ペガサス級強襲揚陸艦ホワイトベースにて。
避難民が暴動を起こした。
自分達よりも若い子供達が頑張っているのに何も出来ない無力感に苛まれており、かといって連邦軍の為に命を張れるほどの覚悟も持ち合わせていなかった彼らにとってホワイトベースという閉ざされた環境は居心地が悪かった。不満が募り、地球に帰っても地面を踏むことも許されない。その上で不定期に繰り返されるドップによる爆撃に精神的に参ってしまった。
ほんの数十分程度ではないか。人里のある場所に降ろしてくれれば、後は自分達でどうにかする。
彼らにとっては些細な要求、どうして受け入れられないのか分からなかった。生意気な若い連中には、自分達のような人間の気持ちは分からない。そもそも、これはどちらにとっても良い話なのだ。私達は、もう二度と降りる事はないと思っていた地球に降りられる。ホワイトベースは食い扶持だけはかかる役立たずを追い出すことができる。
だが、若者共がちょっとした手間を惜しむ事で我らが悲願を阻むのであれば、こちらにも考えがある。
そうして行われたのが暴動であり、軍人と仲の良い同じ避難民の子供を人質に取って立て篭もった。別に傷付けるつもりはない、ちょっとホワイトベースを地面に着地させるだけで良いのだ。
そんな軽い気持ちで行われた暴動であった。
しかし艦橋に居て、ホワイトベースが今、置かれている状況を知る者にとっては堪ったものではない。
高々数十分程度の話、ちょいと地上に降りてみせろだと? この敵に捕捉された状態で? 何時、襲撃を仕掛けてきてもおかしくない状態で? ホワイトベースの艦長代理を務めるブライト少尉には、船員と避難民を合わせて数百人の人命が両肩に乗せられていた。
ならば、彼が暴動に対して口にする言葉は決まっている。
「ふざけるなッ!」
それは、ただ一言で済んだ。
こんな感じに自分第一で文句を言う奴ってのは、後の事を何も考えていないのだ。その結果、ホワイトベースが墜ちる要因になったとしても素知らぬふりを通して、何食わぬ顔で生きていく意地汚さが透けて見える。どうでも良いのだ、気に食わなければ文句を言い。思い通りにならないからと暴力に訴える。自分達よりも、か弱い者達を手に掛けるなど、言語道断!
弱音を吐くまでは良い。
だが、せめて俺達が守り、背負っている存在が間違っていたと思わせないで欲しかった。
尤も怒鳴り散らしただけでは、現状が好転する事はない。
「……もういっそ見捨てるのはどうか?」
口には出すも首を大きく横に振る。
分かっていたはずだ、連邦軍が民間人に嫌われている事なんて知っている。父親の想いが、そのまま軍人への好意に繋がっていた時の幼い自分ではない。だが、それでも自分は軍人という職業に幻滅した事はない。どれだけ厄介だと思われていたとしてもだ。連邦軍は連邦市民を守る為に存在している、その父親の在り方に自分は憧れていた。
だから自分が、幼い時の自分に胸を張り続けられる軍人で居続けたいと思っている。
尻の青い餓鬼の戯言、そんな事は分かっている。
しかし、それでも守るべきを守る。その為に自分は軍人になった。
今、自分は試されている。
そう思わなければ、とっくの昔に発狂していた。
ブライトは怒りと共に大きく溜息を零す。
指揮を休憩中のリード中尉に引き継ぎ、現場へと赴いた。
「子供に拳銃を突き付けた貴方は今、俺達の守るべき民間人に仇為す脅威だッ!!」
そこではユウ少尉が避難民を殴り飛ばしていた。
◆
少し前、民間人が暴動を起こした。
という話を聞いたユウ少尉は誰よりも早く、現場へと駆け付ける。
食堂で食事を摂り続けるユウ少尉の事は、避難民の間でも顔が知られていた。
とある老人が少年の食事からパンを盗み取れば、これを指摘する。「なんのことだ?」と惚けた後、手に持ったパンを胃の中に収めた老人に少年は泣きべそを掻いた。それを見たユウ少尉は自分のトレイに載せられたサンドイッチをひとつ与える。「俺が盗んでやったおかげで良いものが食えたじゃねえか」と老人が呟けば「自分よりも弱い子供から盗んで食う飯は、さぞかし美味かったんだろうな」と皮肉で言い返した。
そそくさと逃げ出す老人。場の雰囲気が悪くなったのも気にせず、ユウ少尉は食事を再開する。
避難民はユウ少尉の階級を知っていた。
ホワイトベースの艦長であるブライト少尉と並ぶ階級の持ち主であり、何度かブライト少尉に呼び出される姿も見ている。あまり二人が一緒に居るところを見た事はない。傍目から見ると二人は仲が悪いようにも見えるし、実際、二人の間には軋轢があった。
だが、それはユウ少尉がブライト少尉に意見を言える人物である事を意味している。
だからユウ少尉が現場に駆け付けた時に「あんたからも言ってくれ」と避難民は交渉に応じる事にした。
しかし、ユウ少尉はそれほど社交的な人物ではない。周りから話しかけられた時には応じるが、基本的には受け身なのだ。自分から周囲を気にするほど活動的ではなく、自分の見える範囲でしか動こうとはしなかった。ブライト少尉の事を気に入らないのは、民間人を戦争に巻き込もうとする為だ。それも子供である、その上、自分に指揮させようとしてくるのだ。
常識的な感性を持っていれば、これに良い反応を示せという方が無茶な話なのだ。
そして、ユウ少尉にとっては、その程度の話でもあった。
避難民の扱いを除けば、ブライト少尉がホワイトベースの指揮を執る事に不満を持っている訳ではない。
ユウ少尉は、自分の持つ道徳と倫理で動く人間でもあった。
「何も酷い事をしようなんて言うんじゃない。話を聞いてほしいだけなんだ」
「ならば、その手に持った拳銃はなんだ!?」
そういう壮年の男は拳銃を片手に子供達を脅していた。
民間人が拳銃を手にしている驚きよりも先に怒りが湧いた。何か小難しい事を話し出した老人に向けて、大股に歩み寄る。
拳を握り締める、子供を脅す暴漢に聞く耳なんかあるはずもなかった。
「子供に銃を突きつけるのが大人の交渉術かっ!?」
「く、来るな! 撃つぞ!? 良いのか!?」
「子供を撃ち殺すと脅しておいて、今更か!?」
「違うっ! 話を聞いて欲しいだけだ!」
「子供に銃を向けておいて、話を聞いてほしい!? 強盗の言い分だなっ! テロリストだって、もっとましな手段を取るッ! 話を聞いてほしいからとコロニーに毒ガスを撒いて、地球にコロニーを落とすなんてジオンと同じやり口だっ!!」
「我々はジオンとは違うッ!」
「撃てば、ジオンの連中と同類になるっ!!」
ユウ少尉は善良に位置する人間だ。
しかし、この時は、その人間性が仇となった。
情に訴えるつもりが、逆に激昂させる結果となってしまった。
「連邦軍は連邦市民を守る為に存在しているッ!」
あと一歩で拳が届く距離、壮年の男が拳銃を持つ手を震わせた。
ユウ少尉は悠々と一歩、進んで拳銃を奪い取る。慣れた手つきで弾倉を落とし、スライドを引いて銃身に残っていた一発の銃弾を外に弾き飛ばす。
壮齢の男が、武器を奪われて狼狽した。
しかしユウ少尉は、躊躇しなかった。情けなく晒した横っ面を目掛けて右拳を振り被る。
「子供に拳銃を突き付けた貴方は今、俺達の守るべき民間人に仇為す脅威だッ!!」
奥歯を砕く一撃が、壮年の男に叩き込まれた。
◆
ユウ少尉は不問となった。
代わりに壮齢の男は営倉に連れていかれる事になる。
その判決を下したブライト少尉は、ユウ少尉を退かせて避難民の前に立った。
抜け毛が増える想いだ。
「我々とて、拳銃を持ち出されては……犯罪者として対処せざる得ません……」
次から次に起こる問題に頭を抱える。
もう見捨ててしまえば良いのではないか、という思いが改めて過ぎった。
しかし歩み寄る姿勢を見せなければ、ホワイトベースは機能しなくなる。
どうせ殴るなら、自分が殴りたかった!
「……とりあえず話を聞いてください」
全てに対する憤りを抑えて、限界のギリギリで言葉を探る。
「あんた達はわしらのいうことを聞いてくれないのに話を聞けだって!?」
「私達はもう、この艦を降りたいのよ」
「そう! すぐに降ろして! もう戦争の巻き添えはたくさん!」
だが、誰も自分の苦悩を分かってくれない。
避難民は勿論、乗組員も身勝手なやつばかりだ。
誰も俺のいう事なんて聞いちゃくれないっ!
内心では、舐め腐っている奴ばかりだ!
「……下は砂漠です。貴方達は知らないかも知れませんが疫病も逸り、総人口の半数以上が死んでいるという情報も入っています。仮に人里まで足を運んだとしてもジオンの勢力下ですよ?」
それでも、押し殺す。皆を率いる、立場が、そうさせた。
「ジオンも連邦もあるもんか!」
「そうだ、降ろしてくれさえすればいい」
「もうたっくさんだ。そんな話よりも早く地べたに……」
静かに、冷静に、もう人質はいない。
ユウ少尉が取り返してくれた。
だから、焦る必要はない。ゆっくりと時間をかけて……
「孫がいるんだ! 元気ならこの近くの町に住んでいるんだ!」
「生まれ育った町や川が、もう一度見たいんじゃよ!」
「あたしゃ死ぬ前にもう一度、外の風を……」
避難民も、自分と同じように、ストレスが溜まっているだけなのだ。
「誰も降ろさないとは、言っていません……」
「じゃあ何時! 何処に着陸して、儂らを降ろしてくれるのか!? それをはっきり聞かせて貰いたいっ!!」
職務でもなければ、こんなこと耐え切れない。
「それ見た事か、言えないではないかっ! もしや、あんた達こそ儂らをジオンに対する人質にしているんじゃないだろうな!?」
「なにをバカな事を! コロニーに毒ガスを撒く連中に、そんな真似ができるはずがないでしょうっ!!」
職務であっても、耐え切れなかった。
「もう昔の地球ではないんですよ!? 地球に降りれば、なんとでもなると思っているのですか!? こんな場所に降ろして、生き永らえることなんてできるものかっ! 人がいる!? 豊かな草木!? 地球上にいる人間すらも賄えず、食料は宇宙コロニーに依存しつつある現状で……ジオンの連中がコロニーを落としたせいで、更に地球は砂漠化が進んでいるっ!!」
結構っ! とブライトは投げやりに叫んだ。
「苦労を承知で降りるというのであれば、どうにか機会を作れないか手を尽くそうっ!」
しかしっ! と避難民を指で差して告げる。
「一度でも艦から降りた者に関しては我々は一切、関与しないっ! 我々に不満をぶつけるだけならいざ知らず、他の避難民に危害を加える……ましてや子供に手を出す暴漢共を守るなど、こちらの方から願い下げだっ!!」
言いたい事だけ吐き捨てた後、ブライトは部屋を後にした。
艦橋に戻る。事の些末を監視カメラの映像から見ていたリード中尉が問い掛ける。
「それで考えはあるのか?」
「公国軍に一時休戦を申し入れますよ」
「受け入れると思うのか?」
「……やるだけやってみるしかないでしょう。今のままでは避難民と撃ち合いになります」
ま、そうだな。とリード中尉が艦長席から立ち上がる。
「俺が避難民に出撃指示を出した事を口外しなければ、避難民を見捨てる発言は聞かなかった事にしてやるが?」
「……こんな状況でも政治ですか?」
「そうだよ、政治だよ。俺は出世して老後を楽にしたいんだ」
リード中尉はブライトの肩を叩いた後、仮眠室へ向かった。
ブライトは艦長席に腰を下ろす。
そして、やってしまった、と項垂れるのだった。
◆
モビルスーツ用の格納庫にて、
僕は今、ガンダム試作機1号のコックピットに座っている。
「地上での戦闘経験がないから、出来るだけ備えておきたいんだ」
自分で集めたデータと自作した戦闘用プログラムの入ったノートパソコン。それをBBとケーブルで繋ぐ事で評価して貰っているところであった。
『落第点です』
「なんでさ?」
『敵モビルスーツに関連する情報は及第点を与えられますが、パイロットによる技量の差異が考慮されていません』
「そんなに変わるものかな?」
『赤い彗星とほうき星の魔女と戦った貴方なら分かるはずです』
「……あれは例外だろ? 色も付いてるし」
『ではジョブ伍長とカイさんで比べてください。戦い方から間合いの取り方、何から何まで違っています』
「ああ、確かにそうだな」
戦闘シミュレーターでもジョブ伍長は余り前に出ようとしないのに対して、カイは威勢よく敵に突っ込む事がある。不意を突いた、意表を狙った。と本人はいうけども、その度にリュウ曹長に軽くあしらわれることが多かった。しかし実戦となった時、意外と前に出るのはジョブ伍長の方であり、カイは誰かの後ろで縮こまっていたりする。あとカイは牽制で無駄弾を多く使うけど、ジョブ伍長は弾をばらまくという戦い方は好まなかった。
「くそ、時間を無駄にしたかな」
『いいえ、これにより貴方は多くの学びを得たはずです』
「でも、結局、これは使えないんだろう?」
『次に活かしましょう。トライ・アンド・エラーを繰り返せる人間が最終的に最も強くなります』
彼、もしくは彼女の言いたい事は分かる。でも、飲み込む事は難しかった。
「敵は待ってくれないよ」
『身構えている時は、死神は意外と来ないものです』
「それってどういう意味?」
『はて?』
「はてって……」
『経験談、のはずです』
「なんだよそれ」
思わず、含み笑いを零す。
記憶領域のデータが壊れているという話を聞いている。
だから、そういう曖昧な言い方になるのはわかる。
でも、機械らしくない物言いが、
ちょっとだけ、おかしく思えてしまったのだ。
避難民が暴動を起こしている裏で、和やかな時間を過ごした。
そしてBBと談笑しているところをフラウ・ボゥに見られた僕は、彼女に尻を蹴飛ばされる事になった。