右足が切り飛ばされた、体勢が大きく崩れる。
メインモニターに映るオレンジ色の角付きがビームサーベルの持ち手を突きの構えに変えるのを見ながら、咄嗟にスラスター制御用のペダルを踏み込んだ。60トンを優に超える巨体が、背中を地面に打ち付ける寸でのところで持ち堪えた。しかし、愛機に残されたのは右腕と左足。目の前のモニターには、散々煮え湯を飲まされてきた角付きの片割れの姿。その憎き顔を睨み付けながら操縦桿を懸命に操作する。
突き出されたビームサーベルの切っ先、それを身を捩ることで回避。そのまま横に一回転して、張り手を入れる要領で相手の頭部に右手を叩きつける。
「うおおおおおおおおおおおっ!!」
ビームサーベルで私の愛機の胴体部を薙ぎ払う為、相手が持ち手を握り締めすのを視界の端に見た。
張り手を打った右手で、相手の頭部を握り締めたままペダルを限界まで踏み入れる。リミッターを外したスラスターの出力による押し切り、自身の体重をも使って角付きを地面に叩き付けた。そのままスラスターの出力を緩めず、滑空するように少しでも前へと飛び込んだ。メガ粒子の閃光、白色の角突きが放ったビームライフルの一撃が愛機の左足を飲み込んでいった。
もう右腕しかない、流石に絶望的か……!?
二機の角付きが自分を警戒している。橙色の方がビームサーベルを構えており、白色の方がビームライフルの砲口を自分に向けていた。これまでか、と死を察しざる得ない状況。脳裏に過ぎる三人の女性、アルテイシアとカナリア。そして母アストライアの姿があり、妹二人の肩に手を乗せて、優しい笑みを浮かべながら私を見つめる。
守ってあげなさい。と、そう言われた気がした。
「……わ、私を、御兄様と呼べっ!!」
死ねない、死ぬ訳にはいかない。
しかし、どうにもならない現実がある。
白い奴の引き金に掛けた指が僅かに動いたのを見た。
誰が言ったか、女の名を口にする時は死ぬ時だと。
叫ばずには、いられなかった。
「ぐ、ぐぬぅ……ア、アルテイシアァッ! カナリアァッ!!」
結果だけを言えば、白い奴のビームライフルが放たれる事はなかった。
白い奴の目の前を横切る砲撃に、奴のビームライフルの照準が私から外れる。二機の角付きを相手に切り込んできたのは、ツィマット社の集大成とも呼べる傑作機であるドム、その高性能カスタム機。型式番号YMS-09J、ドム高速実験型。脚部のホバー・ユニットが砂煙を上げて、地面を滑るように移動する。砲口から白煙を上げるジャイアント・バズを背中に背負い直す。代わりに両手持ちのハルバード、ヒート・ランサーへと持ち替えた。
その後に起きた獅子奮迅の活躍は、目に見張るものがあった。
◆
『標的を確認、排除します』
機体が変わってもセラフの能力は衰えない。
セラフ・システムを起動すると同時に全身を駆け巡る神経が、抉じ開けられる感覚。今まで見れなかったものが視える、感じられなかったものが感じられる。まるで世界が拓けるような、周囲に神経の網を広げるような、相手の息遣いまで感じられる。機械の駆動音を肌身に感じ取る。殺意が空気を震わせる、意識が神経の網に触れる。そこまで感じ取ることができれば、次の一手が分かる。
ビームサーベルを持ちなおす橙色の角付きに向けて、先ず巨大なヒート・ランサーを振り回す。
一歩、踏み込んで身を屈める。ここで懐に飛び込む動きを見せる橙色に驚嘆せざる得なかった。しかし、そういった動きはニムバスが何度も見せてきた。だから、ここは前に出る一手です。ホバー移動は一歩、踏み出す手間を省くことができた。接近し過ぎれば、逆にビームサーベルを振り被ることができなくなる。
逆に、ヒート・ランサーという大型武器を持った自分もまた攻撃をする事ができない。
ホバー機能で地面を滑る。橙色を軸にして機体を半回転、背中合わせにした後、背後から迫って来ていた白色に向けてヒート・ランサーを大きく横に振り払った。反応が早い、身を反らされる。ヒート・ランサーの切っ先を僅かに胴体を引っかけただけだった。
二人共にエース級、二人がかりといっても赤い彗星を倒せるだけで腕前はエース級だ。
「その上、片方は倒しちゃ駄目なんて……っ!」
橙色の方にはBBが存在している。
撃破は駄目。しかし、そんな手を抜いていられる相手でもない!
背後から感じる橙色の圧力、前後に挟まれた状況。
腕前には自信がある。だけど、操縦センスに差があった。
私には、決まり切った動きしか取れない。
「重心だとか、丹田だとか、わかりま……せんっ!」
何時も言ってくれる相棒の助言にグーパンチして、生き残る一手を考える。
そういえばシャア少佐は──? ふと過ぎった疑問、赤いザクのハッチが開いているのを見て、既に脱出したのを確認した。僅かに緩んだ緊張に『ペッシェ!』とセラフの機械音声が頭を突き抜ける。時間にして、ほんの数秒。その数秒が二人の前では致命的だった。
ふと背中同士を押し付け合っていた橙色の感覚がなくなった。
脚部ホバーを駆使して、体勢を立て直す。しかし、その隙に二機の角付きが私を前後で挟み込むようにビームサーベルを振り被っていた。姿勢を低くした橙色が脚部、駆け寄ってきた白色が胸部。必殺の連携が私に襲い来る!
死を直感する、私ではこれから逃れる術がないっ!
『アイハブコントロール!』
無意識に両手が動いた。機体を大きく仰け反らせた、ホバー機能を停止する。
背後に倒れそうになった瞬間、両脚で跳躍した。ギュルン、と機体を錐揉み回転させる。実際に、そんな事が理解できた訳じゃない。感覚で、そんな感じなのが分かっただけだ。機体が地面に叩き付けられる。受け身を取ることはできなかった。しかしコックピットを守る事はできた。
だが、それだけだ。仰向けに倒れた状況、ビームサーベルを手に持った二機の角付きが私の事を見下ろしていた。
ああ、駄目だ──そう思った時、ジャイアントバズの一撃が二機を襲った。
◆
出撃前の話。私、アルマ・シュティルナー少尉はシャア少佐の率いる部隊に顔を見せていた。
目的はニュータイプ研究所で共同生活をしていたペッシェとアルレットだ。ニュータイプ研究所の被験者は、サイコミュに対する適性の有無でグループができており、私も含めた三人はシムス中尉が作ってくれたサイコミュを搭載した玩具で遊べなかったので、よく三人で集まる事が多かったのだ。夜中には、三人の部屋を行き来して、同じベッドで寝た事だって何度もある。
久しぶりに見た二人は、思っていたよりも変わっていなかった。
高々数ヶ月で見た目が変わるはずもない。アルレットは快活な美少女って感じだし、ペッシェは垢抜けない陰気な女の子。でも、オシャレとかすると見違えたように美人になると私は睨んでいる。地味で無難な服ばかりを好んで着る為、何時か私が可愛らしくコーディネイトしてあげると心に決めていた。
それをする前に戦争が始まってしまったのは残念で、その日常の続きを生きる為に私は戦っている。
旧友を見つけた私は、その足で真正面から二人に飛び付いた。
◆
ヘレナ・ヘーゲル曹長、ノイジー・フェアリー隊に所属するパイロットの一人。
自ら公国軍に志願した兵卒の一人であり、戦場では狙撃手として戦果を上げていた事もある。キリー少佐に才能を見出されてからはモビルスーツパイロットとしての訓練に励むようになり、今は狙撃型にカスタマイズしたザク強行偵察型で味方のサポートを続けていた。狙撃ライフルによる遠距離狙撃、二機の新型相手に突っ込んだアルマの援護をする為に引き金を引き絞る。
瞬間、ビームライフルの閃光が狙撃ライフルと共にザクⅡ[狙撃型]の頭部を消し飛ばした。
◆
殺気を感じ取った。
相手の姿を確認できた訳ではないけども、放たれた殺気がまるで張り詰めた糸のように線で捉える事ができたので、殺気に沿わせる形でビームライフルを放った。引き金を引いたタイミングは、僕の方が遅かった。でも相手が実弾兵器であった為、ビームライフルの閃光は飛来する銃弾ごと相手の頭部を消し飛ばす。
メインカメラなしで戦える人間は、常識的に考えて居るはずもない。
兎に角、今は数を減らす方が先だと考えて、真正面から突っ込んでくる薄紫色のザクにビームライフルの砲口を向ける。引き金を振り絞った、と同時に薄紫色のザクが身を屈めた。頭上のアンテナを消し飛ばすだけ、スラスターを吹かせて懐に入り込んできたザクは片手に持ったヒートサーベルで斬りかかってきた。
気迫が感じられた、圧力に負けて後方に大きく跳躍しようと試みる。
しかし、何かに片足が引っかかったように動かなかった。
「な、なんだ……!?」
足元を見る、地面に転んでいたドムがガンダム試作機2号の足を掴んでいた。掴まれた手を振り払った時、もう薄紫色のザクは目の前まで接近している。
「う、うわああああああっ!?」
頭部バルカンによる乱射。怯まず、なお斬り掛かってくるザク──の頭部を横槍にガンダムシールドが砕いた。ユウ少尉に助けられた事を察し、しかし、相手はメインカメラを失ったままヒートサーベルを振り下ろした。身を捩って距離を取る。ズゥン、と何かが地面に落ちる音。脳天を狙われた、回避しきれず、右腕を肩口から切り落とされた。縦に両断する一撃に身震いを起こす。
「こ、こいつ……正気なのかっ!?」
薄紫色のザクは、コックピットのハッチを開いた。中に入っている人が見える。
「女の子だって……!?」
自分よりも幾分か年上、でも二十歳に満たない少女のようだ。
彼女はザクの手でハッチを捥ぎ取り、視界を確保する。両手にヒートサーベルを構えて、僕達二人と対峙した。
欠片も怯まない。彼女が強い、という事を嫌でも思い知らされる。
「ザクは、人間だった……!?」
そんな事よりも自分と対峙する敵が一人の人間という事実に衝撃を受けた。
分かっていたはずだ。あのヅダにも幼い少女が乗っていた。
僕達が戦っていたのは、同じ人間だったんだ!
「う……うぅ……うわあああああああああああ!!」
自分が想定していた以上の衝撃。
左手に構えたビームサーベルで相手に飛び込んだ。
しかし乱れた心、その刃では相手には届かず、逆に左腕部を切り飛ばされてしまった。
負けた、負けてしまった。
ポッキリと折れた心は、操縦桿を握る手の力を失わせた。
◆
ガンダム試作機2号が戦闘不能にまで破壊されてしまった。
それによって戦況は一転して不利に傾いた。自分は軍人だ、軍人として民間人を死なせる訳にはいかなかった。
鼻から垂れる血を拭い取り、アムロを助ける為に更なる負荷を己の身に強いた。
「もう一度、行くッ!」
『非推奨、これ以上は貴方の身体が持ちません』
「命を助けるんだ! 命を張らなくてどうするッ!?」
『30秒です』
──NTロリ娘システム、ステンバイ。
無感情な機械音声。同時に直接、頭の中に叩き込まれる情報の数々があった。
五感が拡張し、時間が引き延ばされる。機体の外で起きている事を肌身で感じ取り、張り巡らされる意識や射線を視る事ができた。背中に目が付いている、それだけではない。自分を中心に空間を掌握する。
自分とは、それ即ちガンダムである。
「俺は、ガンダムだッ!」
目頭から血が滴る。立ち上がったばかりのドムに急接近、振り被った相手のハルバートをあえて打ち込ませた。
手に持ったビームサーベルで、柄から切り落とす。隙だらけになった相手の懐に踏み込んだ。その間に両腕を切断し、擦れ違い様に頭部を斬り飛ばす。攻撃能力を失ったドムを捨ておいて、その先に立つ頭部を失った薄紫色のザクに急接近する。
敵はヒートサーベルを両手に構えた。
「うおおおおおおおおおおおっ!!」
結論から云えば、薄紫色のザクを倒し切ることはできなかった。
ホワイトベースの付近から信号弾が上がり、薄紫色のザクは両腕を失ったドムと共に撤退を開始する。
アムロには、少しでも早くホワイトベースに戻るように指示を出す。
『バイタル低下、危険域です。ユウ、聞こえますか? ユウ?』
「あ、ああ……聞こえて……ガっ……はアッ…………」
ノーマルスーツのバイザーにビシャリとぶち撒けられる粘度のある赤い液体。
あれ? と思った時、全身から力が抜け落ちた。メインスクリーンに映るのは、多数のドップとド・ダイYSがホワイトベースを襲う光景だった。助けなければ、意思に反して指にすら力が入らない。
『ユウ、気をしっかりと持ってください。ユウ、返事を。ユウ? ──ユウ! ユウさ────』
身体が冷たい、もう耳も遠くなってきた。
助けなければ……助けるべきを助けられない自分が、嫌いだった……。
だから……自分は……パイロットに…………