照準器を覗きながらシノンはこの状況を予測できなかったことを悔いていた。冷静のつもりだった。上手く相手を自分のペースに巻き込んだはずだった。だが今追いつめられているのは自分。
倒壊していくビルがシノンの位置する南東エリアに集中していく。相手の男も自分を狙撃するならばこのポイントだろうと予測しているようだ。
廃墟ビルを破壊していくなど一見粗暴極まりない愚策に見えるが、武器とフィールド地形を活かした戦略と戦術と言える。細身の男の小物ぶりが目立ってはいたが相手の大男は見た目以上にクレバーのようだ。恐らく外見以上に敏捷性や器用さに長けているのだろう。エリアの進行速度が想像以上に早い。また弾頭の装填速度も爆発音の間隔から相当のスキルであることがわかる。
だがこの窮地にある中で相手の所有スキルやステータスを分析できるだけの余裕がシノンにはあった。本来1VS1の戦いにおいて接近を許せば敗北が確定と言っても過言ではない狙撃手である彼女がトッププレイヤーと呼ばれる所以はその腕以上の分析力・判断力にある。
さらにシノン、もとい狙撃手には射程の長さ以上に最大の利点がある。GGOというゲームにおいて
これは急所による一撃必殺が可能なGGOにおいて大きなイニシアチブであり、また生命線でもあった。というのも同一相手への次弾、もしくは姿を目視された相手には
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徐々に振動音が激しくなってくる。シノンが腰を構えるビルまでの距離が2㎞といったところまで相手は接近している。しかしそれはヘカートの射程距離に入っていることを意味していた。照準器を覗きながらいつものルーティンを行う。汗はかいていない。落ち着いていることを確認した彼女だったが瓦礫の砂煙が晴れたところで姿を現した男に目を見開く。
頭部にはフルフェイスタイプのガードを、胸部には厚みのあるプレートを装備。それは被弾覚悟の重装備であったが、ヘカートの銃弾を持ってしても堅牢な装甲を持つ頭部や胸部を一撃で撃ち抜くことは恐らく不可能であった。
「・・なるほど・・そういう訳ね・・!」
前述の通り、狙撃手の同一相手への次弾は
止まっていたはずの汗が額から流れ落ちてくる。心臓の鼓動が早くなってくるのを感じる。ここまで追い詰められたのはいつ以来だろうか。久しく忘れていた窮地に陥る感覚。
迫る死の感覚にその時の少女の顔は何故か笑っていた。犬歯を覗かせながら。この感覚この恐怖を乗り越えてこそ、自身は『強く』なる。この危機を乗り越えればあの『トラウマ』を克服できるかもしれない。少女はそう思っていた。その歪んだ笑顔は恐怖に駆られたものではなく、期待や希望に満ち溢れたものだった。
いつの間にか汗は止まっていた。心臓の鼓動はいつになく静か。まるで就寝に就くように穏やかな呼吸、照準器越しに見える
「くそっ!目くらましか!?小細工しやがって!だが今のでおおよその位置は掴めたぜ!」
熟練のプレイヤーともなれば着弾点で大体の発射ポイントが掴めるものだが、男は瞬時にシノンが潜伏しているであろうビルを見抜く。白煙でいくら視界が覆われようとも目標は20m超のビル。決して外すことはない。寧ろこの白煙で自分の姿を消してくれたことに感謝していた。
「ははは!これでテメーも終わりだぁ!シノォォン!!」
高々と笑い声をあげて男がランチャーの引き金を引く。その瞬間、男のいた地点で大爆発が起こった。凄まじい轟音と共に周囲の建造物を巻き込んでいく。
「・・・粉塵爆発。科学の勉強が足りなかったようね。」
爆発地点を見下ろしながら少女は呟く。先程狙撃したのは小麦粉の袋の山。その粉塵は酸素と交わることで気化したガソリンと等しく燃焼に敏感となる。男がランチャーの引き金を引いた際に発生した火花に反応し、滞留していた粉塵が爆発したのだ。その破壊力は上空に高く燃え上がる爆炎が証明している。
「さてと・・・。」
少女は改めて腰を下ろすと銃を構える。先程の爆発で決着が付いたのであればとうにアナウンスが自分の勝利を宣告している。それがないと言うことは男はまだ生きている事を意味していた。やがて煙が晴れていくとそこには右手と右足が消失していながらも辛うじて命をつなぎとめていた男の姿があった。頭部と胸部を堅牢に覆っていたことで即死は免れたようだがそれでも虫の息と言ったところである。
「左手か左足も吹っ飛んでれば戦闘不能扱いになったのにね・・ご愁傷様。」
そして少女は狙いを男の頭部に合わせる。もはや地を這う程度の体力しか残されていないようだ。しかし決して少女の照準がブレることはない。確実に息の根を止める。それのみを頭と心とそして右指に言い聞かせる。しかしその集中力が仇となっていることに少女は気づいていなかった。向かいのビルの屋上より少女を狙う影、対戦相手の介添人である細身の男がその銃口を彼女に向けていたのだ。
チンピラの二人は最初から1対1の決闘などするつもりはなかった。まず大柄の男がロケットランチャーによる破壊でシノンの気を引きあわよくば撃破、一方細身の男は鍛えに鍛えていた敏捷性と隠密スキルを駆使しながらシノンに接近し狙撃する。シノンほどではないが狙撃の腕には自信があった。距離にして約200mだがこの位置ならば外す気はない。舌なめずりをしながら照準器をシノンに合わせる。血の気が多い男であるが、相棒の仇だと声に出さなかったのは狙撃手としての経験からだった。
そしてシノンの指に、細身の男の指に力が込められる。
瞬間、響いた銃声音はたった1つだけだった。
シノンはそれが当然自分のヘカートから放たれた銃弾の音だと思った。事実その通り銃弾は地に這いつくばっている男の脳天に向かっていたのだった。
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結論から述べると、決闘の勝者はシノンであった。決着内容は「対戦相手 メイン武装破壊による戦闘不能につき」。モニター越しの観客が沸く中でドームへと戻ったシノンだったがその表情は暗かった。解せない点がいくつもあったからである。
一つ目は向かいのビルにいた男。決着の後に狙撃されかけていたことを知ったシノンだったが、その男がビル屋上に設置してあった看板の下敷きになって伸びていたこと。
二つ目はその下敷きとなった看板には4つのビス止めがしてあったのだが、『何故か』そのビスが4つとも強い衝撃で外れたということ。
三つ目は自分が放った銃弾。確かに男の脳天に向かっていたはずの銃弾がロケットランチャーの砲身部を撃ち抜いていたということ。
そして四つ目はドーム脇でイビキをかいて寝ている金髪、赤コートの男。あそこまで運んだ際にふいにその男が腰掛けていた白銀の
もしやと思い、少女は男を見るがそのあまりにも能天気な寝顔に小さく溜息をつく。
「まさか・・ね・・。」
と、突然少女にクエスト達成のアナウンスが届く。一体何の、と思った少女であったが達成クエストの要項を見て再び金髪の男へと向き直る。
「・・んが・・?ふわぁ~あ・・あ、シノンちゃん?面白いコトはもう終わったの?」
ようやく目を覚ました男は眠気眼をこすりながら大きく伸びをする。
「・・まさか・・あんたが・・!?」
少女の問いに男は首を傾げる。だが謎のクエストの受注とその達成。そして先程の決闘の顛末。この男は何者なのか。シノンは初めてGGOにおいて他者に対する興味を持ち始めていた。
「アンタ・・名前は・・」
男に名を訊ねようとした瞬間、シノンを含む周囲のプレイヤーのパネルがオープンされ、警報のようなブザー音が鳴り響く。それは不定期に開催されるGGO内全プレイヤー参加による緊急クエストの報せ。
「・・!!もう、なんだってこんな時に!?」
一難去ったところで再びの一難。これもかつて
シノンを含む全てのプレイヤーはこの時誰一人として、この男が異名通り『台風の目』となることなど分かるはずもなかった。
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