何故かプロローグって短い長いで極端だよね
ねっとりまとわりつくような熱さ、背中をつたっていく汗、ミスは許されない緊張感、鼻にくる鉄臭さ、そして狭くて暑苦しいこの空間。
花のある茶道や華道のようなお淑やかな道と比べること自体あり得ないと前世の戦車兵だった自分なら否定するだろう。いや前々世の自分ならむしろこののギャップが面白いと言うのかもしれない。
……そもそも前世と前世を思い返してその時の価値観を今と比べたところで仕方ない。
大事な局面のこの土壇場でよく考えるだけの余裕が自分にあるなと僅かに呆れる。
三角の山が映る丸形レンズの照準器をのぞき込みながら手回し式のハンドルで調整して目標に合わせていく。単純な作業のようだが、頭の中では正確な目標の情報を元に馬鹿みたいな計算をしているのだ。
それにいまはたいしたことでもない考えに脳を割いていいわけではない。小さな地方大会の決勝戦だとしても本気で挑んでいる人たちに失礼過ぎる。
調整の為に動かす手を止めて、もう片方の手回し式のハンドルを握る手とは逆の手で、ギリギリまでレバーを引けるように握りしめ、合図を待った。その時が来るのは一拍おいてすぐだ。
「撃て!!―――」
合図が来た瞬間、ギリギリまで握りしめたレバーを引く。
そして起きる何度も経験した衝撃と轟音。物理学、化学、何にせよ様々な技術によって放たれた破壊の化身は照準器を覗いた先の目標に一寸の狂いもなく命中する。
その結果目標に小さな爆発と煙が起き、薄れ見えるようになった目標から上る白旗が見える。
前世の自分ならこの結果に納得できないだろう。けれど勝利が決まった緊張感から解放されるこの瞬間は、前世よりも満ち足りた瞬間であると間違いなく言えた。
乗り物であり兵器でもある、戦車を使ったこの戦車道というのは、前世での命を取り合う戦争よりかはおそらく平和的なものだが、鉄臭く、汗臭く、花なんてあったものじゃなく、華道と茶道と比べたらおしとやかとは縁遠いものだ。だが悪くないものだとそう思う。
新鮮な空気を精一杯できる限り前世と比べたら小さな肺で大きく吸って吐く。
長時間狭苦しい車内で居たあとにこうして外の空気を吸って吐くとそのありがたみというのをよく感じるものである。自然溢れるこの平野なら尚更で、前世では戦闘後に車内から出るとどこからか狙撃手に頭を撃ち抜かれてしまうことだってあり得る。だからこそより良く感じてもいるのだろう。
ふと背後が騒がしくなったので振り返る。顔がそっくりな双子の銀髪美少女姉妹が先ほどまで乗っていたクロムウェル巡航戦車の上で何事かと揉めていた。
「胸がないからって馬鹿にしないでよ! 大体いっつも肝心な時に装填が遅れるのはそのデカ物のせいでしょう」
「はぁア!? 別にデカいのはしょうがないじゃん、勝手にデカくなっただけだし」
どうやら二人は胸の大きさで揉めているらしい、堂々と人前で言い合う話ではないがこの場には女性しかいない、気にしていないようだ。
ちなみに小さい方が操縦手の渡鳥三輪。大きい方は装填手兼通信手の渡鳥虎実。三輪が姉で虎実は妹だ。
この違いのお陰ですぐに見分けがつく。でも何で双子なのにあんなに差が開いたのか不思議だよね。
「梨里須隊長、止めなくていいのですか」
「あらあら~♪いいじゃない可愛い姉妹の喧嘩は見ていて面白いもの」
砲塔のハッチから上半身だけを出して二人を爽やかな笑みで見ているのは車長、大白梨里須。ベージュの髪を後頭部で団子にした彼女はちょっと特殊な性癖持ちだ。姉妹の喧嘩を止めるつもりはないらしい。
とても戦車には似合わないような美少女たちだが、この世界では普通…のことなのだ。未だに納得はできていないのだが……
それはさておき、あのまま揉めているのをほっとくわけにはいかないだろう。何せ先ほど撃破した相手チームの隊長が来ているのだが、あの騒がしい二人のせいで声を掛けづらいようだ。
あまり面倒な二人姉妹のもめ事には関わりたく無いのだが、人を待たせる訳にはいかない。仕方がないのだ。自分にそう言い聞かせながら渋々、揉めている姉妹の仲裁に入る。
「二人とも胸の大きさなんかで......『『あん?』』ぃぃえ、えと」
ヒェ、どうやら二人の琴線に触れてしまったらしい、先ほどの険悪感は何だったのか息の合った底冷えする殺意を向けてきた。
「翠華ってさ、ちょっとばかり女の子としての常識が足りてないよね」
「確かに私服も男物ばっかだし」
なんだか良くない自分にとってあまり良くない展開だ。二人は徐々に近づいてくる。それも挟むようにだ。
「このあと時間あるしさ、街で買い物でもいこうか」
「いいじゃんそれ賛成、翠華に女としての色々教えてやろう」
本能からくる警鐘がMG42のノコギリのような発射速度で鳴り響いている。じりじりと近づいてくるこの二人に捕まったが最後、前世と前々世の大事なものが失われてしまう。即座に180度の旋回と同時に猛烈なダッシュを決めてその場から逃げ出す。二人も追いかけてくる。僅かに早く自分が動いたからかそれなりのリーチは取れたが今世の身体は二人と比べて体力も劣るのだ。捕まるのも時間の問題だろう。
私、白鳥翠華は前世と前々世がある。前世は戦車兵、前々世は学生として生きてきた。だがどちらも性別は男性だった。男性だった影響からか性的趣向は今世も変わらない。それ故の弊害もある。スカートを履くだけであまりの喪失感で動けなくなったのだ。もしこの二人に捕まってしまったが最後、数時間にも及ぶ着せ替えという地獄に気絶するその限界まで付き合わされてしまうのだ。
そうなった時……自分の精神が神聖不可侵な世界に耐え切れず消滅してしまう
走る足音が近づく
すぐ後ろから息づかいが聞こえ始める
……あ、おっぱい柔らかいなあ