その青年はこの世に生まれ落ちた時に先天性の疾患を抱えていた。
病名は『喉頭横隔膜症』、端的に言えば声を発することが出来なかったのである。
それ以外の疾患は見られなかったが逆にそれが自分が他者と決定的に違うということを思い知らせることになった。
幼年期から小学校を卒業するまでの間、会話という当たり前なコミュニケーションをとることができなかった彼に対する周囲の目は冷たく、自宅に篭もりがちな日々を送る彼にとって自分の生きるこの世界は地獄そのものに映ったことだろう。
いつしか少年は『死』に対して客観的な見解を持つようになっていく、死に関する文献を人知れず読み耽るのはまだ10年程しか生を歩んでいなかった彼の悟りとも諦めとも取れた。
それでもそんな自分を愛してくれる両親の事を少年は大変好いていたので、『自ら命を絶つ』ことはせず、家庭的に問題のある行動を起こさなかったのは両親にとってもまた救いであった。
ある日、両親が少年を連れて外へと出かけた。特に思い入れがあった訳ではなかったが、偶々家から近い場所で有名な海外パフォーマンス集団の国内ツアー公演が行われることを理由に、少しでも外の風に触れて欲しいと少年を連れ出す口実に過ぎなかった。
物言えぬ少年が唯一両親を困らせていた事と言えば会話の代わりとなる手話を覚えようとしなかったこと。それは細やかな反抗心だったともとれるがその根は深かった。
手話と言うコミュニケーションを図る事に負い目を感じていたのは少年が喜怒哀楽を表現できなかった事に起因する、何をすれば喜びとし何をすれば悲しみとするのか人として当たり前な感情を学べなかった彼の顔から感情を覗かせることは両親ですら数える程しか記憶にない。
拍手喝采が鳴り止まぬステージにおいて周囲が興奮のるつぼの中で、少年の目に写ったのは地上から十数mはあろう高台。恐らくパフォーマンスの為に設置されたものなのだろうが周囲が期待を寄せる中、少年の胸中にあったのは唯一つ。
『
そんな少年の思いなど露知らず舞台に興味を示していると受け取った両親が笑顔を浮かべていると、会場アナウンスと共に舞台中心にスモークに包まれる。
派手な音楽と演出の中、姿を見せたのはメンバー全員が青白い柄の迷彩スーツに面妖なピエロの面を被っているという何とも奇妙な出で立ちであった。
これには少年も思わず目を丸くした、イメージにあった座長が観客を煽りながら演者たちがこれみよがしの表情で大袈裟なパフォーマンスを行うとばかりと思っていた。
だが派手な音楽や照明が会場中に振りまく中で舞台の中心にいる連中はまるで公演前のリハーサルとばかりに淡々と舞台を悠然と歩き出す、緩慢な動きに一瞬会場の空気が冷めたその時、堰を切ったように演者の一人が駆け出すと2mを超える跳躍で正面のメンバーを飛び越える。
呼応するように他のメンバーも会場狭しと駆け回ると会場は瞬く間に熱狂の渦へと包まれた。
特殊なギミックを使っている訳でも演出も何もない、ただ己の身一つで垂直の壁を駆け上がり、人間離れした動きを披露しているだけ。にも関わらず観客席からは割れんばかりの歓声が上がる、表情が見えずともその躍動感が演者の心を鮮明に表していたからだ。
その光景に物言えぬ少年は見惚れていた、手話を使わずとも、顔に出さずとも己の思いを伝えることができる『アクロバット』という動きに魅了された。そして先ほど少年が気にかけていた高台から演者たちが命綱もつけずに次々と飛び降りる、歓声と悲鳴が上がる中、まるで空を舞うように、大地を滑るように着地した姿に思わず少年は腰掛けていた座席から大きく身を乗り出した。
その表情は実に少年らしい快活で明朗な笑顔に包まれていた。
……………
青年は思う。自分は闇風ほどヴァッシュに対してさして思い入れはない。確かに神業の如き射撃の腕と、掴みどころのない性格は青年の感性をくすぐったが、心を揺さぶるほどではなかった。
それでもGGOという最高の舞台で自身の演舞を観客に披露する、その一つごとを目的に参加した本大会で青年は思わぬ「モノ」を目にすることになる。
先の予選にてキラーオブキラー上位のベヒモスと対峙した『
自分と同じく表情を隠しているのか髑髏の面を着けたプレイヤーにほんの少し興味を持ってその試合を観戦していた青年だったがそこで
その禍々しい外見とは裏腹に実にしなやかな動きを見せた
――今、青年がGGO決勝の舞台に立っているのはヴァッシュと戦う為でも、自身の舞を観客に披露したい為でもない。ただあの瞬間に魅せられた
それこそが『ペイルライダー』、彼の本懐であった。
ヴァッシュの高らかな挑発宣言にもペイルライダーは動じなかった、だがヴァッシュと浅からぬ因縁がある様子を見せていた
その背後にてペイルライダーを追う影がひとつ、過去GGO二大会においていずれも本戦出場を果たしている実力者、
その首に高額な賞金が懸けられているとは言え、ゼクシード、キリトと相次いで強豪を退けてきたヴァッシュ、そしてそのヴァッシュの首を狙いベヒモスを殺害した
いずれも命中率重視型のミドルアタッカーである自分とは相性が悪いと踏んだ彼が最初の獲物にペイルライダーを選んだのはいかに彼がトリッキーな動きを見せたところで一度目標に捉えてしまえば容易いと考えてのことである。
廃墟エリアに侵入してからでは他のプレイヤーと鉢合わせする可能性も否めない、ペイルライダーを仕留めるタイミングはここしかないと荒野エリアにて目標を捉えた
距離もあり当然ペイルライダーを一撃で仕留めることは出来なかったが、ペイルライダーの動きを止め、また爆風による視界の途絶に距離を詰めると手に持ったアサルトライフルを構える。速射性に優れるライフルに加え、左目に装着した眼帯型の照準補正デバイスを用いた彼の射撃は極めて正確にペイルライダーを捉えていた。
フィールド上に点在する岩場や鉄柵、通常であれば歩行することも困難な場所でもペイルライダーにとっては容易いがその足場すらない荒野エリアでは得意の三次元機動を発揮することはできない。武装も近接型のアーマライトAR-17と距離を置いての戦闘が不可能である以上、
しかし爆風が晴れ、ペイルライダーの姿を捉えていた眼帯のデバイスが突如として無数の飛翔物をそのセンサーに捉える、肉眼でも確認できたがペイルライダーが何かを空に向けて放ったのだろうか、僅かに輝く無数の何かがペイルライダーの周囲に散布された瞬間、ペイルライダーの姿がその場から『消えた』。
――否、消えたのではない。
輝く空をまるで流星が煌く如くペイルライダーが縦横無尽に駆け抜ける。咄嗟に銃を空に向けて放つもその人間離れした機動と金属音を叩く何かに阻まれ届かない。
コツンと額に当たり、地面に落ちたその金属物を見た
武器でもない只のコインが何故戦場に? そう考えを巡らせることよりも目の前に起こっていることが全てだった。ペイルライダーは空に舞い上がった厚さ3mm、幅3cm程のコインを『足場』として空から空へとその姿を映していたのである。
アクロバットスキルを極めた彼にとって着地できない足場はない、だがそこからの移動には類まれなる空間認識能力が求められる。それはどんなスキルでもレア装備でも補うことができない、ペイルライダーが研鑽してきた『ワザ』である。
そして右手に持ったアーマライトを
「ま……待っ……!!」
その言葉を聞き届けることなく右人差し指を引くと左目の眼帯と共に脳漿を撒き散らしながら
表情の見えぬヘルメット越しにその亡骸はどう映るのか、しばし恐怖に歪んだ
……………
ヴァッシュは歯がゆい思いでその場を動かなかった、いや動けなかった。耳に微かに聴こえてくる銃声から何処かで戦闘が行われている、今すぐにその場へと向かいたい気持ちで溢れていたが
下唇を噛み締めながら戦闘を行う者たちの安否を、そしてシノンの無事を祈るように頭を下げた、その時であった。
項垂れた首筋裏を空気の渦が掠めていく、直後に自身の右手にあった岩盤が砕け散ると反射的にヴァッシュは身を潜める。
狙撃されたことに気付かなかった、全く気配がなかった。それは狙撃手だけではない。放たれた銃弾の音すらも周囲の吹きすさぶ風の音が煩いと思えるほどまるで聞こえなかったのだ。
「ヨク、カワシタナ……ソウデナクテハ、オモシロクナイ」
「
姿が見えずともその機械仕掛けの声の正体は察しがついた、だが躱したと語った
姿も見えない、銃声も聞こえない。その人間性も目的も不透明な相手にかつてない緊張感を持ってヴァッシュは銃を構えると一つ深く息を吐いた。
「勝負を始める前にもう一度だけ確認させろ!!俺が勝ったらシノンを無事に返してもらう!!……いいな!?」
「……ソレガオマエニデキレバイイガナ」
戦いの前に両者が交わす言葉は恐らくそれが最初で最後、意を決したヴァッシュはその身を前に乗り出す、ここに第三回BoB本戦決勝、異端者同士の戦いの火蓋が切って落とされた。
NEXT bullet
ようやく、ようやくのヴァッシュVS死銃です。
次回 GW期間中までになんとか仕上げてお見せしたいと思います!