ピー!ピー!ピー!
「んむぅ…」
全身のベトついた感覚と恐らく就寝前に設定したスマホのアラームによって夢から覚める。一週間ほど前の地方大会の夢を見ていたようだ。大会後のショッピングを思い出す前に覚めたのは温情だろうか。
「よっこいしょ」
じじ臭いな今の、だが前世、前々世と合わせたら精神年齢はじじいと大差ないのだ。
「時間は、6時半……余裕」
普段の起床時間が8時前後と考えると時間的余裕が十分にある。これなら学校には遅刻しないですむ。
のそのそと動き出して汗臭いをどうにかするために風呂場に向かう。本来なら朝風呂は好んで入らなかった。ところが女性というのは細かい所を気にするらしい、耳にたこができるほど朝風呂を入るよう周囲に言われたのだ。以降は毎日朝風呂に入ること欠かさずにしている。
「……くまさん、いやうさぎさんにしよう」
着替えのパンツをどれにするか苦渋の選択だ。これも周囲に言われた、いや強制されている。男物パンツを履いていたのをばれて以降すべてのパンツは可愛い動物たちや包帯巻いた、くまさんに変えられてしまった。
うさぎさんパンツを選んでとりあえず風呂場に入る。シャワーの二つの蛇口を捻って温度調節をしていく、いまどき冷水と温水の量で温度調節をするのはめったに見ないやり方だ。
「む……熱過ぎたかな、ミスったな」
温度調節をミスって熱傷仕掛けることだってあるが、慣れると自分に合った温度調節ができるので悪くはないのだ、たまにミスをするが。
頭髪を丁寧に洗いながら正面の鏡を見る。鏡には鍛え上げられた筋肉だらけの前世とは比べものにもならない細くバランスの取れた身体、華奢な今世の自分の身体が映る。自慢ではないが世界でトップクラスの可愛らしい容姿をしているだろう。
今洗っている絹のような灰銀の長髪だってそうそういない。だがやはり前世が男だったからあろうか、自分の身体を見て恥ずかしくて照れた顔になる。
そりゃ目の前に鏡越しで美少女がいたら誰だってそうなる。第一前世の職場はむさ苦しい野郎共と硬くて狭い空間で寝食を共にすることばかりなのだ。むしろ14年間かけて容姿に磨きが掛かっていく過程を見て多少耐えられるだけ凄いことだろう。
シャワーの後の火照った以上に血圧が高いのか顔が紅い、いつものことだが慣れないものだ。息を吸って吐いて落ち着かせる。うさぎさんパンツを手に取って覚悟を決めて履いていく。服の擦れる音がするするとしながらパンツ、ブラジャー、シャツ、チェック柄スカート、最後に水色のリボンを付けて完成だ。洗面台の鏡には148cmの中学生が映っている。
「う、完全に手慣れている」
散々着替え方を身体に叩き込まれたことで、自然と着替えられてしまった。そのことに精神が地味にダメージを食らう。朝から精神にダメージを受けるのはほぼ毎日のように起きる。だから学校のある平日は準備にも時間が掛かるのだ。結果遅刻する。
しかし今日は早くは起床できたことで、回復する時間も取れた。卵焼きとトマト、トーストの軽めの朝食を用意して食事にする。……寂しい
前世の影響からか朝食もそうだが基本パンがメインの洋食だ。日本人なら米、という縛りがあるわけではないので周りから異端の目で見られることもない。海外だと宗教だ、信仰だ、法律だと食べるものには厳しいところが多いのだ。日本という国は本当に恵まれている。
テレビをつけて適当なニュースを流す。いまどきテレビの内容をいちいち確認する人間はいない、朝の番組を見る理由は時刻が見やすく表示され、時報を告げてくれるからだ。
『…それでは次のニュースです、内戦状態のジブリル王国では共和派と王政派の戦闘が続いておりましたが国連安全保障理事会の決議によって派遣された多国籍軍の介入で、双方による和平交渉が行なわれることになりました』
食事の手が止まる。先ほどのニュースで出てきたジブリル王国は前世で所属していた国だ。ジブリル王国は過去のクーデターで共和制に移行していたが民主的な方法で王政復古がなったという歴史を持っている。自分が戦車兵になったのも王政復古したときだ。
……王政復古の数年後に共和制支持者による内戦が始まり血みどろの戦いと化した。前世では内戦の終結を見ることはなかったが、この世界では見られるかもしれない。
少ししんみりした気分になったがさっさと食事を終わらせて学校に行くとしよう。
『それでは時刻が10時になりましたのでオヒルタイムの時間です』
「ブハッ!? え、うそ」
気づいたら時間が4時間もたっていただと、慌ててスマホの時間を見る。現実を受け入れられず精神が拒否反応を示すが、現実は無情だ。
「じゅうじ……」
スマホには1と0の表示が出ている。人は危機的状況に陥ると嫌なことに限って頭が良く回るものだ。
おそらく寝ぼけていた自分はスマホの9を反対で見ていたことに気づかなかった、という事実を確信してしまう。
「ち、遅刻……ぴぇ!?」
ピポンとメッセージが届いたこと伝える音が鳴る。まず間違いなく学校に来てないことを問いただすものだ。
「やばい、ヤバい、確か今日ってホームルームだけで、あとは戦車道だったはず」
今日の予定表が頭に浮かぶ。だがメッセージの主は焦る自分に対して追い打ちを掛ける。
“ぷるぷるぷる”とスマホに設定した呼び出し音
「あぁう、はい、もし…『おはよう、翠華ちゃん♪』ひぃぃ」
電話に出たのは戦車道の隊長にして私の乗る戦車の車長、梨里須だ。特殊な性癖持ちで今もっともおそろしい人物でもある。基本的に自分が遅刻したときの罰ゲームは同じ戦車に乗る誰かが決めるのだが、梨里須だけは容赦がないのだ。トラウマも一つや二つでは数え切れないものがほとんど、遅刻どころか大遅刻の場合自分の精神は持つだろうか。
「ご、こめんな、ちゃい」
『あらあら?そんなに怖がることないじゃない~♪また寝過ごしちゃったのでしょう、もう遅刻って域は超えているかもだけど学校にはきなさいな……お仕事沢山あるからね』
「あ、はい…」
食器を台所そのままに、荷物をまとめて学校の鞄を背負い急いで家から出る。家から学校までは30分ほどで着く。早歩きで行けばもう少し早く着くだろう。
今日は生きて帰れるだろうか、ふとそう思った。それにしても戦場よりも命の危機を感じる中学生とはいったい……?