『獣』は学習する。より安全に身を護るために、より確実に獲物を仕留めるためにはどうしたらいいのかと。そして進化の過程の中でそれは時に知能として、時に身体的特徴となって現れ、種の生存を保ってきた。
『人間』は学習する。より知恵を付ける為に、より豊かに生活していく為に。そしてより強くなる為に。それは『技術』として歴史と共に発展していった。
獣と人間の学習能力の差異を上げるならば、それは質量だろう。獣は己が身に必要な点のみを学び取っていくのに対し、人間は貪欲に知識を貪っていく。技術の発展もまた個人や組織の闘争の先にある。そうして研鑽された技術は時に人知を超えたモノとして昇華することがある。それは成長とも進化とも形容しがたい、あえていうなればそれは、『領域』。
GGO内にてけたたましいブザー音が鳴りひびく。各プレイヤーはそれぞれ自身のパネルに開示されたその内容に目をやった。
緊急クエストとは本来プレイヤーが任意で受注するクエストとは個別に存在するものであり、内容はもちろんいつ発生するかも定かになっていない。これは数あるVRMMORPGの中でより顧客に刺激を与え、認知度・注目率の向上を狙う運営の目的が見えていた。過去に3回ほど開催されたがそのどれもが公式HP上にも事前情報が入っておらず正に神出鬼没のクエストであった。これまでは比較的閑散となる深夜等に行われていたのだが、本日は夕刻を過ぎて間もない内の通達。4度目にして初めてこの場に立ち会えたプレイヤーは多く、歓喜の雄叫びをそこかしこで上げていた。
シノンも緊急クエストに遭遇するのは今回が初。本来であれば喜ぶべきなのだろうが、本日は私用が残っていた為にあまり時間はかけたくなかった。複雑な気持ちでクエスト内容を開示する。
「・・暴走列車を食い止めろ・・?」
思わず口にする。これまでの緊急クエストはいずれも危険クラスの高い大型モンスターの討伐であったため、今回もと思われていた。しかし今回のクエストは大都市間を繋げるエリア移動用の列車が原因不明の制御不能状態に陥ってしまったとのこと。今回のクリア条件はこの暴走した列車を停止せよとあった。そこまではシノンを含むプレイヤー達もその内容に頷いていた。しかし、次の一文を見たプレイヤー達は戦慄し、声を上げた。シノンも心中穏やかではなかった。その一文とはもし列車を停止できなければ各エリアの大都市部に突入、拠点としているプレイヤーたちのアイテム保管庫、鋳造施設、売店などが壊滅的被害を受け、数か月の施設利用停止になるというものであった。
「・・ッ!?なに、これ!?冗談じゃないわよ!?」
思わずシノンも声を荒げる。余りの大声に金髪の男が大げさに後ろに飛びのいたほどに。
GGOの大都市にはドームの他にも、武具や銃弾を取り扱う売店、入手した素材から鋳造・製造を行う鍛冶施設、各プレイヤー個人のプライベートルームなどがある。正に全てのプレイヤー達のホームであった。それが数か月間使用停止になるなど冗談でも笑えなかった。
今回のクエスト失敗の措置に大多数の不満があったのか、多くのプレイヤーが運営に苦情の連絡を入れたようだがその反応は一切なかった。代わりに暴走した列車の現在地、今回の報酬が列車に積まれた金貨一億クレジットである旨が伝えられると、先程までの罵倒の声は一転、再び歓喜の声に包まれた。GGOで認可されているゲーム内の通貨を現金に換算できる「リアルマネートレーディング」。これによって生計を立てているものも多い。今しがた運営より通知された報酬の一億クレジットは日本円に換算して100万円。GGOにおいてトッププレイヤーの者たちであっても数か月分の働きに匹敵する金額である。プレイヤー達はこの報せにあっさりと掌を返した。
「ねぇねぇ、シノンちゃん?これから何かお祭りでもあるの?」
周囲の反応に金髪の男が尋ねる。シノンは溜息をひとつ吐くとこれから始まる醜い争いを皮肉った。
「・・ええ。ハイエナ達が群がる素敵な祭りの始まりよ。」
と、ドーム内に暴走列車とそれをバギーで追うブローカー達の映像が映し出された。クエスト開始から間もないにも関わらず現場にいるところを見る限り、偶然その場に立ち会ったようだ。モニターを見る他のプレイヤー達は無念の悲鳴を上げる。
バギーにまたがる男たちは手に持ったライフルやマシンガンを列車に放つが黒光りしたいかにも重厚な外装は浴びせられる銃弾をものともせずに荒野を突き進んでいく。その姿はさながらその列車自体が巨大な弾丸のようであった。
あらゆる火器を試したが一向に効果が見られない事に苛立ったバギーカーはそれぞれ列車に並行するようにスピードを上げると徐々に列車間との距離を詰めていく。どうやら列車に取りついて乗り込むつもりのようだ。
「バカッ!!よせっ!!」
「・・えっ!?」
シノンはその声に驚いた。隣の金髪の男が大声でモニターに向かって叫んでいたからだ。その表情も真剣なものであり、とても先程まで酔いつぶれていた男と同一人物には見えなかった。
バギーカーの助手席部に座っていた男が身を乗り出すと列車に掛けられた梯子部に向かって手を伸ばす。整備された線路を走る列車に対して接地性の悪い荒野をバギーで駆けているため、中々タイミングが取りづらいようだ。あと少し、あと少しと伸ばす手で梯子を手繰り寄せるような動きをする。その光景を見ている金髪の男はなおもモニター部に向かって叫び続ける。それは決して他のプレイヤー達が『賞金を総取りされたくない』という思いから発している言葉とは違う。シノンは額に汗を浮かべて叫び続ける男の顔を見てそのことを感じ取っていた。
そして遂に男の右手が列車の梯子部を掴んだその瞬間。
男の右肩はまるでパンの耳を千切るかのように体から離れ、投げ出された体は、癇癪を起こした幼児が手に持った人形の玩具を壁に叩きつけたかのように列車の側面に衝突すると、置いて行かれた右肩を除く四つの部位が側面を沿うようにものすごい勢いでモニター面の外へと消えて行った。その光景はマナーの悪いドライバーが窓から紙屑を投げ捨てる様に似ている、些か不謹慎ではあるがそのような表現しかできない。それほどまでの一瞬の出来事だった。梯子部を握りしめた右手が肩部まで風にたなびくタオルのように激しい動きをしていたが、やがて繋がっていた部位を追うように飛んで行く。
その様にモニターを除く他のプレイヤー達は侮蔑の言葉を上げながら、嘲笑う。ざまあみろと、自分にもまだチャンスがあるとそれぞれに興奮しながらドームの外へと駆けだしていく。それはGGOという世界だからこその異常な光景なのか、これもまた利己的な人間の性なのか。ドームに残されたのは金髪の男とシノンの二人。
「・・馬鹿なヤツ。ドラマじゃあるまいし時速200Kmで走る列車に飛び乗ろうとするなんて。」
他のプレイヤー達ほどではなかったものの、シノンは先の行動を鼻で笑った。
「・・何が可笑しいんだ・・?」
「えっ・・?」
低く重い声にシノンはその声の主が誰なのか一瞬分からなかった。しかしこの場に残されたのは自分と隣にいる男の二人だけ。
「何が可笑しいんだ!?たった今、人が!死んだ!死んだんだぞ!!?」
「・・・ッ!!?」
その顔は怒りと共に悲しみに満ちていた。男の両目にはうっすらと涙が浮かんでいる。シノンはその気迫に気圧されながらもこの男の情緒不安定とも思える態度が不思議でならなかった。やがて男は赤のコートを大きく靡かせるとドームの外へと向かって歩き出す。
「ちょっと、どこに行く気よ!?」
男はその問いに答えることはなかったが、列車の元に向かうことは明らかだった。シノンは頭を掻きながら振り返る。本当に今日は日が悪い。これ以上の厄介事は勘弁してほしかった。今日はこの後予定もあるのだ。シノンはログアウトの選択画面を開くが、ふとその指を止める。罪悪感なのだろうか、先ほどの男の言葉にこんなにも胸が締め付けられる思いをしているのは。
当たり前のように敵を撃ち殺し、当たり前のようにライバルの失敗を喜び、当たり前のようにプレイヤーの死に慣れている。GGOではそれが普通、日常なのだ。何故ならそういう『ゲーム』なのだから。自分が罪悪感を持つ必要などどこにもない。
そう言い聞かせるものの、人の死を笑ったことを本気で咎められたことに心は晴れなかったシノンは画面を閉じるとドームの外に向かう。もう彼女の頭には本日の予定の事は残っていなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・
「ちょっと待ちなさいよ!」
既にドームから数百m離れていた地点でシノンは男に声をかける。徒歩で行こうとしていたのか、その足は都市のゲートへと向かっていた。
「あんた、今列車がドコにいるか分かって向かってんでしょうね!?」
「・・・・あ。」
一言声を漏らすと男はそっぽを向いてわざとらしい口笛を吹き始める。少女は呆れて溜息を吐くと、男の袖を掴んだ。
「そんなことだと思ったわよ。付いてきて、車出すから。」
そうして向かったのは街の郊外にあるカーレンタルショップ。個人で車両を持つことも可能だが、高価な上に使用できるフィールドが限定されているためにプレイヤーのほとんどが時間制のレンタルカーを使用している。しかし今回のクエストの為か、高性能な車種は全て貸出されており、残っているのはレストアのバギーカー。レンタルとはいえお世辞にも良いとは言えないその外観。破けたシートにひび割れたフロントガラス。走行できるのかどうかすら怪しい状態であったが、足を確保しないことには始まらない。シノンは手早く契約を交わすとバギーに乗り込んだ。いつのまにか当たり前のように助手席に座っている男にイラついたが、構っている暇はない。どうせ首を突っ込んだのであれば賞金は自分が頂く。そんな邪な考えでシノンはハンドルを切った。もちろん運転免許など持っていないが、このGGOでは乗り慣れたもの。実際にVRMMOを自動車研修に使用しているこの時世では小学生がハンドルを握っていてもおかしくはなかった。
ゲートを出てしばらくしてからシノンは現在の列車の位置を確認する。依然として速度を保ったまま進行を続けているようだ。このままではあと30分もしない間に都市部に到達することが予測される。オープンチャンネルを開くと、列車をとり囲むようにプレイヤー達が駆るバギーの姿があった。グレネードなど爆発物を放つもまるで効果が見られない。ある集団のバギーでは特攻として自身が乗ったバギーごと列車に体当たりを敢行するといった愚行に出る者まで現れた。
少女が助手席の方にちらりと目をやると金髪の男は下唇を噛みながらモニターの映像を食い入るように見ている。やはりその表情は固い。この男はまさか
思考を巡らせているうちに前方にうっすらと黒い物体がその姿を現す。全長100mを超えるその巨大さもあいまってまるで砂漠を飲み込み様に進行する海洋生物と見紛うほどの迫力に思わずシノンはたじろぐ。元より危惧はしていた。グレネードでも傷一つ負わない外装にヘカートの銃弾が通用しないのではないかと。恐らく先に決闘を交えた際のロケットランチャーの火力ですらこの質量を持った怪物に対抗できないだろう。
「こんなの・・どうやって止めろって言うのよ!?」
そう声を出さずにはいられない。他のプレイヤー達も同じ気持ちだった。刻々とタイムリミットが迫る中、クエスト内容更新の報せが通達される。急いでシノンが開示するとそこには列車の減速装置の位置が示されていた。だがその位置は列車先頭の先端部にあり、しかも側面は装甲板で固められていた為にポイントを切り替えるには列車の正面に立つ必要があった。
その情報を見るなりいくつかのバギーカーが正面に回り込もうとするもその瞬間バギーごと車輪に巻き込まれていく。
細切れになった破片は後続の車両に襲いかかり、もはや列車に迫るだけの車両は列車の前方にて構える集団しか残されていなかった。その数約15台ほど。
この集団を越えられれば防衛網はない。時間制限が来るよりも前に決着を付けなければならない。我先に向かっては減速装置を狙い発砲するが、円筒状となっているそれは直径にして約20cmほど。加えて加速度はゆうに時速200㎞に迫っている。いよいよ覚悟を決めたのか、複数の車両が線路内に立ち入り正面から迎え撃とうと進路を変えたその時。
突如としてバランスを崩した車両はそのまま線路から大きく外れ鎮座する。全車ともタイヤがパンクしたのだろうか。望遠モードに視野を切り替えていたシノンであったが、通常モードに戻したところで目の当たりにする。その横で白銀の
シノンは何が起こったのか理解できなかった。望遠モードに切り替えていたとはいえ、自分の横で銃声はしなかった。いや、聞こえてはいたがそれは前方の列車に向かって発砲する集団からのものだと思っていた。その車両集団が全車とも『ほぼ同時』にパンクを起こしていた、いずれの車両も後方タイヤの一輪だけ。そしてその時横にいたのは銃を構える男。
『6発』の装填数のリボルバーで10数台の車両をほぼ同時にパンクさせたのか、という疑問を思考することすらこの時の少女には叶わなかった。タイムリミットが迫っていた、ここを越えられたらもう止める術はない。そんな逼迫した事態が彼女の思考を鈍らせていたのかもしれない。
「シノン。」
「・・えっ!?」
男がシノンの名を呼ぶ。この時初めてシノンはこの男が自身の名前を真に呼んだ気がした。男は彼女の顔を真っ直ぐに見ながら言葉を続ける。
「君があの減速装置を撃ち抜くんだ。」
「わ・・私が・・!?」
列車との距離はまもなく2㎞地点に入る。それはヘカートの有効射程距離。しかし直径20cmの標的に加え、列車は時速200kmで進行しているのだ。
「無理よ・・!!いくらなんでも条件が悪すぎる!自殺行為よ!?」
「誰かがやらなくちゃ誰も救えない。そしてそれができるのは今、君だけだ。」
弱気からくる言葉ではない。シノンは冷静に状況を分析して無理だと悟ったのだ。だが彼女の言葉を男は受け入れない。
「なんで私がそんな危険を犯さなきゃいけないのよ!?今日の成果だってあるし!」
「でも街に突入すれば大変な被害が出る。君だって困るんだろ?」
「だけど・・!」
「・・・人の命は奪えても自分の命は惜しいのかい?」
その言葉に少女は思い出す。
あの日、あの時放った銃弾は『男』の額を撃ち抜いた。流れ出た血の滴が自分の膝元のスカートを赤に染めていく。発砲の衝撃で脱臼した肩の痛みも、泣き叫ぶ母親の声も、怯え惑う周囲の声も何も感じない、聞こえない。
なぜ今になって『あの時』の光景が頭に浮かんだのか?目の前の男の言葉が
自分は何故ここにいるのか?現実から逃げ出したいからか?敵を撃ち殺せば『強く』なれると思っていたのか?危機を乗り越えるたびに『あのこと』を忘れられると思っていたのか?それでも尚、自分の身が可愛いのか?
「違うッ!!!!!!」
シノンは自分の声で自身の頭の中の言葉を、そして男の言葉を否定した。
「・・分かったわよ・・やってやろうじゃない・・!」
「・・ああ、頼むぜ、シノン。」
少女は下手な言い訳や弁解はしなかった。男もまたそれ以上の言葉は必要としていなかった。2人のガンマンは
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