随分と、苦しい状況に追い詰められてしまっている。
ペガサス級強襲揚陸艦ホワイトベース、その艦橋で頭を抱える。ド・ダイYSを中核に据えた航空戦力による追撃、アムロが乗るガンダムに追い払って貰うことはできたが、全ての攻撃を防ぎ切れた訳ではなかった。幾つかのミサイルが着弾した衝撃でリード中尉が椅子から放り出され、頭を強く打ち付けてしまったのだ。気絶した彼の額からは多量の出血があり、今は医務室で安静を義務付けられていた。ユウ少尉も重傷だ、骨折の他に内臓を痛めてしまっている。
なんだかんだで頼る事のできたリード中尉と守護者であるユウ少尉の損失は、ホワイトベース隊にとって手痛い損失だ。
これでは残された自分に全ての責任が課せられる事になるではないか。
零しそうになる嗚咽は経口補水液で飲み込んだ。
ガンキャノンとガンタンクは破壊された。コアブロックシステムの恩恵もあり、パイロットのリュウ曹長とジョブ伍長は生きているが共に負傷している、無理はさせられない。余裕があるのはアムロの他にカイとハヤト、コア・ファイターに限定するのであれば、セイラも含まれる。最早、戦場に送り出せるのは避難民だけとなっていた。
頭が痛いな。実際、胃が痛い。胃薬の在庫には、まだ余裕があるのだろうか。その数の心配で更に胃が痛くなる。希望がない、胃薬もない。人生お先真っ暗だ。
痛みに苛立ちを感じていると通信機を触っていた男から報告が入る。
「友軍から通信が入っています!」
「友軍? この敵地の真っ只中にか?」
「はい、識別信号は連邦軍のもので間違いありません」
絶望の暗闇の中に小さな希望が灯された瞬間だった。
「ミデアが二機、欧州にある連邦軍の基地まで移動する為の物資補給との事です」
「援軍ではないのか……いや、構わない。補給がなくては戦えないからな!」
それは天から垂らされた蜘蛛の糸のように心許ないものではあった。
しかし自分達は完全に見捨てられた訳ではない。その事実が次を生き残る為の糧にできる。
今は生き延びて、公国軍の勢力圏から抜け出す事だけを考えよう。
◆
ペガサス級強襲揚陸艦ホワイトベース、その格納庫でパイロットスーツのヘルメットを外す。
格納庫内では、整備員の方々が怒声を張って忙しなく動き回っている。ガンダム試作機2号の両腕は切断されており、ガンキャノンとガンタンクは一機ずつ失われていた。サイド7から持ち出したパーツがまだ残っている為、ガンダムの両腕を差し替える事はできる。しかしガンダムのパイロットであるユウ少尉は内臓を損傷する程の怪我を負っており、まだ暫くの療養が必要だ。航空戦力による追撃は僕とBBで追い払った。
しかし、随分と苦しい状況に追い込まれてしまった。
ガンダムもユウ少尉以外のパイロットを乗せても性能に振り回される事になり、戦力の補強になるとは言い切れない。
数の上だけでも戦力は半減、実際はそれ以上だ。
「こんな調子で次も凌ぎ切る事ができるのか?」
つい不安を零す。今は居ないユウ少尉の事を思い返し、こういった不安を彼の口から聞いた事はなかったなと思った。
「アムロ!」と幼馴染が駆け寄ってくる。手には栄養剤を溶かした水の入ったボトルを持っており、どうぞ、と僕に手渡してくれる。ありがとう、とストローに口を付ける。短時間で栄養補給ができる優れものだけど、味は優れている訳ではなかった。飲めなくはない程度の味、美味いか不味いかでいえば不味い。その程度の味だ。
ひと息では飲み切れず、何度かに分けて、飲み込んでいるとフラウが何気なく口を開いた。
「この後、窪地に停泊するみたいよ」
「本当かい? 公国軍の追撃を振り切った今、少しでも距離を稼いだ方が良いと思うんだけどな」
「ブライト達の考えは違うみたい。打撃を与えた今だからこそ補給をした方が良いって」
「補給だって? こんな敵地の真っ只中で?」
そうよ、と頷くフラウに僕は首を傾げる。
補給があると言っているのだから補給があるのだろうけど、自分達の為にこんな敵地まで補給部隊が送られるとは考えられなかった。そこまでするのであれば、援軍のひとつやふたつを寄越してくれた方が嬉しいし、ジャブロー基地に迎え入れてくれた方が話が早い。何かしらの理由はあるのだろうけど、今の僕では大人の事情を察するのは難しい。
軍人でもない無知な僕では選択する余地もなく、偉い人の判断に従う他なかった。
数時間後の事だ。
高濃度のミノフスキー粒子に満たした窪地にて、補給作業が開始された。
補給に来たミデアは二機だった。此処に来るまでに二機のミデアが撃墜されてしまった、と美人な女性士官は口にしているのを聞いた。マチルダ少尉、という名前のようだ。盗み聞きをしていた僕はブライトにどやかされる事になり、ガンダムで補給作業を手伝う羽目になった。カイとハヤトも一緒だ。補給作業を終えた後、負傷したリード中尉と共にサラミスの乗組員がミデアに運ばれて行くのを確認する。
その中にユウ少尉の姿もあった。まだ意識は戻っておらず、眠ったままだ。
ガンダムのある格納庫に戻る、塗料独特の臭いが鼻を突いた。
試作機1号のコックピットでBBと話がしたかったのだけど、大規模な塗装作業が行われているところだった。
「すまないな、艦長の指示なんだ」
整備員の一人に話しかけられて、はあ、と気のない返事を返す。
「暗い場所でオレンジは目立つからな。それに此奴は、今や俺達の守護神だ。何時までもグリッドやターゲットマークが付いていては格好も付かないしな」
「それで青色だったんですね」
「所謂、夜間迷彩ってやつだな」
ユウ少尉の愛機が深みのある青色に染められていくのを暫く見上げた後、自分に割り当てられた士官用の個室に足を運んだ。
今、僕にできる事はなにもない。ならば今、休める時に少しでも身体を休めておくべきだ。
ユウ少尉も、何もすることがない時は自室にこもっていることが多かった。
着替えもせずに目を閉じる。まだ戦場の中にあるのに、自分でも驚くほどに寝つきが良かった。
◆
「艦長、この後はどうするつもりで?」
「艦長代理ですよ」
マチルダ少尉の問い掛けに俺は「海に出ようと思います」と答えた。
アムロの活躍もあって監視の目が解かれた今、この窪地で夜間まで身を隠す。闇夜に紛れて動き出し、朝日が訪れる前に公国軍の占領下から抜け出したい。
その事を伝えると「では私もそのタイミングで出発します」とマチルダ少尉も口にした。
「私達を囮にするつもりですか?」
「お互いに囮にし合うのよ」
思わず口から出てしまった嫌味に、彼女は嫌な顔ひとつせずに応じた。
「先ず私達、補給部隊が南に向かってキャリフォルニア海に出ます。その数時間後にホワイトベース隊は西へ向かってください」
「待ってください。西はロサンゼルス、近場にはキャリフォルニアベースもあります。突破できる戦力がありません」
「いいえ、私達の方が先に捕捉されるはずです。そうなるとキャリフォルニアベースの戦力の幾つかは私達に向けられる事になります。その隙に手薄になったロサンゼルスの北か南を抜けてください」
「そうなると今度は私達の方が敵に捕捉される」
「今度は私達、補給部隊に対する追撃が緩められますわね」
仕事を終えた補給部隊の価値は低いでしょう、とマチルダ少尉が告げる。
「博打ですね」と俺が零せば「此処に来るまでも博打だったわ」と彼女が笑みを深めた。
彼女達は実際に犠牲を出してまで、命懸けで補給物資を届けてくれたのだ。
そんな彼女達に「死んで囮になれ」なんて言えなかった。
「まだ未熟者の多い部隊ですが、囮になるのは得意なんですよ」
右手を差し出せば「期待しています」と彼女は握り返す。
「連邦軍にも貴方達を見捨ててはいない人がいることを忘れないでください」
「……では、また次の補給を受けられると考えても?」
「公国軍の制空権を脱出できれば、なんとか。その時もまた私であることを祈りますわ」
お互いに生き延びましょう。そう言って彼女は手を離した。
ええ、と俺は嫌味なく素直に頷き返した。