トライガンゲイル・オンライン   作:ばうむくうへん

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bullet 9 Log-Out

時刻は夜の9時を回ろうとしている。既に終業を報せる予鈴が鳴っている紳士服店でその場に似合わぬ客が1人、店内を足早に回っていた。

 

「まったく・・!どうしてこんな事になるのよ!?」

 

自分以外の客がいない店内では独り言がよく響く。その客の様子にカウンターで見つめるセールスマンも声を掛けづらかった。

 

LLサイズの男性用のワイシャツと裾上げもしていないズボン、その他男性用の下着数点を乱雑に手に取ったその客は両手に抱えながらカウンターのレジにドンと置く。

 

「これ、お願いします!」

「か、かしこまりました・・!」

 

その剣幕に思わずカウンターの男性はたじろいだ。商品のバーコードを読み込ませながらちらりとその客の顔を窺う。父親に買い物でも頼まれたのだろうか。見たところ女子高校生のようだ。華奢な身体に肩ほどまでのショートヘアで眼鏡をかけており、清楚なお嬢様といった外見ではあったが眼鏡の奥から覗かせるその眼光はそれとはずいぶんかけ離れたものであった。

 

「合計で18,900円になります。」

「~~~ッ!」

 

随分と高い買い物になったと思いながら少女は自身の財布から壱萬円札を二枚取り出す。釣り銭と商品がまとめられた袋を手に取ると店員の御礼の言葉が耳に入りきらない内に店の外へと飛び出していた。決して走っているわけではない。しかしその足取りは競歩と違わぬ速度で街道を駆け抜けていく。とある『理由(ワケ)』あって頭に血が上っているせいでもあったが、この辺りは街灯も少ないのであまりのんびりとしたくないという理由もある。道行く車のライトを頼りに、店内で呟いた言葉をもう一度吐き出しながら少女は自宅のアパートまで歩を進めていった。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

何とか追手を撒いたシノンはバギーカーをレンタルショップに返却すると、現在時刻を確認する。時計の針は夜8時前を示しており、今になってようやく本日の予定を思い出した彼女は溜息と共に肩を落とした。と、先程までそこにいたはずの男、ヴァッシュの姿がないことに気付く。周囲を振り返るが姿が見えない。まさか何も告げずに去っていったのだろうかと、慌てて店外へと飛び出したシノンであったが程なくしてベンチに掛るヴァッシュを見つけた。

 

「あ、シノンちゃん!車の返却終わったの?」

「・・そこでなにしてんのよ?」

「いや~!動き回ったからお腹減っちゃってさ!そこの売店でドーナツ買ってた!」

 

そう言いながら箱詰めにされたドーナツを手に取ると口一杯に頬張る。その姿は食い意地の張った子供そのものである。余談であるがGGO内の飲食物は全て無料のアクションとなっている。そのため先の酒場や街道の売店などは誰もが自由に利用することができる。もっとも表の売店は元々は女性プレイヤーがブラインドショップを楽しめるように設定したシステムであったのだが、男女比率の差が著しいこのGGOにおいては無用の長物となってしまっている。誰も筋骨隆々な男性プレイヤー同士がクレープを片手に街を行く姿など見たくはないのだろう。本来であれば憩いの場として賑わうはずの広場は常に閑散としていた。

 

「シノンちゃんも食べる?はい。」

「いらないわよ、馬鹿!」

 

目の前に差し出されたドーナツを片手で振り払う。行方を眩ませた男を追ってきてみればご覧の有り様。自身の取った行動が急に気恥ずかしくなった。

 

「もう私、帰るから。」

「帰る?ああ、さっき言ってたログアウトって奴だね。気を付けてね。」

 

先程GGOの世界やシステムを説明していたのでシノンの『帰る』という言葉をヴァッシュは何と無くではあるが理解していた。シノンもそれは分かっていたがその淡泊な反応に少々怒りを覚える。

 

「アンタ・・この後どうする気なのよ?」

「そうだね~・・・。まずはドーナツ食べてそれから考える!」

 

身の上を心配してみれば当の本人はこの調子である。付き合い切れないとパネルを開き、ログアウトの項目を選択すると去り際の言葉を贈った。

 

「せいぜい頑張ってね、それじゃあ。」

「うん・・サヨナラ、シノン。」

「ちょ・・何よ、サヨナラって・・!」

 

ヴァッシュの返答に噛みつこうとしたシノンであったがログアウトを認識したシステムによってその場から姿を消失させた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

水の底から浮かぶように意識が昇ってくる。目を開くと赤透明の液晶ディスプレイ越しに見慣れた部屋の天井部が覗いた。ログアウト直後は軽い眩暈に襲われるので両目を片手で塞ぎながら身を起こすと側頭部に手をやりVRマシンであるアミュスフィアを取り外す。ふと少女は自身の体が随分と汗ばんでいることに気付く。殺伐とした世界であるGGOでは常に一定の緊張と興奮が伴う。プレイヤーの身体異常を感知すると強制終了する機構を備えているアミュスフィアでは白熱化した戦いにおいてプレイヤーの状態を異常と感知する事例がしばしば見られた。その為GGOプレイ時の室内設定温度は25度~27度が適温と推奨されている。今日は夕刻にはログアウトする予定であった為、時間設定をしたエアコンの冷房は約3時間前に切れていた。

 

「あぁもう・・。汗でベタベタじゃない・・。」

 

ワイシャツ一枚と比較的軽装であったが、3時間も前に冷房が切れた室内は9月中旬においても熱がこもっていた。加えて今日は不測の事態に相次いで見舞われたのだ。身に纏うシャツの重さを感じるのも無理はない。目を閉じたまま第二ボタンに手をかけて一つずつ上から順にボタンを外していく。と突然室内に見知らぬ声が響いた。

 

「ちょ、ちょっとお嬢さん!僕たち出会ったばかりでそういうのはまだ早いんじゃないかなぁ~と・・!」

「えっ!?」

 

その声に閉じていた目をパッと開く。蛍光灯の光に目が眩むが、徐々に慣れてくるとそこには先程別れたはずのあの男が目の前にいた。

 

「あ・・あはは・・。どうも・・。」

「きゃあああぁぁぁぁぁっ!!?」

 

堪らず少女は声を上げた。それもその筈。何故今『この男』がここに、目の前にいるのか。恐怖よりも混乱による叫びだった。

 

「ね、ねぇ君、落ち着いてよ!?僕は決して怪しいモンじゃあ・・!」

「なんで!?なんでアンタがここにいんのよ!?訳分かんない!?訳分かんない!?」

 

少女は手当たり次第に男に物を投げつけた。アミュスフィアを投げつけなかったのは興奮している中でよく分別がついたと感心するべきところである。やがて放るものがなくなった所でようやく少女は深く深呼吸をつけ、言葉を発した。

 

「なんでアンタがここにいるのよ、ヴァッシュ!?」

「だ、だからゴメンなさい・・!って、なんで僕の名前知ってんの?」

 

壁の柱にしがみつきながら不思議な顔で少女に目をやるヴァッシュ。その様子に頭に手をやり溜息をつく少女の仕草にハッとした様子で少女に問いかける。

 

「もしかして君・・シノン・・ちゃん?」

「・・・・そうよ・・。」

 

その問いに力なく答えた少女は自身をGGOの『シノン』、そして現実世界にいる『朝田 詩乃』であることを告げた。世界の在り様をまさか現実世界にまでこの男に説明しなければならないとは思うまいと、シノン改め詩乃は半ば投げやりに男に語って見せた。

 

「・・アタシの説明はこれで終り。で、なんでここにアンタがいる訳!?」

「僕にもさっぱり?」

 

説明を適当に終えると、最大の疑問を男に投げた。GGOの世界の出来事であれば何があろうと納得できただろう。だがこれは現実の世界なのだ。いかに異世界から来た人間とは言え、仮想世界と現実世界を同じ肉体で共有しているなど物理的に考えても不可能である。詩乃はGGOの世界に没頭しすぎてしまい、自身が悪い夢を見ているのではないかと真剣に考えた。が、目の前であどけない顔をしながら部屋を見渡す男を見ると自分の頭は正常であることを確認すると共にこの説明がつかない状況に辟易していた。

 

一体なぜこのような事態になったのか。初めてこの男と接触した際も自分にだけあの不可解なクエストが発生していた。もしやこの男をGGOの世界に寄越した何らかの力が自分のアカウントとこの男の存在を統合してしまったのだろうか。考えども答えなど出るはずもなかった。と、部屋の外に出ようとするヴァッシュを少女は慌てて呼び止める。

 

「ちょ、ちょっと!?どこに行く気なのよ!?」

「どこって・・外にだけど?」

 

さも当然のように言う男ではあるがその出で立ちは真っ赤なコートに身を包み、金髪を天高く突き上げ、その腰には白銀に輝く回転式拳銃(リボルバー)を携えている。どこからどう見ても不審者である。そんな男が自分の部屋から出てきたと周囲に知れたら大変に面倒な事となる。ただでさえ『あの事件』で肩身の狭い思いをしている少女にとってそれだけは是が非でも阻止したかった。

 

「絶対外に出ないで!一歩も!出たら本気で許さないから!」

 

興味本位で外に出ようとしたヴァッシュであったが仮想世界でも見たことのない殺意剥き出しの詩乃の表情に右頬の口角を吊り上げながらドアノブを握る手を離した。

 

「それとその暑苦しいコート脱いで!今すぐに!銃も隠して!」

「いや~!襲われるよ、ママァン!!僕の貞操が奪われるよ、ママァン!!」

「・・・・・・。」

「す・・すいませんでした・・。」

 

無言の圧力にヴァッシュはその軽口を閉じる。しかし替えの着替えなどはない。元々西へ東の根無し草。かさばる物は余計だと必要最低限の荷物しか持っていなかったのだが、GGOに転移した際にその荷物すら紛失してしまっていたのだ。

 

「じゃあなんでミュージックプレイヤーは持ってたのよ!!?」

「いや~、やっぱり旅に音楽は欠かせないでしょ?肌身離さず持って・・うごぉ!!」

 

もう話すことはないと言わんばかりの無言のボディブローが男に炸裂する。的確に捉えたのか体を痙攣させながらその場に蹲るヴァッシュ。それを余所に脱衣所で着替えを済ませた詩乃は玄関先へと向かった。

 

「適当に何か服買ってくるからここで待ってて!いいわね!?」

「あ、じゃあ僕も一緒に・・」

「・・・・・・。」

「はい・・大人しく待ってます・・。」

 

こうしてヴァッシュをアパートに半ば監禁する形で残した詩乃は夜9時に迫る夜道を駆けて行ったのであった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

衣類が詰め込まれた袋を両手で持ちながらアパートまでの距離が数百mとなったところで詩乃は今日の事を振り返る。

 

いつものようにフィールドで狩りをしていると突然荒野を踊りながら現れた真紅のコートの男。その後の酒場での騒ぎからドームでの決闘、思い返せばあの時もあの男の介入があったのだろう。そして先の列車暴走による緊急クエストで見せたあの銃撃。どうすればあんな腕を身に付けられるのだろうか。自分もあの男のように強くなりたい。そうすればきっと『あの事件』も乗り越えられる。強くなればあんな軽薄な態度で闊歩しても構わないのだろう。ヴァッシュは強いから。人を生かすも殺すもあの男なら容易いことなのだろう。だから人の生死に一喜一憂する余裕があるんだ。自分はそうではない。自分にはそんな資格はない。あの日強くなかった自分は既に『過ちを犯してしまった』のだから。あの男が、ヴァッシュが羨ましい。

 

と、いつの間にか詩乃の足は自宅アパートの前へと辿り着いていた。先の考えを払拭しようと軽く頭を振り階段を昇る。まさかヴァッシュが抜け出していないかと心配したがそれは杞憂に終わった。玄関前から鼻歌交じりにシャワーの音が聞こえてくる。

 

「アイツ・・!」

 

玄関のドアノブを掴んだシノンは一言物申そうと勢いよく扉を開いた。と同時に脱衣所の扉が開かれる。

 

「あ・・・ッ!!」

 

下半身はタオルで覆っていたが上半身を露わにしたヴァッシュの身体を目の当たりにしたシノンは思わず手に持った袋を床に落とし、両手を口に当てた。

 

ヴァッシュの身体には至る所に銃創・擦過傷・火傷の形跡が残っており、そこに『キレイな』部分はほとんど残されていなかったのだ。しかも左手は先から肘にかけて義手と思われる。その身体を見て、それまで一体どれほどの死線を潜り抜けてきたのか詩乃にはまるで予想がつかなかった。

 

「こういうイベントってさ、普通男女逆だと思わない?シノンちゃん。」

 

あっけらかんと男は少女に返す。勝手にシャワーを使用していたことを咎めてパンチの一発でもお見舞いしてやろうと思っていたが、その肉体に刻まれた痕跡に詩乃は言葉を失っていた。

 

「ゴメン・・女の子に見せていいもんじゃなかったよね。ゴメンよ。」

 

詩乃の様子を見たヴァッシュはそう謝りながら机に掛けていたコートを取ろうと右腕を伸ばす。その腕を詩乃が掴んだ。

 

「シノンちゃん・・?」

「別に・・気にしてないから・・服買ってきたから着ればいいじゃない。」

 

言うなり詩乃は床に散らばっていた衣類を拾い上げると視線を床へ向けながら男に手渡す。ヴァッシュは静かな声でありがとうと呟くと再び脱衣所の中に入っていった。男がいる先の扉を見つめながら詩乃は先ほどの自分の考えを改める。

 

ヴァッシュは最初から強かったわけじゃない。あれ程までに傷ついて強くなったんだと。人の生き死にを容易に操れる人間であればあれほどまで自身の身体を痛めることはなかったはずだ。あの傷は潜ってきた死線と共にヴァッシュの『不器用な生き方』を如実に表していた。

 

1Rの一室に時計を刻む針の音と脱衣所でシャツに腕を通す音が静かに響く。やがて着替えを終えたのか脱衣所の扉が開くと男がその姿を見せる。先程は身体の方に目をやっていた為に気付かなかったが、前に下ろした金髪が柔らかく流れるその顔立ちは普段の軽薄さからは程遠い英国紳士を思わせる好青年の様であった。

 

自身の顔が赤く染まるのを自覚した詩乃は後ろに振り返る。ヴァッシュはまた見せてはいけないものを見せてしまったのかと体の至る所を確認し始める。その様があまりに滑稽だったので少女は思わず噴き出した。

 

「別にどこも変じゃないわよ。頭以外はね。」

「そ、そんなに可笑しいかい?僕の頭。」

「しなびれたネギみたい。」

 

それはヒドイと顔を膨らませるその顔はいつものヴァッシュであった。その顔を見た少女はどこかほっとした。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

「あの~・・・シノンさ~ん・・」

「ここでは詩乃って言ったでしょ?・・なに?」

「出来ればもう少し縄を緩めちゃもらえませんかね?」

「却下。」

 

 

光の落ちた一室での男女の声。聴き様によってはあらぬ内容と取れなくはないが、男は布団に身をくるまれその上から厳重に縄を縛り付けられていた。今夜は疲れたとのことで早めの床に就くことにしたのだが、詩乃はヴァッシュの寝床の確保に難儀していた。本来なら叩き出したいところなのだがそういう訳にもいかない。かといって同じ部屋で就寝を共にするのも御免であった。そこで閃いたのが前述の通りである。さらに体を柱に固定されていた為、まるでミノムシのような姿勢となったヴァッシュは身体を締めつける縄に苦悶の表情を浮かべていた。呻き声がうるさいと度々詩乃に注意されては先の会話の繰り返しである。ふと、間が静かになった時に詩乃はあの時、ヴァッシュが自分に向けた言葉に対して問うた。

 

「ねぇ、ヴァッシュ・・。なんであの時『サヨナラ』なんて言ったのよ・・?」

 

しかしその返答はない。再び男の名を呼ぶがしばらくすると聞こえてきたのは大きなイビキだった。またもはぐらかされたと少女はシーツを頭に被ると小さな声で呟く。

 

 

「・・おやすみ。」

 

 

夜が更け少女が小さく寝息を立てる中、ヴァッシュはカーテン越しにうっすらと見える満月を静かに見つめながら小さく呟いた。

 

 

「おやすみ・・シノン。」

 

 

『ヴァッシュ・ザ・スタンピード 賞金首認定のアップデートまで あと52時間』

 

 

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次回、ヴァッシュ・ザ・スタンピード、文京区湯島を行く。
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