付けなかったわ」
話を聞き終えたイクスは携帯していた水を一口含むとシノンの取った行動を疑う、同じ女性プレイヤーとして駆け出しの頃から見てきたシノンはゲームを楽しむ、というよりも何かを払拭したいような焦燥に囚われているきらいがあった。それを感じ取ることができたのは同じ女性ゆえのものだったか、いずれにしてもシノンがあれほどまでに好意…と呼んでよいのか、少なくとも尊敬の念を抱いていたはずのヴァッシュを「殺す」と明言したのはにわかには信じられなかった。先ほど二人に抱いた期待感が自身の浅い読み違いだったとは思えない、それほど確かな絆がヴァッシュとシノンには芽生えつつあったのだ、イクス自身が嫉妬を覚えるほどに。
「それでこれからどうするの?」
「…まだ分からない。だけど俺がやりたいと、やるべきだと思うことをやることにしたよ」
「そう、じゃあ私も手伝うわ、貴方のやるべきことを」
遠い目で砂漠の先を見つめるヴァッシュの言葉にイクスはすぐに返した。それは感情的になったものでも私的なことでもあったが純粋にこの男の力になりたいと思えたからこその返答。
「…ありがとう、とても助かるよ、イクス」
ヴァッシュのことだから何かと理由をつけてはぐらかされると思っていたイクスだったがその意外にも真っ直ぐな返事に嬉しいと思う反面、ヴァッシュが覗かせた「弱音」とも取れる言葉を案じた。
……
「な~はっはっは!そのレアモンスターを倒すのはこの俺さまだぁ~!!」
「出やがったな!ハイエナ野郎!!」
「いつもいつもしゃしゃり出やがって、この疫病神がぁ!!ぶっ殺しちまえぇ!!」
それからというものヴァッシュはイクスの助力を得てGGO内のありとあらゆるエリアを駆け回ってはプレイヤーらの前に立ちはだかった。それは銃を持ってしか物を語ることができない世界において余りにも無謀な問いかけ、銃を持つ意味を、銃を撃つ覚悟を、銃に撃たれる恐怖を伝えるためにヴァッシュは道化を演じ続けた。
「…いてて!ありがとう、イクス」
「いくら仲介する為だからといって弾幕の中に飛び込むなんて正気じゃないわよ!?」
「…うん、ゴメン。次は気をつけるよ」
次は気をつける、その会話も何度目になるのかもう分からない、無茶な行動は控えろと何度もイクスは諌めたが愛想笑いの空返事のみでヴァッシュは頑なだった、その代償の証が彼の体に深く刻まれ続けていくのを側で見てきたイクスはしばしば考える、なぜ彼がここまでして自分と関係のない世界、ましてやオンラインゲームの世界に首を突っ込むのか。だがしかしそこに実とした理由は恐らくないのだろう、ヴァッシュ・ザ・スタンピードという男は「こういう男」なのだと割り切らなければならない、そうでなければといつの間にか鮮やかな手さばきで包帯を巻けるようになってしまった自分に嫌気が差したのでイクスは考えることを止めた。
……………
そして今日という日を迎え、ヴァッシュはGGO中のプレイヤーの怒りと憎しみをその身に集め立っている。それこそが彼自身が望み選んだ道、今やその名を聞くだけで忌み嫌われる存在となってまでGGOプレイヤーへの、そしてシノンへのメッセージを伝えたいと奔走する彼を今更止めることなどできはしないと決意を固めたイクスは気丈に彼の後に続く。
一方で顔を隠すようにテンガロンハットを目深に被り、深くため息を付きながらとぼとぼと歩を進める男、口元に蓄えた髭といかつい顔に反してその挙動はいかにも小心者らしい振る舞い。その男ダインは純然たるGGO 一プレイヤーでありそれ以上でも以下でもない。ただ彼がその場にいる理由はGGO内でも製弾スキルに優れていたことと過去にイクスと金銭トラブルで貸しがあったこと、それだけである。
「ちくしょう…!突然押しかけてきたと思ったら特注の弾を作れだの言ってきやがって…!」
「それでアンタが持ち逃げした金の分をチャラにしてあげるんだから感謝しなさいよね?」
「冗談じゃねぇ!?べらぼうにレアな素材で作らせやがって!!しまいにゃ卸し先がヴァッシュ・ザ・スタンピードってことまで隠してやがって!おかげでテメエらとグルだと思われて俺もお尋ね者扱いじゃねぇか!!?」
ダインが言うように度重なる介入によって手持ちの残弾数が乏しくなっていたヴァッシュにイクスが紹介したことが始まりである、GGOの自主製作品には製作者の名称がウインドウに表示されるため、ヴァッシュの足取りを掴もうとした輩が排莢を調べたところ足が付いた次第である。それからというもの望まぬ旅に付き合わされ続け、今となってはヴァッシュ・イクス・ゼクシードに次いでGGO内において悪名が轟いている。
「良かったじゃない?GGOで注目されたいってぼやいてたじゃない?」
「誰が悪名で売りたいっつったよ!?街にもロクに入れねぇから製弾にどんなに苦労したか…」
「悪かったって、ダイン!感謝してるよ!いい腕してるよ、ホントにさ!」
ダイン自身ぼやき続けながらもGGOにログインし続け、今もこうして帯同していることは不思議でならなかった。ただ自分が製造した弾丸で神業的な射撃を繰り広げるヴァッシュの姿が痛快でたまらなかった、それだけの理由で浴びせかけられる罵声の下をも歩くことができる、彼もまたヴァッシュ・ザ・スタンピードに魅せられた人間であった。
やがて出場選手のドーム入場が完了したというアナウンスが会場中に流れる。ふとヴァッシュはシノンが会場にいないか周囲を振り返るものの相当数の参加者がいるためその姿を確認できない。
「そろそろ参加ブロックの発表よ、シノンがどのブロックかもそこで分かるわ」
イクスの言うとおりドーム天井部に設置されたモニターにAブロックからJブロックの予選トーナメント表が投影される。
「ヴァッシュは…Eブロックみたいね、対戦相手は…ふふっこれも因果応報かしらね」
ヴァッシュの対戦相手を確認したイクスがクスリと笑うとにやけ笑いを浮かべながらヴァッシュの元に歩み寄る青年が一人、先の入場において観客席から顰蹙を買ったゼクシードである。
「やぁやぁこれはこれは悪名高いヴァッシュ・ザ・スタンピード君じゃないかぁ!?予選1回戦で僕と当たるなんてついてないねぇ?」
「けっ!試合前の挨拶って柄かよ?ヴァッシュの評判がテメーより悪くなった途端に顔出しやがって!」
「口を慎めよ、前回大会18位、しかも途中棄権のダイン君?」
「ない…シノンの名前がない…!?」
ダインとゼクシードが程度の低い舌戦を繰り広げている中でヴァッシュはモニターにあるはずの名前がない事に目を泳がせる、全てのブロックの選手名を確認したのだがそこには「シノン」というプレイヤー名は1人も登録されていなかったのである。
「どういうことなんだ、イクス!?」
「分からないわ…あるとすれば出場登録に間に合わなかったことが考えられるけどあの子がそんなミス犯すとは思えないし…」
「シノンの身に何かがあったってことなのか!?」
シノンの身に危機が迫っているのかと迫るヴァッシュであったがイクスにその答えを出せるはずもない。確かなことは「シノン」というプレイヤーが第3回GGOに選手登録をしていないという事実のみ。
「おやおや、前回BoB 22位のシノンは敵前逃亡か、まぁ18位のダイン君が不参加なんだししょうがないよねぇ」
シノンの不参加を知ったゼクシードが安い挑発の言葉を繰り返す、ダインは歯軋りをしながらイクスもまた繭を潜めたが当のヴァッシュは静かにゼクシードへと首を傾ける。その柔和な表情が酷く冷めた無機質なものへと変わるとゼクシード、イクス、ダインの3人は全身から汗が噴出すのを感じた、それは3人の感性がではなく生物としての本能が目の前の男に対して恐怖の念を抱いたためである。
「そ、それじゃあ1回戦を楽しみにしているよ、はは、は…」
ヴァッシュの無言の抗議にゼクシードは声を震わせながらその場を後にする、張り詰めた緊張感が解けイクスとダインは大きく息を吐くと、射撃の腕はさることながら常に笑顔を絶やさなかったヴァッシュの怒りとも取れる初めて見せる感情に驚きを隠せずにいた。
「…どうするのヴァッシュ、このまま参加してもいいの?」
やっとの思いで声を出したイクスの問いに暫く考えた後、ヴァッシュは深く頷いた。
「…うん、僕のやるべき事はまだ終わってないからね」
そう返すヴァッシュの表情はいつもの穏やかなものだったことにほっとするイクスであったが同時にシノンの身を案じている想いすら胸中にしまいこんだ彼の決意がとても痛々しく思えた。そんな一瞬の沈黙を打ち破るように会場アナウンスが響く、第3回BoB開催を宣言する内容に会場中は荒くれ者たちの挽歌とも呼ぶべき雄叫びが響き渡る。
ここに第3回「Bullet of Bullets」が幕を開けた。
「それでは大会ルールについて申し上げます。まず予選ですが…」
大会ルールを読み上げるアナウンスに耳を傾けているのかも分からない熱狂ぶりであるが粛々と大会プログラムは進行していく、そして一通りの大会ルール説明を終えたところで会場アナウンスが一拍置くとややトーンを抑えた口調で告げる。
「なお、今回BoBに参戦いただいているある選手におきまして大会特別ルールを設けました。それは…」
「ヴァッシュ・ザ・スタンピードを倒した選手には予選・本戦に限らず特別褒賞として300億クレジットを授与いたします」
一瞬の静寂、その次の瞬間まるで世界が割れんばかりの歓声が会場であるドームを超えて街全体引いては外周エリアにまで響き渡る。ある者は歓喜のあまり失神、またある者は自分も参加すれば良かったと悔し涙を流す者まで現れた。会場中にいる数万人のプレイヤーの視線がたった一人の男に注がれる。
「お、おいおいやべぇんじゃねぇか!?いつ暴動が起きてもおかしくねぇぞ!?」
「運営は何を考えているの?幾らなんでもヴァッシュに拘り過ぎているわ」
ダインやイクスのようにこの状況を正しく認識できている者はどれだけいるだろうか、会場の熱気はいつしか1つの言葉となってドームに響き渡る。
「こっろっせ!!こっろっせ!!こっろっせ!!…」
そのあまりに狂気じみた光景はやはり死に頓着のない仮想世界のものだろうか。未だ自分の想いが伝わらないことにヴァッシュは何を思うのか、イクスがヴァッシュの顔を覗き込むとその表情を隠すようにサングラスをかけ天を仰ぐ。
「ヴァッシュ…その、大丈夫なの?」
「大丈夫だよイクス、まだ300億だし」
まだという言葉が何を意味するのか、だがヴァッシュはイクスの心配をよそにあっけからかんとして見せた。強がりではない、この男は過去に今以上の罵倒を、嘲笑を浴びせかけられている。決してそれに慣れているということではないだろうがサングラス越しに覗かせる瞳からは微塵もその決意は揺らいではいない。
かくして運営サイドによる史上最大の特典を前に沸きに沸いたBoB予選が幕を開ける。AからJブロックにかけて一斉にトーナメントが開催されると出場者はもちろん観客もヴァッシュが属するEブロックに注目した、まだヴァッシュの出番まで時間があるというのにまさに待ちきれないといった様子である。
そんな中、選手会場からも観客席からも離れた一区画で構えるは闇風とペイルライダー、その佇まいはBoB上位入賞者もといGGOトッププレイヤーに相応しきものである。
「すっかり今大会の目玉になっちまったな、あの野郎は。俺もお前も蚊帳の外だぜ、なぁペイルライダー?」
「……」
「ったく相変わらず無口な野郎だな、それとも拗ねてんのか?」
闇風の問いにペイルライダーは何も答えなかったが二人には寧ろこの状況が好都合であった。以前岩窟龍討伐クエストでヴァッシュに煮え湯を飲まされて以来、ヴァッシュの事を考えない日はなかった二人にも当然キラーオブキラー上位陣として運営よりヴァッシュ賞金首の通達があった。しかし人知れず決着をつけることなど考えられないと今日という日を心待ちにしていた二人はヴァッシュ打倒を胸に静かにその牙を研いでいた。
「おい!そろそろ始まるぞ!ヴァッシュとゼクシードの戦いが!」
「ちくしょ~!よりによって一番手がゼクシードかよぉ!!」
予選ブロックが始まって間もなくその時は訪れる。待合室で待機していたヴァッシュは静かにその腰を上げると出場選手用のゲートへと歩き始めた。
「いってらっしゃい、ヴァッシュ」
「散々振り回しやがったんだ、予選1回戦で負けんじゃねぇぞ!?」
「はは、ありがとう二人とも。…いってくるよ」
次いで意気揚々とゼクシードが入場ゲートへと向かう、その表情はやけに明るい。それはもちろんヴァッシュ撃破の報酬によるところもあったが、地に失墜した自身が返り咲くものとしてこの舞台は願ってもなかったからである。
「くひひ、やっぱ俺はついてるぜ、ここでヴァッシュを倒せば名誉も報酬もまるごと頂きだ」
散々な下馬評であるゼクシードであるがいかに彼がスキル振りを扇動し自身の有利な状況に持ち込んだとはいえ、あの闇風やペイルライダーをも退けて第2回BoB優勝を果たしたのは紛れもない事実である。
特にレア武器である「XM29 OICW」はライフルと炸裂弾ランチャーを撃ち分ける事ができる、基本的にメイン武装を装備できるのは1つであるGGOにおいて速射性のあるライフルと射程距離に優れ広範囲に渡る火力を持つ炸裂弾を使用できるのは大きな強みである、先の情報操作に加えこれらの武装を携えたゼクシードは間違いなくトッププレイヤーの1人と言えるだろう。一部の観客はゼクシードにヴァッシュを倒されると危惧する者もいることからその評価は間違っていないことが分かる。
入場ゲートに立ち入るとヴァッシュの足元がせり上がっていくような感覚が走る。フィールド移動の演出なのだろう、何も見えない空間にも関わらずエレベーターのような機械音だけが耳に届く。
ヴァッシュはホルダーから抜いた白金の
やがて淡い光が頭上から照らし出されると鉄格子の扉を前に浮上していた足場が停止する。ゲートが開かれると同時にヴァッシュもまたその瞳を開いた。
時を同じくしてフィールドに降り立ったゼクシードは対戦場所が自身が得意とする要塞跡のフィールドだったことに笑みを浮かべる、このフィールドは入り組んだ迷宮のようなフィールドになっておりプレイヤーはいつ敵と鉢合うか分からぬ状況を進んでいくことになる。その場所はランダムで変更されそのパターンは十数にも及ぶがはこれを全て記憶していたゼクシードはどこに移動すれば自身に有利な地形に持ち込むことを把握していたのだ。
つくづく自分はツキがあると皮肉な笑いを隠すこともせず前歯を覗かせたゼクシードは迷うことなく歩を進めるとT字路となっている地点を前にして銃を構えた。そこは対向にいるプレイヤーが必ず通過するポイント、しかしゼクシードの目線はT字路の壁面を越えた先を見据えていた。
通常このポイントにはスタート地点から10分ほど要するが経路を把握しているゼクシードは3分ほどでその場所に到達している、ヴァッシュはまだ壁の向かい側にいると踏んだ彼は静かに耳を澄ませた。石造りの要塞跡の床面は反響音が強い、ヴァッシュの履いている鉄製のロングブーツであれば壁を越えて床を打ち鳴らす音が聞こえてくるはず、さらに向かいの通路は突き当りまで長い一本通路、すなわち退路はない。伊達に前BoB優勝者ではない洞察力を見せたゼクシードは徐々に近づいてくる鈍い音を耳にすると、それまで覗かせていた歯を閉じ口を噤む。
そして一際向かい側からの足音が強くなった瞬間、ゼクシードは炸裂弾の発射トリガーを引いた。放たれた榴弾は既に脆くなっていた壁面手前で炸裂、激しい爆発音と共に壁を崩壊させるとそこにすかさずライフル発射に切り替えたゼクシードが爆発による粉塵が舞い散る正面に一斉射を開始する。その先にいると思われるヴァッシュがどうなっているのかは皆目見当が付かない。
モニターからその様子を見届ける観客らもゼクシードが炸裂弾を発射する直前までヴァッシュが壁際に接近していたのを目撃している、ダインを始め、誰もがゼクシードに軍配が上がったと思い無念の声をあげている中でイクスは粉塵で遮られたままのモニターを直視し続ける、と立ち込める土煙を切り裂くように銃弾が4発ほぼ同時にゼクシードへと迫る。
それらの銃弾がゼクシードが構えていたXM29のライフルとランチャーの砲身を撃ち抜き、次いで腰に携えていた2つのグレネードが空中に弾き飛ばされるとバランスを崩したゼクシードが天を仰ぐように倒れ込んだ、その瞳の先に見えたのは真紅のコートを靡かせ空から舞い降りる
「う、うぎゃぁぁぁぁ!!?」
堪らずに悲鳴を上げたゼクシードはその叫び声が鳴り止まないままに頭部に走った衝撃でその意識を閉ざす、彼が壁際に炸裂弾を放ってからここまでで約1分間の出来事である、観戦用のモニターからはゼクシードが後ろのめりに倒れこんだと思った瞬間、モニター外上部から銃の砲身でゼクシードの脳天を穿ったヴァッシュの姿が突然現れたもので一体どんな魔術を使ったのかと誰もが目を疑う。
すると倒れこんでいたゼクシードが光に包まれ消失していく、恐怖と打撃によってプレイヤーが失神した為の強制ログアウトによるものであり、その様子を受けて会場にアナウンスが流れる。
「ゼクシード選手、プレイヤー身体異常感知による強制ログアウトの為、失格とみなします。よって勝者ヴァッシュ・ザ・スタンピード!」
その知らせに会場は歓喜とも無念とも取れる叫びがこだまする。ダインは周囲に対して掌を返したような態度であしらい、イクスは静かに胸を撫で下ろしヴァッシュの無事と勝利を喜んだ。
「やりやがったな、こんちくしょう!まぁ俺はハナからおめぇが勝つと思ってたけどよ!」
「調子のいいこと言って…!でも無事で本当に良かった…」
対戦を終えたヴァッシュが出場者ゲートから姿を現すと駆けつけたイクスとダインが勝利を称える言葉を送る、すると突然ヴァッシュが右手首を押さえてその場に蹲る。
「おい、どうした!?」
「どこか怪我でもしたの!?見せて!」
「…ってぇぇ…!あのゼクシードって人、すんごい石頭!頭突きしてたら僕のほうが伸びてたかもね、はは」
たった今死闘を繰り広げた男の言葉とは思えない間の抜けたその言葉に呆気に取られていた二人であったが、この男の計り知れない底の深さに思わず声を大にして笑った。
その光景に怪訝の表情を向ける参加者・観客の面々、標的の勝利にそうでなくとはとほくそ笑む強者達。各々が思いを巡らせる中で『それ』は静かにヴァッシュ達の元へと近づいていた。
その異変に気付いたヴァッシュが振り返るとそこには赤いフード付きのマントを纏いその顔には禍々しい髑髏を模ったような面を着けたプレイヤーがすぐ目の前に迫っていた。
「…ッ!?」
「こ、コイツ、いつの間にいやがったんだぁ!?」
「見ない顔ね…貴方も参加者なのかしら?」
「…ヴァッシュ・ザ・スタンピード…」
イクスとダインの質問に応えることもせず身長180cmを超えるヴァッシュをも見下ろすほどの大柄なそのプレイヤーはヴァッシュの正面に向き合うと着けている面によるものなのかノイズの混じった機械音のような声で迫る。
「オマエ…コロス…カナラズ…コロス…」
それのみを告げると赤マントのプレイヤーは背を向け立ち去っていく、それを見届けていたヴァッシュは『それ』が右肩に携えていた銃に目を見開く、それはシノンが愛用にして彼女の分身とも呼ぶべき銃『PGM ヘカートⅡ』。
「待てッ!!なぜお前がそれを…シノンの銃を持っている!!?」
だがその質問にも応えることなく『それ』は人混みに消えていく、すぐさまその後を追い人混みを掻き分けたヴァッシュであったが既にその姿はどこにもなかった。
「…クソッ!!」
「落ち着いて、ヴァッシュ!まだあのへカートⅡがシノンの銃だと決まったわけじゃないわよ!」
「レア物中のレア物のへカートⅡが2丁以上あるもんなのかよ?」
「うるさい!」
二人の声もヴァッシュの耳には届いていない、だがヴァッシュにはあのへカートⅡがシノンのものだという奇妙な確信があった、それは同時にシノンが第3回BoBに不参加である理由を意味していることも。
「誰だ…あいつは一体…何者だ…!?」
NEXT bullet
大分更新遅れてすみませんでした。
お詫びに過去最大文字数でお届けしました。
BoB開催、久々のヴァッシュの活躍、そしてシノンの失踪、遂に死銃登場と盛り上がってきた所なんですけど
年末に向けて忙しくなるので暫くこれくらいのペースで続けて行こうと思います。。。
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