プレイヤーネーム「キリト」、彼女がソードアートオンラインを初めてから暫くしてあることに気づく。
周りのプレイヤーの挙動の一切が遅いのだ、プレイヤーだけではない、草や水の動きさえも。まるでスローモーションの中で唯一人正常に動ける中で彼女が戦いにおいて絶対的な有利であることは必然であった。
どれほどのレベル差やスキルの差があろうとも相手が武器を振る頃には彼女は相手を一周してもなお余裕ある速度で背後を取り剣を突き立てる、ただそれだけで良かった。
それまでゲームというものに縁がなかった彼女にとってそれが普通のことだと思えたし、初心者の自分にとっての救済措置なのだろうと受け止めた。
そんな彼女がSAOで名を上げることはさして難しくなった。現実とは違う自分に酔いしれた彼女は次第に仮想世界である自分こそが本当の自分なんだと思い始める、やがてSAOにおいて知らぬものがいない存在にまで上り詰めた彼女はある決意をした。
「…お、お兄ちゃん…あのね、一緒に遊んでもらいたいゲームがあるんだけど…」
思慕を寄せている義理の兄に勇気を持って告げた彼女はそこで本当の自分を見てもらいたかった。VRMMOを主とした機械工学を専攻しており将来を見据えていた兄も当然SAOの一プレイヤーであり、その兄に自分があの「キリト」なんだと告げることで認めてもらおう、褒めてもらおう、彼女が考えていたのはただのそれだけであった。
内気で病弱な妹がVRMMORPGをしていることにも驚いたが妹がさらに全国的に有名な「キリト」であったことに兄は驚嘆の声を上げずにはいられなかった。
予想通りの反応を楽しんだ「キリト」は兄の前で見せびらかすように敵を打倒してみせた、その余りの剣戟の速度に言葉を失う兄の様子に上機嫌になった彼女は一言、他意のない言葉を口にした。
「お兄ちゃん、皆の動きが止まって見えるんだよ、SAOってとっても『簡単』なんだね?」
その一言を聞いた兄は激しくキリトを罵倒し、
キリトにとって予想だにしなかった兄の言葉、それからというもの現実世界において兄は妹と口を聞くことはおろか顔すらも合わせなくなった、やがて妹から逃げるように家を飛び出した兄はそのまま家に戻ることはなかった。
キリトには何が兄の逆鱗に触れたのか分からなかった。その理由を聞こうにも兄の連絡先は一向に分からない、やがて自分が兄に向けた放った一言が引き金になったことを確信した彼女は誤った解釈をする。
(お兄ちゃんがいなくなったのはまだ私が弱いくせに簡単だって言っちゃったせいからなんだ)
それから彼女はSAOにおいて既に比類なき強さを得ていたにも関わらずレベル・スキルを最大限まで磨き上げ、装備も有能なプレイヤーから半ば強奪に近い
(お兄ちゃん見てる?私、こんなに強くなったよ?どこかで見てるよね?)
兄が家を出てから約2年を費やしてSAOにおいて右に出るものはいない存在として君臨したキリト、だが周囲の賞賛の声とは裏腹に彼女の気分は一向に晴れなかった。いまだに連絡が取れない兄に対して彼女が思うことは一つ、まだ自分が兄に納得してもらえるだけの強さを身につけていないのだと。
そして極めに極めたSAOからリリースされて間もないALOの世界に飛び込んだ彼女はそれまでになかった魔法や飛翔が存在する世界観に浸ることもなくただひたすら貪欲に敵モンスターを、ライバルとなるプレイヤーを次々と屠っていった。それはALOにコンバートしてから僅か半年足らずでその全てを踏破してしまった攻略速度にも現れた。
いつしか彼女の目的は兄に気づいてもらいたいという一点のみに集約されるとVRMMORPGに娯楽を求めることは忘れていた、砂塵吹き荒び銃弾が飛び交うここGGOにその身を移してからもそれは変わらなかった。
飛んでくる銃弾の軌道を読んで切り落とし、敵に接近して斬る。常人では考えることも実践することすら叶わないことすら彼女にとっては効率よく作業を進めるための行為でしかなかった。
だがGGO準決勝予選で相見えた男は誰も反応すらできなかった地震の剣戟を毎々防ぎ、自分が反応できない速度の射撃を見せた。忘れかけていた感情、いや抱いたことすらもない感情が彼女を包む、負けたくないと勝ちたいという貪欲さ。
「スターバースト…ストリーム…ッ!!」
技の名を口にした彼女は左手に構えた
「がぁ…っ!?」
右脇腹に走るは光剣の刃、耐熱素材のコートの表面を蒸発させながらその刃でヴァッシュを捉える。
彼女の右手になかったはずの光剣が握られており、さきほどまで手に取っていた光剣が再び柄を回転させながら宙に舞う。予期せぬ位置からの攻撃に直撃を受けたヴァッシュだが光剣の刃がその身に届く前に身を回転させながら軌道を逸らす、が相当のダメージを負ったのか苦悶の表情を浮かべながら片膝を折る。
その様子をモニター越しに見ていたイクスとダインは初めて目の当たりにするヴァッシュの窮地に戸惑いを隠せない。
「な、なんであの野郎、二刀流なんてやってやがんだよ!?おかしいじゃねーか!?」
ダインが何故キリトが2本の光剣を扱っているのか疑問を呈す、彼女がSAO、ALOにおいて「二刀流のキリト」として名を馳せたのは非常に有名な話ではあるがここGGOでは「システム上」それは不可能であったからである。
メイン武器の携行はプレイヤーは一つしかできない。サブウェポンとして携行できるのはハンドガンやグレネード等の投擲物であり、キリトが持つ
「もしかしたら…!?」
モニターを覗くイクスはあることに気づく、キリトが右手に持った光剣を振り切ると同時にその手から手放すと先に手放していたもう1本の光剣を逆手に取っている、さながらジャグリングのように。
「まさか…ひと振り毎に装備を切り替えているというの!?」
イクスの指摘通りキリトはひと振りごとに光剣を持ち替えていた。2本同時に装備できない以上、厳密に二刀流は不可能であると考えた彼女が考えた策であるが銃を持つ相手に対して接近戦を挑む反応速度と先読みが可能な彼女なればこそ可能な神業である。
先において1本の剣筋ですら凌ぐことが精一杯であったヴァッシュは倍となった光剣の軌跡に直撃を避けられずにいた。更にキリトの剣速は一撃ごとに速度を増していき縦横無尽に繰り出される連撃は反撃の余裕を許さない。
十数連撃の太刀を浴びて遂に右膝をついたヴァッシュにキリトは右手に構えた剣を振り下ろす、だがその状況にあってヴァッシュが取った行動にキリトもそしてモニターを見つめる観戦者もその目を疑う。岩盤すらも斬り裂くキリトの剣に対しその左手を伸ばしたのだ、実体剣であれば白羽取りも可能であったかもしれないが剣先から柄まで光線が迸る光剣にその術はない。
やぶれかぶれの行為と思われたがヴァッシュの左手の平から鉄製の筒が飛び出すと光剣を遮る、その反動で折り返した筒が銃身となり左手の指に引き金がかけられると、速射性のある銃撃音を鳴らしながらキリトに銃弾の雨が浴びせかけられる、隠し銃として仕込んでいた機関銃を放ったヴァッシュであったがその弾幕は咄嗟に反応したキリトによって防がれる、が体勢を崩すには十分。嵐の如き繰り出されたキリトの剣は遂にその動きを止め、再び両者の距離は離れた。
「…驚きました、まさかそんな銃を隠し持っていたなんて」
「よく言うよ…すぐに反応してみせたくせにさ」
お互いに笑みを浮かべるがいずれも強がりであることはわかっていた。ヴァッシュは直撃を受けた箇所は高熱を纏っており目立った点はないものの相当のダメージが蓄積されていた。対してキリトも先に打ち抜かれた銃創の痛みが遅まきながら全身を襲い出す、加えて今しがた繰り出した剣戟の乱舞によって傷口が広がったのか出血が激しくなり始めていた。
限界は近い、それは玉のように吹き出す汗からも分かる。恐らく次が最後の一撃となることは会場中の人間も理解しており
「行きますよ…!これで決まりです」
「…引いてくれ…って言いたいけど無理そうだね」
キリトが下がらない事はヴァッシュは分かっていた。口では懇願していてもその手に握られた
そして互いにそれぞれの武器にかける、そこから両者が動き始めるのに一瞬の時間もなかった。
キリトがやや前に出した左足を蹴り出すと一直線にヴァッシュに迫る、その際右手に握る光剣は目線のすぐ下に構えながら左手に握るサブ武装 FN Five-seveNの引き金を引く。
銃撃においては門外漢である彼女が放った銃弾は至近距離であるにも関わらずヴァッシュを捉えることは出来なかったが牽制としての役目は十分果たしており、抜き撃ちによるカウンターを狙っていたヴァッシュも思わぬ発砲に一瞬たじろいだ。
その一瞬で三度懐に飛び込んだキリトは光剣の連撃を再度ヴァッシュの胴体に放つ、が右手に握る銃、左手に携えた機関銃を手にしたことで毎々その連撃をいなす。だがその隙をついてキリトに向かって銃弾を放たなかったのは彼女がひと振り腕を振るう度に両肩から血飛沫が舞い、歯を食いしばる表情は苦痛に歪めていたから。それでも彼女の執念とも意固地とも取れる乱舞の剣速は衰えるどころか寧ろ加速度的に増していく。
もう、終わらせる。
ヴァッシュは両手の人差し指に力を込めた。
キリトが握る光剣、持ち替えに宙に放った光剣、そして腰かけたFN Five-seveN 3つの武装がほぼ同時に弾かれる、右手に構えた
キリトの体がゆらりと後ろに倒れる、それは見るもの全てが決着が着いたことを確信させるものであった。だが地に倒れたキリトがゆっくりとその瞼を開く。多量の出血によるためか、緊張の糸が切れたのか理由は不明だが体が動かない、だが生きてはいる。
ヴァッシュの放った銃弾はキリトの右耳を掠める程度に留まる、外れたのではなく外したことは明確だった。
「なんで…殺さないんですか…!?情けのつもりですか…!?」
キリトの問いにヴァッシュは応えることなく銃を収めた、その反応に感情を燃え上がらせた彼女が罵倒の言葉を浴びせるが、瞬間彼女は気づいてしまった。あの時、兄に向けて放った言葉もこのように感情を揺さぶるものであったことを。
否、はじめから気づいていた、ただそれを認めることが怖かった、兄に嫌われてしまったことが恐ろしかった、『キリト』という本物の自分を見て欲しかったはずなのにいつの間にか彼女は『キリト』のせいであって現実の自分は悪くないのだと逃避に走っていた。
自分を磨き上げてきたのは兄への贖罪ではなく現実世界の自分と仮想世界の『キリト』は別人なのだという言い訳を作るために過ぎなかった。
だが別人として切り離していた『キリト』が負けようとしている、情けをかけられている、それが堪らなく嫌だった、許せなかった。そうして初めて彼女は自身と『キリト』が同一人物なのだということを思い知る。
「私は…ッ私は…ッ!!」
「君は優しいね…キリト」
ヴァッシュが彼女にかけた言葉は意外なものだった、強さを称えることも弱さを指摘するわけでもなく「優しい」、そう答えたのだ。
キリトは嵐のような乱舞「スターバースト・ストリーム」をヴァッシュに放ちその刃を幾度もその身に浴びせていたが岩盤をも打ち砕く彼女の剣がヴァッシュの胴を裂かなかったのは最後のひと振りを返さなかった為である、それは次の一撃を放つために剣を手放す必要があった為ではあるがそうせずとも勝負を決する機会は幾度となくあった。更に彼女は全身を細切れにせんとする嵐の剣戟の中でただ一点、ヴァッシュの首から上は決して狙わなかったのである。
それは自身の両肩、両足から流れる血とそこから奔流する痛みの恐怖を刻んでいたから。ヴァッシュの首を切り落とした際に伝わる感触を無意識のうちに敬遠していたのかもしれない。
それを彼女の優しさから来るものであることを願った故のヴァッシュの言葉に思わずその目から涙が溢れる。
「なんで…そんなこと言うんですか…!?私…ッ!」
「…君は一言も僕を『殺す』って言わなかった、傷つく痛みを、死ぬ怖さが分かっていたからじゃないのかな?」
「…勝たないと…貴方に勝たないと私は…お兄ちゃんに…ッ!」
身体を起こそうとするも心は身体は正直であった、震える手には力が入らない。再び頭を地に付けた彼女にヴァッシュはそっと手を差し伸べる、その行為を情けだと受け止めることはもうしなかった。
「…私の負けです…ギブアップします…」
キリトのギブアップ宣言により会場アナウンスがヴァッシュの勝利を告げる。歓声に沸く会場内、ヴァッシュの勝利を信じて疑わなかった闇風やペイルライダーはその結果を静かに受け止める。イクスとダインも苦戦を制したヴァッシュにほっと胸をなで下ろした。
キリトはヴァッシュにおぶさる形で出場者ゲートから帰還すると会場内から惜しみない拍手と賛辞の声が浴びせられた。それは今まで何度も何度も聞いてきた声であったが敗北した自分に対して向けられた言葉は今までに聞いてきたどんな言葉よりも彼女の胸に残った、今はまだ行方知らずの兄だが今度会う時は胸を張って自分は『キリト』であることを告げられるように敢えて彼女はその声援に腕を振って応えてみせた。
と、会場内に戻ったヴァッシュが膝を折るようにつく、背中におぶさっていたキリトも彼を出迎えたイクスとダインも慌てて駆け寄る。やはり相当のダメージが蓄積していたヴァッシュは大きく息を切らす。
「…随分と苦戦したようだな、私と戦う前に誰かに殺されてくれるなよ?ヴァッシュ・ザ・スタンピード…」
その前に立ちふさがるは死銃、膝を折ったヴァッシュを見下ろす形で前に立った死銃は決勝を前に満身創痍のヴァッシュを嘲笑するとその場を立ち去っていく。
だが今のヴァッシュにはその挑発に応じる余裕がなかった。結果としてキリトとの戦いを圧勝にて幕を閉じたように見えたが肉体的なダメージ以上にキリトの超人的な動きに対応するために費やした神経の消耗が激しい。
「その体で決勝を戦えるんですか…?」
「やるさ…シノンを取り戻さないといけないからね」
「そんなに大事な人なんですか…?シノンさんって」
「…君みたいにおしとやかじゃないけどね、きっと君と仲良くなれると思う、素直で強い子だよ」
一連の事情を聞いたキリトであったがそれでもヴァッシュとの戦いを全力を以て臨んだことは微塵も後悔はしていない。シノンというプレイヤーがどんな人物かGGOにコンバートしてきたばかりの彼女はヴァッシュの言葉でしかその人物像を形作ることができなかったがこの男が身を投げうってまで救いたいと思わせるシノンがどんなプレイヤーなのか興味を抱いた。
先のキリトとヴァッシュの戦いにて再び熱気を帯びたBoBではあるがやはりプレイヤーの死亡の演出が生々しいことが再度確認されると決勝ラウンド進出をかけた決勝戦を迎えても各ブロックを棄権するプレイヤーが続出した。ヴァッシュの決勝戦の対戦相手もその例に漏れず、労せずして決勝ラウンド進出を遂げたヴァッシュ。
気づけば決勝ラウンドに参加する選手は当初20名を予定していたにも関わらず、前大会よりも少ない6名にまでその数を減らしていた。
いささか盛り上がりに欠けてはいたが死の恐怖を前に勇敢な6名だと会場アナウンスのお膳立てもあり会場内のボルテージは前大会時に劣らぬ歓声を浴びて迎える。
「いよいよ決勝か…死銃とかいうヤローのせいできな臭くなったが借りを返す時が来たぜ」
猛る気持ちを抑えつつ闇風は呟く、それは声を発せずともペイルライダーも同様であった。決勝の舞台を前に準備に余念がない他参加者を押さえて早々に決勝舞台である出場者ゲートをくぐっていく。
慌ててそのあとを追うように他ブロックの予選を勝ち抜いたプレイヤー2名が続く。やがて会場に残された死銃とヴァッシュはまるでお互いが感応したように同時に座していた腰をあげると対向する出場者ゲートへと向かう。
最早両者に言葉は必要ない、これから交わされるのは言葉ではなく銃弾のみ、それが絶対であり真理。
ヴァッシュ・ザ・スタンピード、彼がこの世界で為すべきことを為し、遂げることを遂げるために。そして死銃の手に落ちたシノンを救うためにその歩を進める。
決着の時は静かに近づいていた。
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2015年、新年初の投稿です、今年もよろしくお願いします♫
(物語はクライマックスですが)