北米と南米を繋いだ中米と呼ばれる地域では開戦以後、公国軍と連邦軍が激戦を繰り広げている。
なんとか南米に攻め込む橋頭堡を得る為に公国軍は、メキシコにある軍事基地を改修して南米侵攻の拠点としていた。それをメキシコ基地と呼び、その後方には優先的に復興させたメキシコシティが存在している。まだ連邦軍が正式にモビルスーツの実戦投入ができていない現状、連邦軍の主力は航空母艦を用いた戦闘機や爆撃機、もしくは戦車を中心とした機甲師団。所謂、通常兵器と呼ばれる戦力で公国軍に対抗している。
そんな連邦軍が行う作戦の大半は、爆撃による拠点とインフラの破壊だ。
これには北米大陸に降りたガルマ少将も苦しめられる事になり、早急な対応として航空戦力の開発と量産を必要とした。公国軍がドップやドダイYSといった兵器を開発するまでの空白期間、戦線を支え続けてきたのがイアン中尉が率いるザクキャノン中隊である。
誘導兵器が使えないミノフスキー粒子散布下環境。最新鋭の装備を取り揃えた連邦軍の精鋭部隊は新環境への順応に手間取る事になり、遠い過去、戦場の女神と呼ばれた砲兵の面目躍如に繋がる事と相成った。
その立役者である彼は今、メキシコ基地を離れてキャリフォルニアベースに移動している。
ギャロップ級高速陸戦艇が砂煙を上げて荒野を猛進中。
名称がなくては不便だという事でイアン中尉のエンブレムからスパイダー小隊と仮称された本小隊は、3機のザクキャノンと共にガルマ少将の救援に向かっている。中米戦線は、守るだけなら問題ない。パナマ運河を境に膠着状態になっており、今すぐに何かが起こるという気配もなかった。
前線の事はさておき、イアン中尉は急に後方へと呼び出された事に考えを巡らせる。
彼、イアン・グレーデン中尉の両親はジオン・ズム・ダイクンの熱狂的なシンパであった。
その影響を少なからず受けていた彼は、ダイクン暗殺事件の際にメディアが流す連邦政府の陰謀論を信じ込んで国防軍に志願する。そこには大学に入学して勉学に励むだけの経済力のない家庭事情もあった。まだ人手不足の御時世、計算が得意という理由だけで砲兵部隊に所属する事になった彼は、先輩方の指導を受ける事でめきめきと頭角を出し「彼が放つ砲弾の命中率は頭ひとつ抜けていた」と部隊長に評価されるまでに至る。
その後、モビルスーツパイロットとしての適性を見出された彼はソロモンで訓練を受けた後、ルウム戦役に参戦。そこで活躍することはできなかったが、続くコロニー内での掃討戦で多大な戦果を上げる事になる。砲撃で的確に相手の急所を撃ち抜き続けた彼が所属する部隊は、他と比べて顕著なまでに被害が少なかったのだ。
この報告を聞いたガルマ少将は、重力戦線における砲兵の重要性を再認識。イアン中尉に訓練部隊を与えて、新たにモビルスーツによる砲兵部隊を鍛え上げさせた。
それが今、彼が率いているモビルスーツ中隊となる。
ガルマ少将は信頼できる人だ、理由もなしに更迭するような真似はしない。
現にメキシコ基地にあるザクキャノン中隊の隊長は自分のままであり、自分の子飼いとも呼べる副隊長が隊長代理の任に就いている。それに本格的な攻勢はジャブローの本拠地が見つかった時だとガルマ少将が直々に仰られていたし、キシリア機関の手の者が南米大陸で諜報活動を続けている。
政治的な観点から見ても、自分が更迭されるタイミングでもないとイアン中尉は考えた。
そして前線を支える一人である自分を引き抜くという事は今、北米大陸では余程の事態が起きている事が推測できる。早くガルマ少将に会って、何が起きているのか話を聞く必要があった。そして、早く事を終えて前線に戻らなくてはならない。
自分が居ない事を知った連邦軍が強襲を仕掛ける可能性がある為だ。
「……そういえば、少し前に連邦の艦艇が北米大陸に落ちたんだったな」
イアン中尉は、ふと思い当たる事を口から零す。
「レーダーに敵影を確認ッ! ミデアです! それも四機ッ!」
不意にオペレーターの一人から声が上がった。
こんな所に? 艦橋から外を見上げれば、既に視認できる距離にミデアを確認する。
「どうして、こんな近くに来るまで気付かなかった!?」
「ミノフスキー粒子ですよ! レーダーで確認した時には既に……ッ!」
「近頃は重力戦線も粉だらけだな! 喘息になっちまうッ!」
悪態を吐いた彼は、指示を出す前に数秒だけ考え込んだ。
何故、公国軍の領土にミデアがいるんだ。強行偵察? なら戦闘機でも飛ばしてれば良い。潜入任務であれば、ミデアなんて目立つものを持ち出さない。ミデアでなくてはならない理由を考えるべきだ。ミデアは輸送機だ、ミデアといえば物資輸送。モビルスーツの運搬。何処に運ぶ、敵地の中に物資を運ぶ相手なんて──強行してでも物資を運ばなくてはならない理由を考えるんだ。
ガチッガチッとパズルピースが嵌る感覚。
最後のピースは「何故、自分がガルマ少将に呼び出されているのか?」だった。
そうして導き出した結論は、ミデアの撃墜。
あれが自分達の作戦目標だということまで、彼は数秒で導き出した。
「艦長、アイツは俺達で撃ち落とさなきゃならない! モビルスーツは全部、出す準備をしておけ!」
指示を出した後、彼は愛機のザクキャノンに飛び込んだ。
ザクキャノンは鈍重だ。ギャロップの前部ハッチより、上半身だけ身を乗り出す。肩部キャノン砲で上空に飛んでいるミデア四機の内、最も後方にあった一機に狙いを定める。頭の中で距離を計算する、相対速度を計算する。風を読んで、不確定要素は勘で補填した。幸いにも、まだミデアは回避行動を取っていない。加速して振り切るつもりのようだ。
今だ! と狙いを定めた一撃はミデアの翼に吸い込まれていった。
地面に墜落したミデアを味方一機に任せて、自分はギャロップに乗ったまま先を行くミデアを追いかける。
そうしてもう一機を落とした後、味方から連絡が入った。
『中尉ィーッ! モビルスーツです、連邦のモビルスーツですッ!?』
どうやら自分は、想定外の大物を落としてしまったようだ。
◆
ミデア補給部隊、北米の空を四機の輸送機が駆け抜ける。
ちょっとした誘導作戦の裏側で、戦線を一気に突破した今、敵地で孤立する友軍の為の輸送任務に従事中。揺れる操縦席、私は助手席。私の名前はマリア・オーエンス。裕福な家の出身ではなかった私は学費を支払うことなく勉学に励み、給与すら貰える連邦軍の士官学校に入学した。卒業後は流されるまま補給部隊の配属となる。
その後で私にパイロット適性がある事が判明し、ジャブローでパイロット養成プログラムを受ける羽目になる。
前線で戦いたくなかった私は、後方勤務である補給部隊への再配属を強く希望した。
できれば上官は同じ女性が良かったので、やり手と噂のマチルダ中尉の部隊が良いと要望を出せば、その翌日、何故か敵地の奥深くの空を飛ぶ事になっていた。三機のミデアにはホワイトベースへの補給物資。四機目、つまり私が乗り込んでいるミデアにはモビルスーツが搭載されている。
型式番号RRf-06。正式名称、ザニー。そう、ジムではなくザニーである。
ジムを搭載する案もあったのだが、まだ公国軍に新型量産機の情報を与えたくなかった連邦軍はこれに反対。新型量産機を開発する際にデータ収集用として、ルナツーからジャブローに送られていた機体だ。
今はもう用済みとなった機体であり、それが輸送部隊に譲られた形となっている。
ミデア三機、戦闘能力を持たない自分達に贈られたなけなしの護衛戦力であった。それに乗るのが私、マリア・オーエンス准尉となる。正直、輸送中にモビルスーツを降ろす余裕もないだろうし、重量が増えている分だけ邪魔になっているだけな気もする。
まだ、死ぬつもりはなかったんだけどな。今は接敵しない事を祈るばかりだ。
「敵機確認、あれは……ギャロップですッ!」
『振り切ります! 進路を保ったまま全速を!』
「了解ッ!」
あれ? 何やら不穏な気配が漂い始めてきたな?
モビルスーツパイロットである自分に今、出来る事は祈る事だけであり、祈りは神に通じなかった。
機体が大きく揺れる。主翼を撃ち抜かれたミデアは緩やかに墜落していった。叫ぶ操縦手の声なんて耳に入らず、地面に衝突した衝撃で機体が大きく揺れた。
……全身が痛い、痛みに目が醒める。
操縦席に乗っていた仲間の一人が額に機械片が刺さって死んでいた。目を背ける、嗚咽を堪える。今やらなくてはならない事を考えた。幸いにもレーダーは生きており、素人目でも2機のモビルスーツが迫っている事が見て分かった。公国軍は自分達の家であるコロニーを地球に落とした野蛮人。そういう認識のあった私は降伏して捕虜になる選択肢が頭から完全に抜け落ちていた。
モビルスーツパイロットである私にできる事はモビルスーツに乗る事だけだ。
「生きて……やる! 慰み者になるなんて嫌だ! それなら死んでやるッ!」
運が良いのか、悪いのか。骨が折れている感じはない。
建て付けが悪くなったハッチを開き、完全に開き切らなかった隙間から身を滑り込ませる。
中にはザニーがあった、どうやら無事なようだ。
「生きて慰み者になるなら死んでやる……死んでやるなら、殺してやるッ!!」
ザニーのコックピットに腰を落とし、自分でもよく分からない感情のまま機体の起動準備に入る。
「今は戦うしかないんだもの! 私だってッ!!」
生きたい。その純なる想いが自棄を起こした。
◆
地上戦仕様ザニー。
ルウム戦役で鹵獲したザクを開発研究する過程で生み出されたモビルスーツの改良型。
ヤシマ重工が開発していた連邦軍モビルスーツ用携帯火器の運用試験を行う為、北米戦線に試験的に投入された機体の内一機。本来は三本指だったマニピュレーターは五本指に改修されており、後に陸戦型ガンダムにも搭載される事になるマシンガンやキャノン砲を装備する事を可能としている。基幹となる部品の大部分はザクのままとなっているが、随所で後のジムに繋がる試験的技術が用いられたモビルスーツである。
性能的にはザクⅡ未満。だが、初めてモビルスーツ戦が想定された連邦軍の機体でもあった。
◆
墜落したミデアを視認できる距離まで近付いた。
連邦軍にはモビルスーツがない。各地でガンタンクやガンキャノンといったモビルスーツもどきの姿が確認されているが、連邦軍には真っ当なモビルスーツが居ないというのが定説だ。だから撃墜した時点でもう無力化したも同然だとザクキャノンのパイロットは考えていた。
その認識が間違えていた。と知った時には、もう手遅れとなっていた。
半開きになったコンテナのハッチを抉じ開けるように放たれたキャノン砲。運悪くザクキャノンの右腕を消し飛ばした。つまりは肩部キャノン砲が付いている方の腕を破壊されてしまったのだ。動転したままハッチが吹き飛ばされたコンテナの中身を見る。
そこには見慣れない色のモビルスーツが立っていた。
ザニーは正式に量産がされた機体ではない。
敵技術の解析、検証した時の副産物で生まれた機体であり、戦力としても期待されていた訳ではない。パイロットの訓練用が精一杯。実験検証用に生産されていただけで数も多くない為、その姿を見た者は少ない。
しかし、それでも連邦軍が初めて自力開発したまともなモビルスーツだ。
これを公国軍パイロットが連邦の新型機と誤認しても仕方なかった。
既に致命的な損害を受けている。そしてコンテナの中に立つモビルスーツはキャノン砲の照準を自分に定めていた。正常な判断ができなくなったパイロットは残された左腕で腰に付けたガトリングガンを掃射する。これを受けたザニーのパイロット、マリア准尉は引き金を絞るのに躊躇をなくす。
放たれた180ミリメートルの砲弾は、ザクキャノンのコックピットのど真ん中を抉り、程なく爆発四散した。
ここから少し離れた場所を走るギャロップでは、
断末魔と共にザクキャノンが一機、ロストした事が確認される。
残り二機のミデアは、もう追いかける事は難しい。
これは後でガルマ少将に報告するとして、
「撃破しなくてはならない相手ができた」
イアン・グレーデン中尉、公国軍が誇るエースパイロットの一人である。