『ガルマ少将! レーダーに木馬らしき艦艇を捉えました!』
談話室に備え付けられた通信機からの報告を受けた僕は「分かった、すぐに戻る」と簡潔に返して受話器を戻す。
部屋にいた二人にも事情を伝えようとしたが、既に二人は臨戦態勢に入っていた。シャアは勿論、カナリアも僕が知るずっと前から軍に属して働いていた身の上だ。何も伝える必要はないと悟り、「艦橋に戻る」と告げる。二人とも頷き、早く部屋を出るように促された為、足早に艦橋へと向かった。
艦橋にある巨大スクリーンには、遠方の映像をズームアップした敵艦の姿がある。
「掃海作業の時に見た揚陸艦に似ているな」
「ああ、あの時の……」
僕の呟きにシャアが頷き返した。
あの時はまだ連邦軍はモビルスーツの開発に着手していなかったはずだ。となると、あの艦は元々も戦闘機を載せる為の空母をモビルスーツ搭載艦に改造したのかも知れないな。となると本来は戦艦等に守られながら戦闘に参加する艦艇と考えるのが妥当のはずなのだが……シャアの報告によるとメガ粒子砲を搭載しているとの事だ。自衛の為なのか、戦艦としての働きも期待しての事なのか。いずれにせよ、ただモビルスーツを輸送するだけの艦ではない事は確かだ。
問題なのは、搭載しているモビルスーツ。シャアとカナリアの二人でも落とせない相手だ。
僕は数瞬、考えた後で二人に問い掛ける。
「モビルスーツは相手にせず、空から爆撃した方がよくないか?」
初めて地上に来たカナリアは首を傾げた。しかしシャアは、親友に笑みを以て答える。
「性格が悪くなったな、ガルマ」
「相手の土俵で戦うなと教えてくれたのはシャアではないか」
誉め言葉として受け取っておこう。と僕は配下に指示を飛ばした。
要撃爆撃機であるドダイYSを出撃させ、ドップにドダイ護衛の任に当てる。
高度からの急降下爆撃。
ミノフスキー粒子散布下では、原始的な戦術が最も効果的なのだ。
と、僕は髪先を指に絡めてくるりと回した。
◆
高度2000メートルから仕掛けられる急降下爆撃。
編隊を組んだドダイYSが一斉に降下して入射角60度の体勢から対地ミサイルの投射。直後、一気に機首を上げる事で一撃離脱を実現する。第二次世界大戦時であれば、急降下から引き起こしなど機体に掛かる負荷が大きくなる為、急降下爆撃には大きなリスクが伴う事になる。しかし良くも悪くも今は宇宙世紀、機体強度は第二次世界大戦の比ではなかった。耐G装備もまた充実している為、特別な訓練を受けていないアムロやカナリアのような幼い子であっても、ある程度の鋭い動きを見せる事も可能だ。
そういう事もあり、第二次世界大戦の時ほど、急降下爆撃は難易度の高いものではない。
余談だがドダイに搭載されている対地ミサイルは、ミノフスキー粒子散布下の影響を受けた結果、その軌道は誘導ではなく直進となっている。
ドダイ編隊が太陽を背負って空高くから急降下する。
対するホワイトベースの即席機銃隊。逆光を受けて、まともに照準を定める事もできなかった。連携も取れていない穴だらけの弾幕網、それを容易く掻い潜っての対地ミサイルの掃射。そのミサイルをも迎撃できず、ホワイトベースは爆発音と共に艦体を大きく揺らす事になる。
その光景を見て、ガルマは冷や汗を流す。
我が軍の戦艦なら今ので撃沈してもおかしくない。と再度の爆撃を指示した。
悔やむべきは緊急的な出撃であった為、ガウ攻撃空母に元々載せてあった6機しか飛ばせなかった事だ。だが白い木馬は、ドダイ編隊による急降下爆撃に対処できていない。ならば今の内に攻められるだけ攻めておくべきだ。
二度、三度と爆撃を繰り返した後、ドダイの弾薬補給の間を突いて敵艦のハッチが開いた。
相手はモビルスーツで対処するつもりのようだ。
だが、頭上を見上げながらの狙撃は想像以上に困難を極める。
そう簡単には落とせまい。第二次世界大戦期、まだ通信技術が発展していなかった時代の話だ。戦闘機を迎撃するのに何故、機銃による面攻撃で対処しなくてはならなかったのか。答えは単純、狙撃では弾が当たらない為だ。点による狙撃では高速で動き回る飛行物体を捉える事は困難だ、故に面攻撃で対応する。
極論、相手に脅威と思わせるだけでも良い。それで照準が少しでもズレてくれれば万々歳だ。
その少しのズレで急降下爆撃は外れてしまうからだ。
だから敵艦の木馬は弾幕を厚く張るし、鍛えられた公国軍の精鋭パイロット達は穴だらけの弾幕には怯まなかった。
「相手のモビルスーツが強いというのであれば、そのモビルスーツの舞台で戦わなければ良いだけだ」
ガルマが得意げに零した時、メガ粒子の閃光がドダイを撃ち抜いた。
運が悪い。と思った次の瞬間には2機目が落とされる。白い木馬の艦体上に立つ2機の角付き、頭上に構えた二丁のビーム兵器が同時に閃光を放った。2射で3機が撃ち落とされた。
偶然ではない。と察したガルマは直ぐ様、撤退の指示を出す。
「損害は与えた、退けッ! 急造の戦力では勝てないッ! あれを堕とすには新型を抑える役目の者が必要だッ!」
既にガルマは、即時決着を諦めていた。
かといって高が艦一隻に各戦線から戦力を引き抜く訳にもいかず、その恐れを連邦軍に悟られる訳にもいかなかった。
幸いにも此処は公国軍の支配下、敵は補給も困難な状況にある。
消耗戦を仕掛ける。消極的だと罵られようとも、戦力が集まるまでは物資の消耗を強いる。
「シャア、報告には不備があったぞ……」
精鋭のパイロット達がやられるのを見て、彼は握り拳を震わせる。
「機体の性能だけではない! パイロットも凄いではないか!!」
その親友の慟哭にシャアはばつが悪そうに答える。
「私と戦った時は、あそこまでじゃなかった。成長しているな、白いのも。オレンジのも」
ジオンは兵なし、その言葉に偽りはない。
優秀な将兵を消耗する事は、資源を消費する事よりも重大な損失だ。
使いどころは、此処ではない。北米方面軍の
たった一戦交えただけでガルマの頭脳は、
この難事を、如何に消耗を抑えて乗り越えるかにシフトしていた。
◆
北米某所、ティルナノーグ屋敷。ノイジー・フェアリー隊。
隊長用に割り当てられた個室にて、栗色の長髪をした美女が電子機器を前に眉間に皺を寄せる。
彼女の名前は、キリー・ギャレット少佐。
地球攻撃軍司令であるガルマ少将の麾下部隊であるノイジー・フェアリー隊の隊長であり、今もなお戦場を駆け抜けるエースパイロットの一人である。正史においては独裁的なザビ家の方針に疑問を抱いており、身内の派閥争いで必要があれば優秀な将兵すら簡単に切り捨てる公国軍に不信感を抱いていた。その為、彼女は自分の部下達を都合の良い戦争の道具として使い潰されないようにとパイロットを辞して、戦争を生き残るのに必要な物資を得る為、政治に傾倒していく事になる。
しかし、この歴史におけるノイジー・フェアリー隊はキシリア麾下ではなく、ガルマ麾下となっている。
正史では秘匿部隊であった当部隊は、公に認められているし、ランバ大佐の補佐を受けたガルマ少将は兵站の整備と物資の管理を徹底させている。物資を横領した将兵に対しては厳しい処罰を与えており、時には銃殺刑に及ぶことまであった。そのせいで甘い汁を啜ってきたザビ派の人間からは「ガルマ殿は政治を知らん」と忌み嫌われるようになってしまったが、ラル家が率いるダイクン派の人間と現場に生きる者達にとっては頗る評判が良い。
キリー少佐も、ガルマ少将が率いている限りは後顧の憂いなし。とモビルスーツを駆って部隊を率いている。
そして今回、任務を持ち込んできたのもガルマ少将であった。
デスクトップモニターに映し出される暗号通信。その情報をフラッシュメモリを経由し、物理的に外部との回線を打ち切ったノートパソコンに移した後で暗号解析ツールを通す。そうして解読された文章を読み解けば、ガルマ少将からの救援要請である事がわかった。
詳細は記されない。暗号化した文章は、傍受される前提で送られている。
ノイジー・フェアリー隊にしか通じない暗号による座標指定、それが合流地点である事は明白であった。
キリー少佐が眉間に皺を寄せるのは、
戦争初期から活躍を続けてきたノイジー・フェアリー隊の扱いは、他の部隊と比べると別格の扱いを受けている事にあった。潤沢な物資に加えて、最新鋭のモビルスーツの優先配備。地球攻撃軍司令部から精鋭部隊としての扱いを受けているのは明白であった。その分だけ過酷な任務に従事させられる事が多くなっており、即応部隊として北米中を東奔西走と駆けずり回っている。
そんな私達にガルマ少将からの緊急の救援要請だ。
どう考えても厄介事に決まっている。
断る事はできない。
軍人として上官の命令に逆らえないのは勿論であり、それだけの扱いを受けて来た自覚もある。
しかし、それでも、どれだけ過酷な戦場に放り込まれるかと想像するだけで憂鬱になる。
何故なら自分が率いる部下二人は、二十歳にも満たない少女であった。
アルマ・シュティルナー少尉、ヘレナ・ヘーゲル曹長。
二人共に優秀なモビルスーツパイロットではあり、純粋なモビルスーツの腕前ではアルマは自分を超える才能を持っている。狙撃の腕前だけならヘレナ曹長は、既に自分以上だ。実力は伴っている。しかし、それでも二人はまだ少女であった。エースパイロットに与えられる重責に耐え切るだけの肉体と精神が育ち切っていなかった。
だが、そんな私達の都合を待ってくれないのもまた戦争というものだ。
生き残る為には、適応するしかない。そして生存率を少しでも上げる為に今、出来る事は全てやっておくべきだ。
嘆くよりも先にやるべき事がある。と頭を切り替えて、整備士に出す指示を考える。
先ずは生き残る。全ては、そこからだ。