地球降下作戦を終えた後、
丁度、ガルマ少将が率いる北米方面軍が北米を支配下に治めた頃の話だ。
開戦前、ニュータイプ研究所の所長であるフラナガン博士が、
ニュータイプ能力そのものを研究する為にフラナガン機関と呼ばれる支部を開設した為、研究所の本部はクルスト博士が実権を握る事になった。しかし開戦直後にクルスト博士は脱走、地球連邦に亡命する事になってしまった。その為、研究所の実権はシムス・アル・バハロフ中尉に引き継がれる事になった。
彼女が着手するのはニュータイプ能力を持つ者の脳から検出される特殊な脳波、感応波と呼ばれるものを利用したサイコ・コミュニケーションシステムの開発である。
後にサイコミュという名で知られる当システムの最大の特徴は、ミノフスキー粒子の干渉を受けない新しい通信方法の確立という点にある。このシステムが完成した暁には、ミノフスキー粒子を散布した環境でもミサイルを始めとした誘導兵器を使用できる可能性があり、公国軍は連邦軍を相手に技術的に大きなアドバンテージを得る事ができる。
キシリア少将はニュータイプ能力の研究を重要視している。
それは自分の居場所を確立し、自分の力を誇示する意味も込められていたが、それだけではなかった。
連邦軍との戦争は公国側の優位に進められており、このまま戦争を終える事も考えられる。
しかし、かつて劉邦と呼ばれた者が項羽という時の支配者を相手に大逆転を決め遂には天下をも治めたような、連邦を打ち破りコロニー全体を統治できるだけの力というものは、今の公国軍にはなかった。そもそも、世界の支配者になるつもりであれば、ブリティッシュ作戦で講和を前提にした作戦を立てるはずもないのだ。
公国軍が独立を勝ち取った後も戦いは続く事になる。
敗戦直後の連邦政府に、宇宙移民計画の即時決行を迫るのは現実的ではない。まだコロニーには、地球に残る全人口の受け入れ準備が整っていない為だ。その為、地球に残る人類を管理し、宇宙移民計画を遂行する組織として地球連邦の存続、もしくは代替組織の立ち上げは必須事項となる。
肝要なのは、コロニー国家であるジオン公国は、どうしても国力で地球連邦に劣るという事だ。
故にジオン公国は常に技術力で最先端を行かなくてはならなかった。
そこには勿論、軍事技術も含まれる。
数がなければ質に頼るしかない。質とは何か、練度と技術である。
そこまで考えた上でキシリアは、サイコミュ兵器の開発は公国にとって必要だと考えていた。
必要だと考えたから、それが自分の力になると考えたから、
彼女はニュータイプ能力の研究に力を入れている。
「サイコミュ兵器を開発できるだけの技術がない?」
ズム・シティに建てられたニュータイプ研究所。
そこでシムス中尉から開発状況の報告を受けていたキシリアは、彼女に問い返した。
目の前の彼女は、深く頷いて話を進める。
「サイコミュ技術は確立されつつあります」
しかし、とシムス中尉はスライドによるプレゼンテーション画面を操作する。
「ニュータイプ研究所には兵器を開発する技術もなければ、モビルスーツに対する知見も足りていないのです」
「つまり、私に何を望むのだ?」
「はっ! 我が研究所を新規モビルスーツの開発に関わらせて頂きたいと思っています!」
この案件をキシリアは即答を避けて、ザビ家の別宅まで持ち帰った。
受話器を手に取り、各方面の有力者に連絡を入れる。自分の裁量で捻出できる予算と資源の計算、父デギンと兄ギレンとも連絡を取り合った後で、地上で活躍を続ける弟ガルマにも連絡を入れた。最終的に話はオデッサ基地司令のマ大佐に飛ぶ事になり、モビルスーツ開発の下地を整える。
最後に開発を委託する企業に関してだが、ジオニック社とツィマット社、MIP社。三択の中からツィマット社を選択する。選んだ理由は、企業間の力関係を調整する為だ。今はジオニック社が頭ひとつ分、飛び抜けた状態にある為、できるだけ均衡を取り、競争を促す為に今回はツィマット社に力を貸すことにする。
開発費用を公国軍が持つといえば、ツィマット社は快く受け入れてくれた。
交渉する際に出した「できるだけ高性能な機体の開発を考えている」という言葉に惹かれたようだ。
やっぱりヅダを作る会社だな、とキシリアは諦観して溜息を零す。
シムス中尉から話を受けた翌日、事の顛末を告げる。
即日、地球行きとなったシムス中尉は呆気に取られており、サイコミュ研究の開発に携わった研究者や技術者、被験者を引き連れて、マ大佐の待つオデッサ基地にHLVで放り込まれた。
一仕事を終えたキシリアは、暫しの休憩の後、書類整理に追われることになる。
◆
シムス中尉に連れられて急遽、地上に降りる事になったマリオン・ウェルチです。
公国軍の管轄で動く事になる為、建前として特別少尉の階級が与えられました。授与式はなく、地上に降りると決まった日にHLVに詰め込まれた私は公国軍の軍服と共に階級章が手渡された。配給された軍服は大きめで少しダボついている。地上に降り立った後、その足でシムス中尉と共にオデッサ基地の司令官であるマ大佐と挨拶を交わす。
机の上に広げられた地図、今は使われていない採掘拠点のひとつを指で差し、此処が開発拠点だと言い渡される。
「こちらとしても急な話でね。後日、人は送るが、まだ手が付けられていない状態だ」
そんな言葉と共に部屋を送り出された私達は、荷物と共にトラックに乗せられる。
ガタゴトと揺らされる事、数時間。辿り着いた採掘拠点は半ば、廃墟の有様であった。ポカンと口を開ける一同に「まずは掃除からね」とシムス中尉が溜息を零す。
掃除は、道具を集めることから始まった。
結局、その日は生活空間を確保するだけに留まった。体力的には余裕があるのだけど、急な事ばかりで精神の方が疲れてしまった。コロニーの時と比べると地球の空気は少しじめっとしているような気がして、埃っぽい。虫はあまり好きじゃない、嫌いじゃなかったんだけど鬱陶しい。
地球で生まれ育った研究者の一人が、すぐに慣れると言っていた。
あんまり慣れる気がしなかった。
翌日、多くの人が開発拠点にやってきた。
拠点の外に追い出された後、瞬く間に基地全体の掃除が始められる。
掃除は午前中に終わり、生活に必要な物資などが搬入された。
その中に数機のモビルスーツも含まれている。
グフが一機。後は作業用として旧ザクとザクタンクばかりだ。そのラインナップにシムス中尉は少し不満げだった。少し後の話になるのだけど、開発拠点の様子を見に来たマ大佐は「今の重力戦線に遊ばせて置けるモビルスーツは多くないのだよ」と答えており、今用意してくれた分だけでも無理をしていることが直感で分かった。
ツィマット社の人間が開発基地に派遣されたのは、生活環境が整った後の話だ。
外部の人間は、少し苦手だ。
ニュータイプ研究所の外の人間って意味。人の感情に敏感だった。なんとなしに相手の考えている事が読み取れてしまうから、周りに気を利かせて動いている内に薄気味悪がられるようになった事がある。分かってしまうから動いていたのだけど、それが周りの人間にとっては気に入らなかったようだ。私のせいで家族は周りから避けられるようになってしまったし、両親との仲も悪くなってしまった。
だから、分かってしまう事が普通の仲間達との生活は居心地が良かった。そういう能力を持っていると理解してくれている研究所の人間に気遣う必要もなかったから、随分と羽を伸ばせていたように思える。でも、やっぱり、身構えられる事はあるし、外部から見学に来る人間からは化け物のような目で見られた事もあった。
クルスト博士は苦手だったけど、フラナガン博士は嫌いじゃない。
一度だけ、研究所に足を運んで来たシャア・アズナブルっていう人は、話していて居心地が良かった。
私達の事を研究者よりも深く理解しているのに自然体で話してくれる彼との会話は好ましかった。彼の側にいたララァって人が凄い形相で睨み付けて来たので身を退いたけど、ああいう人もいると知れただけで幾分か心が晴れるかのようだった。
でも彼のような人間は、後にも先にも一度きり。
もうちょっと積極的になれば良かったと少し後悔している。
だって、二人はどう見ても、恋人同士じゃなかったし。まだララァからの一方的な感情だ。
さておき、そういう訳で私は外部の人間が苦手だ。
シムス中尉がツィマット社の人間と挨拶を交わす時、私はシムス中尉の背中に隠れてしまった。
感情を読み取るのも嫌で、目をギュッと閉じる。
「……君がマリオン・ウェルチ特別少尉だな、話は聞かせて貰っている」
優しい声で話しかけられた。
中年男性は、身を屈め、私と同じ目線の高さで微笑んでみせる。
心に温もりがあった、優しい感覚があった。
「是非とも協力を願いたい。私達にできることがあれば、なんでも言って欲しい」
要相談な事もあるがね。と彼は晴れやかに笑ってみせた。
新型モビルスーツの開発は急ピッチで進められる。
地球の環境がニュータイプ能力に与える影響の情報が欲しい。とフラナガン博士からの要望もあり、宇宙でも続けていたニュータイプ能力の研究も一からやり直しになった。ツィマット社の人間は、思っていたよりもニュータイプ能力を持った人間に対する対応が良い。同じテストパイロットのデュバル少佐も私には目を掛けてくれていたし、事情を知らない公国軍の人間が私の陰口を叩いた時は、注意を促してくれたことも知っている。
特別扱いは好きじゃない。でも、この開発拠点は居心地が良かった。
子ども扱いは好きじゃなかったはずなんだけど、一人の女の子として守られている感覚が好ましい。
気持ち悪くないの? とツィマット社の技術者に聞いた事がある。
「俺達はちゃんと、あんたが人間だって事を知っているからな」
そういって頭を撫でられた。
これは後で知った事だ。今回、開発拠点に来たツィマット社から派遣された人たちは、ヅダを開発したチームと同じチームの人間だったようだ。彼らの会話には時折、カナリアの名前が出る。カナリアの名前は私も知っている。世界で初めてニュータイプ能力が確認された少女であり、ニュータイプ研究所が開設された要因を作った人でもある。フラナガン博士の口からも何度かカナリアの話を聞かせて貰った事がある。
誰も彼もが彼女の事をクソガキと呼ぶけども、誰も彼もが彼女の事を語る時、最後は優しく笑うのだ。
そんな彼女と何時か話をしてみたいと思っていた。
「あんたみたいな子が、戦争に関わらずに済む時代が来れば良いのだがな」
そんな事を言ってくれる人がいるから私も頑張ろうと思えた。
新型モビルスーツの開発には手を抜かなかった。テストパイロットとして、言われた事は全てやってきた。
この機体には、他の人が乗ることになる。
どうか、この機体が、この機体に乗る誰かを守れますように、と願いを込めて機体を動かし続けた。
私が頑張れば頑張るだけ、新機体の開発が進んでいった。
予定に余裕ができたからと新技術も組み込まれた。
ホバー走行が可能となり、機動力。格闘能力が飛躍的に向上する。
そうして完成した超高性能新型モビルスーツ、ハンガーにて青い装甲が光沢を放った。
「……やり過ぎちまったなあ」
主任の呟かれた言葉に、開発に携わった皆が一斉に目を逸らす。
私が頑張った分だけ、技術者の皆が張り切った。皆が褒めてくれるから私がより頑張れば、それに負けじと開発が推し進められる。結果的に当初の予定よりも大幅に基準値を上回った新型は、熟練のパイロットでも扱いが難しい機体に仕上がってしまったのである。
この一報を聞いたマ大佐は、粛々と元上官に連絡を入れた。
「私はスポーツカーを作れとは言ったが、F1カーを作れと言った覚えはない!!」
マ大佐が言うには、キシリア少将の怒声が鼓膜を突き破った。との事だ。
後にイフリートと名付けられた機体が量産される事はなかった。
余りにも高性能な機体は使い手を選ぶことになり、半数以上が倉庫にて埃を被ることになる。その事実は悲しくはあったけど皆、イフリートの開発で得られたものは多かったと言ってくれた。
イフリートは暫く、倉庫にて保管される。
テストパイロットとして私が乗り続けたイフリートには、ちょっとした細工が刻まれている。
搭載されたOSのソースコードに、コメントで私の名前と一つの単語を書き込んだ。
//HOPE!! Marion Whelch.
もし誰かがイフリートに乗る事があれば、
この機体が、貴方にとっての希望となりますように。
そんな意味を込めて、
機体を起動する度に、必ず読み込まれる位置にコメントを打ち込んでおいた。
こんなもの、誰の目にも触れないだろうけども。
◆
それから短くない月日が流れて、
キャリフォルニアベースにある格納庫での話だ。
『希望あれ、マリオン・ウェルチ』
OSと接続された黒いハロ、ヤタガラスが告げる。
プログラムに直接、刻まれた名も知らぬ誰かの想いを受けて、ニムバス・シュターゼンは笑みを浮かべる。
良い機体に巡り合えた、と操縦桿を握り締めた。
「私が、私こそが、この機体を乗りこなしてみせるッ!!」
何故ならば、とニムバスが叫んだ。
「私はジオンの騎士! 私が、私の生き様で、ジオンの公国民を希望の光で照らすのだっ!!」
ジークジオン! と叫ぶ相棒の事をヤタガラスが音割れを起こして爆笑した。