初めてGGOでプレイヤーを撃った時、構えた銃身がカタカタと音を立てて震えていた。敵を撃つたびに銃身がカタカタと鳴るのが気持ち悪かったので、少女は銃身の音が聞こえなくなるのを第一の目標としていた。
シノン達のバギーは線路上に構えていた。前方約5㎞地点より進行する列車は真っ直ぐこちらに向かってきている。ヘカートの有効射程距離である2㎞地点到達まで残り1分ほど。
「ふぅ・・ふぅ・・・。」
呼吸を整える。心臓の鼓動はやや早いが汗はかいていない。コンディションはまずまずといったところ。トリガーから右に少し離れた位置で右親指をクイックさせる。撃つイメージと撃った後のイメージをする時、いつしか自然とこのルーティンが出来上がっていた。
「シノン。・・そろそろだ。」
「分かってる。」
金髪の男はそれだけをシノンに声掛ける。彼女もまたそれ以外の言葉など聞きたくはなかった。自分に今、何が求められているのかは十分に理解している。
まもなく射程距離に入る頃、少女はトリガーに指をかけた。あれほどの質量と速度を考えると有効射程圏内に突入してから自分達の位置まで到達するのに秒速にして約55m、およそ35秒ほどしかない。脱出の時間を考えるとチャンスは一度だけ。
照準器越しの
落ち着いていたはずの心臓の鼓動や呼吸が途端に早くなる。汗が額から首筋からジワリとにじんでくる。もう射程圏内まであとわずか。必死に冷静になろうとすればするほど鼓動は激しく刻んでゆく。
タイムリミットが迫る中、シノンは自身の両肩に乗る重みを感じた。照準器を覗いているため確認は出来なかったが、それはとても大きく、そして暖かな手。
「・・大丈夫だ、シノン。君なら出来る。」
その言葉を聞いたシノンは瞬間右親指を手前に引いていた。条件反射だったのかそれは分からない。ただ一つ分かったのはトリガーを引く瞬間、銃身の音は聞こえなかった。
目標に向かった弾丸は寸分の狂いもなく装置の中心部を捉える。これで減速がかかれば都市部への突入は防げるはずだった。だが・・
「なんで・・減速しないのよ!?」
自分の放った銃弾は中心部を撃ち抜いたはず。望遠モードで確認すると確かに目標に命中している。だが装置を覆う強化ガラスが銃弾を塞き止めていたのだ。こちらへの到達まであと20秒強。急いで離れなければ巻き込まれてしまう。シノンはバギーに飛び乗ると列車へと向く男に呼びかける。
「もう無理よ!早くここから離れないと!」
「・・・ありがとう、シノン。そう・・あれが硬かったんだ。」
振り返らずに男がシノンに向けたのは何故か感謝の言葉。だが言葉の続きの意味が彼女には分からなかった。
男はコート内胸ポケットから取り出した丸型のサングラスをかけ、腰右に携えたガンホルダーから白銀の
列車の急激な減速に伴い、車輪と線路の摩擦熱によって大きな火花が上がり、金切り音が荒野一帯に響き渡る。まるで地獄の死者の断末魔のように激しく音を刻みながらも列車はなお進行を続けていた。男とシノンの位置まで300mを切っている。シノンは男に車に戻るよう声をかけるが耳をつんざく金属音にかき消されてしまう。たまらず両耳を押さえたシノンはまたも見た。
迫りくる列車を前にして男は『1発』だけ銃弾が残されたシリンダーをカラカラと回転させていたのだ。まるでモデルガンを興味本位で弄繰り回す子供がルーレットにして遊ぶかのように。
高速回転したまま閉じられたシリンダーに
大きな砂煙を巻きあげながらついに列車は沈黙。全長100mにも及ぶその黒い巨体は白く乾いた大地にその身を委ねていた。先の表現を借りればそれは海岸に座礁したクジラのようである。
シノンは声を発することができなかった。ここが仮想世界で『ゲーム』という環境であると分かってはいてもなお目の前で起きたことが信じられなかった。だが目の前にいる金髪の男が手に持ったリボルバーで、たった『6発』の弾丸であの列車を止めたという事実だけは確かだった。
男はシノンへと向き直ると軟らかい笑顔を向ける。
「君のおかげで街は守れたよ・・ありがとう、シノン。」
男は沈黙する列車を遠い眼で見る。今回の件で犠牲になったプレイヤーのことを憂いているのだろう。その様子を見た少女はやはりこの男はGGOという世界を理解していないのだと悟るとようやく声を出すことが出来た。
「・・心配しなくてもプレイヤーの人たちは全員生きてるわよ。」
「・・・え?」
「だってここ『オンラインゲーム』の世界だもの。」
「・・・はい?」
そして少女は男に話す。このGGOがどういう世界なのか、一言一句の度にみるみる男の顔が青ざめていく。
「・・以上でおしまい。なにか質問は?」
「・・・・・・・。」
男は項垂れたまま動かない。無理もない。出会った最初の話が真実であれば元の世界から突然別の、しかもオンラインゲームの仮想世界にやってきたのだから。突飛もない話ではあったが先の人間業とは思えない銃撃にシノンは合点がいったと納得した。
「・・ぐすっ・!・・うぅ・・!」
「ちょ、ちょっと!?何泣いてんのよ!?」
突然男が嗚咽を始める。いくらショックとはいえ、大の男が女の前で泣くなど無様の他ない。しかしさすがに不憫に思ったのかシノンが何か声を掛けようとした時、男の口からは意外な言葉が返ってきた。
「・・そっかぁ・・!じゃあ皆ちゃんと生きてるんだ・・!良かったぁ・・!」
少女はまたも胸が締め付けられる思いをした。目の前の男は自分が未開の地へと飛ばされたことよりも先のプレイヤー達の無事に安堵の涙を流していたのだ。その表情は一つの打算も見られない。
多角的に規模を広げる仮想世界では日常と隔離された空間の為に、人間としてのありようが希薄になっていくと教育番組では取り上げられている。それはこじつけだと罵る利用者は数多いが、悲惨な死を遂げたプレイヤーを皆で嘲笑い、己の命をいとも簡単に投げ出す行為が正常な人間と果たして言えるのだろうか。だからこそあの時、自分に対して怒りと哀しみの顔を見せたのだろう。地面に向かいむせび泣く男を見下ろしながらシノンはそんなことを考えていた。
と、その時緊急クエストクリアの通達が届く。それはシノンだけでなく全プレイヤーに発信されていたようだ。皆、自身の財産が守られたことに歓喜の声を上げていた。パネル越しにその姿を見た男は満面の笑みを浮かべる。その顔につられたのかシノンも優しく微笑んだ。このGGOでこんなにも穏やかな表情をしたことがかつて自分にあっただろうか。周囲には草木もない白く乾いた大地が広がるだけの殺風景な世界ではあったが吹く風はこれ以上ない心地良さを2人に与えた。しかし静寂の一時は遠方から響くエンジン音によって一瞬で終わりを迎える。
「よっしゃー!金を取り出せ~!」
「100万だ、100万!!」
下世話な声と共に列車へと向かう複数のバギーカー。どうやら列車に積み込まれた金を運び出そうとしているようだ。今になって顔を出したのはシノンが睨んでいた通り、邪なハイエナの群れ。
「あいつら・・!今になって出てくるなんて最低!」
ヘカートを構え狙撃しようとするシノンを必死になだめようと男が前に出る。
「お、落ち着いて、シノンちゃん!皆助かったんだからそれでいいじゃない!?」
「良くないわよ!こっちが死ぬ気で止めたっていうのにアイツら・・!」
そうして取っ組み合っていた二人の目の前で突如、大爆発が起こる。どうやら列車内部で動力部に引火したのだろうか。黒煙を巻き上げながら列車は炎上していく。
それを見た全てのプレイヤー達は先程の歓喜の声とは一転、悲鳴の声を上げた。その規模たるや先の倍以上。パネルから聞こえるその声に先程までの晴れやかな気分はすっかり失せてしまっていた。
「全く現金なんだから・・!!」
そういう自分も賞金は惜しかったと思っているが男に悟られたくないと男の顔から背を向ける。すると先程のバギーカーの集団がこちらへと向かってきているのが見えた。
「あいつらだ!俺は見てたんだ!アイツらが列車をぶっ倒しやがったんだ!」
「ふざけんじゃねぇ!ぶっ殺してやる!!」
そう叫ぶなり銃弾の雨を二人に浴びせかける。流石に多勢に無勢。ここまでやって死亡など冗談ではないとシノンはバギーカーに乗り込む。そこで当たり前のように助手席に座っていた男に今度ばかりは拳骨をお見舞いした。
「助手席に座ってないでアンタが運転しなさいよ!」
「え~!?だって僕運転苦手なんだも~ん!」
あれほどの腕を持っていながら車の運転もろくに出来ないとはでたらめにもほどがある。背後から押し寄せるバギーカーよりもあまりに規格外のこの男に少女は頭を痛めた。
「シノォォン!テメー、遂にやってくれやがったなぁ!!」
「お前もぶち殺してやらぁぁ!!」
どうやら自分も同罪と思われたようだ。これからは堂々と街を歩けないかもしれない。今後の事を憂いながら少女はハンドルを切る。
「ホント、アンタといるとロクでもないことばかり起きるんだから!」
「ヴァッシュ。」
「・・え!?」
「ヴァッシュ・ザ・スタンピード、僕の名前だよ。」
「・・・ヴァッシュ・ザ・スタンピード・・・。長ったらしい変な名前・・。」
この男の名を聞くまでに今日は一体どれほどのことがあっただろうか。思い返すのも億劫になりながらも少女は言葉を返す。
「自分からは名乗ってなかったわよね。・・あたしはシノン。・・ヨロシク。」
背後から集団に追い回されながら、荒野をボロボロのバギーカーで駆け抜ける。自己紹介の場としては極めて
・・・・・・・・・・・・・・・
机の上に置かれたコーヒーはすっかり冷めてしまっていた。何十台ものPCの前では長距離マラソン完走直後のような疲労困憊で突っ伏するスタッフ達の姿があった。
ここは都内に位置するとある企業のオフィス。社名は『ザスカー』。
「・・収まったのか?」
「ええ、というよりプレイヤーが列車を止めてくれたおかげでクエストクリア、ということで落ち着きました。」
重く低いトーンで交わされる会話。オフィス奥の個室では運営責任者とスタッフ間での密談が行われていた。
「1億クレジットが積まれたってことになってる列車の方は?」
「列車が転倒したという事態を利用して爆発処理で対応しました。」
「なんとか事なきを得た・・というところか。」
責任者の男はそこで一服をつける。狭い個室の為、吐き出された煙は瞬く間に天井部を曇らせた。
「・・ええ、しかし一体何が起こったというのでしょうか?バグにしてもウイルスにしても巧妙すぎますよ。」
「そんなことは俺に分かるか。とにかく発信源と思われるところを洗いざらい追え。また同じことが起こるかもしれないからな。」
「分かりました・・・では。」
その指示を受けてスタッフが退室しようとしたところで責任者の男は慌てて呼び止めた。
「あ~、待て待て!・・列車止めたプレイヤーってのは誰だ?並の難易度じゃなかったんだろ?」
「ええと・・前回の
「物好きな女もいるもんだ。こんな男臭いゲームやるなんて。だが今回はその女に助けられた。謝礼の一つでも送っておけよ。」
そこで会話を切ろうとした責任者の男であったが運営スタッフの口ごもった態度を察すると他に何かあるのかと問いただす。しばらく考え込んだ後、スタッフの男性は口を開いた。
「ええと・・確かに彼女も一役買ったんですが、間接的にと言いますか・・。」
「はっきりしないな。他に誰かが止めたって事だろ?誰なんだそいつは?」
「・・分かりません。アカウントがないんです。ソイツ。」
「なんだと?」
アカウントとは個人を特定するいわば身分証明書のようなものである。ログインする際に必須のものである為、そのアカウントがないということなどありえなかった。そんな馬鹿な話はないとスタッフに詰め寄る男であったが、ふと一つの可能性に考えが及んだ。
「・・自作自演の線も捨てきれないな。ソイツの名前は分からないのか?」
「ええと・・同行していたシノンというプレイヤーのログから『ヴァッシュ・ザ・スタンピード』と名乗っているようです。」
入力制限数を超えたネーミングなどふざけた真似と怒りを露わにする。しかし今後の懸念を払拭するためにも策を講じねばとスタッフに指示を出す。
「今度のアップデートでソイツの首に賞金をかけろ。額は一億クレジットでいい。」
「い・・一億クレジット・・ですか?」
現時点で発生源が特定できない以上、最も怪しいと思われるヴァッシュという謎のプレイヤーにその狙いを定めるのは至極当然の事。現金100万で事態を収めることができるのなら安い物だと男は語る。
かくしてヴァッシュ・ザ・スタンピードは見知らぬ地でまたもその首に賞金を掛けられようとしていた。これも運命の巡り合わせか、はたまたこの男の宿命か、それは誰にも分からなかった。
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ということで小説にしたら1巻終了というとこでしょうか?短いですね。本来なら今回のような締めで読み切りと考えていたのですが、感想をくれる皆様のトライガン愛を感じ、もう少し頑張ってみようかなと思いました。やっとヴァッシュも見せ場出来たことですしね。もちろんシノンも主人公なので彼女への感想やご指摘もお待ちしております!
次回は休題閑話でヴァッシュと朝田詩乃の話です。
つまりそういうことです。ヴァッシュ現実世界行きます。大丈夫かオイオイまーなんとかなるか内藤イズムで行きます。でわ!