出撃前の話になる。
まだ垢抜けない少女が両腕で大切に抱える赤いハロと共にキャリフォルニアベースの格納庫を歩き回る。ボブカットの彼女の名は、ペッシェ・モンターニュ。階級は准尉であり、赤い彗星の名で知られるシャア少佐の部隊に所属している。今は地球攻撃軍司令官ガルマ少将の御好意で頂いたモビルスーツの確認に向かっている所だ。
ヅダは重力戦線には向かない。
というのも高出力のスラスターを用いた機動力が売りの機体である為、常にスラスターを吹かし続ける必要のある重力戦線には向かないのだ。ほうき星の魔女ことプロト・ゼロ少佐、もといカナリアもグフ・フライトタイプに乗り換えるという話もあるし、ペッシェはガルマの好意を受けることを決める。
受領したモビルスーツは、ドムだ。
資料によると型式番号、YMS-09J。ドム高速実験型。シャア少佐がW・コムに乗せて宇宙から地球に連れて来たメカニック、アルレット技師の説明によれば、グフ・フライトタイプの前身であるグフ飛行試験型の開発データを基に開発が進められた機体であり、通常のドムと比較して最大50%以上の速度増加を目指して開発された機体との事だ。
カタログスペック上、公国軍が求める要求性能を満たす事はできたのだが、その分だけ操縦が難しくなってしまった。
特に姿勢制御に関しては、まだ未熟な面も多く、試作した1号機は試験中に横転して大破。続く機体もパイロットが制御し切れず、転倒する事故が多発してしまった。ヅダ以上にピーキーな性能、結局、熟練したパイロット以外は扱う事ができない機体とし、全9機の生産を以て量産化は見送られる事となった。
その9機の内、1機が目の前にある機体だ。
本来は、シャア少佐が受領するはずだった当機。
それが私に回された理由は、単純な話。赤い塗料がなかったから、との事だ。赤くない機体は、赤い彗星の乗るべき機体ではない。とはガルマ談。シャア少佐は、釈然としていなかった。
アルレット技師に頼んでドム高速実験型のOSとハロを繋げられるようにもして貰っている。
不機嫌なシャア少佐が、彼が此度の作戦で自分達に告げた命令はひとつだけだ。
露払いを頼んだ。とシャア少佐の執着は、木馬の方にあった。
「隊長殿には、隊長殿の考えがある」
そう言って私の隣に立ったのは、ニムバス准尉だ。
彼もまたガルマ少将から新しいモビルスーツを受領しており、つい先程まで動作確認を行なっていたところだ。
その為か、気分が高揚しているのが分かった。
「露払い、大いに結構! 私達は、私達の為すべき事を果たす!」
拳を握り締めて気勢を上げる彼の横顔を見て、はい。とペッシェは力強く頷き返す。
BBの奪還、それこそが二人の目的なのだ。
◆
大将が木馬に辿り着く為の露払い。
ミード湖にある台地にて、威風堂々と身を晒す漆黒の機体。型式番号MS-08TX。それまでモビルスーツの開発事業に関わっていなかったキシリアが資源採掘地帯を守るオデッサ基地司令のマ・クベ大佐に頼んで開発させた機体の一つである。突撃機動軍に所属していた縁により、キシリア派閥に組み込まれていたマ大佐は元上官からの要請を断ることもできず、ツィマット社に協力を頼んで当機の開発に移る。
ジオニック社のグフを超える機体として開発された為、カタログスペックとしては全てにおいてグフを上回る性能に仕上がった。しかし無理な高性能化が祟り、生産性と整備性、操作性を犠牲にしてしまう事になり、基地司令の立場を持つマ大佐からすれば欠陥機に過ぎなかった。
生産ラインに乗ることなく、世に生み出されたのは8機だけとなっていた。
とはいえだ。この開発で得たノウハウと教訓は後の兵器開発に活かされており、ニュータイプ研究所におけるサイコミュ兵器の独自開発の基礎技術として、もしくはツィマット社の傑作機であるドム。更にはモビルスーツ開発に嵌ったマ大佐が主導で開発させたギャン。遠い未来まで語れば、ガルバルディやガズにまで繋がる土台となった。
管理者の目線から見れば、欠陥の多い当機。
しかしモビルスーツパイロットから見れば、グフを超えた高性能なモビルスーツだ。倉庫で埃を被る予定となっていた当機は、ツィマット社の要望により、実戦データの収集の為に戦線に投入されることになった。その内の何機かが北米方面軍に送られており、内一機がニムバス准尉に回された。
正式名称イフリート。炎の魔神の名を冠する機体は、その操縦者によって気炎を上げる。
「我はジオンの騎士、ジオンの剣!」
そんな名乗りなど一切、気にしないガンキャノンによる無慈悲な砲撃。しかしイフリートは砲撃を撃つよりも早く頭上に振り上げたヒートサーベルを砲撃音がすると同時に振り落とした。確かにコックピットを捉えていた一撃は、神業とも呼べる達人芸によって真っ二つに両断する。
「ニムバス・シュターゼンであるッ!!」
騎士の嗜みとして修めた武芸の数々、その内のひとつに示現流の型があった。
勘違いも極めれば道となる。
ニムバスが掲げる騎士道は最早、彼の極め尽くしたオリジナルと言っても差し支えない。
そこは差し支えておいた方が良くない? と地の文を読んだマリオンが小首を傾げた。
◆
ミノフスキー粒子散布下の環境であっても近距離であれば通信は可能だ。
降伏勧告といった事柄をスムーズに行う為にオープン回線と呼ばれるものが設定されており、どちらの陣営であっても連絡を取り合う手段があった。しかし、それが機能することはほとんどない。というのも戦闘中に敵と会話をする馬鹿は居ないし、間違えてオープン回線にマイクを繋げたまま作戦行動に移ってしまえば、敵に作戦が筒抜けとなってしまう為だ。逆にオープン回線を用いたトラップを仕掛けてくる敵も存在する。
そんな感じだったので双方の軍隊では、オープン回線は基本的に切っておくものとされている。
そもそもの話、
今回、ホワイトベースが公国軍に一時休戦を呼び掛けた時のように、正規の手段で相手に呼びかける手段はあるのだ。
オープン回線の存在は、形骸化しているのが実情である。
しかしながら、戦闘の最中にオープン回線を利用し続けるバカが居た。
ニムバス・シュターゼン准尉である。
彼は名乗り口上を述べる時、オープン回線をオンにして名乗り上げていたのだ。
そして、それを聞いていたバカも居た。
現地徴兵されたホワイトベースのモビルスーツパイロット、カイ・シデンだ。
出撃の少し前、彼はガンキャノンのマニュアルに目を通している時にオープン回線の存在を知った。戦闘中にオープン回線を開くバカが何を喋っているのか気になり、ちょっとした興味本位でオープン回線に入る音声に耳を傾けていたのである。するとバカが名乗りを上げた。小高い丘の上でホワイトベースを見下す漆黒のモビルスーツ。名乗り口上と共に両手に握り締めたヒートサーベルを顔の前に立ててみせた。その姿はまるで騎士のようでもあり、あまりにも堂々とした佇まいにカイは腹の底から爆笑してしまった。
俺達は戦争をしてるのよ。とカイはちょっとしたちょっかいをかけるつもりで肩のキャノン砲で砲撃した。
『ニムバス・シュターゼンであるッ!!』
砲弾は、確かに敵機を捉えていた。
しかし砲弾は縦に両断される。「は?」とカイは思わず、声を漏らした。
漆黒のモビルスーツのモノアイが自分を捉えるのを見た。
『戦場故、名乗りを遮る行為の是非は問わぬッ! 代わりに開戦の合図と受け取ったッ!』
いざっ! とオープン回線の通信から威勢の良い声が上がる。漆黒のモビルスーツがヒートサーベルを両手に握り直し、一直線に突っ込んで来た。
『いざっ! いざ、いざっ! いざ尋常に勝負ッ!』
「ひ、ひいぃぃ~~~~っ!!」
『貴殿の命を貰い受ける! その首を置いていけっ!』
キャノン砲とビームライフルによる射撃を掻い潜り、一刀の下に右腕を切り落とす。
『ちぃっ! 運の良い奴っ!』
「なんなんだよ、こいつっ!!」
『カイさん、下がってください!』
ホワイトベースから展開していたのはカイだけではない。
ガンタンクとガンキャノン、加えてコア・ファイターまでもが出撃をしていた。
ホワイトベース隊も総力戦だ。
ハヤトによるガンタンクの砲撃を漆黒の機体がヒートサーベルで一度、二度と切り落とした後、相手はカイへの追撃を諦めたのか大きく距離を取った。
『むう……貴様達、オレンジ色の角付きは何処だ!?』
誰も彼の問い掛けに答えられる者はいなかったし、そもそも答える気すらなかった。
彼の強襲により、ホワイトベースの真下は乱戦状態に陥る事になる。
◆
敵のモビルスーツの相手はペッシェとニムバスに任せた。
自分は少し離れた場所で対艦ライフルを構える。
ホワイトベースを降伏させる為には航行能力を喪失させれば良い。
なら、狙うべきは艦体後部にあるスラスターだ。
「やれるか? ……いや、やってみるさ」
そう呟いて引き金を引こうとした時、殺意を感じ取った。
咄嗟に飛び退いた。しかし一歩、遅い。構えていた対艦ライフルの銃身がビームライフルに撃ち抜かれてしまった。スラスターを吹かせたまま右手にヒートホークを握り締めて、左手はザクマシンガンに持ち替える。モノアイを左右に動かす。右に角付きの白い奴、左にオレンジの角付き。ホワイトベースから出撃したのであれば、私が見落とすはずがなかった。
となれば、民間人を降ろした
「ええい、小癪な真似を! それで背後を取ったつもりか!」
左右から挟み込まれる形、ホワイトベースを狙うのは諦めざる得なかった。
ビームサーベルを構え直した二機の角付きが、同時に襲い来る光景を見て冷や汗を流す。操縦桿を握る手に力を込める。ここで死ぬ訳にはいかないのだよ、と生きる覚悟を決めた。相手の動きを読んだ。次に来る動きが思念を通じて、読めてしまった。その不可思議な感覚に身を委ねて、二機の角付きの猛撃を掻い潜って距離を取る。
間一髪、数秒の内に二度、三度と襲い来る命の危機を一遍に切り抜けた。
「はあっ……はあっ……今の、感覚はなんだ?」
本能的に悟った死の感触、死んでもおかしくなかった。死ななきゃおかしかった。
荒くなった呼吸を整える。
考えるのは後だ。先ずはこの窮地を切り抜けるべく、相手の出方を窺った。
──NTロリ娘システム、ステンバイ。
……なんか気の抜ける声が聞こえた気がする。
直後、橙色の方の角付きのカメラアイが赤く発光を始めた。
嫌な予感がした。
直感、愛機の身を捩らせる。
先読みして動いた、その優位を埋める瞬発力で左腕部を切り飛ばされた。
なんだ、これは? 兎に角、応戦しなくては!
スラスターを吹かせて、全速力で後退した。
しかしオレンジの機体は白い奴すらも置き去りにする動きでビームサーベルを振り回す。幸いだったのは、その動作が洗練されていなかった事、大振りな攻撃は次の動作を簡単に予測する事ができた。しかし、あくまでも予測だ。確実ではない。切って、切って、切りつけてくる。容赦ない連撃、脳が焼き切れる思いで息も吐かせぬ猛撃を右手一本でやり過ごす。
クソッ! ヅダならもう分解を始めているところだッ!
そんな悲痛な訴えも虚しく、応戦する他に生き残る道はなかった。
◆
僚機のニムバスと共に切り込んだ私、ペッシェ・アルマーニュは背後から強い気配を感じ取った。
『ペッシェ、お姉ちゃんがいたよ』
セラフの機械音声に小さく頷いた。
しかしニムバスが相手にするのは四機のモビルスーツだ。
もう既に一機は片手を失っている。
とはいえだ、ニムバスを一人にするのは流石に────
『行けっ!』
ニムバスから通信が入る。
『何故、私達は戦場に立っている! 我らの目的を見失うなッ!』
ニムバスが乗るイフリートが一振りの大剣を両手に構えて、モビルスーツ四機を相手に立ち塞がった。
『我はジオンの騎士! 護るべき女を背に戦う事は、騎士として本懐であるッ!!』
そう言って駆け出す相方の背中を見届けて、自分は自分で為すべき事をする為に目の前で繰り広げられる死闘に背を向ける。
「い、生きていてくださいっ!」
『当然ッ! 女に涙を流させるなど騎士以前に男として不届き千万ッ!』
それに! とニムバスが威勢の良い声で発した。
『あの程度の輩、別に倒してしまっても構わんだろうっ!』
なんだかとても不吉な言葉を残して、彼は敵陣に切り込んでいった。
まあ大丈夫だと思う、うん。なんだか彼って、こんなところで死ぬような人間に思えないのだ。
どうやって生き抜くのか分からないけど、今は彼を信じよう。
シャア少佐の狙撃ポイントまで後退する。
そこで見たのは、シャア少佐の赤いザクが右足を切り飛ばされている光景だ。
オレンジ色の角付きのカメラアイが、赤く閃いた。