Side 梨里須
試合を共に観戦している学院長が、私の隣に並び話しかけてきました。どうやら全くといって良いほど興味を示さない役人の相手が面倒になったようです。だからって私に話しかけてくることもないでしょうが。
「......確かに施設を好きに使って良いとは許可を出したが」
学院長はわざとらしく、眉を顰めて苦言を呈して話しかけてきました。特に指定はせずに許可を出した以上、苦言を呈するのが精一杯のようです。ちらっと横目で役人を気にしているようですから世間体を考えた上での発言でしょう。こっそりと小さくため息をつき、その視線の先を変えて、現在進行形で鋼鉄の乗り物によって整えられた地面を耕されている、野球部のグランドに向けます。
「ここまでやるとは思わなかったな」
「グラウンドは後できっちり整備させます」
「はあ、当然だ。まったく」
元からきっちり整備するつもりだったので懐は一切痛まないのはとってもお得ですね♪ 勿論それをするのは翠華ちゃんですが。
「...これで勝ったとしても不満や文句を言う奴が出てくるぞ」
「それは元から織り込み済みです。必要なのは上級生に勝ったという実績と何に物にも変えられない信頼できる仲間ですから」
とても気分が良くてついつい口角が上がりニヤけ顔が出てしまいそうになるのをこらえ、完全には無理なので手で覆いながら口元を隠して誤魔化す。結局は隠しきれず、フフっと口から漏れてしまいましたが。
「必要なもの以外は要らない、可愛い子たちに悪い子は不要ですから」
あらあら♪、恐ろしいものを見たような目で学院長が見てきますね、ミィちゃん然りどうしてこう私が笑うとドン引きするのでしょうか、とっても不思議ですね。
2
「こちら隊長車、1両を撃破」
上半身だけを晒し出した私は無線で相手車両の1両を撃破したことを報告する。
『......2号車、Mk1撃破』
『3号車同じく、Mk1を1両撃破。あと4号車がMkⅤを撃破してたのをしっかり見たよ、これで相手チームは大混乱間違いなしだね』
『6号車です、あの支援を早くお願いします、先輩たちの攻撃が激しくて限界で〜』
『貴女はまだマシでしょうが! 私なんて初手集中を受けましたのよ、おかげで大木に挟まれて身動き取れませんの』
『7号車は何でか幸運不運が極端だからなあ、まぁ悪運だけはあるし頑張れ〜』
どうやら囮は上手く相手チームを誘因しているらしい、残るは3両のみで撃破まで時間の問題だった。
『それにしても固定概念という物は、とても厄介なものですね...こんな簡単に奇襲が決まるとは思いませんでした』
「......誰もが意図していないからこそ、奇襲は成功するもの...ルールの穴を突いたちょっと卑怯な手ではあるけどね」
『一切悟られず、タイミング良く仕掛けたのは紛れもない事実、卑怯ではない』
内心これで良かったのか、未だに自分でも納得できていないが。
やったことは単純だ。中央のアルゴンヌの森を避けて相手チームの背後を突いただけ。正面から仕掛ける愚を犯さず相手の意表を突く。ガザラの戦いで強固な前線を築いた連合軍の背後をロンメル率いるアフリカドイツ軍が砂漠の外周ギリギリの隙間を突き、無力化した戦い。
これを参考に野球部のグランドを通ってタイミング良く囮に引っ掛かった相手チームの背後を突いただけだ。
普段の練習ならばルール上この射的場、演習場内のみという制限があった。ところがそれは今回適用されていない関係ないと解釈した上で野球部のグランドを通る強引な手を使った。
ルールの説明時に梨里須が”なんでもあり”といった言葉はその解釈に使うには最適すぎるものだ。おそらく梨里須の手のひらの上で踊らされていたということだろう。
きっと今頃はとんでもない表情をしているに違いない。思惑通りに言ったときの梨里須の笑みは薄ら寒い物を感じるものだ。あれは単純な人が人に向ける殺気より恐ろしくおぞましいかもしれない。
「気にしてもしょうがないか」
『どうかしたのか』
「ううん、何でも無い、それより8号車は7号車の援護をお願い、相手は混乱してるだろうし牽制すれば簡単に意識を変えられるから、3号車は私と2時の方向のMk3を仕留めるよ」
『了解!! 』
意識を切り替えよう。例え手のひらの上だったとしても梨里須は悪いようにはしない、と思う。ならいまは気にせずこの試合に集中だ、最後まで油断せず残りを仕留める。
3
「う~~腰があ、梨里須ぅたいちょう~もう堪忍してぇ」
「だ~め♪」
鬼だ、本当に鬼だ。試合は残りの相手車両をすべて撃破したことで勝利できた。だが問題はその後だった。試合後は当然のように上級生たちの抗議があったが、それは梨里須の口角が上がった笑みを見ただけで黙った。
学院長が最後に適当に話したのち解散となった訳だが、私だけは梨里須に呼び止められた。
そして開口一番にこう言ったのだ。
「野球部のグランド、明日野球部は練習試合があるらしいから今日中に整備をよろしくね」
で、逃げる間も無くこうして日が沈み、星々が見える時間までグランド整備を行なわされていた。
「今日は満月でとっても綺麗ね、月下で嗜む紅茶も悪くないものね」
人がせっせとグランドを整備している傍らで悠々自適と紅茶を嗜む梨里須。監視役として彼女が残っているがそれはそもそも、今朝がたのグランド横断をした罰の為にだ。とは言えその原因は自分である以上、こうしてせっせと整備しているのだが。
「梨里須、ちょっと休憩しても...「だ~め♪」はい」
結構容赦が無かった。いやそもそも、梨里須が罰で手を抜くことはなかった。
最後まで何とかやり遂げたのだが、しばらくは筋肉痛に苛まれることになった...