カルフォルニア州ロサンゼルス、某ホテルにて。
戦力を集めている間、僕はホテルの一室で北米全土から集められた書類を睨み付ける。
開戦当初と比べて、戦線に立つモビルスーツの数は徐々に減り続けている。新型の開発と投入も繰り返しているのだが、連邦軍がモビルスーツの対処に慣れてしまった事も大きかった。戦車と比べれば、市街戦は苦手という程ではない。しかし至近距離から対戦車砲を受ければ、少なからず損傷を受けるし、家屋に隠れた歩兵を殲滅するのにモビルスーツは大き過ぎる。モビルスーツは、意外とゲリラ戦に弱かった。
シャワーの流れる音。それが止まり、サングラスを掛けた半裸の親友が姿を現す。
腰にはタオルを一枚巻いただけのサービスカットだ。
軍人として鍛えられた肉体とは裏腹に柔らかそうな尻をしている。
彼は冷蔵庫から瓶入りの牛乳を手に取ると、腰に手を当てながら一気に飲み干す。
それを横目に見やりながら「ヨーゼフ・エッシェンバッハという男を知っているか?」と問い掛ける。
彼は首肯し「要注意人物だそうだな」と返した。
公国軍は北米大陸を占領する以前のニューヤーク市の市長であり、地球財界の名家であるエッシェンバッハ家の当主だ。
市民の為に。と彼は公国軍の支配に協力的な立場を取ってくれているのだが、裏では反公国軍のゲリラ活動を支援している狸親父でもあった。彼が支援するゲリラのおかげで公国軍には少なくない被害が出てしまっている。しかし、北米大陸に顔が利く彼の協力なくしては復興もままならない。彼の人徳があればこそ公国軍に協力してくれる企業も多いのだ。連邦軍に情報を流されている事実も判明しており、獅子身中の虫を飼い続ける事の意味を思い知らされる。
「どうするつもりだ?」と問い掛ける彼に「アイデアはある」と返す。
「彼の一人娘、イセリナとは懇意にさせて貰っている」
僕が告げた時、ほう、と親友は意外そうな顔をした。
公国軍が北米大陸を速やかに統治する上でヨーゼフ前市長の協力は必要不可欠だ。
それだけの人物だ、エッシェンバッハ家には強い影響力がある。
少なくとも、彼が居なければ、北米大陸にはより多くの血が流れていた。
だから彼の立場を明確にさせる事は、北米大陸に住む民衆の懐柔にも繋がる。
彼の一人娘であるイセリナとの婚約は、公国軍にとって大きな利益となる。
「君にそういった謀略ができるとはな」
「……謀略ではなかった」
「違うのか?」
親友が問い返す、僕は気恥ずかしさから素っ気なく答える。
「因果関係が逆なんだ」
「逆?」
「僕がイセリナを好きになった、そして口説いた。だから謀略に組み込んだ」
実際、良い手だろ? と問い返す僕に彼は肩を竦めてみせる。
「その初恋が成就するように、一人の友人として応援するよ」
「笑ってくれても良いんだぞ?」
「本気で恋愛して、本気で実らせようとしている人間を誰が笑えるものか」
そう言って彼はドライヤーで濡れた髪を乾かし始める。
熱風を送る音に耳を傾けつつ、携帯端末に一通のメールが送られてきたのを確認した。
定時連絡。木馬の追跡を任せた部隊からの報告だった。
現在、木馬は南米を目指して緩やかに移動をしているようだ。
木馬相手には、二十四時間体制で三機編成のドップ小隊を張り付かせており、相手の反撃を受けない程度の距離を保って追跡を続けさせている。不規則にドダイを飛ばして一撃離脱の爆撃をする事もあれば、偵察に出したドップ小隊で奇襲を仕掛ける事もあった。ホワイトベースがハッチを開いた時には、直ぐに撤退し、ハッチを閉じた少し後にドダイからの爆撃を仕掛ける。また追跡中のドップ小隊は襲撃をしない時でも時折、相手の視覚に入るようにも指示を出している。
損害を与えるつもりはない、ただの嫌がらせだ。昼夜問わず、不規則な襲撃を繰り返す事で木馬の船員を寝かせない。
戦力を集めるまでの間、本格的な攻撃を仕掛けるつもりはなかった。
「そういえば、カナリアはどうしたんだ?」
彼は、ふと思い出したように僕に問い掛ける。
「彼女には、新型機のテスト運転をして貰っている」
「ほう? 私には、ないのか?」
「欲しいのか?」
問い返す僕に「いや、いい」と彼は首を横に振る。
彼は自分専用の乗りなれたカスタム機があるのでいらないと思ったのだがな。
親友の為に、なにか良い機体を用意してやるのも良いかも知れない。
◆
「グフ・フライトタイプ……?」
「はい、その通りです!」
チャイナ服を模した特別製の軍服を着た少女が元気よく告げる。
此処はキャリフォルニアベースにあるモビルスーツ格納庫に敷設された会議室のひとつ、まだ自分達と歳の変わらない少女がホワイトボードを前に新しく配備された新型の説明に移る。
形式番号MS-07H-8。グフ・フライトタイプ。
地球に降り立った英雄ギニアス技術准将がチベットに設立された兵器開発用の秘密基地で開発したモビルスーツの一機であり、地上におけるモビルスーツの航続距離の短さを克服する為に開発が続けられてきたグフ飛行型シリーズの完成形が本機となる。度重なる仕様変更と実験の末にモビルスーツの飛行技術の確立にも成功した機体ではあるのだが、高高度の飛行の際には滞空時間が極端に短くなってしまう欠点を抱えていた。
またコストの面からも量産化は難しく、操縦には熟練した技術が必要となる。
本国では、より安価で使い回しの効くサブフライトシステムの採用が決定しており、データ収集用に少数が生産されるだけに留まっている。
全部で十機にも満たない。その内の一機が私の愛機として、此処に送り届けられたのだ。
「グフ・フライトタイプの飛行姿勢制御プログラムは私が組んだんですよ!」
新しい愛機と共に送り届けられた少女が胸を張り、自信満々に答える。
彼女の名前はメイ・カーウィン、階級は技術少尉。私よりもひとつ下の14歳。パッツンと切り揃えた前髪に、桃色のリボンを鉢巻きのように巻いているのが特徴的な少女である。ジオン公国の名家カーウィン家の令嬢であり、ジオニック社の若き天才として名を馳せていた過去がある。ザクⅡの開発にも一役買っていたようであり、姿勢制御プログラムには彼女が書いたものが使われているようだ。
メイはギニアス技術准将と共に地上に降りた後、チベットにある秘密基地で兵器開発に携わっていた。そこでグフ飛行型の開発を任される事になり、シリーズの8番目として漸く形になったのがグフ・フライトタイプであった。データの収集は粗方、終えてしまっているのだが、戦闘時のデータが欲しくて付いて来たとの事だ。
つまりは、まあ、一時的に彼女の身柄はカナリア隊の預かりとなる。
「むう……」
ジオニック社の若き天才を前に、不機嫌な顔を見せるのはツィマット社の若き天才だ。
さっきから私の服の裾を摘まんで、机の下で私の脛を爪先で蹴ってくる。地味に痛い。普段はジオニック社であろうとも、MIP社であろうとも、モビルスーツと聞けば目を輝かせるような子だったのに今日に限っては機嫌が頗る悪かった。
それもこれもメイと顔を合わせてからだ。
モビルスーツの開発に携わる者であれば、彼女の名を知らぬ者はいない。自分の才覚を彼女自身も自覚しており、どれだけ自信に満ち溢れた言動をしようとも嫌味にはならなかった。何故ならば、彼女にはそれが言えるだけの能力を持っていた為だ。ザクⅡの開発に貢献したという実績を持っている事もあり、ミアは勿論、私だって彼女の事をよく知っていた。
だが彼女はミアの事を知らない。
ミアの知名度はツィマット社に限定しての話であり、メイと比べては知名度に雲泥の差があった。でも、それはミアも自覚している事だし、彼女自身、尊敬する人物の一人にメイ・カーウィンの名を上げていた程だ。
だから、その事に問題はなかった。
問題があったのは、初めてメイと顔を合わせた時、彼女が私の筆頭メカニックとして名乗りを上げた事だ。厳密にはグフ・フライトタイプの開発に携わった一人として、彼女が強い責任感を持っていただけの話である。
だが、それがミアの逆鱗に触れる。
私があっさりと彼女を受け入れてしまった事が、更にミアの機嫌を損ねる結果となってしまった。
そして今、彼女は私の脛に蹴りを入れ続けている。
「ゼロさん! 貴女の戦闘データは拝見させて貰っています! 是非是非、調整して欲しいところがあれば仰ってください! 私がパパッと修正してあげますからッ!」
それならば、是非とも人間関係の調整と修正をお願いしたいです。
勿論、口には出せず、ミアの蹴りを甘んじて受け続ける他になかった。
……ツィマット社の新型ないかな?
ドム? 地面を滑るのは、私の趣味じゃない。
飛んでる方がずっと好きだ。
◆
少し時を遡る。
ホワイトベースが大気圏突入した直後の話になる。
ガルマがガウ級攻撃空母を率いて、ドダイによる爆撃を仕掛けるまでの合間の話だ。
◆
北米大陸南部、ペガサス級強襲揚陸艦ホワイトベース。
「……プロト・ゼロ。それが、あの少女の名前か」
コックピットのある胴体部分だけが残されたヅダの情報解析をしている時の事だ。
引っこ抜いた記憶媒体をガンダム試作機1号の小型モニターに接続し、BBに情報分析をして貰っている。残されたデータの大半は破損してしまっていたが、その中でも奇跡的に生き残っていたデータの中からヅダに乗っていたパイロットの名前が判明する。
プロト・ゼロ。その名を聞いた時、なんとも言えない気分であった。
「ユウさん。これって偽名ですよね」
横からアムロが覗き込んでくる。
モニターに映し出される文字列を読み解く事は、彼の方が得意だ。
俺はモビルスーツを動かす事がだけが得意な男である。
「彼女の戦闘データは残っているかい?」
『検索してみます』
正直、俺よりもアムロの方がBBを使い熟している。
これでガンダム試作機2号よりも1号の方が性能が高いのであれば、機体を交換しても良いと思った。しかし2号の方が1号よりも装甲の質が良い。特にコックピット周りの装甲は生存率に直結する為、少しでも生き残れる可能性を高くする為にガンダム試作機2号の方に乗って貰っている。元々ガンダム試作機1号はデータ収集用の機体である為、より洗練された2号の方が1号よりも全体的に性能が良かった。
またBBは戦闘支援用AIとしては、まだ未熟な部分が多い事も不安要素のひとつとして上げられる。
『プロト・ゼロ。…………鳥? ……おねえさま?』
不意にBBから疑問が発せられる。
俺とアムロは見つめ合った後、アムロがBBに問い掛ける。
「君には、姉妹機でも居るのかい?」
『……姉妹機、そうなのでしょうか?』
疑問に疑問で返すAIに妙な人間臭さを感じ取る。
最近の技術の発展は凄いな。と漠然と思いながらも二人の話に耳を傾けた。
あのヅダに乗っていた少女は、まだ小学生程の体格だった。
それもBBのような戦闘支援用AIが搭載されていたと考えれば、理解できる話ではある。
倫理的には、まるで納得のできる話ではないのだが。
『一部、戦闘データの修復を完了。投映します』
話は中断されて、プロト・ゼロの戦闘シミュレーターの様子が映し出される。
その映像を見た俺達は、二人して戦慄が走った。俺はテストパイロットの中では優秀な方だと思っている。アムロもまた連邦軍製の戦闘シミュレーターを何度も扱っているのでプロト・ゼロが繰り出す動きの凄さが理解できてしまった。状況認識能力が段違いに早く、空間認識能力が異次元の領域に達していた。反射神経は人間の限界を超えており、相手が動く前に回避行動に入っている場面が多々あった。戦闘シミュレーターはミノフスキー粒子散布下での戦闘を想定している為、そのほとんどが有視界戦闘だ。モノアイが映し出したものを映像解析で分析する他に機械が対応する術がないのだが、背中に目が付いているのではないかと思う反応を見せる事すらあった。
その動きは、人間の領域を超えている。常識の範疇にない、人間の限界を超えていた。
『プロト・ゼロ。データベースに照合する名前がありました』
BBが二人に告げる。
『原初にして原点、最強のニュータイプ能力保持者。その名を────』
ごくりと唾を飲み込んだ俺達に、BBは勿体ぶるように間を置いて
『──これ以上のデータは削除されています。どうやら履歴も消されているようです』
二人して、がっくりと肩を落とした。
BBの協力を得てプロト・ゼロの戦闘データを参考に新しく戦闘用プログラムを組み直す。
そして来たガウ級攻撃空母、爆撃を仕掛けてくるドダイにガンダムの出撃命令が下った。
発進する、ホワイトベースの上に立って構える。
プロト・ゼロを基にした戦闘用プログラムはガンダム試作機2号にもインストールされている。
新たに組んだ戦闘用プログラムに従った偏差射撃は、軽々とドダイを撃ち抜いた。
自分とアムロで2射ずつ、4回の狙撃で5機のドダイを撃ち落とす大戦果。意味が分からない。
帰還後、俺とアムロは二人して頭を抱えた。
プロト・ゼロ。ブリティッシュ作戦でコロニーに毒ガスを注入したパイロットは、
何処まで行っても連邦軍の頭痛の種で在り続けるようだ。